教団の違約とネルソンの攻略

ニッタ率いる親衛隊の大軍が向かってくる。

その報告を受けたダニエルは、偽息子ジョンには手こずっているものの、内戦も収まってきたことを踏まえ、一部の兵をジョンに当てて、その他の大半の軍を率いてクリバヤシの援軍に向かうこととする。


「ノーマ、本当に自らジョンと戦うのか?

あれでも甥だぞ」


「身内のことは身内でけりをつけねばならん。

あのバカ姉は死んでも迷惑ばかけよる。

それにアタイが行かなければヘブラリー家の家臣はアイツが主筋ということで動揺しとる。

いい機会じゃ。

ウィリアムを連れて行き、ヘブラリー家の後継者が誰かをはっきりさせる」


「父上、僕も母上とともに戦えます!

あの男は僕が倒す」


ウィリアムも訴える。

彼はダニエルに似たのか、大柄な体格でいかにも騎士という外見である。


「よし、その覚悟があれば良かろう。

バース、ヘブラリー兵をまとめ、サポートしてくれ」


ダニエルはノーマ親子にバースを付けてジョンへの対応を任せる。

ジョンの勇将ぶりを見てヘブラリー領では彼に靡く者が出てきている。

本来なら自ら出向き、禍根の芽を積んでおきたいところであるが、親衛隊との戦いに時間がない。

ノーマは突っ走るところがあり心配であるが、バースにそのフォローを頼む。


ダニエルがジョンヘの対処を任せてムーンへ向かう準備を進めている時、アースから使いの者が来る。

クリスは彼をチェックし、見慣れぬ男と思うが、印章に不備はない。

ダニエルへの面会を許すが、その男はダニエルの前に拝跪したかと思うや跳躍して短刀を振りかざす。


「ダニエル様!」

クリスが飛び掛かるのと、ダニエルが剣を振るうのは同時であった。


ダニエルは男の右腕を斬り飛ばし、クリスは彼を捕縛する。

しかし、「偉大なる神よ!神の敵ダニエルを殺せなかったことをお詫びします」という言葉を残して、毒を飲んで男は死んだ。


その懐中にはイオ教徒の持つイコンがあった。


「この男、アースからの正式な印章を持っていたのか。

ならばアースが危ない!」

ダニエルがそう叫ぶ頃、アースでは城中と市街地で一斉にテロが行われていた。


レイチェルも下働きの侍女に襲われるも、護衛の働きで辛うじてこれを退ける。

城内の要人は襲われ、あちこちで火がつけられる。


同時に街中では暴徒が暴れ回り破壊のかぎりを尽くす。

阿鼻叫喚の中、警備兵が出動し市街戦となるが、暴徒は包囲されても降伏せず全滅するまで戦った。


レイチェルは襲撃に青ざめるが、すぐに立ち直り子供たちの安全を確認する。

幸い三男エドワードとヴィクトリアは襲撃されるが護衛に守られて無事であった。

レイチェルは子供たちを抱き寄せ無事を祝った後、捕縛した襲撃者を厳しく尋問させる。

子供たちを襲った暗殺者にレイチェルは一切の容赦を認めなかった。


「イオ教団か、予想通りね」

自白の内容を報告にきたアランにレイチェルは呟く。


「これではあの人のムーン出撃はしばらく無理ね」

「教団への報復は勿論だけど、それは部下に任せて義兄さんはムーンに向かわった方がいいんじゃない」

襲撃で軽症を負ったアランが尋ねる。


「いえ、本拠地アースを襲ったことを彼らは宣伝する。

ここで内外に弱みを示さないためには、約を違えテロを行う彼らを徹底的に潰して、ダニエルに逆らう者は赦さないことを見せることが大切よ。

あの人は自ら大兵を率いて叩きに行くと思うわ」


そして憂鬱げに言う。

「狂信者とは妥協できないから早く終結できるか不安だわ」


レイチェルの言う通り、ダニエルはアースや家族・重臣が襲われたことを聞き激怒してムーンに向かう為の兵を率いて教団の本拠に向かう。


そして同時にヒデヨシに命じて教団から家中への潜入者を洗い出させる。

その結果、軍や政庁の中にまで教徒が入り込んていることが判明した。

ダニエルはその縁者も含めて斬罪とし、後顧の憂いを無くして教団を潰しにいく。


教団への攻撃を前に、ダニエルはオーエに命じて弾劾状を作成させ、広く世の中に宣伝する。


『ダニエル卿は一度叛乱したイオ教団に対して、無辜の民の血を流すことを憂え、受け入れ難い彼らの要求を涙を呑んで受諾した。

にもかかわらず、教団は寛大なその盟約を破り、ダニエル卿やその家族の暗殺、アースの破壊と民衆の大量殺害を企てた。

これは神・人ともに赦さざるところである。

民の平和を護り、悪にまみれた教団を浄化するため、ダニエル卿とその兵は立ち上がり、鉄槌を下すであろう』


自らの大義名分を掲げつつ、数度の野戦で教徒軍を蹴散らし、彼らの本拠地まで進軍する。


イオ教団は、山間地にある過去の廃城を復旧し、そこに信者を集めて立て籠もっていた。


「ダニエル本人が大軍を指揮しているのか!

既に親衛隊が迫っているのに、奴は何を考えているのだ!」

法主の狼狽した声が城内に響く。


教団は、ダニエルの後背を突くように依頼する王からの使者を受け、ダニエルと王を秤にかけた。

そして王に賭けて、ダニエル軍の混乱と分散を図るため、テロと挙兵を行った。

しかし、その後の展開については、教団には一部の兵が攻めてくるだけと考えており、親衛隊の侵攻を放置してこれほどの大軍で攻めてくるとは予想外であった。


ダニエルは迅速に包囲を終えると軍議を開く。

「険しい山頂に築かれたあの城を早急に落とすのは難しそうだが、兵糧攻めにするほどの時間もない。良い知恵はないか?」


猛将オカダも強攻すべしとは言い難い。

険しい山道を登る時に岩や丸太を落とされるだけでも犠牲者が多数出ることは確実。

この後に親衛隊との大戦が控えている中、兵の損耗は避けねばならない。


「ネルソン、何か無いか?」

沈黙が続く中、ダニエルはネルソンを指名する。


ダニエル救出に功があったとはいえ、彼の援軍の遅延が敗戦の原因とネルソンは軍内で白眼視されている。

ここでのダニエルの指名は、その償いとしてお前が汗をかけという意味だとネルソン本人も周囲の武将も思った。


「良い知恵もありませんが、正面からの正攻法は愚策。

蟻一匹通さぬ包囲を引きつつ、まずは夜襲と内応を図ってみましょう」


ネルソンは陽動として他の部隊に正面からの攻撃を装わせつつ、自らの部隊で夜襲を試みる。

夜間、暗闇の中で音を出さずに山道を登るのは大変な苦労であった。

そして途中で体力と時間を使ってしまい、その後に城壁をよじ登って中に潜入するのは不可能であることがわかり、ネルソンは引き上げを命じる。


次に内応を探るも、こちらも教徒は親衛隊が侵攻すれば勝てるという見込みがあるため士気は高く、大金を積んでも内通に応じる者はいなかった。


教団を包囲する中、日数だけが経過する。

そしてダニエルの元には、いよいよムーン城が数倍の敵に包囲されたというクリバヤシの急使が来た。


一方で、ジョンとの戦いは一進一退。

ノーマとウィリアムはバースの後見の下、堅実に勝ちを収めるが、ジョンは決して大崩れはせずに軍を維持し続けているため、ノーマに与えた兵を転用できないという知らせが来る。


(ジョンめ、敗勢の中で兵を維持し続けるとは!

敵ながらその軍才は侮れないものがあることは認めよう。

そこは兄ポールに似ていれば良いものを。

唯一良い知らせはウィリアムにも軍才があることがわかったことか)


ダニエルは、ウィリアムがバースの指導を受けながらジョンとの戦闘を重ねて成長し、今や十分に対抗するまでに至った、それを見てヘブラリー家臣の動揺が収まったというノーマの嬉しげな便りを読みながら笑みが溢れる。


ふと横を見ると、長男チャールズが悔しげに唇を噛み締めていた。

ジョンに完敗したチャールズに弟の活躍は苦いものがあるのだろう。

どう言うべきか、兄弟仲の悪かったダニエルは子供達に仲良くして欲しい。

そこで閃くものがあった。


「チャールズ、戦いのやり方は色々ある。

正攻法もあれば搦め手もある。

お前は頭を使うのが合っているのではないか。

ネルソンの側について勉強してみろ」


そう勧めると、チャールズも納得したのか同意する。

ダニエルはチャールズが自分の戦い方を見出すことを期待する。


しかし、目先の戦いの目処が立たない。

クリバヤシの苦闘を思うダニエルの懊悩を見て、さしものネルソンも焦り出した。


「ヒデヨシ、良い知恵はないか?」

ネルソンは夜にヒデヨシをその陣に訪ね、珍しく辞を低くして策を乞う。


ヒデヨシは、この傲岸な男の焦燥を見て、珍しいものを見たと驚く。

「ネルソン殿はダニエル様は試練を与えれば成長すると言われていたが、もう試練はよろしいのか?」


「ヒデヨシ、皮肉はやめてくれ。今や遊んでいる余裕はない。

俺もダニエルをこんなところで果てさせたくはない。

頼む、良い知恵を授けてくれ!」

ネルソンの悲痛な顔を見たヒデヨシは少しは反省したかと助け舟を出す。


「実は一つ、使えるかもしれないタネをハチスカ党が掴んできた」


翌朝の軍議で、ダニエルは窶れた顔で話し始めた。

「これ以上、ここで時間をかけられない。

軍を分けて、オレは半ばを率いてムーンへ行き、クリバヤシを助ける。

ネルソンは残ってここを包囲し続けろ」


事実上の敗北である。

これを知れば教団やジョンは勢いづくとともに、ただでさえ親衛隊より少ない兵を分ければ救援の効果も乏しい。


それでもそれしかないか、沈痛な雰囲気が出席者の間を流れる。


「良いな。それではその準備にかかれ

「お待ち下さい」」


ダニエルの指示の声を、ネルソンが遮る。

「もう一つだけ試したいことがあります。

あと数日の猶予を頂きたい」


自信満々のネルソンを見て、ダニエルはそれを許す。

しかし周囲の目は冷たく、失敗すれば責任を取れよ!というオカダの言葉が聞こえる。


ネルソンは意に介さず、準備にかかる。

ヒデヨシのタネとは、城内から逃げ出してきた男を数人捕まえたということであった。

彼らは、母や妻子、また恋人を故郷に残しており、一目会うために城内を脱出してきたという。


ハチスカ党は彼らの想い人を探し当てて、ここに連れてきていた。

ネルソンは彼らを家族達と会わし、生きたいという気持ちをつけさせた上で命じる。


「貴様たちは城内に戻り、時機を見て各地に火を放て。

そして混乱する中、兵糧に火をかけ、更に水の溜めてある池に穴を開けて流せ。

それを三日以内にできなければ、お前たちの家族や恋人は磔とする」


その脅しを聞き、男たちは蒼白となり、いかに食料や水の警戒が厳重であるかを並べ立てるが、ネルソンは一蹴する。


「やらなければここで家族を殺す。

それも散々兵の慰み者にしてからな。

貴様達教徒を憎んでいる兵がどれほど喜ぶことか」


ネルソンはそう言い、一人の恋人という若い女を連れて来させるとその服を剥ぎ、裸にする。


悲鳴を上げて必死で身体を隠す女を見た男は、泣くような声で叫ぶ。

「やる、やるから彼女に手を出すな!」


他の男も顔を引き攣らせながら同様に実行を誓い、ネルソンは夜間に彼らを城内に送り返す。


本来ならばこういう場合、内通者に城門を開けさせて中に雪崩れ込むのだが、この山城ではいきなり制圧できるほどの兵を送り込めず、間接的な手法を取らざるを得ない。


二日経つが動きがない。

ネルソンの顔に焦りが出る。

その深夜、突如城内に火の手が上がる。


「やったか!」

城内で大騒ぎが起きているのがわかる。

「裏切りだ!」

「ダニエルの手下が入ってきたのか!」


混乱に乗じて内通者が逃げてきた。

「首尾よく、食糧に火をかけ、溜池を破壊しました。

もう数日しか保たないでしょう。

しかし最後に我らがやったことが露呈し追われました。

逃げられたのは私のみ。

あとは裏切り者と八つ裂きにされました」


「よくやった!

褒美を持ってどこへでも行け」

何人死のうが教徒のことにネルソンの関心はない。


彼は早速パイプのある教団幹部に渡りをつけると、もはや勝ち目はないと見たらしく、現金にもその男は直ちに内通を承諾した。


食糧を燃やした翌日からダニエル軍は正面攻撃を行い始めた。

明らかに教徒の士気は落ちており、投石や矢にも力がない。

まだ堅城を落とすには至らないが、城壁の側まで攻め込んだその夜、城門が中から開けられる。


「行け!

全軍突撃だ!」

ダニエルが鬱憤を晴らすかのように叫ぶ。


ダニエル軍は中に雪崩込み、慌てて起きてきた教徒を射殺し、槍で突き、剣で斬る。

更に火を放ち、周囲を明るくして教徒の隠れ場所を無くす。


「殺せ!

奴らを捕虜に取る必要はない!

ここを奴らの墓場としろ!」

オカダの声が響く。


しかし教徒はしぶとく二の丸、本丸に籠り抵抗を続ける。


ネルソンから、降伏を受け入れて捕虜としたのちに殺せば良いという献策を受けるが、ダニエルは頷かなかった。


「奴らとは二度と何の約束もしない。

さっさと望んでいる神の国に送ってやれ」


ダニエルの言葉を受けて、麾下の将兵は教団兵を一人残らず殺していく。

それを知り、教徒は死物狂いで抵抗を続けた。

しかしダニエル軍は徐々に前進する。

二の丸の制圧のメドが立ったところでダニエルはムーンに向かうこととする。


「思ったよりも遥かに時間がかかってしまった。

クリバヤシが心配だ。

ネルソン、後始末をしたら後を追って来い」

ダニエルは兵のほとんどを連れて行ってしまった。


「ネルソン、こんなに少ない兵で早く終わらせられるのか?」

チャールズが不安そうに尋ねる。


「我々頭脳派は兵数ではなく、頭で勝負するのです」

ネルソンは自信満々であった。


ネルソンの兵は、本丸に立て籠もり最後まで抗戦する教徒を何重にも取り囲むと直ちには攻めずに昼夜を問わず、弓矢を射掛け、喚声を上げて威嚇を続ける。


「待て、和睦する!

法主様がそう言ってるとダニエルに伝えろ!」

中から白旗を掲げた男がそう言いながら出てくる。


「話を聞いてやるから法主に出てこいと言え」

ネルソンの言葉を聞いてゾロゾロと豪華な服装の男達と百名近くの護衛らしき兵達が出てきた。


「これで全部か?

命は助けてやる。田舎で隠退してもらおうか。

では、本丸には火を放ち、何も残さないぞ」


「待て!」

法主らしき男が慌てる。

そして本丸の奥に声をかけると、粗末な服を着た男と美しい女達が出てきた。


「お前が本当の法主か」

「そうだ。

命は助かるのだな」


「バカか。

人を騙しておいて何故そんなことを信じる。

お前達には汚い現世より神の国とやらに行く方がいいのだろう」


ネルソンはそう言うと法主を斬り殺す。

同時に部下は出てきた教徒を殺戮した。


「ネルソン、あれは信義にもとらないのか?」

終わってチャールズが尋ねるとネルソンは嗤った。


「フフッ

恋と戦争は何でもありという諺があります。

その通りとは言いませんが、信義を守って負けては意味がありません。

今回も屈強な百名の兵に本丸で徹底抗戦されてはまだ日にちを要したでしょう。

僅かな私の悪名で、無傷で迅速に、しかも禍根も根絶できた。

十分すぎるほどペイしています」


「なるほど。

すべては損得勘定で考えるべきか。

父は違うだろうが私にはその方が納得がいく」


「ウィリアム様もバースとともにジョンを国外逃亡させるまで追い詰め、これからムーンへ向かうとのこと。

我らも急ぎましょう」


次代に向けて後継者争いも始まってきた。

ネルソンは、意図せずチャールズを担ぐことになりそうだと思いながら、まずは親衛隊との大戦で何を為すべきかを考える。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る