対農民団 殲滅の前哨戦、そしてヒデヨシの分析と望み

農民団と対峙を続けるダニエルに、バースとヘブラリー軍の援軍が到着する。そこにはリューもいた。


「リュー、バース、よく来てくれた。

ヘブラリー領は大丈夫なのか?」


ダニエルの疑問にリューは笑って答える。

「エイプリル侯爵は農民団と血みどろの戦いばしょって、こちらに構う余裕もないがよ。

領内は落ち着いちょるのでダニエルさぁのお手伝いば参りおっと」


「それは助かる。リューもここで武名を上げてヘブラリー伯にふさわしいところを示してくれ。

そうすればノーマもお前に惚れるかもしれん」


厄介払いしたい思いがありありと伝わるダニエルの言葉にリューは苦笑する。

「それは無理ばい。

ノーマさぁは、ダニエルさぁに相応しい嫁御にならねばと張り切って、疎かだった礼儀作法や政の勉強やらに頑張っておりもうす。

加えて、武芸も夫と並んで戦えるようにと、これまで以上に精を出されているようじゃ」


「ヘブラリーでは妻女も戦場に出るのか?」

ダニエルはエイプリル領への襲撃にノーマが同行したことを思い出して、結婚後もあんなことをするつもりかと驚く。


「まさか。

オイの嫁は戦場で戦ったことなぞありもさん。

無論、敵が攻めてくれば女も戦いますが、自ら敵に突撃するのはノーマさぁぐらいでごわす。

しかし、そのくらい気概ばある方が、娶れば良い嫁御になるばい」


「リュー、お前、本気で言っているのか。

それならお前がノーマを娶れば当主も円満に譲れるし、一番いいんだぞ」


ダニエルは、適当なことを言うリューを責めるが、リューは目を逸らし、話を変えた。


「ノーマさぁは今王都に行って、マーチ侯爵や王宮との繋がりば作ったり、ダニエルさぁとジーナさぁの婚姻の取消しば教会に頼みに行ったり、大忙しじゃ。

労苦をねぎらう手紙や贈り物があれば喜ばれるがよ。

先日もダニエルさぁから綺麗な武具を贈られ、一層武芸に励まねばと張り切っておったが」


(喜ぶと思って武具など贈るのではなかったな。

今度は女らしいアクセサリーや服にするか)


「わかった。そうしよう」

ノーマのことを考えると、レイチェルに話さねばと胃が痛くなるので、ダニエルは軍事のことに話を戻す。


ちょうどクリスからジャニアリー領都ヴィーナスが農民団に包囲され、危なくなってきたという急使が来たところだ。


「リュー、ここで向こうにいる農民団を牽制しておいてくれ。

ネルソンとヒデヨシはリューを補佐しろ。

カケフとバースはオレとヴィーナスに行き、包囲している農民団を殲滅する」


そして、騎兵や軽歩兵を中心に機動力ある軍を編成し、出陣する。


ジャニアリーに侵攻した農民団は周囲から刻々と増加して今や一万、対するジャニアリー軍が500程で籠城していると言う。

攻城兵器はないとは言え、数の圧力は大きい。

城壁は固く、民も協力して防いでいるが、早く行かねば危ないかもしれない。


一方、この地のダニエル軍は南部各地から領主軍が集まり、約五千に増えたが、そのうち千騎を連れていく。

10分の1の兵数だが、機動力や練度、地の利、そして何より指揮官の能力で十分に勝算はあるとダニエルは考えている。


今、目の前に対峙する農民団本隊は数える気が起こらないほどに膨張している。

くれぐれも正面から当たらずに翻弄しろと言い残し、ダニエル達は出発、ジャニアリー領の小高い山に登ると、ヴィーナスとそれを取り囲む農民団が見える。


「攻城兵器もなく、ひたすら兵数で無理押ししているな。

周囲の警戒部隊もいない。


例えれば盲の象が暴れているようなものだ。

下手をするとこちらも大損害だが、上手く処理すれば損害は皆無だろう。

どう対処する?」


カケフの分析にダニエルとバースも唸るが、3人の結論はすぐに出た。


「夜襲ですね。

警戒もなく、指揮系統も怪しい大軍相手なら夜に襲えば一気に混乱するでしょう」


バースの言葉にダニエルは頷くが、付け加える。

「単に勝つだけでは駄目だ。

全滅させて、農民団の本隊に恐怖を与える必要がある。

これは前哨戦に過ぎないことを忘れるな」


周囲の地形を見ながら、三人は作戦を立てる。


その準備に数日を要したが、その間にヴィーナス城内ではあまりの大軍に恐れをなし、内通する者が出てきていた。


「以上が内通者の一覧です」

ヒデヨシの手のものが農民団の枢要なポストにいることから、その内情は筒抜けである。


ヒデヨシから派遣されてきたコロクの報告を聞きながら、ダニエルはほくそ笑む。


(あまりに農民団の襲来が大規模だったので、レイチェルの宿題だったジャニアリー家の反対派を潰す余裕も無かったが、自ら名乗り出てくれるとは都合がいい)


「内通者が裏切るのが今晩か。

ちょうど都合が良い。その直前に夜襲をかけるぞ!」


夜になる。

農民団は約束の火の手が上がり、城門が開かれるのを待つ。

「城内を荒らすのが待ちきれないぜ。

今晩は奴らが溜め込んだ美味い飯やいい酒をたらふくありつくぞ」


「これまで威張りくさっていた領主や家臣達を皆殺しにして、女達は嬲ってやる!」


開城後のことを楽しげに喋っていた農民兵たちはいきなり火矢が飛んできたことに驚く。


「誰か先走って攻撃相手を間違えたのか?」

包囲し、攻撃しているという思い込みから敵襲という発想がなかった。


戸惑い、動けないうちに次々と火矢が飛び込み、物が燃えていく。


敵襲かと気づいた時には既に時遅し。

ダニエル軍は闇に紛れて入り込み、一斉に攻撃を開始した。


「ダニエル軍が来たぞ!

命知らずの奴らに勝てっこない。

命が惜しければ逃げろ!

逃げ道はまだ残っているぞ」


農民団に忍ばせた間諜が騒ぎ立てる。


逃げようとすれば、あちこちに通行が難しい柵が作られ、また要所に大きな火の手が上がって、特定の方向に誘導されるようになっている。


「逃げるな!敵は少数。

おまけにもうすぐ城門が開けば略奪は思いのままだぞ」

指揮官達は必死に引き留める。


待ち望んでいた城門が開き、我先にと貪欲な農民兵が殺到すると、城内には柵が張り巡らされ、行き止まりのところに矢が雨のように飛んで来る。


「謀られたか」

呻く農民団の指揮官の前に内通者の首が投げ込まれる。


農民兵の後ろは状況が解らないまま前進し、前方の兵は圧殺され、動けなくなったところを上から油をかけられ、松明が投げ込まれる。


「こりゃ暫く肉は喰えんな」とジャニアリー伯爵はその肉が焼ける匂いをこぼすが、クリスは構わずに話す。


「大殿様、では農民どもを一掃した後、このリストの叛逆者を捉え、処罰いたします」


「わかった。ダニエルが後々やりやすいように片付けろ」

ダニエルの指示は、内通者に留まらずに、この際に反対分子を一掃しろということであった。


レイチェルの戦後構想は、ジャニアリー領や居城ヴィーナスはジューン領の一地方にしてしまい、権力はアースに集中させる考えである。


従って、ジャニアリー家の伝統にしがみつく古参家臣は不要、心を入れ替えジューン家の家臣として仕える気がない者はこの機にお払い箱にする計画である。


その計画に、この地を長く治めてきたジャニアリー伯爵には思うところはあったが、もはやサイは投げられたとダニエルに一任する。


内通という叛逆行為を捉え、その同調者として、反ダニエル派と目される者、無能な者は追放リストに入れ、事が収まり次第実行するつもりであるが、仮にこの戦で目立った活躍をすれば取り立てる。

クリスは目を皿のようにして家臣団の働きをチェックする。


肉の焼ける匂いと悲鳴が聞こえ、異変を感じる農民団に対して、城内から逆襲の部隊が出撃、また周囲からダニエル軍が襲いかかる。

パニックは伝染し、農民兵は指揮官の言うことも説教師の脅しも聞かずに逃走を始めた。


誘導されるがままに逃げた先は川であったが、ダニエル軍がせき止めたために水量が増加し、しかも川の中のあちこちに紐が張られ、足を取られる。


次々と川で溺死し、ようやく渡りきれば湿地の中で矢が飛んできた。

それでも逃げようとする者には待ち構えていたダニエル兵が槍衾とする。

念を入れて最後は翌日明るくなってから死骸の山に火をかける。


一万の農民兵は火と水と泥の中に消滅した。


ダニエルは、ヴィーナスでの後始末についてクリスに後を託し、ジャニアリー兵も併せた全兵力で引き返す。農民団本隊の動きが心配だった。


同時に、ヒデヨシにこの大勝を大きく宣伝させるとともに、ターナーに命じて、農民団の要求のうち農奴的待遇の改善や不当な税の撤廃を認める代わりに、直ちに武器を捨て、投降するように交渉に当たらせた。


期限は3日間。

ターナーは熱心に、ジューン領での統治の素晴らしさとダニエルに刃向かった時の末路を説く。


「オラはお前達と同じ貧農の出だ。しかし、懸命に働きダニエル様に認められ今やターナー様と呼ばれ、騎士様も使える身分だ。

オラを信じてジューン領に来れば、オラの会社、カーク興業で仕事も世話してやる。

ジューン領は、一生懸命働けば必ず報われるところだぞ」


農民団は大議論の末に武力衝突をしながら分裂、過半以上は投降した。


投降した農民やその家族は痩せ細っていた。

人数は増えるのに、立て籠ったマーキュリーの食糧は食い尽くし、食糧徴集に向かった部隊はオカダやアレンビーに討伐され、飢餓に苦しんでいたと言う。


ダニエルは投降してきた数万の農民と家族をターナーに預け、飯を食わし、仕事を与え、良民としろと命じる。


河川や道路の公共事業、ヘブラリー領のカオリンや大理石の採掘、更にリオ共和国への出稼ぎ、戦後には荒れた農地の復旧、好景気のジューン領には仕事はいくらでもあった。


一方、投降兵や数万を配下としたターナーへの警戒も必要である。

ダニエルはヒデヨシに彼らへの監視、怪しい動きをすれば鎮圧するように指示する。


(今はいいが、ターナーは薬効のありすぎる薬だ。

使い方に気をつけねば)

平民に闇将軍と呼ばれるターナーをどう扱うかは、ダニエルにとって考えどころとなる。


さて、今は戦だとダニエルは残る農民団を見る。

まだ、三〜四万人はいるだろう。


「バース、あの兵数にヘブラリー兵は釣り野伏は実戦可能か!」


「万全です。

リュー様、鍛え上げたヘブラリー兵の実力を見せてやりましょう」


「勿論だ チェスト!」


ダニエルとしては、ここでリューに次期当主となるに相応しい武名を上げさせ、そのまま、ヘブラリーを任せたかったこともあり、大役を任せる。


ダニエル軍が挑発し、農民団を野戦に引き出す為、彼らの立てこもるマーキュリー前に全軍五千で移動する。

少数であることを示し、飢える農民団を釣り出すためだ。


その前の晩、明日からの死闘に備えて早めに休もうとするネルソンのところへ思わぬ人物が来た。


ヒデヨシが訪れたと聞き、ネルソンは首を捻る。

無論同僚ではあるが、こんな時に訪ねてくるような親しい仲ではない。


入ってきたヒデヨシは直ぐに口火を切る。

「ネルソン殿、ワシはもっと出世がしたい。

手を組まないですか?」


ネルソンが黙っていると、ヒデヨシは話し続けた。


「ダニエル様に仕えた頃は、この先どうなるか全く見通せないまま、がむしゃらに働き続けました。

ダニエル様が、いつ王の不興を買うか、貴族の陰謀で潰されるか、それともヘブラリー家からお払い箱にされ一家離散となるか、ヒヤヒヤしてましたよ。


しかし、なんだかんだとダニエル様は切り抜け、いつの間にかジューン領は栄え、王都に拠点を持って宰相のバックとなり、今度はジャニアリー領とヘブラリー領まで我が物としようとされている」


「いや、ヘブラリー領は譲ろうとされているようだぞ」

ネルソンが口を挟む。


「ダニエル様はそう思っても、誰もあの人を離しはしませんでしょう。

あの人には頼りたくなる、又支えてあげたいオーラがありますよ」

ヒデヨシは一旦口を閉じ、持ってきたエールで喉を潤す。


「だから何なんだ?

明日は早朝から戦だ。さっさと言え」

ネルソンは、この話の長い小男に先を促した。


「気が短いと損をしますよ。

じゃが手早く話をしましょう。

先の見えなかったダニエル一家も大諸侯となる道が見えてきて、我ら家臣も行先がそろそろわかり始めてきたと思うのですよ。


あの騎士団三人衆のうち、バース様はヘブラリー一門へ、オカダ様は名門諸侯メイ家を継ぐとか。

これで西部と南部にお目付け役を据え、カケフ様はおそらく王都の名門貴族の娘御を貰い、王都探題という位置でしょう。


彼らはダニエル様の旧友で別格ですが、次に位置するのは誰でしょう。

我らは初期から仕えてますが、外様です。


盟友アレンビー卿は勢力拡張に余念なく、若手ではガモーやホリ、カトー、イシダ、オータニなどの俊英も狙っている。今度オカダ様が連れてきたマニエルという男も有名な古豪の騎士。

重臣の椅子へのライバルはいくらでもいます」


ヒデヨシは舌なめずりをして話を続けた。

「ワシは今度幼馴染のネネを嫁にもろうた。

ずっと貧しかったアイツにいい暮らしをさしてやりたい。

賤民だとワシやネネを嘲けた奴らに目に物見せてやりたい。

そのためには出世して、あの英雄ダニエル様の配下にはヒデヨシがいると言われたい。


ネルソン殿、ワシは正面からの戦争ではつよーないが、知恵はある。

人のしたがらないこと、人の出来ないことをやってのけ、ダニエル様に認めてもらって出世してやる。

だが、一人ではできないこともある。

ネルソン殿、同じ立場の外様同士、助け合っていかんかの」


ネルソンは考える。

(元は領主の地位を奪われ、一度は死んだつもりになっていたが、ダニエルの下は予想以上に面白かったな。

この面白さをこれからも味わうにはダニエルに使える男と思わせねばならん。

そして、この小男の出世欲に付き合うのも面白そうだ)


「良かろう。

お前がリスクを取り切れない時に、付き合うことを考えてやる。

ただし、面白い仕事でなければ抜けるぞ」


「それで十分。

ワシの仕事は伸るか反るか。

ネルソン殿なら気に入ってくれます」


ヒデヨシはネルソンの言質を取ると弾むように帰っていく。

(面白い男だ。

だが俺も負けてられん。

この農民どもとの戦い、どこかで見せ場を作れるか)


ネルソンの頭では勝つことは既定事実。

あとは自分の見せ場をどこにするかを考えながら眠りについた。










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