ダニエルの休日(午後1)

 声のした方を見ると、警備兵らしい男が少女の前に立ち、嫌がる少女に、「おれは今をときめくダニエル様の兵だぞ。断って無事に済むと思うか!」と大声で脅迫し、無理に腕を引っ張って連れて行こうとしている。周囲は気の毒そうに見ているだけだ。


 ダニエルは急ぎ駆け寄ると、刀を一閃し、兵の首を刎ねる。

 血しぶきが飛び、悲鳴が上がる。周囲から兵が駆け寄る中、ダニエルは大声で叫ぶ。


「自分は通りがかりの一介の騎士だが、婦女子への狼藉は許さないとダニエル様は申されていたはず。ダニエル様に代わり、不良兵を退治したまでだ。」


 何を言うか!と仲間の兵に囲まれるが、そこに「何を騒いでいる。」と従士長のラインバックがやってくる。


「従士長、コイツがサムの首を刎ねやがった!反逆者として嬲り殺しにしてやっていいでしょう!」


 ラインバックは「いきなり乱暴なことを言うな。まずは言い分を聞こう。」とダニエルを見たが、帽子の鍔に隠れて顔が見えない。

 顔を見せてもらうぞと言いながら、鍔を上げたラインバックは「げっ、あなたは!」と叫ぶが、ダニエルは口に手をやり黙らせ、小声で言う。


「随分質の悪いのが入っているな。オレと領地の名を辱めさせるな!

わかったなラインバック。」


「申し訳ございません。人手が不足し、やむを得ずこの辺りの事情をよく知る地元の者を下働きに使っています。綱紀を引き締めます。」


ダニエルはラインバックの言葉を聞き、先に進もうとする。

しかし、先程の仲間たちが、「ふざけるな。従士長がやらないのなら俺らがやってやるぞ!」

と襲ってくるのを、ダニエルとラインバックは手もなく叩きのめす。


 急に起こった乱闘に、周囲から悲鳴が上がり、人々が散り去る中、ダニエルは言う。


「ラインバック、オレは休日だ。あとは始末しておけ。

コイツらはミッツーに言って、グラバー商会に売り飛ばせ。

東方の隣国キャンサーで金山が見つかり、鉱山奴隷が高値らしい。

それと不良兵は一掃しろ。これじゃあ親衛隊のことは言えないぞ。」


 ダニエルは小声でそう言って歩き出すが、後ろから先程の少女が走り寄ってきて声をかける。

 

「ありがとうございます。お陰で助かりました。」


「お礼を言われることでもない。

アンタ、目の前で首を刎ねたオレが怖くないのか?」


「私はもともと騎士の家の生まれです。父や兄から斬り合いした話は聞いていますので、怖くありません。」

 ダニエルが少女の足元を見ると震えている。

(初めて人殺しを見ると怖れるわな。)


「わかった。礼は受け取ったので、ここで別れよう。」

「いえ、お礼にこれを。」

と袋から黒く固いパンを取り出し、ダニエルに渡そうとする。


(参ったなあ。)

これは少女のお昼ごはんであろう。

自分も豊かではないだろうに、服装から貧乏騎士と見て、自分の昼飯を渡そうとしているのだ。


 ダニエルが騎士団にいた時、貧民街を巡回していて強盗を退治したことがある。そのとき、襲われていた、貧しそうな婆さんが御礼にと大事に持っていた黒パンを差し出してきた。

 ダニエルが大事な食べ物だろうと断ろうとすると、レズリー隊長が出てきて、美味そうに食べ、「婆さん、ありがとうよ。お陰で百人力だ。俺らが守ってやるから安心しろ。」と婆さんの肩を叩き、ダニエルを連れて隊へ戻る。


「ダニエル、ああいうときは受け取って食べて、喜んでやれ。

彼らにとって最大限の感謝の気持だ。それを邪険にするな!」 


 隊長に叱責され、ダニエルは幼い頃、初めて自分で仕留めたウサギの皮で作った手袋とマフラーを母と妹へプレゼントしたときのことを思い出した。

 その時、母と妹からは、こんな不格好なもの使えないわ、自分で使えばいいでしょうと受け取ってもらえず、悲しい気持ちになったが、その後、乳母のバーバラに、不格好だからいらないかなと遠慮がちに差し出すと、大喜びして、一生の宝にしますと言ってもらい、救われた気がした。


 ダニエルは、少女に言う。

「ありがたくいただくよ。でも一人で食べるのは淋しいし、たくさんあるから、一緒に食べてくれないか。

実は、猟のお供をして、獲物を貰ったところなんだ。」

と先程の焼いた肉の残りを袋から出す。


少女は遠慮するが、お腹がぐぅ~と音を出す。


「ハッハッハ。子供が遠慮するな。

いっぱい食べないと成長しないぞ!」


 ダニエルは少女の前に立ち、河原に向う。

途中、屋台でスープとエール、果実水を買う。


 河原も人で賑わっていたが、二人は岸辺に腰を下ろす。


「オレはダニエル・マクベイ。君は何というの?」

まるでナンパだな、ダニエルはクリスの姓を借りながら思う。


「ダニエルって、今王都で有名なダニエル様と同じ名前なんですね。

私は、イングリッド・シアラー。

元は騎士の家だったのだけど、今は庶民です。」

 少女は目を伏せながら、小さな声で話した。


 ダニエルはそれ以上尋ねずに、肉とスープと果実水を勧め、自分はエールを飲むために帽子を取り、間近で少女を見る。


 帽子から少し見える感じでも、薄々、美人のようだと思っていたが、それ以上に綺麗な娘だった。

 まだ、10代の前半くらいだろうが、瓜実顔の白い肌に、この国に珍しい、黒い流れるような長い髪と黒い大きな瞳が特徴的で、長いまつげに細い鼻梁と小さな口元が可憐であるが、何となく憂いを帯びた表情をしている。


 騎士団暮らしで、このくらいの年代の少女に慣れていないダニエルは何を話していいかわからず、少女に貰ったパンを食べる。


「美味いなあ!」

 ダニエルが大きな声で言うと、イングリッドは初めて少し笑顔になり、話し始める。


「私もこんなに美味しいお肉を食べたのは初めてです。自分で焼かれたの?」

「いや、主君の料理人が焼いたのを貰ってきた。もっとあるよ。いっぱい食べな。」


すると、突然、イングリッドは顔を曇らせた。

「どうした?」ダニエルは驚いて聞く。

「こんな美味しい物を私だけ食べて、お母さんに申し訳ないわ。」


(親孝行な娘だ。)

自分と親の関係を省みて、思うところがあったダニエルだが、肉を全部袋に詰め、「これを持って帰ればいい。」と言う。


「ダニエルさんが、せっかくご主君から戴いたものを貰えないです。」

と言うのを無理に押し付ける。


 イングリッドは、最初警戒していたようだったが、少し離れたところに座り、近くに寄ってこないダニエルに安心したのか、食べながらポツポツと話をする。


 彼女の父は騎士団を勤め上げ、その功績で貰った金で小さな畑を買い、そこで慎ましく一家で暮らしていたが、貨幣経済の高まりの中、経営が上手くいかず、少しずつ溜まった借金で土地と家を失った。

 父は失意のうちに亡くなり、兄は騎士団をやめ、金を稼ぐために傭兵になるが、最近戦死の連絡が来たと言う。


「今は兄さんの残してくれたお金を頼りにお母さんと二人暮らししています。

だけどお金も減ってきたし、今日から働きにいくことにしたの。

その途中でさっきの人に絡まれて、困っていました。


 私、こんなことまで話すつもりはなかったのに、ダニエルさんが何となく兄さんに似ていたからか、つまらないことまで言ってしまい、ごめんなさい。」


 それからダニエルのことを聞きたいとせがまれ、ダニエルは、騎士団にいる貧乏騎士であちこちに行かされ、こき使われていると話をする。


「兄は、騎士団は厳しいけれど、団長様の下で一致団結して、暖かいところだと言ってましたわ。傭兵になってからは生命をすり減らして、母と私にお金を稼ぐために戦い、その挙げ句に死んでしまって・・・」

 イングリッドは兄の死を思い出したのか、大きな瞳から涙を溢れさせる。


 ダニエルの配下にも、敵方にも多数死傷者が出ている。

ひょっとしたら彼女の兄もダニエルと戦ったのかもしれない。

ダニエルは、少し引け目を感じながら、彼女の話に耳を傾ける。


「そろそろ行かなきゃ。大家さんに紹介してもらったんだけど、どんなところで働くのか不安だったのですが、ダニエルさんと話ができて、兄と話しているようで落ち着きました。」


「いや、オレも妹がいたけれど、死んではないけれど絶縁して死んだようなものなんだ。妹と話せたようで、嬉しかったよ。」


ダニエルはポケットにあるお金の大部分を袋に詰めて渡す。

貰えませんという少女に、「あなたの兄さんと同じ騎士団にいた誼だ。よければ兄から貰ったものと思ってもらえれば嬉しい。」と言って、無理に持たせる。


「では、兄さんが引き合わせてくれたと思って、ありがたく頂いていきます。ダニエルさん、神がまた会わせてくれるように!」

 

 イングリッドがそう言って走り去っていった後、ダニエルは河原で寝転がって空を見る。

(オレが殺した敵にもあんな家族がいたんだろうな。)

頭でわかっても、遺族の一人に会って話をすると、衝撃を受ける。

持っていた金を渡したのは、自己満足にすぎないことはわかっているが、供養のような気持ちだった。


帽子を顔に被せて、感傷に耽るダニエルの頭の上に誰かが立ち、帽子を取る。

美貌を輝かせて、シンシアが覗き込んでいた。


「何を黄昏れているの?」

「シンシアか。どうしてわかった?」


「ダニエル様をこの辺りで見かけたと店の者が報告してくれたから、探していたわ。今日は休みならアタシと付き合ってよ。」


シンシアは、ダニエルを見つけたのがよほど嬉しいのか、ニコニコしながら誘ってくる。


(コイツがしなやかで美しいヤマネコなら、イングリッドは可憐な牝鹿かな。

レイチェルは・・)


「考え事はいいから行きましょう!」

シンシアには、これまでさんざん誘われても仕事で行けなかったので、今日は付き合うことにする。


「どこに行くんだ?」

「デートらしいところに行きましょう!」


シンシアに手を引っ張られて、ダニエルは歩き出す。

 

 









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