リオ共和国、ジャニアリー領そしてレイチェルの胸の内

ダニエルはとりあえずの王都への救援にオカダを派遣して、暫く時間稼ぎを頼む。

その間にリオ共和国との交渉を行わねばならないし、有名な大貿易港を見たかった。


リキュウの案内で、リオを見て回る。

その繁栄ぶりはエーリス国の王都ジュピターなど及びもつかない。

政庁の建物も贅を凝らしたものである。


街を歩く者の肌も色々であり、話す言葉も様々だ。

店にある商品も見たことが無いものも多い。


港には海外の様々な船が並び、沢山の荷物の積み卸しが行われている。

汗を流し働く大勢の沖仲士の中には、〈角〉のマークが入ったシャツを着るカーク興業の所属の者も見える。


(壮観だな。

ターナーめ。あの膨大な人員をどうしたのかと思っていたら、リオに安価な労働力として持って行っていたのか。

さしずめ、男は肉体労働者、女は下女や酌婦か)


ターナーのやり手ぶりに感心しながら、初めて海を見るダニエルには何もかもが珍しい。


(なるほど王が欲しがるはずだ。

海のないエーリス国には喉から手が出るほどの要地だ。

オレもここを見ると我が物にできればと夢見る)


ダニエルの思いに気づかずリキュウはリオの富裕と防衛の必要性を説く。

リオ共和国は武力を傭兵に頼り、それとともに各国との外交政策で独立を保ってきた。


武名で名高いダニエルが守ってくれるなら、喜んで大枚を叩くだろう。

レイチェルからも、リオとの繋がりを強めるように言われており、ダニエルは勧められるがままに契約を結ぶ。


リオへの防衛義務と引き換えの援助金の約束である。

その中には、エーリス王がリオを攻めようとする時に、それを身をもって止めることも含まれている。

既にリオ要人には、リオを侵攻したいという王の野心は知れ渡っていた。


防衛に必要だとして、ダニエルはリオを一望できる場所に案内してもらい、その防備を見定める。

陸側は3重の城壁、海側は何時でも補給できる港と海軍。

難攻不落である。


「これだけの防備がありながら、農民兵ごときに何故救援を求められた?」

ダニエルの問にリキュウは淡々と答える。


「城壁が破られる心配をしたのではありません。

一つはリオが攻められているという噂が立てば交易に来るのを躊躇う者も出て貿易に支障が生じること、

今一つはダニエル殿が我らの守りを託すに足るかを測るため。


何分、商人は目利き力が大事であり、自分の目しか信用しませんからな。

ダニエル殿の戦は城壁の上からよく見せていただき、これならば金を払うに値すると評価しました」


救援を呼びながら我らの戦を、酒でも飲みながら剣闘士の試合のように見ていたかとダニエルの心は冷え冷えとする。

その言葉からは、ダニエルを戦に強いだけの田舎領主と見て、利用しようという考えが見て取れる。

ろくな見聞もない田舎者に大都会リオの繁栄と強固な防備を見せつけ、驚かせて、用心棒に使う気だろう。


ダニエルは、リキュウの澄ました顔とその腹を読んで、憎々しく思うが、国内でも敵が多い身では、馬鹿にされてもリオの支援は有り難い。


「流石は噂に聞く大都会ですな。

それにこの堅固な城壁。私の支援など不要に思いますが、何かあれば何時でも駆けつけましょう」

辞を低くして、ダニエルはリオを褒める。


夜は、リオの町衆との懇親会が開かれる。

これまで食べたこともない山海の珍味が出される。


しかし、リオの料理は風味を活かす薄味であり、ダニエルの口には合わず、調味料をどんどんかけるのを見て、町衆は薄笑いして諭すように言う。


「ダニエル殿にはもっと濃い味がお好みのようですな。

地方の百姓などは風味よりも塩味を好むようですな。

田舎風もいいですが、薄味の中に旨味があります。

よく味わってご覧なさい」


どっと町衆が嘲笑する。

ソウキュウやリキュウは苦い顔をしているが止めない。

町衆にも派閥があり、ダニエルとの契約を疑問視する声が多いのだろう。


「最近は人ばかり食っていまして、血に飢えた赤い悪魔と言われてますよ。

騎士や農民は喰い飽きたので、飽食を尽くす大商人も味わってみたいと思っていたところです。

ちょうど餌になりに来てくれたのなら有り難い」


主君を馬鹿にされ立ち上がる配下を制止して、ダニエルはそう嘯く。

歴戦の武将から出る殺気に町衆は気圧されながらも文句を言う。


「何を!

我らを脅すつもりか、この成り上がりの貧乏領主、血に飢えた虐殺者が!」


馬鹿にしたつもりが脅し返され、真っ赤に怒る町衆に対して、ソウキュウが立ち上がり頭を下げる。


「客人に失礼なことを申し上げ、申し訳ございません。

キツく叱っておきますので、本日はお開きとして、御寝室でお休みください」


寝室に案内されたダニエルに、異国風の美女が待っていた。


ずっと女を抱いていないダニエルは手がでそうになるが、これからレイチェルに対して、ノーマとの結婚の話が出てくるかもしれないのに、ここで女を抱いたことがバレれば更に難度は高くなる。泣く泣く帰らせた。


最もそのことは、ハニートラップに引っ掛からない固い男として、契約相手としてのダニエルの評価を上げることになる。


翌日、改めてソウキュウから詫びと今後の契約を確認され、握手してダニエルはリオを去る。


王都へ向かう途中、故郷のジャニアリー領都ヴィーナスに寄る。

ジャニアリー家臣のリストラを任せたクリスから、立ち寄ってくれとの要請が来たのだ。


城内に入ると居城の城門前では、大勢の家臣が集まり騒いでいるのが遠目で見える。


「何故、先祖伝来忠義を尽くしてきた我らが召し放ちとなるのだ!

ダニエル様は何を考えている!

伯爵様に面会させろ!」


「そもそも伯爵様もあんな領内のことも知らない次男坊に跡を継がせることがおかしい。

戦には強いか知らんが、名門ジャニアリー家の当主の器ではないわ」


クリスが必死で説得しているようだが、

「黙れ、腰巾着が」と罵られ、殴られている。


ジャニアリー伯爵はこの場に出てくる気配はなく、自らが説得するつもりは無さそうである。


(もうお前に任せるということか、オレのリストラが気に入らないのか。いずれにしてもオレを当主にするという以上、好きにやらせてもらう)


ダニエルは率いてきた子飼いの兵を整列させ、槍を立てさせて行進させる。


その先頭に立ち、騒ぐ家臣達に近づくと、戰を終えたばかりの猛々しいダニエル軍に怯えたのか、静かになる。


「次期当主のダニエルだ。

今度の処分はオレが決めた。

何か文句がある奴は言え」


群衆を睨みつけながら言うと、暫く黙り込むが、やがて一人が口火を切る。


「ダニエル様、我が家は先祖が初代様に仕えて大功を立て、それ以来重臣の地位をいただいています。

それを今回罪や咎もないのに召し放ちとは何故でございますか?

御家に忠義を尽くす譜代の家臣を大事にせずに、ジャニアリー家が保てると思っているのですか!」


髭面の恰幅のいい中年男である。

(こいつは旗頭だったか。

幼い頃に冷や飯食いの次男坊がと小馬鹿にされた覚えがあるな)


あちこちから「その通りだ!」

「ダニエル、反省しろ!」の声がする。


ダニエルは一歩前に出て大声で言う。

「言いたいことはそれだけか。

言っておくが、オレはジャニアリー家の継承者のつもりは無い。


オレは、分家のジューン領を妻や仲間と一から興してきた。

今までに幾つの戦をして、何人を討ち取ってきたか、また領民を富ませるためにどれだけ汗をかいてきたことか。


お前たちはその間何をしていた?

何かしていれば隣領なので聞こえてくるはずだが、ジャニアリー領で何か行ったことなど聞いたことがないぞ。


今回、オレが跡継ぎに選ばれたのは、戦で勝ち続けたのとジューン領の発展のためだ。

それができたのはお前たちのような働かない家臣がいないからだ。


オレの治める領地に先祖の功に寄生する不労徒食の徒はいらん。

ついでに言えば、オレはジャニアリー家は潰し、ジューン家に併合するつもりだ。残る家臣もジャニアリー家の譜代でなく、ジューン家の新参だ。

従って、ジャニアリー家の今後を心配してもらう必要もない」


ダニエルの長広舌は珍しいが、これまでの恨みつらみが込められているのかとクリスは推察する。


ダニエルの話が終わると、その後ろにいる将兵が槍を上げて、叫び声を出し威嚇する。


「これ以上文句も無いようだ。

異論があれば、ここにいる小姓たちと試合をして、生き残ることができれば家中に残そう」


ダニエルが目配せすると、モリ、マエダ、サクマ達が出てきて、槍や刀を凄い勢いで振り回し、嬉しげにこちらを見ながら「誰が相手をしてくれるんだ。何人でかかってきてもいいぞ」という。



「真剣でやるのか?」

先程発言した旗頭の漢が驚いたように言う。


「当たり前だろう。ダニエル軍は常在戦場。

血で濡れた鎧の乾く暇がないわ。怖ければ騎士をやめろ!」

ケイジ・マエダが吠えた。


それを聞き、ジャニアリー家臣団はすごすごと引き上げ始めたが、中には「俺たちのような忠義の家臣を手放し、後で後悔されるぞ」と捨て台詞を吐く輩もいる。


「クリス、御苦労だったな。

結局、残したのはともに戦った従士を中心に3割にもならないか」


「なるべく残そうとしたのですが、ジューン家のレベルに合わせると、このくらいしか残りませんでした」


「我らが血に塗れていた頃に、心地よいぬるま湯に浸かっていたからな。

何が先祖の功績だ、馬鹿が!」

吐き捨てるようにダニエルは言う。


「まあ結果オーライだ。

これで功績を上げた奴らへの恩賞の原資ができた。

金なら用意できるが、領地を欲しがる奴が多いから困っていたのだ」


居城に入ると、父とレイチェルが話していた。

「あなた、早かったですね。

リオはいかがでした?」


「見事な街だが、町衆というのはダメだな。

契約してきたが、金の為なら直ぐに裏切りそうだ」


「いずれは都市をもらって、人は入れ替えましょう。

ちょうどこのジャニアリー領のように。まだ先のことでしょうが」

怖いことをさらっと言う。


それを聞いていた父のジャニアリー伯爵が口を開く。

「ダニエル、家臣の処遇だが、もっと厚遇してやってくれ。

お前から見れば無能かもしれんが、一生懸命仕えてくれたのだ」


「オレには冷たかったですがね。

オレが当主になれば、能力もなく、これまで冷遇してきた奴らに仕返しするのは当然でしょう」


そこにレイチェルが口を挟む。

「あなた、お義父様の心情も汲んであげなければ」


(何を言う。ジューン領の水準に合わない無能は全員馘首といったのはレイチェルだろうが)

ダニエルは内心驚く。


「ただ、お義父様、既に夫は公式に伝えてしまいました。

今更撤回すれば新当主の見識を疑われます。

ここは、感謝金として相当のお金をお義父様の名で渡すということでいかがでしょう」


「嫁御は優しいの。ダニエルはいい嫁を貰った。

そうしてくれるか。

レイチェルは我が娘同然。ダニエルの仕打ちに不服があれば何時でも言ってきなさい。

儂はレイチェルの味方だからな」


「そのとおりですよ。

こんなかわいい孫も連れてきてくれて」

と母がリチャードを抱いて入ってくる。


(ここで親父やお袋の機嫌を取るのか!

これではますますノーマのことを言いにくいじゃないか)


和気藹々と話をする父母とレイチェルを見て、ダニエルは胃が痛くなる。


家族での夕食を終え、ダニエルはレイチェルと寝室に入る。

そこで南部での農民戦争の終結と、リオとの交渉を話し、今後の王都に向けての戦略を相談する。


「南部では、これまでのジューン領に加えて、ここジャニアリー領を併合します。

王直轄領だった旧メイ侯爵の領地は統治を委任されていた徴税請負人が皆殺しにされましたからそこを頂きましょう。

加えて、戦死したメイ子爵の後にその妹と結婚したオカダ殿を据えて、南部の3分の2は我が家のもので、おまけにあなたが実力で得たもの。

なんの遠慮もなく政を行えます」


レイチェルはほくそ笑みながら、更に付け加える。


「残る領地はアレンビー殿に渡しましょう。

独り占めすれば嫉妬と羨望を買うのは必至ですし、後の所領には面倒な中小の領主がひしめいています。

アレンビーには所領の拡大と彼らの取りまとめを行わせて、嫉妬も一緒に受けてもらいましょう。

幸いアレンビーの妹のエリーゼはアランと仲良くやっています。

縁戚の少ない我が家の一門となってくれればいいでしょう」


「戦が一段落したら家臣に恩賞として各地の領地を与えてやりたい。

皆よく働いてくれた」


ダニエルは、海の物とも山の物ともつかぬ時から、命を懸けて従ってくれた家臣に厚く報いてやりたかった。


「それはそうですが、リチャードの代になって脅威とならないようによく考えて所領を与えねばなりません。

農民戦争のお陰で、我が家は一気に膨張し、南部の大諸侯として並ぶものがない地位を占めました。

あとは、領内や家中を整備など内政に力を入れて、内部の充実を図ることです。


あなたも領地に居て内政やリチャードの教育に力を注いでください

二人目や三人目の子も作りましょう。

私達は親族の縁が薄いので、子供達を領内の支柱にしていかなければなりません」


ダニエルとレイチェルの話は南部から今後の構想に移る。

「王都の情勢は一進一退のようです。

農民団もここを勝負と見て精鋭をつぎ込み、王は軍を分散させていたこともあり苦戦しているとか。


一方、マーチ宰相からは、あなたに一番乗りで王都救援に来てもらい、その軍事的圧力で王の権力を縮小させたいと書簡が来ています。

我が家にとっても、この所領の拡大を王が認めるはずはありません。

一気に王都の農民団を打ち破り、マーチ宰相と手を組んで、我が家の所領を認めさせてきてください」


レイチェルとマーチの話はわかったが、ダニエルはあまり気が乗らなかった。

久々に妻子と会って気が緩んだところに、飲んだ酒の酔いが回って来たせいもあるのか、妻に弱音を吐く。


「農民たちを殺すのは気が進まん。

農民兵を数万は殺し、それだけでなく、ヒデヨシとネルソンに命じて女子供も根切りにした。


今後の領内秩序を考えればやむを得ないと思ったが、他に手はなかったのか。

ターナーの言うように許してやればよかったのか。


夜に一人になると、オレは騎士になるときにこの国の民を守ると誓約したのに、何故こんなことをしているのかと悔悟の念が湧く」


ダニエルの心情を聞いたレイチェルは、項垂れるダニエルの前に回るとその手を取り、彼の目を見ながら話しかける。


「あなたにばかり心労をかけて申し訳ありません。

でも、私は何時でもあなたと一緒にいると申し上げました。

農民たちの怨恨もあなたの悔いも一緒に背負いましょう。

初夜のときに言いましたが、鬼の亭主には修羅の妻がお似合いです。

ともに地獄に参りましょう」


ダニエルは真摯に、一生懸命に話すレイチェルを見て、彼女を抱き締める。


「弱音を吐いて悪かった。

オレのやったことだ、オレが背負わねばならん。

王都の件もわかった。

軍を再編して急行し、愛する妻とマーチ宰相の期待に応えよう」


ダニエルの言葉を聞いて、彼を抱き返し、

「辛いときは頼ってください。

それでこそ夫婦ではないですか」

と言うレイチェルだったが、しばらくして身体を離し、ダニエルと対面する。


(あれっ。この流れでそのままベッドで子作りに励もうと思ったのに)

ダニエルは、何故か急に冷たい目線でこちらを見るレイチェルを不思議に思う。


「ところで、ヘブラリー領ですが、ジーナ殿とは別れて、当主の地位はリュー・ルートン殿に譲るというのは本当ですね」


(なんか不味い流れだな)

ダニエルは今晩にレイチェルをベッドで可愛がり、明日の朝にリオで買った贈り物を渡した上で、慎重に、ノーマと結婚する可能性があると話すつもりだった。


「ああ、まだ確実ではないが、そうしたいと思っている」


「それでよろしゅうございます。

ジューン家ももはや大諸侯。ヘブラリーの助力が不可欠ではありません。

ヘブラリーとは攻守同盟で助け合いぐらいとして、あなたにはジューン領に専念してもらわなければ」


そこでレイチェルは言葉を切り、ダニエルをジロッと睨む。

「アランからの手紙で、何やらヘブラリー家のノーマという令嬢がジーナの後釜としてダニエル様に嫁ぎ、ヘブラリー家を継ぐなどと言って、王宮で根回ししているとか。

どういうことか説明いただけますか!」


(最悪だ!)

なんとかリューに当主とノーマを押し付けられないかと画策していたダニエルだったが、このタイミングで義弟アランからバラされるとは思わなかった。


おそらくその噂を聞き、形式上正妻の身分を持たない姉の身を心配したのだろうが、それならばダニエルに直接聞いてほしかった。


「子も産まれ、領地も広がり、私も晴れて正妻の座につければ万々歳で言うことがないと思っておりました。

それを新しい女を妻にするとは、酷いではありませんか!」


レイチェルの怒りにダニエルは、その可能性があるとは言い出せず、「愛しているのはお前だけだ、ノーマは先方はそう思っているがなんとかする」と宥め、弁解するしかない。


(これなら農民相手でも戦に行くほうがマシだ!)

消極的だったダニエルの戦闘意欲が再燃してきた。












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