叛乱への対処と忌子との対決
リオに着いたダニエルはたちどころに街を制圧する。
蹶起した独立派は、どうやらダニエル死すという情報を入手し、それを宣伝することで味方を増やしていたらしく、ダニエルがその健在ぶりを見せるだけで腰砕けとなって、戦わずして崩壊していく。
「どこもこんな感じであれば楽なのだがな」
ダニエルはリオ統治のために連れてきたタヌマに語りかける。
前任の総督は武官であり、リオという拝金主義者の街との距離が叛乱の一つの要因だろうとレイチェルから聞かされた。
金銭のことに精通しているタヌマであれば上手く統治できるであろう。
しかしその前に蜂起した独立派を徹底的に弾圧する。首謀者は懸賞金をかけて追い詰め、死罪とし、同調した者は私財没収の上追放した。
ここでダニエルへの恐怖心を植え付け、その後に文官のタヌマに現地に即した統治をさせる。
属領統治には鞭と飴との使い分けが必要だ。
リオの掃除を終え、ダニエルはアースに戻る。
その頃には各地に派遣した部隊から報告が入ってきていた。
ジャニアリー領での叛乱は容易く鎮圧し、担ぎ上げられたダニエルの兄ポールは捕まった。
「いかがいたしますか?」
使者からの問いにダニエルは冷たく言う。
「斬首とし、首を晒せ。
謀叛すれば身内でも容赦しないと知らしめろ」
この兄には散々虐められ、その私怨のせいかとも思われるであろうが、今のダニエルにはそんなことを考える余裕もない。
ひたすら効果的に叛乱を片付けて、こちらに向かってくる敵軍に早く立ち向かうかしか脳裏にない。
ポールは、王に騙された、兄弟のよしみで命を助けてくれと叫んでいたという。しかし、ダニエルにはポールに兄らしいことをしてもらった覚えはない。
クリスは兄殺しという悪名を気にしていたが、ダニエルは意に介せず斬首を決行させる。
「兄殺し、結構じゃないか。
もう親の追放、妻殺し、主君への謀叛人と悪名で溢れんばかりだ。
今更何を気にする」
ダニエルはそう言い放ち、横にいたノーマも同調する。
「親の追放と姉殺しはアタイも同じじゃ。
ダニエルさぁが地獄に行くならアタイも後をついていく。
心配はいらん」
二人は顔を見合わせて、笑うしかないという顔で笑う。
そして残る叛乱についてはその規模と性質を見ながら、対処を変える。
とにかく大本である親衛隊の侵攻にこそ兵力を集中させて、これに打ち勝たねばならない。
まず、ジェミナイからの侵攻は防御拠点に最小限の兵を入れて守備を固めさせる。
王に唆されて攻めてきたものの、幸い彼らの国力は長年の戦争で疲弊しており、長駆侵攻するほどの力はない。
せいぜい国境での小競り合いがいいところである。そんな彼らに構っているのは時間と兵力の無駄だとダニエルは考える。
アレンビーも包囲にとどめておく。所詮は牽制のために王に使われている端役。今のアレンビーには侵攻するほどの兵力も度胸もないと見切る。
(ただし、この身中の虫は早めに潰さねば大病の元となる。
そのタイミングが問題だ)とダニエルは思う。
現下の急務は領内各地で破壊行為を繰り返す荒れ狂う狂信者。
不幸中の幸いなことに、レイチェルの手腕で領内の統治に領民は満足しており、ともに一揆に立ち上がる者は信者の中ですら少数。
しかし、死を恐れずにテロ行為を繰り返す彼らは厄介であった。
徹底的に潰したいというのが本音であるが、本拠を山岳地域の廃城に置いている彼らを殲滅するのは相当な時間を要することは明らか。
ならばとチョウギに和平を持ちかけさせるが、怨敵ダニエルと結ぶ手などないと当初の彼らは強硬であった。
ダニエルも一時凌ぎの和睦が目的であり、相容れない関係であることは明らかである。
しかし今は戦う時期ではない、ダニエルはターナーに命じて教団幹部に賄賂を送らせ、懐柔を図る。
「清廉を吹聴する奴ほど陰では金を欲しがる」
ダニエルの経験から得た教訓である。
賄賂の効果は大きく、軟化した教団とは和睦が成立する。
その内容はダニエルに圧倒的に不利なものであり、教団の本拠周辺の自治を認め、和平金を支払うという敗北に等しいもの。
家臣は圧倒的に反対するが、内憂外患の今、やむを得ない。
ダニエルは泥を啜るつもりで、平身低頭して和を乞い、教徒はそれを嘲笑いながら承認した。
面倒な教団をなんとか宥めすかし、稼いだ貴重な時間を使ってダニエルは軍を集中させてアレンビーを包囲攻撃する。
「何故ダニエルがこれほど兵を集められるのだ!」
アレクサンダー・アレンビーは城で叫ぶ。
各地での蜂起で兵力が分散され、その間に籠城しておけば王の軍がダニエルを倒し、自分は報償を受ける目論見だった。
「御当主、いかがされますか。
総攻撃されれば半日で陥落しましょう。
このまま抵抗し城を枕に討ち死にするか、直ちに降伏の使者を出すか」
家老が尋ねるが、その目に死の覚悟は見えず、降伏しなければお前の首を手土産にするというようにアレンビーには思える。
家中紛争により、骨のある家臣はこの家を去り、残るは阿諛追従の輩ばかり。
アレンビーは、がっくりして白旗を持たせて使者を出した。
ダニエルは時間がない。寛大な条件で和をまとめる。
彼らを助命し、アレンビー家は存続。
ただし、当主は子供に交代し、領地を半減。
何度も反逆した家には考えられないほどの緩やかな条件である。
アレクサンダーは不満であったが、一族や家臣に押さえつけられ隠居となる。
「エイプリル家の反応はどうだ?」
ダニエルが気にするのは西部最大の領主エイプリル家。
当主のヨシタツは嫁も世話した盟友の筈だが、こちらに応援に来る気配もない。
使者を送っても、援軍の準備中という生返事ばかり。
各地の蜂起の間は刺激しまいとしていたが、かなり収まってきた現在、強硬な姿勢に転じてもよかろうとダニエルは、『味方につくのか敵となるのか二つに一つ。直ちに決められたい』という書簡を送る。
その頃、エイプリル家は御前会議を開いていた。
ダニエルの書簡と王の書簡が並べられる。
王は、味方するならば、ヘブラリー家の所領、西部守護、大将軍の地位を与えると褒美をちらつかせていた。
「王陛下に味方すべし!
ダニエルは王都で敗退し、領内各地で叛乱が勃発。
更に親衛隊が侵攻してくる。
もはや奴は終わりと見るべき。
当家は奴と対等な立場。その没落に付き合う必要はない」
王派が声を張り上げる。
「いや、当家はダニエル殿に借りがある。
そして、あの戦上手な男が易易と負けるとは思えん。
当家が味方し、彼が勝てば新たな体制で重きを為せるぞ。
ダニエル殿に付くのが得策」
ダニエル派が言い返す。
ダニエルの敗退・帰国以来、この論争が続いていた。
ヨシタツは家中が二つに割れるこの論争を決めかねていた。
間違えれば自分も家族もこの家も破滅する。
情ではダニエルに付きたいが、家を考えると簡単には決められなかった。
領内の叛乱も収まりつつあるというが、次に来る親衛隊の侵攻はダニエル軍の数倍になると王は脅していた。
(ダニエル殿は勝てるのか?)
ヨシタツは苦悩し、夜も寝られない。
腹心のハンベーは淡々と情勢分析を示してくれるが、どちらが勝つのかはわからない、最後は殿の決断ですと冷静に言う。
アレンビーを潰したダニエル軍はその足でエイプリルの近くに進軍してきている。
ダニエルは普段は温厚だが、必要ならば何でもやる男だ。
このまま返事をしなければ一気にこの居城を襲撃し、ヨシタツの首を取ろうとするだろう。
ヨシタツは隣の妻トモエを見た。
子のタツオキを抱いたトモエは背筋を伸ばして瞑目し、家臣の議論を聞いている。
彼女はダニエルから送られた妻。もちろんダニエルに付けと言いたいだろうが、夫ヨシタツのメンツを立ててかずっと黙っている。
しかし、王に付けば彼女を送り返すか、軟禁するかしなければならない。
両派が言いたいことを言い尽くし、沈黙となる。
ヨシタツが何かを言うときだが、まだ決断できない彼は、続きは明日にといいかけた時、トモエが立ち上がる。
「おはんらの意見を聞いていて、情けなか。
何故誰一人、この機に王もダニエル様も倒し、エイプリル家で天下を取ろうと言わんのじゃ!
アタイはその意見が出れば、主家であるダニエル様とノーマ様には申し訳なかだが、我が子に天下を取らせるなら賛同するつもりじゃった。
そんなことは誰も思わずに、どちらの尻尾になるのがいいのかばかり言いおって。
そんなことならダニエル様の手足となり、そこで生きていくしかなかろうが!
我が夫よ、それでよかな!」
トモエの迫力にヨシタツは頷き、立ち上がって叫ぶ。
「トモエの言う通り、義と情によりダニエル殿に付く。
全軍出陣じゃ!」
「「おー!」」
ダニエルに使者を出し、遅延のお詫びと今後の協力を申し出る。
やっと腹が決まったヨシタツにハンベーが囁く。
「トモエ様の言う通り、我が家で天下を獲りに行くと殿が言えばと、我が頭ではその為の算段を進めておりましたのに。
まあ1割ぐらいの勝算ではありましたが」
「クックック
天下か…
男心を刺激するなあ。
まずは王と結んでダニエル殿を倒し、その後ダニエル殿の基盤を頂いて王を倒すというストーリーか」
「ほう、殿も算段されていましたか」
「夢見るには楽しい話だからな。
そして強敵から倒していくなら一刻も早くダニエル殿を潰さねばならん。
しかし、そこがどうしても自信がない。
必死の状況から何度も立ち上がってきたあの方をどうすれば倒せるかがわからん。
やはり儂の器量ではダニエル殿の下で大きな顔をするのが関の山よ」
そこでヨシタツは話を転じる。
「それよりもトモエのことよ。
ダニエル殿とノーマ殿の忠臣かと思えば、あんなことを考えておったとは。
おなごは子供ができると変わるというのは本当じゃな」
「フッフ
殿に惚れられ、エイプリル家の女になられたのでしょう。
いずれにしても夫婦円満は良いこと。
私もトモエ様の排除など考えずに済み、ありがたいことです」
主従は顔を見合わせ笑い、その後はダニエルに遅れた言い訳と、これまでの遅参を取り戻すために人一倍の働きを見せることを相談する。
ダニエルはエイプリル家まであと一日のところで使者に会い、その後を追いかけてくるヨシタツと会談した。
そこでは、これまでの遅参を責め、直ちに全軍を率いて麾下に入るように要求する。
厳しい顔でヨシタツを責めながらもダニエルは安堵していた。
(これで親衛隊の到着までに教団を潰せる)
残る叛乱は、ジョンのみ。
この甥のことをダニエルは軽視していた。
(こいつならば同年代で息子の教育にいいか)
そう思ったダニエルは気軽に長男チャールズにお守り役としてイチマツを軍監に付けてジョンに向かわせていた。
「チャールズ様の軍は大敗。
現在、軍監が敵軍を退けつつチャールズ様を守り逃走中!」
「はあ?」
ダニエルは間抜け顔を晒し、使者に聞き返した。
暴走癖があるとは言え、猛勇で聞こえるイチマツを付けて大敗とは信じられなかった。
詳しく聞くと、兵数は同じくらいで正面からぶつかった。
当初イチマツは後方で督戦し、チャールズに任せていたという。
ところが、敵軍はジョンが先頭に立ち、槍を振りかざして突撃、チャールズやその側近の若手騎士はその勢いに呑み込まれてズルズルと退いてしまう。
(これはいかん!)
イチマツはそこで慌てて介入するももはや退勢は回復し難く、イチマツはチャールズを敵の攻撃から守るのがやっと。
背中を見せて退却するチャールズにジョンは叫ぶ。
「それでも勇将ダニエルの子か!
俺とお前、どちらが父に相応しい子か決着を着けよう。
引き返して一騎打ちをせよ!」
それを聞き引き返そうとするチャールズの首根っこを捕まえ、イチマツは馬を走らせた。
ダニエルのところに来たチャールズは倒れんばかりに疲労困憊であったが、ダニエルの前で膝をつき頭を下げる。
「父上、任せていただいた兵を失い、敗退しました。
すべては指揮官たる私の失態。いかようにも罪をお与えください」
ダニエルは能面のような顔で言う。
「負け戦の責任は指揮官にある。
しばらく謹慎し、自己を見つめ直せ」
肩を落とし、私は父の子に相応しくないのかと呟きながら立ち上がるチャールズにノーマが近寄る。
「チャールズ、勝敗は兵家の常。一度くらいの敗戦でくよくよすな!
父御も今回大負けしたが。
最後に立っている者が笑う。
私が鍛え直してやるから、もっと強うなれ」
「ノーマ母上…」
泣き出すチャールズを抱いてやりながらノーマは去っていく。
ダニエルはそれを見ながらイチマツに尋ねる。
「ジョンはどうだった?」
「流石はダニエル様のご血縁というべきか。強かったです。
またあの先頭に立っての指揮ぶり。初陣とは思えません」
(うーん。
ここで調子づかれると困る。
早めに潰すか)
ダニエルは、若僧相手に俺が行くのかと嫌がるオカダに鎮圧を頼む。
その際、できれば捕えてくれと言ったのは亡き兄とジーナへの感傷のためか。
「お茶の子さいさいよ。
力余って殺しても文句を言うな」
と言いながらオカダは気軽に出陣する。
それからしばらく後、急使が来る。
「オカダ様、敵軍と相互にダメージを受けて引き分け。
御本人の負傷もあり引き上げられるとのことです」
「何だと!」
ダニエルは絶句した。
なんだかんだと言いつつ、戦上手のオカダに勝てる武将は少ない。
それをまだ若年で彼と引き分けるとは!
帰ってきたオカダの傷は軽傷であったが、若僧に勝てなかった彼は項垂れていた。
「勝てずにすまん。若造と舐めていったのが悪かった。
しかし、あれは若い頃のダニエルによく似ていたぞ。
あの度胸、指揮ぶり、カリスマ。
あんな若武者は滅多に見ないな」
ダニエルとノーマは夜に二人で話す。
「流石はダニエルさぁとアタイの甥っ子というべきか。
まさかあの義兄と姉の子がそれほど優秀とは」
「問題はそれだけではない。
あの小僧、オレの子だと言い張り、宣伝して兵を集めている。
そしてこの戦ぶりでますます信じられ、兵を増やしている。
今更、実は兄の子だと言っても信じてもらえまい。
その挙げ句に、奴め、ダニエルの子として相応しい待遇を貰えれば軍門に下るなどと言い出し、家臣の中でもそれを勧める輩も出てきている」
ダニエルは怒りというよりも困惑し頭を抱える。
ジョンはその後も勇猛な戦ぶりを続け、それを見た家中には、あの勇敢な若者こそ跡継ぎに相応しいのではないか、ダニエル様は何故家族にむかえいれないのかという声が出てきている。
ダニエルの話を聞き、ノーマは激怒した。
「あの小僧、ふざけるな!
生かしていただけでもありがたいところを、ダニエルさぁの命を狙った上、子として認めろとはどこまで図々しか。
わかった。家臣ではダニエルさぁの子だと遠慮があっど。
アタイがウィリアムを連れて討伐するが!」
ずっと虐められたジーナへの鬱憤を晴らすかのようにノーマは言い募る。
それにしても自らの子を連れて討伐するとは、身内の恥を自ら始末するということかとダニエルは察した。
それにしてもジョンはどこまで本気でダニエルの子と信じているのか、ポールと面会した時、親子の名乗りをしようとしたポールを拒絶し、「こんな男が俺の父であるはずはない。俺の父は英雄ダニエルだ!」と言い放ったと聞く。
こんなことなら醜聞を恐れずに、ジーナと縁を切った時に我が子ではないと公表しておけばよかったとダニエルは深くため息をついた。
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