王の目論見とダニエルの内憂外患

王がプレザンスとの協議を終え、満足気に引き上げた数日後、警護の当番騎士が駆け込んでくる。


「ヘンリー騎士団長が至急の御用だと来られています」

「通せ」

王は苦虫を噛み潰したような顔となる。

用件はダニエルとの和平の勧めしかない。


「ヘンリー、何事だ?

国境監視を命じていたはずだが、異変があったか?

そうでなくては至急の用件などあるはずあるまいな」

王は騎士団長の顔を見ると、機先を制して口火を切る。


「隣国ならば我が国の内戦を聞きつけたか何度も攻めてきましたが、すべて撃退しております。

王がそれほど隣国との紛争に関心を持っていただいているとは知りませんでした。何度ご連絡してもご指示もなく、ダニエルのことで頭がいっぱいかとやむを得ず私の判断で指示しましたが、当時の情勢を詳しくお話しいたしましょうか」


外敵の動向は何も異変がないと思い、嫌味のつもりで言ったら逆捩じを喰らわされて王は困惑する。そう言えば何度も書簡が来ていたが、中も見ずにヘンリーに任せるとだけ言った覚えがある。


「そう言えばダニエルは隣国の動向を心配して使者をよこし、応援が必要ならば言って欲しいと申しておりましたな」

団長は追撃をかける。


己の器が小さいように言われているようで王の顔はますます渋くなる。

「それで何の用だ?

余は忙しい。早く話を済ませて騎士団に戻れ!」

早口で言う王に対して団長は慌てない。


「他でもないダニエルのことです。

せっかくの今回の勝利を活かして和睦されよ。

今なら陛下もメンツが立つ。私が間に入りましょう」

団長の言葉は予想していた通り。

王は考えていた反論を口にする。


「何を言う。

ダニエルは所領に戻っただけで降伏した訳では無い。

奴を叩いて負けを認めさせる。頭を下げてくれば許してやろう」


「所領取り上げなどの過酷な条件付きでですか。

プレザンスなどに何を吹き込まれたか知りませんが、自領を取り上げられるとなれば奴は死物狂いになりますぞ。

陛下も子熊を護ろうとする母熊の必死さを見たことがありましょう。


たとえダニエルに打ち勝てても、相互にその被害は膨大になり、それこそ国は乱れ隣国が攻め寄せてくることは明らか。

内戦は誰の得にもなりませぬ。

ここで妥協するのが最善です」


団長の言葉は重みがある。

隣で聞いていた王妃も大きく頷いている。

王は何と言うべきか迷った。

これまで何かと頼りにしていたこの二人だが、今後の自分の構想には賛同すまい。

既にプレザンスの悪辣な策略にゴーサインを出してしまっている。

あれが実行されればダニエルは和平の話など聞くまい。


「実はこの戦闘の前ですが既にダニエルには打診をしています。

奴は、王国を乗っ取ろうという野心はなく王家は尊重する、南部・西部のヘゲモニーを認めてもらえば他の条件は交渉して良いといっています。

幸い直前の戦は陛下の勝利に終わったという好条件を活かし和平交渉を行われればいかがですか。

ダニエルも自領に戦火が及ぶことは避けたいでしょう」

団長は更に詰めてくる。


「確かに、ヘンリー団長の言うことはもっとも。

陛下、その提案に私も賛成です。

宮廷貴族も王都の民ももう戦は懲り懲りと思っています。

できるだけ有利な条件でダニエルと和を結びましょう。

ああ、和がなれば我が子とダニエルの子の縁組も良いかもしれません」

王妃もそれに賛同する。


王がどう言いくるめるかを考えていると、プレザンスが喜色満面でやってくる。

そして王妃も団長も見ずに、王に対してすぐにまくしたてる。

「陛下、謀略は上手く進んでおります!

こちらの調略に大多数が喜んで乗ってきました」


チッ、間が悪い時にと王は思うがもう遅い。

「謀略とは何のことですかな」

騎士団長が怖い顔で尋ねる。


「言うまでもなく、ダニエルへの仕掛けですよ。

これが炸裂すれば奴が慌てふためくこと間違いなし。

その後であれば、親衛隊でも侵攻できるでしょう。

騎士団のお力を借りる必要はないのでご心配なく」


しゃあしゃあと言うプレザンスは騎士団長を目の敵にしており、その言い方も棘のあるものとなる。

彼は、宰相不在の今、国内ナンバー2でかつダニエルの後ろ盾と目されているヘンリー団長を目の上のたんこぶと看做していた。


その敵意ある態度を受けて団長も自然と険しい表情となる。

「具体的に何をしたのか言ってみろ!」


「敵に通じているかもしれない人には何も言えませんね」


二人の争いを見かねた王が口を出す。

「止めろ!

ヘンリー、ダニエルの背後を脅かすために奴の親族や反対派に工作して挙兵をさせることとした。

同時に正面から親衛隊に攻めさせる。

前方と後方に敵を受ければダニエルも参るだろう。

その機を捉えて和平しよう。

ヘンリー、その時は上手く間に入ってくれ」


調子のいいことを言う王に、団長は呆れたように言い捨てる。

「そのような策を講じて和平など人を馬鹿にするにも程がありましょう。

特にダニエルが家族についてようやく悩みのタネが片付いたと言って、ホッとしていたことは承知のはず。それを使って攻撃するとは…

もはや私の出る幕ではありませんな。

余計なことを申し出たことをお詫び申し上げます」


そう言って騎士団長は王を見向きもせずさっさと去っていく。


王妃も無言で席を立つ。

その後ろ姿は、このような重要案件を相談もなく決めたことへの不満と憤りを現している。

公爵家出身の彼女のバックには貴族達がいる。

彼らも、相談なく和平の機会を潰し、戦を続けようとする王に怒りを抱くだろう。

貴族たちは戦乱のために荘園からの税が入らずに困窮していた。

一刻も早く平和となり、秩序と税を回復してくれと願っている。


王家も荘園の大所有者であり、その点は貴族と利害を同じくする。

しかし、王は大荘園所有者であることを脱し、地方で現地の農地を支配している地方領主を組織して、王が王国を直接支配することを目論んでいた。

その為、戦乱を理由に荘園を横領し税を収めない地方領主をいったん跋扈させて貴族の力を削ぎ、ダニエルを倒した後に、その勢いで実力ある領主を基盤とする政権を再編する考えであった。


(ここでダニエルと和を結べばすべてが中途半端。

貴族達を敵に回しても戦を続けて、ダニエルを早期に倒し、その勢いで君主専制体制を作り上げるしかない!)

王はそう決意し、プレザンスの方に向き直し、詳しく工作の結果を聞き始める。


一方、アースではダニエルの体調が着々と戻るとともに、レイチェルが指揮を取り防衛体制の構築に向けて総動員体制を敷いていた。

彼女はこれまで行ってきた中長期に及ぶ産業振興は取りやめて、食料と兵器の生産に傾斜した体制とし、他も短期的に大きな成果が出るものに金と労働力を振り向ける。


「こんな無駄な生産体制を実行することで領内の発展がどれほど遅れることか。

ようやくアースを中心にジャニアリー領とヘブラリー領を結びつけ、更にその外郭にリオやエイプリル、ジェミナイなどの外様の領地を連絡させる効率的な体制ができつつあったのに、すべてがおじゃんよ!」

レイチェルがヒステリーを起こす。

これまで営々と作ってきたシステムを自らの手で崩さねばならない無念さが表れており、彼女を支えてきた官僚はそれに共感して涙する。


そう嘆きつつも、レイチェルは必要な手を打っていく。

これまで自由経済をモットーとして、領内では市場を有効に機能させるのに必要な最小限の規制のみとしてきたが、それを一転して、経済的に効率が落ちても戦争の継続に必要な物資の生産を強制させる。


同時に人の出入りも取り締まる。

警察力を強化して怪しげな者、物資の輸送を監視する。


自由経済の下で伸び伸びと成長してきたアースの産業は強権と補助金により戦争経済への変貌を強いられる。


「こういう政策は弊害が多いのよ。

効率性が落ちるのが一番気に入らないけれど、他にもこちら側の権力に擦り寄って甘い蜜を吸おうとする者が出てきて、癒着や汚職が発生する、そしてそれを取り締まるのにまた非生産的な人が増える。

馬鹿げたことよ」

レイチェルは夜、ダニエルを見舞いに来てそんな愚痴を言う。


「レイチェルには苦労をかけてすまないな。

しかし、今おざなりにしておくと長期戦になった時に食料や兵器が枯渇すれば戦わずして敗北することになる。

我が領内は急発展しているとは言え、経済規模では王都などにまだ太刀打ちできない。

幸い、親衛隊は王都辺りでぐずぐずしているようだ。

まだ時間はある。

頼むぞレイチェル、経済政策についてはお前だけが頼りだ」


「戦場に行けない私はこれくらいしかお役に立てないですからね」

レイチェルは、生死の境を彷徨うダニエルをノーマがずっと看病していたことにコンプレックスを抱いていた。

ようやく回復したダニエルの褒め言葉を聞いて、頬を染める。


そんなレイチェルを見て、ダニエルは立ち上がり、彼女を抱きしめた。


「もう、あなたに会えないかもしれないと思ったわ。本当に辛かった。

こんな思いは二度とさせないで」

レイチェルはダニエルを抱き返して、彼に涙声で囁く。


「辛い目に合わせてすまなかった。

これからは連戦連勝を期し、心配をかけないようにしよう」


「約束よ。

常勝将軍となってね」

今度の防衛戦は苦戦が確実なのは二人とも承知している。

これはその上での睦言のようなやり取りだ。


「じゃあ久しぶりに夫婦らしいことをしようか」

ダニエルはレイチェルを抱き上げてベットへ運ぶ。


「無理しない方がいいわよ」

ダニエルの夜戦の意図を察してレイチェルが笑う。


「何、もう大丈夫だ。

元気になった証拠を見せてやろう。

今晩は寝かせないぞ」


「まあ怖い♪」

明かりを吹き消し、ダニエルもベットに入った。


およそ十日後、武芸の訓練を開始したダニエルの下に凶報が入る。

「ダニエル様、ヘブラリー領で叛乱が起きました!

叛乱軍はダニエル様のお子、ジョン様を担ぎ、故ジーナ様の残党がそこに与しています」


「ジャニアリー領で兄ポール様が帰還して、正当な後継者であると名乗り、味方を募っているとの報告が入りました!」


「アレンビー家叛乱しました!

ダニエルを倒せと号して、敵対を明らかにして籠城しました」


「ガニメデ宗の狂信者が蜂起しました!

ダニエルを倒し神の国を作ると言っています」


「ジェミナイから侵攻軍が攻めてきました!」


「リオで独立派が叛乱!

駐屯軍を追い出すと息巻き、戦闘に入りました」


これまで平穏であった領内各地で叛乱が勃発、王が手を回していることは疑いがない。

とりわけ、甥ジョン、兄ポールを使ったことはダニエルを激怒させた。


ダニエルは家臣を集めて会議を開く。

「王ことアーサー・オウガストが背後にいることは間違いない。

騎士団長が和睦を勧めてきたが、ここまで手段を選ばずオレを倒しに来ているのであれば奴とはどちらかが倒れる迄戦うしかない!」


「その通り!

ダニエル、こっちも手段を選ばずやり返してやれ!」

オカダが吼える。


「ヒデヨシ、王家一族のアルバート公は亡命したと聞いたが、あれを甘言で連れ出せ。どうせろくな待遇も受けていまい。

あれを王に担ぎ出し、今の王の正当性を問う!」

ダニエルは本気で怒っていた。

これまでは妥協も頭の片隅にあったが、もはや王の対立候補を立て徹底的に争う決意を固めた。


横で聞いていたレイチェルが話を続ける。

「これまで多少とも認めていた南部と西部における宮廷貴族所有の荘園からの税の送付を止めましょう。

彼らにはアルバート公に付けば税を送ってやると言い、宮廷貴族の分裂を誘います」


「姉さん、それは…」

アランが難色を示す。

ジュライ家は宮廷貴族とのパイプ役を務め、彼らから情報を集めたり、ダニエルに有利な動きをさせる代わりに、税を送るのを認めていたのだ。

それを断ち切れば、宮廷貴族への工作も難しくなる。

アランの元には今も多くの貴族から様々な動きが寄せられている。

彼らは王とダニエルとを天秤にかけていた。


「アラン、ここで甘い顔をすれば我が家が苦しいと思われるだけ。

ここは強面で行くしかないわ。

ダニエル卿は王のやり口に激怒していると伝えなさい」


宮廷への対応を決める一方、領内の叛乱鎮圧に各将を充てる。

必然的に親衛隊への防衛線は弱体化する。


「クリバヤシ、すまないが各部隊が叛乱を鎮圧し防衛線に復帰するまで単独でムーン城に籠もり、敵を拘束してくれ。

難しいと思うが頼む」


「もとより単独で戦うこともあると考えてきました。

ダニエル様、お任せください。

たとえすべての将兵が斃れようとも、必要な期間、敵の侵入を許しはしません」

クリバヤシは莞爾として笑う。


ダニエルは固くその手を握り、「なるべく早く戻ってくる。無駄死にするなよ」

と言うと、自身はリオに向かう。

貿易港を確保できるかどうかにより継戦能力は大きく異なる。

一刻も早く叛乱を鎮圧し、領内外の交通路を確保しなければならない。ダニエルはまだ完治していない身体を酷使して、道を急ぐ。


そして残されたムーン城に急使がやってくる。

王都に残ったカケフからである。

『ニッタ軍が王都周辺の平定を諦め、ダニエルの本拠を突くためにそちらに向かった。兵の数は数万。注意しろ』


その書簡を受け取り、クリバヤシは考える。

その配下は5千。

数倍の敵を引き受け、主君が戻るまで負けることは許されない。

「男子の本懐よ」

敵のやってくるであろう街道を睨みながら、クリバヤシは呟いた。





















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