エイプリル領への長駆奇襲

居城に戻ったダニエルに届いたのは、エイプリル侯爵の手勢の侵掠の知らせであった。


「例年、秋になっと収穫物の略奪を目的に野盗を装い、侵掠してきもうす。

我らが駆けつけたときには奪うものを奪うて、ときには火もかけもうして引き上げてゆくが」


従士長のクロマティの緊迫感のない説明に、ダニエルはカッとなって怒鳴りつける。

「それでお前らは何をしている!

ぼさっと見ているのが従士の仕事か!」


「ダニエルさぁ、ヘブラリーは小領主の寄せ集め。隣の領主が襲われても、オイのことでなくて良かったばいと胸をなでおろし、ともに戦おうなどと思わんが」

家老ジョンソンが付け加える。


「もういい!

ヒデヨシ、ネルソンついてこい!」


ダニエルは側にいた二人に手勢をまとめさせて、すぐに出動する。

慌ててクロマティが従士を連れてやってくる。

更にノーマも女騎を率いてかけてきた。


「ダニエルさぁが来られたばい」

襲撃された土地は収穫物を全て持ち出され、女子供や牛馬も連れ去られ、焼け野原となり、残った民は呆然としている。


身体のあちこちから血を流し、憔悴しきった領主が駆けつける。

「多勢に無勢、館に籠り戦っておりもしたじゃっどん、所領がかように荒らされるとは。

息子も討たれもした。

ダニエルさぁ、仇を取ってくだされ!」


ダニエルはその頬を張り飛ばし、大声で叫ぶ。


「貴様、騎士であろう!

自ら仇を取りに行くとなぜ言わん!

お前が討って出るなら地の果てまでもともに戦ってやる。

泣くなら一人で泣いていろ!」


「ダニエルさぁ、息子や領民の仇を討ちに行きもうす!

手伝ってくだされ」


「よし、ともに行くぞ!」


更にダニエルは、他人事とばかりに知らん顔をしながら集まってきた近隣の領主を見て大声で言う。


「これを見て他人事と思う奴は来なくて良い。

舐められているのは、お前たちヘブラリーの騎士みんなだぞ!

オレはヘブラリー家の当主として、舐めてくる奴は殺す!

誰も来なくて、一人でも討って出る!」


駆け出していくダニエルとその配下や当地の領主に対して、エイプリル軍との戦いを躊躇う領主たちを見て、ノーマが叫ぶ。


「おはんら、それでもタマがついとるのけ!

他所から来てくれた当主を見殺しにするか。

女騎ども、ビビっちょる男衆にアタイらの力を見せてやるがよ」


オー!

ノーマと女騎も出立する中、一人の若い騎士が「オイはタマはついとるが!」

と駆け出した。


その後、我も我もと騎士たちは後続する。

知らせを聞いたリュー・ルートンも騎士を率いて駆けつけた。


ダニエルの下には約50騎の騎馬兵が集まる。

「駆けよ!

このまま本領に引き揚げるエイプリル軍の後背を突く」


馬を走らせること暫くして、戦利品を抱え、のんびりと帰途に就くエイプリル軍の背中が見える。


「今日も楽勝だったな。俺はいい女を捕まえたぞ」


「新領主だが知らんが、奴らは俺らの喰い物で居てくれればいい」


殿で駄弁っている二人の騎士をダニエルとリューは背後から射殺す。


「そのままの速度で襲撃せよ!

先鋒はオレが務める」


ダニエルの一番槍から強襲が始まり、油断していたエイプリル軍は何が起こったかわからないまま混乱し全滅した。


「やりもしたな」

「痛快でごわんど」

配下の領主たちが勝利に気をよくして話していたが、ダニエルはこれで矛を収める気はなかった。


「このまま、襲撃を命じたエイプリル侯爵の領都まで攻め込み、奴の心胆を寒からしむる。

付いて来たい奴だけ付いてこい!」


「エイプリルのお膝元までなど自殺行為でごわんど」

ざわざわ動揺する声を鎮めたのは、リューの一声であった。


「おはんら、この方をば誰と思うちょる。

不敗の勇将ダニエルさぁでごわすぞ。

オイはダニエルさぁとともに行く、じゃっどん勇なき者は足手纏い。帰る者は帰るがよか」


その言葉はヘブラリー騎士の心に火をつけた。

「オイはいくばい」

次々と志願する。


脱落者なく、進軍することに決まるが、その前に、ダニエルは言う。

「ノーマ、お前らはここで戻れ。ここからは女の遊ぶ場では無くなるぞ」


帰れと言われたノーマは逆上した。

「遊びじゃなか!

領地を守るのに領主一族が居なくてどうする。足手纏いになれば始末してもらってよか。

じゃっどんアタイはおはんが死ぬ時まで死にはせんとよ」


(これは言うことを聞きそうにもない、時間もない)

やむを得ずダニエルは馬を走らせながら言う。


「勝手にしろ。だがどうなっても知らんぞ」


「心配なか。

おはんに操は捧げると決めちょるし、敵に捕まったら自裁するばい」


敵から奪った替え馬を引き連れ、衣装も敵兵のものに換え、長駆エイプリル領都サターンに迫る。


「開門!」

城壁前で叫ぶと容易く城門は開き、「今度の成果はどうだ?いい女がいれば俺にも回せよ」とニヤけた番兵が近寄ってくる。


「行け!」

無言で番兵を斬り殺し、ダニエルを先頭にヒデヨシ、ネルソン、リュー、ノーマが10騎ずつ率いて騎馬で疾走する。


ダニエルは、リューとノーマに言う。

「お前達は訛りでどこから来たかわかるので、一緒に来い。あとの隊は散開して重要施設を破壊しろ」


そして三隊で、領主の居城に矢を射掛け、

「侯爵様の世子、ヨシタツ様の命だ。ドーサン様には隠退してもらう。

抵抗するな」と叫んで回ると、何事かと出てきた騎士も顔を見合わせる。


エイプリル家の当主ドーサンと世子ヨシタツの不仲は知れ渡っており、さもありなんと思わせるところがミソである。


リューの働きはめざましく、居城在番の騎士を次々と一刀両断し、ノーマは矢を射掛けていく。


(ノーマも言うだけあって並の騎士以上の実力だが、リューは我流でもたいしたものだ。騎士団でしごけばオレより上になるかも知れん)

とダニエルは感心する。


「暴君ドーサンが目的だ。ヨシタツ様に味方せよ」と叫んでいると、ヨシタツのクーデターと思い込み、「私もヨシタツ様に味方する」と加わる騎士も出てくる。


ダニエル達は居城の中で、「ドーサン出てこい!」と叫びながら荒れ狂うが、

どうやらドーサンは不在のようであった。


そして、集まったエイプリル騎士たちに、

「お前たちの忠誠はヨシタツ様によく伝えておく。

これから手分けしてドーサンを探し、首を挙げ、ヨシタツ様に献上する。首級を挙げた者には褒美は望み次第だ。ご一同手柄を上げるときは今ぞ」

と煽ると、士気は最高潮となる。


(ドーサンは税を払えない者の妻子を釜の熱湯に入れるなど暴虐を行っていると聞いたが、治世への不満が鬱積しているな)

ダニエルは他山の石とすべく騎士の動きを観察する。


そして、エイプリル騎士を追い出したあと、居城から重要書類や金目の物を奪い、火を放ちサッサと逃走する。


逃走中、疾走しながらリューに配下のベテラン騎士が話しかける。

「近年になく爽快でごわす。ずっと守りばかりで鬱憤が溜まっておりもした」


「そうじゃろう。オイも10年前に親父っどんがジェミナイ戦で死に、家督をついでから最高の思いじゃ。

宗家には白い目で見られ、外敵からは攻められ、ずっと耐えてきたが、今日はその思いが吹っ飛んだわ。

ダニエルさぁに感謝ばせんといけん」


ヒデヨシとネルソンに託した都市の重要拠点の破壊も成功したようだ。

黒い煙が上がる街を見ながら城門を出たところで合流し、悠々と帰途に就く。


領都マーズに着くと、家臣や領民は大騒ぎだった。

「侵掠を繰り返すエイプリルの鼻を明かすとはさすがはダニエルさぁ。これでヘブラリーも安泰じゃ」


「まっこと。まっこと。ダニエルさぁがいれば安心じゃ。あれを見ろ、ノーマさぁとお似合いじゃ」


馬上のダニエルの横にノーマが満面の笑みで手を振り、寄り添うように馬を進める。


「ノーマさぁもよか相手が見つかってよかったばい」


「まっこと。ずっと王都におって、オイたちのことば何も知らん姫様よりよっぽどよかよ」


ダニエルはそんな言葉を聞きながら、狩の名手というノーマに追い込まれる獲物のような気がしてならなかった。

(なんとか逃げられないか)


レイチェル一人でも持て余しているのに、あんな武闘派の妻を持てば、間違いなく胃が保つまい。


悩むダニエルをよそに夜は大宴会である。

宴の真っ最中、ダニエルは立ち上がり大声を発する。


「みな、今回のことでわかったであろう!

宗家だ分家だ、隣の所領のことだとつまらぬことで争うから、ジェミナイやエイプリルにしてやられるのだ。


ヘブラリーの騎士は強い。

が、纏まらねば個々に撃破されるのみ。

これからは一つの旗のもとに心を合わせよ」


そして頷く面々を見て、言葉を継ぐ。

「オレの代理にリュー・ルートンを置く。

オレは他にも本領を持つ多忙な身。不在の時はルートンを当主と思え」


「それはいかんぞ!」

前伯爵が喚く。


それを隣に座るノーマが遮った。

「よか。

その代わり、妙な指示を出しよったら、アタイがダニエルさぁの妻として許さんばい。アタイがしっかり見よるばい。

親父っどん、皆の衆、それでよかな!」


確かに妻の権限は大きく、当主の代行も可能だが、いつノーマを妻にした?

ダニエルは異議を申し立てたかったが、義父も宗家の家臣も、それならよかと納得したところを混ぜっ返す勇気はなかった。


(ひょっとしてオレはもう仕留められた獲物なのか)

と思うダニエルは、めでたかと寄ってくる家臣達の酒を受け、酔っ払うこととした。


その夜、酔っ払ったダニエルを部屋に連れて帰ったクリスから、先頭に立っての敵襲を叱責されたダニエルは、

「オレがあそこで実績を作らねば家臣は掌握できないし、改革も進められない。虎穴に入らずんば虎子を得ずという。ここがヘブラリーを掴めるかの正念場だったのだ」と力説する。


「まあ上手く行ったからいいですが、レイチェル様には報告しておきます。

それとノーマ様の件、レイチェル様には何というのですか。

そろそろお子も生まれる時期であり、帰国するよう言われているでしょう」


問い詰めるクリスにダニエルは辟易する。

「そうだ。早く戻ってこいと言われている。

それでアースに帰るためにリューを代理に立てたんだ。


あそこで揉めると思ったが、ノーマがあんな手に出るとはな。

リューに当主を渡し、このままヘブラリーに戻らず有耶無耶にできないかな」


「ノーマ様は女騎を率いて攻めてくるんじゃないですか。

その方が大事おおごとですよ。

腹を決めて、レイチェル様を説得するしかないでしょう」


「全然自信がない。弱ったなあ」


「レイチェル様は理性が勝った方。理と利を以って説けばわかっていただけるでしょう」

と他人事のように言うクリスにダニエルは腹が立った。


「じゃあお前が言って来い!」

「私も妻の実家に行き、色々と苦労しているのです。

ご自分の尻は自分で拭いてください」


ダニエルとクリスが喧嘩している頃、奥ではヘブラリー家の家族会議が開かれていた。


「事ここに至ればやむを得ない。

ノーマをダニエルの妻とする。


ジーナ、お前は子供を連れ、ポールと一緒になるか、田舎に行くのが嫌ならば、王都で祖父マーチ侯爵の屋敷に寄寓し、どこかの貴族に嫁ぐか、子を養子に出すかを選びなさい。


ポールと一緒になるなら彼に離縁してもらわねばならんが、賠償金を払えばなんとかなるだろう」


遂に前伯爵が決断した。


「流石は親父っどんじゃ。

アタイが立派な後継ぎを産んでみせるが」

喜ぶノーマと対照的にジーナは真っ青になった。


「なぜ妻の地位にある私が出ていくのですか!もう嫡子もいるのに。

お祖父様マーチ侯爵もお怒りになりますよ!」


前伯爵はため息をついて言う。

「ダニエルがここに来てからお前と話している姿すら見たことがない。

奴にそこまで嫌われているお前では当主の妻は務まるまい。

マーチ侯爵も認めているぞ」


そしてノーマの方を見た。

「ノーマ、婚姻前にマーチ侯爵に挨拶に行け。お前を養女とし、マーチ家との縁を繋ぐと言われていた。

王宮の作法や言葉遣いも習わねばならんな」


ジーナは最後の望みと母を見るが、母もノーマに話しかけていた。

「王都で恥をかかないように私が指導しましょう。

腹違いとはいえ私の子供にもなるのですから」


「お母様!

何故そんな野蛮な女の肩を持つのですか!」


母は冷たい目でジーナを見た。

「お前にはほとほと愛想が尽きました。

婚礼前に肌を許したことに始まり、私達が口を酸っぱくして言ってもダニエル殿への態度を変えず、挙句の果てには結婚式での大やらかし。

どれだけ恥をかいたことか。


その後もダニエル殿の功績を聞くたびに、謝罪し、許しを請うように言っても何も聞かず、この地に来ても家臣も見下し、お前の味方は誰もおりません。

先程お父様が言ったことが最後の温情です。

よく考えなさい」


ジーナは父母にも見放され、呆然として部屋に戻る。

そして、赤子を抱きながら考える。


「ふふふ、かわいいジョン。

いいことを思いついたわ。


今、あの男が死ねば後継ぎはあなたしかいないわ。

そう、あの男さえいなくなれば、みんな私達に頭を下げに来るのよ!」


ジーナは侍女を呼び、強い口調で何事かを命じた。


さて、エイプリル領都サターンでは、ダニエル達が去った後、ヨシタツ派の決起の情報を聞き、別の館にいたヨシタツ本人が泡を食ってやってきた。

「止めろ。俺はそんな指示を出していないぞ!」


思いの外の人数がいたが、ヨシタツが走り回り、なんとか事態を収拾したところにドーサンが帰城する。


「この城の荒廃は何事か。

ヨシタツ、貴様、留守番もできんのか!

当主の器ではないな。お前より出来の良い次三男と家督を代わるか」


ヨシタツはドーサンに怒鳴りつけられ、罵倒される。

しかし、腹の中では思った以上に反ドーサン派がいることがわかり、いざという時には父に対して蜂起ができると計算をしていた。


これまでも側近からは父への叛逆を勧められていたが、家臣を得られるか確信を持てなかったが、今回の件で多数がこちらに立つと自信を持てた。


「襲ってきたのは誰だ?

ジェミナイからソーテキが嫌がらせをしてきたのか」


ドーサンの問いにヨシタツは答える。

「ヘブラリーへ襲撃に行った兵が戻ってきません。

その兵の偽装をして襲ってきたのですからヘブラリーでしょう」


そこに家臣が口を挟む。

「襲撃の先頭を切っていた者は、王都で見たことがありますが、ダニエル卿に似ていました」


「これまで聞く大胆な戦いぶりから、彼が来てもおかしくはないな」

ヨシタツの分析にドーサンは激怒し、ヨシタツを鞘付きの剣で殴りつける。


「この阿呆が。敵を褒めてどうする!

あやつに顔に泥を塗られたのだぞ。

お前、すぐに軍を出して首を取ってこい!」


「父上、向こうも公然と攻めてきたわけでなく、そもそもの要因はこちらの強盗行為。公となれば王政府や諸侯の非難はこちらに来ますぞ」


ヨシタツの諌めにドーサンは考えるが、暫く後にニヤリとしながら言葉を発した。

「あやつとは、正徳寺での会談を約束しておった。

その途中で山賊に襲われ、命を落とすこともあろう。

文を書く。誰か奴のところに使者に立て」


ダニエルがジューン領都アースに戻る準備をしていると、オカダや小姓組が大きな足音を立ててやってきた。


「ダニエル!

俺たちに海賊退治などという地味なことをやらせて、自分は長駆、エイプリルの領都を襲撃したそうだな。

そんな面白そうなことに、なんで連れて行かないんだ!!」


(お前らがいたら、すぐに引き上げずに深入りするだろうが)

ダニエルが彼らを連れて行かなかったのは、襲撃して即退却という作戦行動に合わないこととヘブラリー兵に花を持たせるためだったが、真っ赤に怒る彼らにそんなことを言えば火に油を注ぐようなもの。


ダニエルは下手に出て、すまなかった、次回は派手に暴れるところを用意すると約束し、秘蔵の酒を出して懐柔する。


ブツブツ言いながらもようやく収まってきた彼らを見ながら、気が休めらないなあとダニエルは溜息をついた。


















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