ダニエルの帰還と戦闘後の模様
ダニエルが半死半生で部下に負われて帰国を目指している頃、ニッタ軍がダニエルの包囲を解きヨシノに転進したとの報を受けて、慌ててクスノキ軍とキタバタケ軍が追跡してくる。
一方で逃走中の一行は、ダニエルが朦朧と寝込んでいる中、ヒデヨシが総指揮を取ることとし、クリスと相談しながら退却を行う。
とにかく兵力が必要であり、逃げ遅れて周囲で三々五々に撤退している兵をかき集め、人数を揃える。
しかし、寄せ集めの引き戦の上、急造の指揮官ヒデヨシの指揮では、ここで敵将ダニエルの首を上げ大手柄をたてるという勢いで掛かってくる敵軍を抑えきれない。
「こなくそっ!」
上手く行かない戦いぶりにヒデヨシが喚く中、近衛兵や他の使えそうな兵を集めて何度目かの槍入れをし、キタバタケ隊を追払って帰ってきたクリスが疲れの濃い顔で言う。
「最後の壁となっていた近衛兵もそろそろ限界だ。
次の追撃に対して持つかどうか。
ダニエル様とノーマ様を逃げさせる算段を考えねばならん」
「いよいよとなればコロクにハチスカ隊を指揮させて、ダニエル様を馬車に乗せて送り出すか?」
ヒデヨシの案にクリスは苦渋の顔で頷く。
「ここで近衛兵の次に中核となっているハチスカ隊が抜ければ痛い。
しかしそれしか手はあるまい。俺が合図すればそのように頼む。
ヒデヨシ殿もともに行け。
あとは俺が引き受ける」
後を引き受けると言ってももはや満身創痍の近衛兵の他は逃亡兵の集まりしかいない。
つまりクリスは身を捨てて時間を稼ぐと暗に言っている。
「すまん!」
こういう場は非力な自分に役立てることはない。
そう冷静に判断するヒデヨシはその提案に乗る事とする。
「代わりにダニエル様とノーマ様はこの身に代えても無事に送り届ける」
「それだけは頼む。
もし俺の後にお二人がヴァルハラに来れば呪い殺すぞ」
冗談めかして言うがクリスの目は本気だ。
ヒデヨシはクリスの鬼気迫る語気に怖気を感じながら約束する。
しばらくして、いよいよクスノキ隊が猛進してきた。
指揮する兵の疲弊ぶりを見たクリスはこれを追い払えるか自信がない。
やむを得ずハチスカ隊にダニエルを護衛しつつ逃走する準備をするように合図する一方で、兵を集結させて付近にある廃屋に立て籠もる用意をさせる。
どこまでできるかわからないが、建物を使い玉砕するまで抵抗して時間を稼ぐのだ。
クリスと配下の兵が悲壮な決意を固めて、顔色悪く眠るダニエルに最後の別れを告げに来た時、見張りの兵が大声で叫ぶ。
「援軍が来たぞ!」
どの部隊とも自らが逃げるので手一杯のはず。
反撃に来る余裕があったのか、そして誰が来たのか、クリスは疑問に思いながら見るとネルソンの旗が振られている。
「くっ、今頃来やがって!」
クリスは怒りとも喜びともつかない思いを抱く。
これまでジェミナイと戦闘を重ねてきたネルソン麾下の精鋭は、さんざん待機を強いられてきた鬱憤を晴らすかのように、有り余る力を遺憾なく発揮し、追い縋るクスノキ隊を軽々と撃破。更に勢いを駆ってその後方に位置するキタバタケ隊も攻撃。これに大勝する。
それを見て、ヒデヨシとクリスはようやく心の底から安堵し、ネルソンの派遣した馬廻りに護衛されてアースへの帰還の途に着く。
その頃、アースではレイチェルが激昂していた。
「あなた達、将軍が戻ってきていて総大将のダニエル様が戻ってきていないとはどういうことですか!
私が聞いたのは、あなた達が囮となってダニエル様を逃すという策のはずでしたが、あなた達はダニエル様を囮にして逃げてきたのですか?
それでも歴戦の武将ですか!
恥を知りなさい!」
ダニエルの生死は依然として知れないが、その護衛は少数であり、かつ親衛隊が総力を上げてその行方を追っているということは、その身の安否は危うい。
レイチェルはその状況を知り、普段の怜悧さをかなぐり捨てて半狂乱となっていた。
一番責められるべきネルソンは要領よくダニエルの救援に向かっており、カケフは王都近くに残ってゲリラ戦の用意をしている。
今レイチェルの面前に座り、渋面を見せているのはオカダ、バースの重鎮他の面々である。
彼らはあちこちに戦傷の跡がくっきりと残り、疲れが見える。
とにかく兵を連れてアースまで撤退したところでレイチェルから急遽呼ばれたのだ。
家中で並ぶもののいない重臣である彼らもレイチェルの怒りにはなんとも言い兼ねていた。
(バース、何か言え。
こんなことになるなら王都周辺で牽制するために残ったカケフが羨ましい)
オカダがバースをつつくが、バースは瞑目して沈黙を続ける。
この場で何を言っても怒りに火を注ぐだけだ。
「姉さん、皆さんを責めても仕方ないよ。戦場は何があってもおかしくないところと義兄さんも言ってたじゃないか」
見かねたアランが助け舟を出す。
「そうそう、戦場は一寸先は闇なんだ。
まさかこちらを追い掛けていた敵軍が、少数で逃げるダニエルの方に方向転換するとは思いもよらなかった」
と口を出すオカダを、レイチェルは刺し殺しそうな目で睨みつける。
「レイチェル様、お怒りはごもっとも。
しかしここにいてもダニエル様のお役にも立てません。私はまだ使える兵を掻き集めてダニエル様の救出に行って参ります」
バースが静かに口を開き、立ち上がる。
「ダニエル様が亡くなっていたらどうするの!」
レイチェルが追い討ちをかける。
「その時は敵軍に突撃し、戦死して跡を追う所存。
では御免」
去っていくバースにレイチェルは我に帰って叫ぶ。
「戦死は許しません!
戻ってきて後継となる子のために働きなさい!」
そして座っているオカダ達にも声をかける。
「私としたことが言いすぎました。
ダニエル様の生死が分からず錯乱したようです。
もう引き上げて結構です。
休養して次に備えてください」
レイチェルは消沈してアランに寄り添われながら奥に下がる。
オカダや麾下の指揮官は暗い顔をして下がる。
何よりダニエルの安否が気にかかり、このまま戦場に戻りたいが、兵は疲れている。
どうすべきか迷っていた。
そこへ伝令が来る。
「ダニエル様を救出しました!
まもなくアースに到着予定です」
ネルソンからの使いである。
その知らせにより、城内は歓喜に包まれる。
しかし、城に入ってきたダニエルは半死半生の状態であり、ここまで酷く痛めつけられた夫を見たことがないレイチェルは驚愕する。
みな呆然と動けない中、付き添ってきたノーマが「何をぼやぼやしておるか!さっさと医者を呼び、養生の準備をせんか!」と一喝し、周囲は動き始める。
そのノーマは真っ青な顔色でふらつきながらもダニエルの横を離れない。
彼女は不眠不休でダニエルの様子を見ており、その疲労は限界にきていた。
「ノーマさん、後は私がやります。
あなたもお休みください」
レイチェルのその言葉を聞き、ノーマは「ダニエルさぁを頼む」と言って、気を失い、侍女が大急ぎで医者を呼ぶ。
レイチェルがダニエルを寝室に運ぼうとする時、彼の目が開く。
「ああ、なんとか逃げ切れたのか。
ここにいる各将を呼べ」
彼の命に従い、オカダ、バース、ネルソン、ヒデヨシ以下の各指揮官が集まる。
揃ったと聞くとダニエルは弱々しいながらもはっきりした言葉を出す。
「まもなく王の指示で親衛隊などが攻めてくるだろう。
カケフとアカマツなど友好領主は王都近郊で活動し、親衛隊の動きを牽制・束縛する筈だがどこまでできるかはわからない。
みな協力して領土防衛に全力を尽くせ。
まずは防衛体制構築への時間が必要だ。
早々に進撃してきた場合、ヒデヨシが指揮して道中で徹底的にゲリラ戦を行い、補給させずに進軍を止めろ。
その一方で、領内の総力を上げてアースには敵を入れさせるな。
ここが政治経済産業の中心地。ここを死守しなければ我が領内は立ち枯れてしまう。
その為の要否は要塞ムーンを守れるかだ。
クリバヤシはいるか?」
「ここにおります」
「急ぎ万全の防備を固めろ。
どれだけ時間があるかわからんが、ムーンを守りきれるかがこの防衛戦の要だ!」
「全身全霊にかけてもムーンを死守いたします。
ご安心ください」
クリバヤシは淡々と答える。
この智将はこうなることもあろうかと着々と周囲に土の城を築き、防衛線を固めてきた。
「よし、頼んだ。
加えて、ムーンとその後方のメイ領のマーキュリー城、旧ジャニアリー領のヴィーナス城を結ぶ三角形を防御ラインとして機能させろ。
そのためにマーキュリーにはオカダが、ヴィーナスにはネルソンが入れ。
バースはヘブラリー領で兵の募集と再編に努め、ジェミナイからの逆襲に備えろ。
模様眺めのエイプリル家や無断で撤退したアレンビーには、まずは防衛に協力するように呼びかける。今は、内部で戦う余力がない。なんとか調略で収めたい。アラン、ターナーを使って交渉してくれ」
ダニエルは、そう言い伝えると死んだように気を失う。
家中はその指示に従い、慌ただしく動き出す。
すぐにでも親衛隊が攻め寄せてくるかもしれない。
その恐怖が家臣や領民に広がっていく。
さて、親衛隊の様子を見ると、キタバタケ隊とクスノキ隊はダニエル追跡の険しい道での犠牲者に加えて、ネルソンの迎撃による敗北で大きな損害を受け、直ちには動けない。
無傷のニッタ隊は王と宮廷貴族を護衛して王都に送り、その功績で褒美を与えられた。
「父上、敗走するニッタ隊を助け、時間を稼いだのは我がクスノキ。ダニエル軍を退却させたのはキタバタケ隊。
更にその後、ダニエルを追跡したのも我々とキタバタケ殿。
にも関わらず、敵と戦いもせず宮廷貴族を王都に送っただけのニッタ殿が一番の恩賞とは解せませぬ」
息子マサツラの素朴な憤りにマサシゲは優しく笑う。
「マサツラ、その思いはもっともだ。
しかし陛下や宮廷貴族の気持ちを考えてみよ。
どこか遠くで敵と戦っている部下と、実際に敵が襲ってきそうな時に息せき切って駆けつけ、自分たちを家まで送ってくれる部下。
どちらが愛おしく思える?」
父の言葉を聞き、マサツラは困った顔をする。
「父上、人の情としてはわかります。
しかし人の上に立つ者がそれではいけないと思います」
「そのとおりだ。
陛下もそんなことは百も承知だろうが、それでもニッタ殿を厚遇するのはそれだけ今回のヨシノ避難が辛かったのと、一番御しやすいニッタ殿を更に従順にするためだろう」
マサシゲはその後嘆息する。
「わしの褒美は薄くても構わないが、今時間を置かずにダニエル殿を叩かないと、直ぐに勢力を回復しよう。
宮廷では、ダニエルは終わった、後は武官がおいおいと追い詰めれば良いと言われているようだ。
喉元過ぎれば熱さを忘れるとは言うが、早すぎる。
次にダニエル殿が攻めてきたときが我らの危機になろう」
キタバタケ家ではチカフサが激怒していた。
「ダニエルを追い詰め、瀕死にまで追い込んだアキイエが、何もしなかったニッタの下だと!
王はどこに目がついているのだ!」
配下も口々に言う。
「アキイエ様、これでは東北から遠路駆けつけ奮戦した意味が有りませぬ。
もはやダニエルのことは放っておき、故郷に帰りましょう」
部下の突き上げにアキイエも更なる進軍を命じることが躊躇われた。
幸か不幸か、王政府からはこれ以上の追撃を命じる指示は来ていない。
ここからの攻撃は自己判断となる。
アキイエの直感はこの機会にとことん追撃すべきと言うが、客観的にそれは難しかった。
アキイエは悲観的な予測を振り払うように首を振り、大声で叫ぶ。
「我らはやるべきことを十二分に果たした。
王都で報奨を受け取り、東北に戻るぞ!」
「「オオー!」」
将軍ニッタは王から大将軍への昇格と王都周辺のダニエルやその与党の領地を与えられ、更に美貌で有名な宮廷の侍女コートーナイシを下賜された。
王と腹心のトム・プレザンスはこの破格の恩賞で意気揚々とダニエルに襲いかかると思ったが、老獪にもニッタは危険な相手に向かうよりも、美貌の妻との時間と与えられたダニエル領の平定に力を注ぐ。
しかし、与えられた領地に位置するシラハタ城に籠もるアカマツ党はしぶとい抵抗を続け、更に周辺ではカケフに指揮されたダニエル軍の残党が暗躍する。
ニッタ軍はどこを叩けば良いかわからずに、兵を右往左往させ、効果の上がらない戦ぶりに、ニッタは美女に溺れているとの陰口が広がる。
「プレザンス、ニッタに褒美をやったのは失敗だったな。
犬に猟の途中で餌をやれば腹が満たされ働かなくなる。
武官など犬と同じように扱わなければならんな。
しかし、ここでダニエルを追い詰めなければまた攻めてくるぞ。
クスノキもキタバタケも仕留められないとは情けない。
その上、褒美のことで不満があるようだ。
ダニエルの首もとらずに、よく恥ずかしくもなく恩賞など言いよるわ」
王が嘆くように言う。
「おっしゃるように武官など猟犬と同じ。
飢えさせておかなければ働かず、あまり飢えさせるとこちらの手を噛んできます。扱いが難しい。
しかし陛下、ダニエルについては次の手を用意してあります。
正面がむずかしければ搦手から。
奴もこの手には参るでしょう」
プレザンスの囁くその策は王を上機嫌にさせる。
「流石だな。
この策が炸裂した時のダニエルの顔を見てみたいものだ!」
二人はそう言って笑い合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます