対農民団 各方面での戦いと思惑

ダニエルが出陣を命じる前に、レイチェルがダニエルに耳打ちする。


「あなた、ジャニアリー領にすぐに行くのはお止めなさい。

あの領地はあなたが次期当主ですが、兄のポール様に心を寄せる者がまだ多く、義父上ジャニアリー伯爵があなたを後継ぎにするのにご苦労されていると聞きます。


ここで農民団に襲わせて、反対派をできるだけ潰し、救援するにしても、頼りになる当主ダニエルが来てくれて良かったと感謝するまで大変な思いさせるのです。

そうすれば、当主になった後の統治がぐっと楽になります」


ダニエルは、驚いてレイチェルを見る。

「オレの奥様は、よくそんなに頭が回るものだ。

悪辣だが、効果的ではある。

ただし、オレの味方をしてくれた者たちは助け出すからな」


「本当は区別なく襲われたほうが効果的ですが、仕方ありません。

何れにせよ、あなたがジャニアリーの当主になれば、私がジューン領と併せて政治を行い、我が子リチャードに後を継がせますから、やりやすいようにしてください」


ダニエルは、ジャニアリー領をよく知るクリスに命じて、少数の兵を連れてジャニアリー領都ヴィーナスに行き、父ジャニアリー伯爵とダニエルに心服する従士長シピンと相談し、ダニエル派を保護して、反対派家臣をすり潰すように上手く工作することを命じる。


「また難題を」

クリスは困惑顔だったが、ダニエルに

「オレ達を侮ったり馬鹿にした者、庇ってくれた者は、お前が一番知っているだろう。恩には恩、仇には仇を返してやれ」

と言われ、覚悟を決める。


クリスを派遣すると、ダニエルは1000ほどの兵でカケフ・ネルソンを連れて進軍し、旧メイ領都マーキュリーに籠もる農民団数万と対峙する。


少し離れた丘に布陣し、大軍が出て来れば逃げ、補給や略奪などで出て来る分隊を機動力を活かして潰していき、城から出られないように封じ込める。


バースがヘブラリー兵を連れてきて、陣容を整えるまでの牽制である。


ダニエルはネルソンと将棋を指しながら、この戦の行方を相談する。

領主で農民とも戦った経験があるネルソンが相談相手に適当と思ったのだ。


ネルソンは将棋盤を広げると、一方に王と金銀を置いたあと、残るマス目にびっしりと歩兵を並べる。


「今はこんな状況です。

メイ子爵はこの中に突っ込んでいきました。いくら歩兵をとっても核ではないので崩れない。疲れたこちらが逆襲される。

相手の手の内に嵌っては蟻地獄です。

逆にこんな風にこちらの優位な点を活かす」


ネルソンは反対側について飛車と角を置くと、相手の陣からすこしでも出ている歩兵を取り、相手が出てくれば退かせる。

それを繰り返し、みるみる相手の駒を減らすと、王と金銀とその周囲の歩兵が残る。


「なるほどな。

正面からは当たらずに漸減させるのが良いが、最後は堅陣になる。

どうする?」


「農民相手に鍛えた兵を消耗するのは愚の骨頂。

まともに戦う必要はありません」

ネルソンはそのまま駒を袋に流してしまった。


ダニエルは得心し、農民団の分派に襲われている諸侯・領主の救援をオカダとアレンビーに命じる。


農民団は本隊をマーキュリーに置く一方、軍を小分けにし各方面に分散して、神の国を作ると号し各地を襲っていた。


「各個撃破のチャンスだ。

軍勢の少ない固まりを殲滅して回り、領主に恩を売ってくれ」


ダニエルは、オカダとアレンビーに命じる。


同時に、諜報担当のヒデヨシに指示し、農民団への揺さぶり、すなわち、お前たちのやっていることは神の教えに背くことであり、このままではダニエル軍に皆殺しにされるという噂を流し、動揺させろと指示する。


そして、農民団に一撃加えたところで、ターナーを使い、穏健派と談合して、ある程度農民団の要求を飲めば、少なくとも過半の穏健派は降るであろうというのがダニエルの読みである。


ダニエルの指示を受け、オカダとアレンビーも出陣する。

ダニエル派の領主には顔を知るアレンビーが表に立ち、反ダニエル派は猛将として強面が有名なオカダが担当する。

反対派が素直にダニエル派に鞍替えしなければ見捨てるつもりである。


オカダとアレンビーは兵を率いて各地の領主館を巡回、襲撃している農民団がいれば容赦なく殲滅した。


「つまらん戦だ。害虫駆除だな」

オカダは敵が何倍であろうと先頭に立って、相手の隊を指揮する騎士崩れを倒し、あとはアレンビーに任せた。


農民団を壊滅すれば、救ってやった領主には恩を着せてダニエルの下に入ることを約束させ、家族は保護するためとして、アースに送った。実質的な人質である。


「あれは何だ」

100名ほどの女子供主体の集団と20騎ほどの護衛に対して、数百の農民団が包囲し、攻撃していた。


護衛を指揮する騎士は練達の男らしく、巧みに兵を動かし、また自らが打って出て上手く守っているが時間の問題であろう。


「あの騎士は相当な使い手だぞ」

そう言うとオカダはいつものように先頭を切って馬を駆け、農民団の中で槍を払いまくって敵軍を真っ二つにし、指揮官らしい男を見つけると真っ直ぐに近寄り、そのまま突き殺す。


「お前らの大将は討ち取った。かかってくるも良し、逃げ出すも良し。

どうする!」

オカダの一喝で敵軍は崩壊し、農民達は逃げ出した。


「戦え!

逃げる者は地獄行きだぞ!」


説教士が叫ぶが、一度起こった恐慌は収まらない。

配下のナリマサ・ササが説教士の首を取り、黙らせると農民団は誰もいなくなった。


「お前達はどこの者だ?」

囲まれていた集団に近づき、アレンビーが指揮官らしき騎士に尋ねると、馬車の中から若い女の声がした。


「ダニエルの家来になど何も話す必要はないわ!」


「姫様、助けていただいた方にそのような言いようはありませんぞ」

騎士は馬車の女を嗜め、オカダに答える。


「我らはメイ子爵の家臣。

馬車におられるのはメイ子爵の妹御で、一族の最後のお一人です。

農民どもに城を襲われた時に辛くも逃げ出し、王都を目指していたところを奴らに見つかりました。

危ういところを助けていただき、ありがとうございます」


(メイ家の生き残りがいたのか。

こいつらに王都に行かれては、また王が南部をかき回す駒に使うだろう)


メイ家と言えば、王国創立に大功を挙げ、南部守護を長年勤めた名門であり、最近、凋落しているとは言え、そのネームバリューは大きい。


(この娘と一族の誰かを結婚させ、メイ家を継がせればアレンビー家はダニエルに対抗できるかもしれんな)


アレクサンダー・アレンビーはダニエルの同盟者と自負しているが、周囲からはダニエルの傘下、代貸しとみられているのが不満であった。


しかし、決してダニエルに能力で劣るものではないと思うが、ダニエルには自分にないツキ、運というものがあると感じていた。


一介の騎士からあれよあれよと名を挙げ、有力諸侯に成り上がったのには驚いたが、ダニエルにいち早く与することでアレンビーも大きくなってきた。


(それに問題はあのレイチェルだ。

初対面から油断ならんと思い、あの女の弟に妹を充てがい親族となったのは我ながら正解だったが、今や子もでき、子供の為なら野心を剥き出しにした者の粛清を躊躇うまい。

ダニエルに取って代わるチャンスはまたあるだろう)


メイ家を取り込み南部の覇者となる構想は、脇の甘そうなダニエルならともかくあの女狐の目は誤魔化せまい。


アレンビーは、暫くダニエルの協力者として力を蓄えることとし、メイ家の娘はアースに送ることとした。

そのためには、王都行きを諦めさせねばならない。


「メイ家の御令嬢、王都に行くのはお勧めしませんぞ。

王はメイ家に対して、先には侯爵に謀反の言いがかりをつけて領地を取り上げ、今回は農民達にぶっける駒にしています。

このまま王家を頼ればまたいいように使われるだけで、メイ家の再興など取り合っては貰えないでしょう。


それより今南部で最も力を持つダニエル卿を頼りなさい。

彼が農民団を倒せば南部の領地配分も発言権を持ちます。

旧怨を捨て、彼に助けを求めるのが賢明ですよ」


アレンビーの言葉はメイ家の君臣に響いた。

「それは一理ある。

姫様、ダニエル卿は情に厚いお方と聞きます。

まずはそちらを当たればいかがでしょう」


指揮官の男の勧めに、メイ家の令嬢は迷っていたが、ついに「任せる」と言う。


アレンビーは、この貴重なメイ家の生き残りを確実に送付するため、オカダにアースまでの護衛を頼んだ。


「アンタ、相当な使い手だな。名をなんと言う?」

オカダの問いかけに指揮官の男は笑って答えた。


「マニエルだ。ちょうど主に逆らいクビとなったところをメイ子爵に拾われたが、いきなりの戦で壊滅し、子爵の介錯をする時に、妹君の御守りを頼まれてな。とんだ貧乏くじだ」


マニエルと言えば、何度も主君を変えながら武勲を多数挙げている有名な古豪の騎士である。その槍使いは達人だと言う。


「それは知らぬこととは言え、失礼いたした」

傲岸不遜なオカダも、有名な大先輩には礼を尽くす。


メイ家をオカダ隊が護衛しながらアースに向かう。

その晩、野営時に、オカダとマニエルが武芸談義に花を咲かせていると、侍女が来て、マニエルを呼ぶ。


「アンタも来てくれ」

とマニエルがオカダを誘って向かった先は、姫君の居るテントだった。


「マニエル、怖いの!」

姫君は20歳前くらいか、大きな瞳と長い銀の髪が特徴の美人だったが、青白い顔で震えている。


「城を壊して乗り込んできた敵兵に家臣は殺戮、兄君もご母堂も目の前で自刃し、ようやく逃げ出したところに、今日の襲撃だ。


姫君には俺が死ぬのを見たら自裁するようにと短剣を渡していた。

農民どもに凌辱させるわけにはいかんからな。

気丈に肯いていたが、死を免れたことを実感し、今頃恐ろしくなったのだろう。

オカダ、悪いが姫さんのために一肌脱いでくれ」


マニエルは小声で解説すると、姫君に話しかける。

「姫、もう心配はいりません。

隣の男はダニエル軍きっての猛将オカダです。

今日も農民どもを蹴散らすのを見たでしょう。

彼がいれば大丈夫です」


そしてオカダの腹をつつき、何か言えという。

「ご安心ください。

私はこれまで戦で遅れを取ったことはありません。

必ず姫を安全にお連れいたします」

オカダは自信たっぷりにて話す。


それを聞くと、メイ家の令嬢はオカダの手を握り、「オードリーと申します。メイ家の生き残りを助けるのは私の使命です。どうか頼みます」とすがるように頼み込んだ。


こんな美人で可憐な子に頼みこまれたことはない、オカダの顔が紅潮する。


横でマニエルはニヤニヤと見ていた。


アースまでの旅の間、オードリーはオカダを側から離さず、近くにいてくれるよう頼んだ。


オカダも満更ではなく、オードリーを安心させるようこれまでの武勇伝を語る。二人は急速に仲を深めた。


アースに到着すると、ダニエルは不在であり、レイチェルがオードリーに面会するが、オカダとマニエルも一緒に入る。


オードリーはメイ家の生き残りを保護し、メイ家の再興を懇願するが、レイチェルは難しい顔をして、応諾しない。


(またこの女は損得勘定してやがる!)

オカダはレイチェルに噛み付いた。


「窮鳥は猟師もこれを助けるという。

旧敵だったかも知れないが、今は一族郎党皆殺しにされ助けを求めているんだ。手を差し伸べてやれよ。

アンタが助けてやらないならダニエルに掛け合いに行くぜ」


オカダの言葉にレイチェルは苦笑する。


「オカダさんも難しい言葉を知っているのね。

オードリーさん、いいわ。助けて、お家も立ててあげる。

その代わり条件があるわ。


一つ、我がジューン家の傘下に入ること。

もう一つはそこのオカダさんを婿とし、メイ家の当主にすること。

どうかしら」


「えっ」

オードリーは狼狽し、後ろのマニエルを見る。


「お嬢様、応じなさい。

今のメイ家にあるのは名前のみ。

オカダはダニエル麾下でも有名な男であり、諸侯となっても恥ずかしくない武勲の持ち主。

何よりお嬢様を誰からも守ってくれます」


マニエルの言葉を聞き、オードリーは暫く考えて、わかりましたという。

そしてオカダの方を見て、「旦那様、末永くよろしくお願いします」と笑顔で挨拶をした。


オカダは急展開に頭がついていかなかったが、その笑顔に心を奪われ、

「ああ、こちらこそよろしく頼む」とボソボソと呟いた。


(やれやれ、これで、妹をしっかりした男に嫁がせ、メイ家を再興しろというメイ子爵の遺命はなんとか果たせたかな)

マニエルは胸を撫で下ろす。


レイチェルはにこやかに言う。

「では話もまとまったことだし、早速オカダさんはメイを名乗って、メイ家の旧臣を糾合して兵を集めて来て。オードリーさんも手紙を書くなりして呼びかけるのよ。私が政治や夫との付き合い方を指導しましょう。

結婚式はこの戦争に勝ってからね」


レイチェルがオカダの結婚を勧めたのは、メイ家の勢力を取り込み、南部で並ぶもののない覇権を確立するとともに、婚姻を通じてオカダをジューン家の中に位置づけ、武の柱にするためだ。


(バースはヘブラリーに居着くと言うし、オカダを南部に居させないと。

旦那ダニエルとオカダを一緒にさせておくとフラフラどこに行くかわかったものじゃないわ)


オカダは、レイチェルの指導は止めてほしかったが、結婚を薦めてもらい、そうも言えずに、追い立てられるようにマニエルを伴に再び戦場に赴く。


ダニエルは後ほどオカダの結婚話と、健気にオカダを慕うオードリーの姿を見て、

「アイツには勿体ないだろう。

オレの苦労の半分くらいしてもいいんじゃないか」

と愚痴を言うことになる。

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