ダニエルの休日(午後2 煮ても焼いても食えない奴ら)

 ダニエルはしばらく歩いたところで、所持金がほとんど無いことを思い出した。

 頼めばシンシアが出してくれるだろうが、ダニエルの主義として、デートの金は女性に出させないこととしている。

最もあまりそういう機会も無かったが。


「シンシア、今日のデートは延期してくれ」と言いかけたところで、物乞いが「そこのカップルの方、小銭を恵んでくだされ。」と近寄ってくる。


 異臭のするその男を避けたシンシアに聞こえないように、男が言う。


「ダニエル様、ヒヨシでございます。

この先のところから何名かの騎士らしき者がウロウロとしております。ダニエル様が目当てかも知れません。ご注意を。

 それと、これは賎民頭から休日の軍資金にということです。」

 そして、ズシリと重い袋をポケットに入れる。


「これは助かった。

ヒヨシ、お手柄だ。冬の日に靴を肌で温めるよりよほど嬉しいぞ。」


 ダニエルは、冬の極寒の時にヒヨシが靴を懐に入れ、温めていたことを揶揄う。ヒヨシの行為は、ダニエルには過度な追従に思え、「冬には冬の寒さを味わうのが自分のやり方だ!」と一喝したのだ。


「では、ダニエル様、褒美に、次の戦はワシも連れて行ってください。必ずお役に立ちます。

 裏仕事をいくらしても、ダニエル様はともかく武官の皆さんには認めていただけません。

 ワシは賤民の出で、この顔にこの指じゃ。命を懸けても手柄を立て、皆に一人前と認めてもらいたいのです!」


 決死の形相で懇願するヒヨシに根負けし、ダニエルは連れて行くことを約束する。


 そして感謝しながらヒヨシが離れた後、シンシアが寄ってきて言う。

「あぁ臭い。ダニエル様もああいう輩には近寄らずに小銭を投げてやればいいんです。」

「彼らは街の様子に詳しいぞ。小銭と引き換えに情報を教えてもらうのさ。」


「ところで、今晩はうちの店に泊っていくんでしょう。」

「おれは浮気はしない。」


「多分しないと思う♪

しないんじゃないかな♪

ま、ちょっと覚悟はしておけ♫


怖い奥さん持ちだから、そういうことにしておかないとね。

大丈夫。誰にも見つからない場所があるから。」


 美人に迫られるのはうれしいが、レイチェルにバレたらどうなるかが恐ろしいのと、シンシアはいまいち信用できない。


 まあ、そのうちになと躱しながら、店を冷やかしながら歩いていくと、人だかりがしている。

 何か面白そうよと言うシンシアに引っ張られて覗いてみると、その中央には桟敷が広がり、女物のきらびやかな上着を被った色男が酒を飲みながら、男装した美女が歌い踊るのを眺めている。


「婆娑羅諸侯だ!」

物見高い王都民がその様を囲むように見物している。


『遊びをせんとや生まれけん♪

戯れせんとや生まれけん♫

遊ぶ子供の声聞けば

我が身さえこそゆるがるれ♬』


「上手いものだ。」

音曲に疎いダニエルでも感心するほどの舞であった。


「それはそうよ。あれはうちの一番の踊り子のミス・サイレンス静御前よ。」


(オレの今の状態は、戦をせんとや生まれけん、

仕事をせんとや生まれけんだな。)と思わず自嘲する。


「ところであの男は誰だ?」

流行りに疎いダニエルは誰だかわからない。


「あれは、婆娑羅で名高いドーヨ・サ・サキ子爵でしょ。お店のお得意様よ。

王宮で会ったことあるでしょう。」


 シンシアの言葉に、そんな洒落者がいたなあと微かに思い出すが、自分とは縁のない者と言葉を交わした記憶もない。

 前宰相政権でも中枢に取り入り、今の王政府でもポジションを維持しているという彼の政界遊泳術には感心していたが、腹のうちがわからず、近づきたい男ではない。


(見つかる前に逃げ出すか。)と思う間もなく、向こうから声がかけられる。


「シンシア、こんなところで奇遇だな。いくら誘っても靡かないと思ったら、デートか?」


「そうよ。ドーヨ様ほどお洒落ではないけれど、私の恩人で将来の有望株よ。今のうちにツバをつけておくの。」


「王族や有力貴族、豪商にも靡かないお前にそんなことを言わせるとは、なかなかの人物だな。貴殿、ここで一献如何か?」


 ダニエルは慌てた。せっかくの休日を、怪しげな諸侯と近づくなど真っ平ゴメンである。帽子の鍔を下げ、声がわからないよう低くして断る。


「サキ子爵様と酌み交わすなど身分が違い申す。ご遠慮させて頂きたい。」

「まぁ、そう言わずに。」


ドーヨは、配下の騎士に囲ませて逃げられないようにし、自分の前に連れてこさせ、自分の前に二人を座らせる。


「随分と強引ですな。」

ダニエルは不快感を隠さずに言う。


ドーヨは小声で話す。

「まあ、こうでもしないとダニエル卿は会ってくれないからな。」

「知っていたのか。さてはシンシアが手引きしたか。」


 シンシアを見ると、テヘッと舌を出し、手を合わせて、「お得意様の頼みで断れなかったの。ごめんね。」と謝る。

 ダニエルはすぐに剣に手をやり、周囲にスキを見つけようとする。


「落ち着け。危害を加えるつもりはない。

話をしたいのにダニエル卿が会ってくれないとシンシアにこぼしたら、機会を作ってくれただけだ。彼女を責めないでくれ。


 早速だが、近く行われると聞くイオ教団への攻撃について話し合いたい。

 我が領地は王都北の物流の拠点にあるが、イオ教団本拠に近いため、奴らにショバ代や関所代を払って王都で商売している。

 そのため、彼らからは配下のように扱われ、蜂起にあたっては当然に与するものと思われている。

 しかし、我らとしてはこの機に乗じて、奴らの束縛を逃れたい。

奴らの軍に加わるふりをして、ダニエル卿が攻撃する際に寝返るので、イオ教団の権益は我らに引き渡るよう陛下への口利きを頼みたい。」


「オレには何のメリットがある?お前たちがいなくとも我らは勝てる。

そんな戦場で寝返りを打たれて勝つなど騎士の恥。

貴様が寝返ろうがどうしようが知ったことではないし、何の約束もしない。」

ダニエルは汚物を見るかのようにドーヨを眺め、吐き捨てる。


 シンシアに引かれてフラフラ連れてこられたダニエルを見て、冴えない奴だなと馬鹿にしていたドーヨは、その突然の変貌と自信に満ちた断言に驚く。


(コイツ、戦の話になると人が変わったな。侮れん。)

「我らが寝返れば確実に勝てるぞ。」


それを聞くと、ダニエルは鼻で笑い、立ち去ろうとする。


「待て。わかった。では、イオ教団の権益は山分けとしよう。

そして、当初からそちらの軍に加わろう。」


「好きにしろ。オレは何も約束はしない。」と言い捨てて、ダニエルは本当に立ち去る。


「ダニエル様、待ってよ!」

シンシアは追いかけながら、ドーヨに

「約束のお金、払ってね。」と言って立ち去る。


 ドーヨのところに家臣が集まる。

「どうでしたか?話題のダニエル卿は?」


「ぱっと見、騎士上がりの朴念仁の武人に見えたが、芯があるな。奴の施策は裏で誰か糸を引いていると思うが、担がれるに足る男のようだ。

 今度の戦では、寝返るフリをして、そのままダニエルを倒し、奴の利権を継承しようと思ったが、すぐに倒すよりも、しばらく奴を盛り立て、勢力を増したところで取って代わるのが得策だろう。猪は太らせてから美味くなる。」


「では、今度の戦はダニエル側に付きますか?」


「そうだな。ああいう奴らは実力を見せないと話も聞かん。婆娑羅だからといって、戰が不得手ではないところを見せてやるわ。」

 ドーヨは、狼のように歯を見せて哄笑し、桟敷を撤収する。


 シンシアが後ろから追いかけるが、その前で、ダニエルは突然現れた野武士のような男たちに囲まれ、馬車に乗せられる。


「ちょっと、ダニエル様どこに行くの?

後でアタシの店に来てよ!」


 ダニエルはシンシアの声を聞きながら、黙って馬車に座っている。

 街のあちこちにいる護衛や見張が出てこないということはさほど問題はないと考えていいだろう。うるさいシンシアも撒けるし、これはこれで良い。


「ダニエル様、降りていただけますか。」


 丁寧に言われて、降りたところは、どこかの屋敷。門の前には禿頭で眼光鋭い、いかにも悪党面の初老の男が立っていた。


「ダニエル殿、はじめまして。

ワシは,、サークルハート円心レッドパイン赤松という騎士じゃ。所領の経営のほか、馬借や海運、商いもやっておる。

 突然きてもらってすまん。ダニエル殿に相談したいことがあったが、なかなか会う機会が無くてな。」


レッドパインパーティと言えば、王都周辺でも名のうての富裕屈強な悪党である。


「何の用だ。オレは今日は休みだが、その努力を認めて、話だけは聞いてやる。」

ダニエルは、諸侯、王政府の重臣として悪党ごときに低姿勢になるわけにはいかない。上から目線で話をする。

 それに、周囲にはダニエルの護衛達があちこちに潜んでいるのを感じる。

ここで武力に訴えることはあるまい。


 屋敷の中にと誘われたが、頑として入らずに、外で立ち話をする。

レッドパインの話は、南部からの販売が激増し、これまでの彼らの権益が侵されているので、利益配分を調整してくれということであった。

 ダニエルは、即答は避けたが、これからの戦で彼ら、王都周辺の悪党を活用することを考え、南部からの商圏にレッドパーティを含めることを検討することとする。


禿頭の親父、サークルハートは、ダニエルの話を聞き、満足したようだった。

「ダニエル殿、アンタは儂らと同じく、銭の価値をよくわかっている。もう世の中は土地や穀物じゃないんだ。銭をどうやって稼ぐかが問題なんだ。

それを王政府は全然わかっていない。奴らが商売の邪魔をするから、儂らは反抗せざるを得ない状態になっている。

 アンタが偉くなってくれれば助かる。

これからよろしくな。」


そして屋敷に入ろうとするところで、引き返してくる。

「そうだ、言い忘れたが、一つアドバイスだ。

悪党仲間で、カンファ―・ツリー・パーティ楠木党というのがいる。

奴らの党首はマサーゲというが、奴は本当にやばい。

アイツらは相当イオ教団や反王派に誘われていたから、蜂起に加わるかもしれんが、

奴らとは戦わないことを勧めるぞ。」


 何がやばいのかよくわからなかったが、これ以上、この悪党面を見ているのも疲れたので、ダニエルは、カンファ―・ツリーだけを覚えて、礼を言う。


(オレの貴重な休日だというのに、どいつもこいつも!

これ以上、厄介ごとはいらん。)


日も陰りつつある。

ダニエルは、馴染みの安居酒屋に向かうことにする。

誰もダニエル卿とか言わない場所で、貧乏騎士として心の洗濯をするのだ!





 

 




















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