絶体絶命の危機

「得物は好きにしていいな?」

ダニエルの問いかけにアテルイは「何でもいいぞ。おれはこれでいくがな」と巨大なメイスを振り回す。


(少しでもあれに当たったら骨は砕けるな)

ダニエルはいくつかの武器を持ち、前に出る。 

しかし険しい山道を登るのに鎧冑などの防備は捨ててきた。

アテルイも防具は着けていない。

つまりノーガードでの戦いとなる。


アテルイは後方のキタバタケ兵に「おれが戦っている間は決して手を出すな。

これを破れば俺の配下がおまえ達に襲い掛かるぞ」と脅す。


総指揮官のアキイエが「おう、約束は守る」と答えるとアテルイは安心したようにダニエルの方を向き、「始めるぞ」と叫ぶ。


二人が向き合う場所は山中の泉がある窪地。決して広くはなく、あたかも二人のための闘技場のようだ。その周りは急な山に囲まれ、キタバタケ兵とノーマや近衛兵はそこで観戦する。


「おうよ!」

ダニエルはいきなり後方に走り去って距離を置き、腰の短弓を取り矢を放つ。

体力はアテルイの方に分がありそうだ。

接近戦になる前に傷を負わせ削り取らねばならない。


あいつの足を止める。

その目的で足に集中して矢を射る。

思わぬ奇襲にアテルイの動きが止まり、彼の足に幾つもの矢が足を射る。


「くそっ!

小癪な真似を。

しかし、こんなものはかすり傷。

そろそろ行くぞ!」


アテルイは矢を引き抜くと流れる血をものともせず、メイスを振り回して向かってきた。

突撃するその巨体は恐怖をそそる。


(焦るな!)

ダニエルは自分に言い聞かせて更に数発を足に当てる。


「くー!」

アテルイは痛みに顔を歪めるがそのまま向かってくる。

もはや距離はない。


ダニエルは弓を捨て、槍を取る。

とにかく近接戦は避ける、それがダニエルの方針であった。


メイスの届かない距離から槍で突く。

しかしアテルイは避けずに向かってくるため、腰を入れた突きができず、手だけの突きではダメージを与えられない。


一方アテルイもチクチクと刺しては巧みに逃げ回るダニエルにイライラしていた。

「逃げるな!

向き合って戦え」


素早く振り抜かれたメイスが顔のすぐ横を通り過ぎり、強い風圧を感じたダニエルは震えがくる。


すぐに距離をとりアテルイの腹を突く。しかし浅い。

(逃げることを優先するから強い突きが出せない!)


すでに十数箇所の傷から血が流れているが、アテルイの動きは変わらない。

(思い切って真っ向から戦うか?)

ダニエルはメイスを躱しながら考える。

周囲で観戦するアテルイの配下からは「逃げるな、卑怯者!」と声が飛ぶ。


ダニエルは足を止めて思い切った突きを繰り出すが、予期してきたのかアテルイはその槍にメイスをぶち当てて槍を叩き折った。


ダニエルはその衝撃で後ろに飛ばされ、岩に叩きつけられる。

肩に激しい痛みを感じるが、目の前に迫ってくるアテルイを見て立ち上がり、折れた槍を投げつけ後方に下がる。


「小賢しい槍は無くなったぞ。

さあ力比べと行くか」

アテルイの声が響く。

しかし、彼の歩みも確実に鈍くなっている。

足の傷は効いてきている。


ダニエルは懐の袋から取り出した拳ほどの石をアテルイの顔に投げつける。

それは勢い込んで正面に進んできていた額に当たり、流血させる。

目に入った血に戸惑うアテルイに向かって、ダニエルは背中の剣を抜き、猛然と飛び掛かる。

(この好機を逃せば勝ちはない!)


目が見えず盲滅法振り回すメイスを受け流しながら、ダニエルはアテルイの死角に入るとその肩を斬り落とす。

常人ならば容易く両断できる剣は盛り上がった筋肉に止められるが、アテルイは崩れ落ちメイスは離された。


「アテルイ、お前の負けだ!」

ダニエルはその首に剣を突きつけて宣言する。


「カッカッカ、

ワシの負けじゃ」

アテルイは高笑いして両手を上げた。


「これまで逃げられた者がいないワシのメイスをうまく避けたものじゃ。

ワシも天狗にならずにまだまだ精進せねばなあ」


ダニエルはぜいぜいと荒い息を吐き、倒れ込む。

疲れ切り、骨にひびが入っているのか痛みで肩が動かない。

その様はどちらが勝ったのかわからない。


「ダニエルさぁ、もっとしゃんとせんか!

みっともなかよ」

ノーマから叱咤の声が飛ぶ。

(なんとか勝ったんだから、これ以上は勘弁してくれ)

倒れているダニエルの手をアテルイは引いて起こしてやる。


「キツい嫁御だの。

ワシの妹と取り換えればどうだ?

東北女は肌白く美人だぞ」

アテルイが囁く。


「ありがたい話だが、すでに今生を共にすると契ったものでな」

ダニエルは苦笑して答える。


「そうか。

気が変われば言ってこい」

アテルイが笑ってバンバンと背中を叩くのが猛烈に痛い。


「アキイエ、ワシに勝った勇者じゃ。

このまま見逃してやれ!」

アテルイはそう怒鳴るのが、アキイエは取り合わない。


「確かに見応えのある勝負だったが、それはできん。

ダニエル討伐は勅命だ」


「固い男よの。

まあワシに勝ったお前ならばこやつらなど軽くあしらえよう。

では再戦を楽しみにしておるぞ」


そう言うと、アテルイは手勢を連れて去っていく。

「待て!

命令もなく帰ってはならん!」

キタバタケ軍の指揮官は叫ぶが、彼らは相手にしない。

その足は早く、険しい道をものともしていない。


(なるほどあんな奴らがいればこの険しい山まで来れるはずだ。

そして何者にもとらわれない態度、男はああ在りたいものだ)

ダニエルはアテルイの自由奔放さを羨ましく思う。


「仕方のない奴らだ。

さて、ダニエルよ、試合ならば休息して体調万全になるのを待つのだが、ここは戦場。容赦はできん。

すまんが本番と行くか」


アキイエはそう言うと、「掛かれ!」と兵に命じる。

その配下は約300。険しい道のりに脱落が相次ぎ、ダニエルを追うために編成した3000の兵のうち残ったのは1割である。

それもアテルイの蝦夷兵に手助けしてもらってだ。


さて対するダニエル達。

ダニエルは疲労と痛みで立ち上がるのが精一杯。ノーマがその横で肩を貸す。クリスが素早く指揮し、十五名の近衛兵はダニエルを囲む。

敵は十倍を超え、勝ち目はほぼない。

それでも兵は不思議なくらい士気は高かった。

「一人で20人倒せばいいのか。

さあダニエル様とノーマ様の手を煩わさずに終わらせるぞ」


始まった戦闘はキタバタケ軍の数の優位性が生かされず、ダニエル近衛兵に容易く倒される。

近衛兵は敢えてキタバタケ兵に致命傷を与えず、戦闘できない傷を負わせて蹴り倒す為、その悲鳴やうめき声を聞くと新手の兵は怯んだ。

ダニエルの下で数多い戦争で生き残ってきた近衛兵は戦い方を心得ていた。


「何をしている!

これだけの小勢が何故倒せん!

もう良い。

私が出る!」

部下のあまりの不甲斐なさに、後方で見守っていたアキイエは自らが前面に出て精鋭の馬廻衆に、ダニエルの近衛兵と戦いを挑ませる。


数多くの敵兵と戦い、流石に消耗していた近衛兵は守勢に回る。

ダニエルを囲む近衛兵の動きを制したアキイエは数名の側近とともにダニエルに襲い掛かる。


「待て!

ダニエル様の近くには行かさん!」

自分の前の兵を打ち倒し、クリスが立ちはだかる。


「雑魚の相手をしている暇はない」

アキイエは二人の騎士に目配せしてクリスに立ち向かわせる。


ダニエルまで残るはノーマのみ。

彼女も既に何人もの兵を薙刀で斬り倒し、肩で息をしていた。


「女の出る幕ではない!」

薙刀を構え直すノーマにアキイエは怒鳴る。


ダニエルはノーマの後ろからその肩に手を遣り、

「ありがとう。十分に休めた。

あとは任せておけ」

と話す。


しかし、まだその足取りはおぼつかず、歩くたびに顔は痛みに歪む。

しかしその気迫を見て、ノーマは引き下がった。


「来い、アキイエ!

若僧相手に、アテルイとの戦いはハンディとしてくれてやるわ!」

ダニエルはアキイエの前に立つと痛みを忘れたように吼える。


(こいつ、まだ元気ではないか!)

アキイエは若騎士らしく弱っている相手との戦いに気が引けていたが、それを払い除けて剣を振るった。


カッッ、カチッ

剣の撃ち合いから鍔迫り合いとなると、ダニエルは力が出ない。

やむを得ず、力比べでなく、経験を生かした変幻自在な技でアキイエを翻弄するが、ここぞという決め手を打つ体力がなかった。


(不味い、このまま時間をかければこちらが崩れる)

ダニエルが一か八かの勝負に出ようとした時、突然横から何本もの矢が飛んできてあちこちに刺さり、ダニエルは倒れ伏す。


「誰だ!何をする!

騎士の一騎打ちを邪魔するな!」

アキイエが呆気に取られて、そちらを見て怒鳴る。

そこにいたのはアキイエの父、チカフサ。

アキイエに遅れていたが今辿り着いたところであった。


「アキイエ。

何を游んでいる。

その奸賊に一騎打ちなど必要ない。

さっさと囲んで討ち取れ!」


チカフサはそう言うと、2撃目の矢を命じるが、その前にチカフサの兜に矢が刺さる。

矢の来た方向を見ると、ノーマが怒りに満ちた目で睨み、次の矢をつがえながらアキイエに叫ぶ。

「卑怯者!

ただでさえ自分の前に戦わせ、その上に勝てないと思えば父親に助けを乞うか。

それでも正々堂々と名高い公達か」


罵られたアキイエはチカフサに言う。

「父上、ダニエルは朝敵とはいえ稀代の勇将。

私が礼を尽くしその最期を遂げさせるので余計なことは止めてください」


「う、うむ」

息子の迫力に押されたチカフサは見守ることとする。


「勝負に邪魔が入りすまん。

しかし起こったことは起こったこと。これも先がわからぬ戦場というものよ。

ダニエル、勝負はお預けだが、陛下のためその命貰うぞ。

代わりにお前の女と部下の命は助けてやる」


身体のあちこちに矢を付きたてられて多量に流血し、意識が朦朧として起き上がることすらできないダニエルにアキイエは剣を下げて近づく。


そのアキイエの背中に一人の男が走り寄る。

クリスが二人の騎士を倒し、その背中に向かい飛びかかってきたのだ。


「雑兵は見ておれ!」

疲労の極にあるクラスはアキイエの一撃で倒される。

「約束通り命はとらん」


アキイエがダニエルの下に行くと、ノーマが立ち塞がる。

「ダニエルさぁは殺させんと!

アタイと勝負じゃ!」


「ダニエルの妻はジェミナイ王を捕えたと聞くが、私はヨシカゲとは違うぞ」


五合と撃ち合うと、ノーマは薙刀を落とされた。

「得物も無ければ、後ろに下がって夫の冥福を祈っていろ」


しかしノーマは下がらない。

それどころか動けないダニエルに上から覆いかぶさって叫ぶ。

「ダニエルさぁを斬る前にアタイから斬れ!」


アキイエは躊躇った。

彼の騎士としての自意識は女性を斬ることを許さない。

「アキイエ、何をしている!

その女から斬れ」

チカフサは怒鳴り、アキイエは、ダニエルに固くしがみつくノーマを見てため息をつく。


「やむを得ない。女を手に掛けるのは私の恥となるが、夫婦揃ってヴァルハラへ行け!」

アキイエが剣を振り上げた時、大きな声が突如響く。


「ちょっと待った!

その剣は下げてもらえんかね。

そうしなければアンタたちキタバタケ軍は皆殺しだよ」

猿面の小兵が茂みから顔を出した。

よほど急いだのか、その顔は汗にまみれている。


「何を言う!」

アキイエはその奇妙な男に怒鳴るが、男は動じない。


「周りの山を見てもらえんか」

その言葉にキタバタケ兵は周りを見ると、猟師達が百人ほども弓を構えてこちらを狙っている。


「なんだ、お前達は!」

チカフサが怒鳴ると、猿面男の横から髭面の山賊のような男が出てきて言う。


「私はこのあたりの山の民の長。

猟師だけではない。山の民は皆ダニエル様の味方となった。

ダニエル様を害するのであればお前達は一人残らずここで死んでもらう」


「はっ!

賤民ごときが我らを殺すだと。

図に乗るな!」

チカフサの言葉に山賊男は薄く笑う。


「直接手をくださずともよいのです。

ここは山奥深くで王都ではないですぞ。

山の民の助けなくしてとうやって帰り道を探される?」

その言葉で道案内の山の民を探すがどこにもいない。


「裏切ったな!道案内の約束をしただろう」

「賤民頭の御命令を受けましてな。

悪く思いなさるな」


しかし山の民の長の言葉を聞いてもアキイエの剣は上げられたままだ。

「父上、みんな、陛下のためだ。

私はここでダニエルを討つ。

みな死んでくれ」


アキイエの言葉にキタバタケ軍は真っ青になる。

この勝ち戦で褒美を貰い、親や妻子、恋人に会いに行くことを楽しみにしていたのだ。

誰がこんな山奥で果てたかろう。


「アキイエ様、お考え直しを!」

「ダニエルは後日討てばよろしい。

生きて帰りましょう」

口々に嘆願する。


チカフサも説得する。

「アキイエ、お前まだ子供も持たずに、ここで父とお前が死ねば我が家は潰れる。こんな親不孝なこと、そして祖先に申し訳ないことはないぞ!」


これらの言葉にアキイエは折れる。

だらりと剣を下げ、「わかった。私の負けだ」と項垂れる。


その隙にクリスや近衛兵はダニエルとノーマを運び、猿面の男のところに行く。

そして山の民がダニエルを抱えて、山奥深くに去っていった。

同時に猟師も姿をくらまし、代わりに道案内が戻ってきて言う。

「では、王都に続く道まで御案内します」


大魚を逃したアキイエは大きなため息をつく。

それを慰めるかのようにチカフサが言う。


「ダニエルならば心配いらん。

この先の平地に出る道でニッタが待ち伏せしておる。

平地ならば山の民も関係ない。

ダニエルは先程の様子ではしばらく動けまい。

ニッタに容易く討ちとられよう」


「そうだといいのですが」

アキイエは憂鬱そうに言う。

何の根拠もないが、あの男は天運に恵まれている、ニッタもにげられるのではないかという予感がする。


そのアキイエの心配は的中していた。

ダニエル軍の最後方にいたガモーは少数の兵を集めて、ヨシノ近くに潜んでいた。

ダニエル敗れる!

その急使を受けた宮廷は大いに沸き立ち、直ちに懐かしい王都への帰還を決め、まずは王を出迎えるための先遣隊として若手の貴族や女官を先行させる。


浮かれ騒いで王都に向かう一行を、ガモーは急襲した。

若手貴族を多く討ち取り、女官を散々に脅してヨシノに戻らせる。


一度浮かれていただけにその衝撃は大きかった。

宮廷貴族はいきり立ち、ニッタに使者を送り、ヨシノ近くに残党がいたことを責め、直ちに救援に来るように求める。


ニッタはクスノキからダニエル包囲網を引くように要請されていたが、王や宮廷の機嫌を損ねる事を恐れ、陣を引いてヨシノに急行する。


お陰で半死半生のダニエルを連れた一行を追ってくる者はだれもいなかった。

「助かったのー。

ガモーの策が大当たりじゃ。

しかしダニエル様を捕えるよりも宮廷の機嫌取りか。

宮仕えも辛いのお」

ヒデヨシはグリスを相手にしみじみと言う。


「宮廷の言うことを聞かないと讒言にあって無実の罪に問われますからね。

ところでよくあの危機に間に合いましたね」

クリスが問うと、ヒデヨシは得意そうに言う。


「親衛隊がダニエル様の跡を追い始めたのに気づいて、慌てて賤民頭のサムソンのところに駆け込み、山の民はすべてダニエル様に味方するように命令を出してもらったのじゃ。

それにしても危機一髪だった。

わしのファインプレーじゃな」


そう言うヒデヨシにクリスはチクリという。

「あんな険しい道を少数で行かせたのもヒデヨシ殿の策ですよ。

自分の尻を自分で拭いたというところではないですか」


「クリス殿は厳しいのお。

まあそうかもしれん。

ダニエル様が元気になれば叱ってもらいましょう」

ダニエルの側にはノーマが付きっきりだが、元が強健な身体であり、日に日に良くなっている。


(さぁ、ネルソン。

ダニエル様がお帰りじゃ。

お前はどう言い訳するのかの?)

ヒデヨシは同僚のネルソンがどう振る舞うのか興味津津であった。


























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