南部農民戦争の決着と転戦

翌朝、早朝からダニエル軍はヘブラリー隊を正面にして、マーキュリーの城壁前に現れ、大声で、ガニメデ宗の悪口を叫ぶ。


「神の名を騙り、殺戮破壊を行う涜神の徒よ。お前達の行為は神の怒りを買い、必ずや地獄に堕ちよう」


ダニエルが先頭に立って叫ぶ言葉を、全員が唱和する。


いきりたった説教士は命じる。

「あやつらこそ背徳の者たちよ!

あんな小勢、もみつぶしてしまえ!」


騎士崩れの指揮官は、これまで正面からの戦闘を避けていたダニエル軍が戦いを挑んできたことを不審に思い、様子を見るように進言するが、教団の指導者は、逆に「臆病者が!」と叱責し、直ちに進軍しなければ死罪だと言い放つ。


やむを得ず、指揮官達は急ぎ兵を集めて打って出る。

食糧も十分に行き渡らない兵に対して、「この戦いに勝てば、敵の領都アースを略奪できる。アースに行けば食べ物も酒も女もよりどりみどりだ」と宣伝して士気を高める。


その言葉に煽られた農民兵は、正面にいる少数のヘブラリー隊に向かって一気に突撃してきた。


「リュー殿、手はず通りに行きますぞ」

バースの言葉を聞き、リューが兵士に掛け声をかける。

「皆、行くぞ!」


ヘブラリー軍は農民軍と戦い始めるが、大軍に押され、見る間に敗勢に陥り、一部の兵から敗走を始める。


「引き返せ!」と怒鳴るリューだが、周囲の崩れを見ると、「引くぞ!」と自らも逃走する。


農民団の説教士は、「口ほどにもない。神の敵、ダニエル軍を皆殺しにせよ!

全員で追え!」と自らが先頭に立って追撃する。


ヘブラリー軍は勢いよく逃げ続け、周囲に林や藪が茂り、見通しが悪い窪地まで来る。


「林に逃げられると面倒だ。

早く追いついて殺せ!」

説教士の絶叫が響く中、農民兵の両側から兵が現れ、雨のように矢を射掛ける。


同時にリューの声が響く。

「逃げる真似はここまでじゃ。

獲物は罠に掛かりもした。

あとは仕留めよ」


ヘブラリー兵は反転して、農民兵に斬り掛かってきた。


「やはり罠か!」

農民団の指揮官はほぞを噛む。

包囲され、数の力で押せなくなった以上、個別の武力に優るダニエル軍にすり潰されるのみ。


背後に逃げるしかないと思ったところに、後ろからオカダが指揮する騎兵が突撃してくる。


(完全に包囲されたが、穴はないか)

四方を探すと、右翼は各領主の寄せ集めなのか、統率はバラバラで隙が見える。


ダニエル軍の攻撃は両側の矢の斉射が終わり、四方から歩兵が槍で攻撃しており、農民軍は凄まじい速さで崩壊しつつあった。


(時間がない。崩れたら騎兵が来て皆殺しだ)

指揮官は、混乱の中で、農民団の中でも騎士崩れの戦闘に長けた者を集める。


同時に、なんとかせよとヒステリックに喚く説教士にその取り巻きの狂信者をつけて、後ろにお下がりくださいと言って、後方のオカダ隊にぶつける。


そこが首謀者かと目を集めたところで、集めた手勢で全力で右翼の領主混合部隊に攻めかかった。

右翼隊はアレンビーが南部領主を取りまとめていたが、もはや勝ったつもりで手柄争いに血眼になっていたところを強襲され、大混乱となった。


「戦うな!ひたすら相手の陣を突破せよ!」

農民団の指揮官の号令で数千ほどの部隊は戦場から逃げ去り、無事にマーキュリーに帰り着いた。


「全滅とはいかなかったな」

ダニエルは苦笑し、残る農民兵の撃滅を命じる。


右翼のカバーを予備隊のカケフに命じて軍を再編し、四方から真綿を締めるように締め上げていくダニエル軍のもと、残る農民兵は全滅した。


勝利を喜ぶ暇もなく、ダニエルはマーキュリーを包囲する。

「もはや、女子供が多くを占め、まともに戦える者は少ないだろう。

とは言え、奴らは降伏を拒否した狂信者。もはや領内に置いておく余地はないが、力攻めすれば貴重な兵を失う。

兵糧攻めにしろ」


ダニエルの指示で城を包囲し、時々威力偵察に矢を射かけ、仕掛けてみる。

直ぐに落城するかと、しばらく包囲を続けたが、意外と士気も落ちずに持ちこたえる。


ヒデヨシが潜らせた間諜の情報では、もう後がないという切迫感や無謀な命令をする説教師がいなくなり、城内の団結が高まっているようだ。


(国内外が荒れまくっている時に、こんな後始末に時間を使いたくないが)

ダニエルに焦燥感が出てきたところで、ターナーがやって来る。


「ダニエル様、これまでに降伏した農民達は無事に職につかせ、落ち着きました。

ジューン領の領民として溶け込んで行くよう、カーク興業の全力を尽くします」

殊勝な顔をして言うのを見て、ダニエルは可笑しくなった。


「それでお前の会社もガッポリ儲かるわけだな」

「カーク興業が儲かれば、ダニエル様にますます貢献できます」


ヌケヌケと宣うターナーにはなんとも言えない愛嬌があり、ダニエルはその明るい貪欲さを気に入っている。


「ダニエル様、城に立て籠もる残党ですが、このターナーにお任せくださいませんか?

奴らも降伏させ、ジューン領の力となるように致したいと思います」


ターナーの願いにダニエルは厳しい顔をする。

「奴らには既に機会を与えた。一度はいいが、何度も助け舟は出さん。

奴らは、オレとダニエル軍を舐めたのだ。コイツラなら勝てるとな。

舐められて領主稼業はできん。

オレと部下を舐めた奴は殺す!」


ダニエルの激しい言葉にもターナーはなお縋る。

「ダニエル様の言うとおりですが、彼らも飢饉と邪宗に惑わされねば良民でした。私も一つ間違えればそうなっていたかもしれません。

今一度御慈悲を!」


「ターナー、お前が利と恩で人を上手く動かすのには感心する。

しかし、領主はそれだけではやっていけない。

なぜ民は税を納める?最後は領主が怖いからだ。

威と怖れなくして諸侯は続けられない。今回はその一線を越えたのだ。

諦めろ」


ダニエルは、土下座して頼み込むターナーの肩に手を遣り、宣告した。

涙を流し、去っていくターナーを見送るダニエルにレイチェルから書簡が届く。


その内容は、王政府と貿易相手のリオ共和国から、それぞれ農民団の蜂起に対する救援の依頼が来ているということと、レイチェルの意見としては、金を産む相手であるリオ共和国に恩を売れということであった。


「商人の街であるリオは仕方ないですが、王都には親衛隊や衛士がいるのに。何をしているのですか?」


諸将を集めた軍議でバースは疑問を言う。


「王は諸侯に恩を売り、王の直轄地を増やすチャンスと各地に手持ちの兵を派遣したらしい。

その挙句、手薄になった王都を襲撃されたとリバー検非違使長から聞いている」

ダニエルは答えた。


「まあ、あの王のやりそうな事だ。

欲を掻いたのなら尻拭いも自分でやればいい」

オカダは冷たく言い放つ。

もはやそこには王への忠誠心は見られない。


「とは言え、王都には我らの知り合いも利権もある。

ガニメデ宗の狂信者に襲われ、破壊されれば目も当てられんぞ」


王都担当のカケフの言葉に沈黙が起きるが、ダニエルが断を下す。


「カケフ、王都に戻り、アカマツやササキを招集して、また、傭兵を使って王都の防備を助けてくれ。すまんが、こちらから兵は出せない。

奴らはエーザン戦の恩賞でオレに借りはあるが、計算高い。

王都の救援までは頼めんが、兵を集めて牽制するくらいは付き合ってくれるだろう。


残る我々は兵を分けて、一軍はリオへ行き、一軍はここを早く落として合流しろ。

誰が残って、マーキュリーを攻める?」


ここで農民団の残党と戦うのは、勝って当たり前だが、早期に損害なく落とすのはなかなかの難事だ。


諸将が顔を見合わす中、手を挙げたのはヒデヨシであった。

「ワシがやります!」


そしてネルソンに目配せをする。

「では私も」

やむを得ずネルソンも立ち上がる。


二人とも釣り野伏では並の戦果であり、目立った戦果が欲しかった。


「よかろう。力攻めとはいくまい。

頭脳派のお前たちが見事な戦果を上げるのを待っているぞ』


ダニエルが散開を命じると、各自の準備に取り掛かる。


ヒデヨシとネルソンは近くの切り株に腰掛け、話し合った。


「まだマーキュリーの陣は堅く、士気も高い。策があるのか?」


ネルソンの問いかけに、ヒデヨシはニヤリとして耳打ちした。

「なるほど、しかし更にこうすればどうじゃ」


ネルソンの策にヒデヨシは躊躇うが、「貴様、命懸けで出世をしたいという言葉は嘘か!世評に惑うな!」と一喝され、同意する。


ダニエル達本軍が去ったのち、マーキュリーの包囲にはヒデヨシとネルソン、それに南部領主の混成部隊が残された。


それをみて農民団は、俺たちを怖れて去ったのだと考え、その士気は上がり、城門を開けて攻撃すら行うようになるが、それを一変させる出来事が起きる。


マーキュリーから少し離れたところに一夜にして城ができたのだ。


「信じられん。昨日までは何もなかったぞ」

「ダニエル軍の奴らはやはり悪魔だ。魔法が使えるに違いない。

悪魔に勝つなどできっこない」


その実はハチスカ党に用意させた紙の張りぼてである。


同時に城内の井戸に毒が投げ込まれて使えなくなる。

「裏切り者がいるぞ!」


疑心暗鬼となった農民団はあちこちで人々が噂話をし、人心は乱れる一方だった。


「頃合いだな」

間諜から城内の情報を得て、ネルソンとヒデヨシは、命を助けると降伏を呼びかける。


農民団は分裂し、一万以上いると見られる農民兵とその家族が、居残り組と争いながら城門を飛び出し「降伏する!」と言いながら、出てくる。


彼らが城門から十分出たところで、ネルソンとヒデヨシは「撃て」と命じた。

四方から矢が降り注ぎ、女子供の悲鳴が上がる。


「騙したな!」

男たちが怒りに燃え立ち、凄まじい勢いで突撃してきた。


その勢いに押され一部を取り逃がしたものの、ネルソン達の指揮下で、包囲していた兵はほとんどの者を、損害なく打ち取り、更にそのまま城内に雪崩れ込むと、城に残る農民兵や家族を根切りとした。


「なんか寝覚めが良くないのう」

ヒデヨシはこぼすが、ネルソンは意に介さない。


「農民とはいえ、向こうはこちらより遥かに大軍。

それを早期に損害無しで掃討しろというのが無理難題なのだ。

文句があるならダニエル様に言ってくれ。

それにお前の求める目立った手柄も立てることができた。

もっと喜べ」


ネルソンの言葉に、ヒデヨシは頷くしかなかった。


その頃、ダニエルはリオ共和国付近まで進出し、状況を展望していた。

「随分と大軍が囲んでいる。

リオは豊かだと評判だからな。

金を出せと説教師達に強請られているそうだ」


「しかし、大軍に胡座をかいてか、油断してる。

こちらに気づいていないうちに、一気に攻めかかるのが上策だろう」

軍議では今晩の夜襲が決まった。


率いてきた軍は、最も歴戦の将兵達であり、ダニエル軍の最精鋭部隊である。

闇が広がり、静まり返る中、ダニエル達は農民団の中枢と思われるテントを目掛けて浸透していく。


「このあたりか。

お楽しみの邪魔をして悪いな」

豪華絢爛なテントの中では女の嬌声と男の荒い息が聞こえる。


ダニエルが火矢を放ったのを契機に一斉に火を放つ。

「敵襲だ」

大混乱の中、出てくる男達を撫で斬りにする。

農民団はあちこちで同士討ちをしていて、収集がつかない。


豪華なテントから出てくる奴らは生け捕りである。


「敵は少数だ。落ち着いて対処せよ」

指揮する者は直ぐに殺す。

兵数差は大きく、混乱させ続けなければ勝機は見えない。


混乱を見て、やがてリオの城門が開き、リオの兵が討って出てきた。

そこでダニエル軍も正体を表し、名乗りながら斬りまくる。

とりわけ傭兵となっている同胞のヘブラリー兵を助けようと、リュー以下のヘブラリー隊の奮戦は凄まじい。


農民団は混乱を極め、逃亡する者が続出し、軍の体を成さなくなった。


「勝ったな」

ダニエルは追撃もそこそこにリオの枢要メンバーに恩を売りに行く。

ここは自領でもなく、殲滅するほどの義理はない。


ソウキュウ・イマイやリキュウ・セン達に、ダニエルのお陰で窮地を逃れることができたと確認させ、莫大な礼金を受け取る。


そして、これまで保てたのもヘブラリー傭兵の貢献が大きく、今後とも給金を増して雇用を続けたいとの要望も受ける。


(王都なんかに行くよりよほど正解だったな)

ダニエルは満足したが、ヘブラリー傭兵部隊に労いに行くと、その損害の大きさに驚く。


どうやら傭兵稼業に慣れない中、他の傭兵隊から激戦区ばかりを受け持たされてきたようだ。

ダニエルは傭兵の戦い方を指導する必要があると感じ、最近オカダが連れてきた古豪の騎士マニエルを呼ぶ。


「マニエル、お前はこれまで各諸侯を渡り歩き、戦場を駆け巡ってきたと聞く。傭兵との付き合いも多かっただろう。

お前をヘブラリー傭兵の隊長に任じる。

奴らに労少なくして顧客に満足してもらう戦い方を伝授してくれ」


「ダニエル様、それを承るに当たり、条件があります。

私も長年戦場を駆け回りましたが、そろそろ腰を据え、それなりの地位を得たい。

カケフ・オカダ・バース殿並とは言いませんが、外様のネルソンやヒデヨシ殿と同格ぐらいの地位を頂きたい」


「奴らは長年功績を上げてきた身。

新参者が同格とは片腹痛いが、その欲深さは嫌いではない。

地位が欲しければ功を上げよ。

オレの傘下は唯実力あるのみ」


「畏まりました。

マニエルの実力をご覧いただきます。

その上で待遇を考えて頂こう」


マニエルが傭兵隊を指揮すべく去るのを見て、隣でもの言いたげなリューに「言いたいことがあれば言え」と促す。


「長年の歴史あるヘブラリー家ではとても言えんことじゃ。

一代で作り上げたダニエルさぁだからよの。

じゃっどん、ヘブラリーであれをやられたら譜代の家臣から謀反ばおきよると」

と言う。


「わかっている。

逆に歴史も家柄も無いジューン家はあれで無ければ統率できない。

剥き出しの野心を見せられ、オレも疲れるときがある」

とダニエルは愚痴を言う。


しかし、休む暇もなく、王都に向かったカケフから、早期の救援依頼が送られ、ダニエルは更なる転戦に向かう。





















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