センチメンタル・ジャーニーと刺客
ダニエルはジェミナイ国境までの街道が開通したことを聞くと、敗走戦の戦死者の慰霊を行うとして軍を動員、3000騎の大軍で出発した。
その前にチョウギに命じてジェミナイと和平交渉を行わせ、現状維持のラインでお互いに兵を引くことで交渉をまとめさせるが、その付属条項として戦場に斃れた将兵を弔うための顕彰碑と慰霊の旅のための道路を作ることを認めさせる。
ジェミナイ重臣は、ダニエル軍の攻勢に対する配下の領主たちの動揺や、各地での一揆の動きが気になっており、停戦できれば些細なことには目をつむるつもりであった。
そして和平交渉の妥結後、その条項を盾に、ターナーは直ちに兵も含めた大量の人夫を駆使して山を切り崩し、軍が行進できる石畳の立派な道路を作り上げた。
それを見たとき、ジェミナイ軍は衝撃を受ける。
これまで険しい山道を利用して防御してきたものが、もはや通じない。
次のダニエル軍の攻勢を防ぐ術が見当たらないのだ。
そして更に顕彰碑という名目で石づくりの建物を作る。
出来上がってきたそれは、軍人の目から見れば明らかに砦であった、
ターナーは急ピッチの作業でジェミナイの抗議が来る前に作り上げてしまう。
「これでは我が領内への侵攻路と橋頭堡ができたようなものではないか!
ダニエルは明らかに次の侵略を狙っているぞ。
外交官は何をやっていたのだ!」
国境防衛に当たるジェミナイの将軍は激昂し、付近の領主や領民たちは怯える。
そこへダニエルが精鋭3000騎を率いて現れる。
ジェミナイの民は復讐の征途だと噂し、他の地域へ逃亡する者が続出した。
一方、この行軍には経由地のエイプリルからもヨシタツが兵を率いて参加する。
父がやったこととはいえ、エイプリル軍がソーテキと組んでダニエルを罠に嵌めたことを考えると後ろめたいが、なおさら参加しないという選択肢はない。
「ダニエル殿はこのままジェミナイに攻め込むだろうか?」
ヨシタツの問いに謀臣のハンベーが答える。
「私の得ている情報では威嚇だけかと。
御本人はやる気のようですが、ネルソン殿やヒデヨシ殿が時期尚早と止めているようです。
しかし、怯えたジェミナイ軍が襲いかかれば別でしょうが」
「その可能性はあるだろうか?」
「慰霊の路と顕彰碑を名目に軍事施設を整えたことにジェミナイは怒り心頭でしょう。しかし戦闘が停止して皆一息ついているところに仕掛けるのはキツい。普通にかんがえれば我慢するでしょうが、跳ね上がりがいるかですな」
ハンベーと同じことはダニエルやバースたちも考えていた。
「この挑発で奴らが暴発すれば、後方から兵を呼び寄せ一気に攻めかかるか。相手から攻めてくれば、領内の商人や民衆もやむを得ないと思うだろうし、王都にも言い訳ができる」
ダニエルの言葉にバースも肯く。
今回の行軍では西部が主な舞台であるため、そこを本拠とするバースが副将であり、そして先鋒を地元を知るネルソンに任せている。
更にダニエルは少し苦笑しながら言葉を重ねる。
「それに戦闘の続行に強く反対しているレイチェルにも仕方ないと言えるだろう。あれ《レイチェル》が肯かないと戦費が出ないからな。
無理に出させてもいいのだが、後が怖い」
そう言って首をすくめるダニエルを見てバースは微苦笑する。
「お互い家で妻に責められるのは辛いですからな。
私は逆に
「そうは言ってもソーテキは死んでいるしな。
代わりに当主の首を取ってこいと言っているのか」
首を縦に振るバースとダニエルは、顔を見合わせてやれやれとお互いにため息をつく。
「まあいい。とにかく完全武装で行進する。
行進する部隊に囲まれた安全なところに遺族たちを入れておけ。
兵の歩くペースはゆっくりさせろ。
遺族の足に合わせるのとともに、ジェミナイの兵や領民達に我軍の武威を誇示し、怯えさせろ」
ダニエルの指示にバースが付け足す。
「それと待ち伏せへの警戒を先鋒のネルソンに念入りにやらせます。
間道で攻撃されれば、足弱もいる中、大変ですからな」
「その通りだ。では頼む」
ターナーが兵と人夫を使い顕彰碑という名の砦を作り終えると、ダニエルはその帰依する僧侶フランシスに頼み盛大な慰霊祭を執り行う。
戦場の片隅に打ち捨てられていた兵士の骨を、ダニエルが先頭となって拾い集め、大きな墓に埋葬し、祈りを捧げる。
ここで死んだのはモリ、サッサ、サクマ達の将兵。その家族達が額ずき祈りを捧げる。啜り泣く声が聞こえる中、ダニエルは一番前に立ち、墓に深々と頭を下げて、彼らに話しかける。
「お前達の命を捨てた奮戦のおかげで、オレたちは生きて帰れた。
この恩義をオレたちの心に刻み込み、お前達の勇姿を語り継ごう。
そしてまだ家族と生きたかったお前達の無念も受け取った。
受けた恩義の万分の一だが、遺族には最大限の配慮をしよう。
また、ヴァルハラでともに戦える日を楽しみにしているぞ!」
その言葉を終え片膝をついて祈りを捧げると、ダニエルの背後に佇む100名足らずの敗走の生き残りたちが「ウォー!」とあらん限りの声を出し、涙とともに叫ぶ。
そして次に、ダニエルに並ぶノーマが、その墓に眠る死者と、そして後ろに立つ子ども達に語りかける。
「お前達の忠義と武勇は我らの子供にもその子孫にも語り継ぐ!
子達よ、彼らのお陰で父も母も生きて帰れたのだ。
そしてお前達が生まれたのも彼らのお陰ということを胸に刻み込め。
我が家があるのは忠勇なる将兵のお陰。
彼らに応えることは上に立つ者の責務だ!」
チャールズ、エドワード、ウィリアム、ヴィクトリアは揃って深く頭を下げ、祈りを捧げる。
子ども達の頭を撫でた後、ダニエルは立ち上がり叫ぶ。
「ここは初めに過ぎない。
これから我らの敗走の道を辿り、そこで斃れた者達の遺骨を拾い、禱るぞ。
そうでなければオレは死んだ後にヴァルハラで奴らにどの面下げて会うのか!」
それからはターナーの道も無い、険しい山道が続く。
ネルソンの部隊が露払いした後を、ダニエルが先頭に立って道を探し、それに当時の生存兵、そして遺族、護衛の兵が続く。
ノーマと子ども達は遺族の先頭に立って険しい道を登る。
ズルっ、幼いヴィクトリアが斜面で滑るのを、チャールズ達が支える。
「お母様、どこまで登るの?」
泣きそうな声でヴィクトリアがノーマに訊ねる。
これまで城で暮らし、大切に扱われていた兄弟達には辛い山道の行程であった。
レイチェルからは、子供の安全を考え取りやめるように意見が来たが、ダニエルは子供を連れて行くと言い張った。
兵たちと同じ境遇に居て、彼らの心を知ることこそがダニエルが後継者に求めるものである。いつも一緒に居られない父であったが、子ども達に幼くともその片鱗でも知ってほしかった。
「まだまだじゃ。
明日も明後日もこんな道を歩くぞ。
おまんらのおやっどんもおっかはんもここを敵兵に追われ、飯もなく逃げ回ったのよ。
そしてその時にワイらの兵が盾ばなって死んで時間を稼いでくれたのだ。
だから、一人ひとりの骨を拾うて感謝ばせねばならん」
ノーマはその横の草陰に落ちていた髑髏を拾い、手を合わせて骨箱に納める。
子供達も自然と手を合わせる。
そして日が暮れると野営をし、あの時から比べればマシだが、貧しい食事をとる。
「あの時はヘビやネズミも食べたのぅ」
ノーマの言葉に子供たちは驚く。
「騎士の娘はそれぐらい食べて当たり前じゃ。
ヴィクトリアも食べられるな」
ノーマの言葉にヴィクトリアは身体を震わせながらも、うんと気丈に言う。
「馬鹿な。男はともかくこの娘はそんなものは食べさせん。
父が守ってやる」
ダニエルの言葉にノーマは、「妻には食べさせても娘には食べさせんとか」
とジト目になる。
この話になるとダニエルは折れざるを得ない。
「すまなかった」と詫びる。
「ハッハッハ。
冗談じゃ。しかし男どもは野営の訓練で慣れておくがよか。
なんでも食べられる、どこでも寝られるは良い将軍の条件じゃ」
ノーマの言うことを聞き身震いをする兄弟を見ながら、ヴィクトリアは「アタシも野営して、色々食べるから」と笑顔で言う。
夜、ダニエルとノーマの側に四人の子供が集まって横になる。
子供たちは疲労の限界であったが、初めての親子水入らずの野営に興奮する。
しかし父母にしがみつくとすぐに寝ついた。
それを見たダニエルとノーマは笑い、自分たちも寝入った。
次の日も同じく遺骨を拾いながら山道を歩くが、子供や遺族達は足の痛みと疲労で限界であった。
ウィリアムはダニエルが、ヴィクトリアはノーマが背負う。
チャールズとエドワードは意地を張り合い、必死になって歩き続けるが、転び落ちるところを救われ、護衛のトラとイチマツに背負われる。
背負われ、肩を貸されながらも遺族達は進み続ける。
やがて、やや広い窪地に着いた。
「ここです!
ここでリュー様はソーテキに傷を負わせ、亡くなられました」
リューの部隊の数少ない生き残りの兵が叫ぶ。
皆でそのあたり一帯の地面を探って回る。
あちこちから辛うじて衣服に包まれた骸骨が見つかる。
服の破片からでも名前が分かれば骨箱に記入して、分からなければ何も書かずに入れていく。
やがて土が盛り上がったところがあった。
掘ってみると、傷だらけの骸骨が二体出てくる。
「この服の切れ端は我が夫のもの!
ここにいたが!」
リューの未亡人、アンが遺骨に縋り付く。
「そこに同じく埋められていたのは傅役のベンじゃなかか。
最後まで忠実な男だったが」
リューの妹のマーガレットが遺骨を見て言う。
他の遺骨とともにリュー達も骨箱に納められ、そこにダニエル以下の兵や遺族が禱る。
次の日に、最後の戦いの場所に来る。
「ここで死ぬと思ったよ。
最後にできるだけ多くの敵を道連れにして死のうと覚悟していた。
その前にノーマを気絶させて、クリスに身柄の保証と身代金の交渉を命じるつもりだったがな」
今になって言うダニエルの述懐に、ノーマもクリスも驚き激怒するが、過ぎたことと流される。
ダニエルはここでも遺骨を収集し、特にケイジ・マエダの骸骨にはわざわざ持ってきた派手な女物の衣装を着せて、酒をかけてやる。
「ようやく戻ってきたぞ。
待ちくたびれたか。その分、酒を浴びるほどかけてやる」
ダニエルの目には涙が浮かんでいた。
すべての行程を終え、ネルソンの領地クツキを経て、アースに帰ることとする。その頃にはダニエルを兵士と遺族は崇拝の眼差しで見ていた。
どこの諸侯が、死んだ兵の遺骨を拾うために自ら険しい山道を歩き、山中を野営するだろうか。兵はこの人の為ならば命を惜しまないと誓い、遺族は自分の父、夫、兄弟は無駄に命を捨てたのではないと実感する。
ダニエルは彼らの視線にも気づかず、子ども達と戯れる。
子供達にはこの旅は強く印象付けられたようだったが、特にチャールズとウィリアムはようやく仲良くなったヴィクトリアと離れるのがつらかった。
「父上、僕たちもヴィクトリアと暮らしたい」
そう言う二人を見て、ダニエルは思いつく。
「ならば春から夏はノーマ母さんのところで武芸を磨き、秋から冬はレイチェル母さんと勉学に励むが良い」
喜ぶチャールズ達と反対に、エドワードとヴィクトリアは勉学と聞いて嫌な顔をする。
レイチェルからは顔を合わす度に勉学に励むことをコンコンと言われていたのだ。
「それも良かろう。
兄弟で力を合わせていくためには一緒にいるのが一番じゃ」
ノーマも賛同して、子供達も諦める。
ようやくつらい旅も終わったと賑やかな帰り道の途中、馬に乗って進むダニエルは前に座るヴィクトリアが「おしっこ!降りる」というのを聞き、屈んだところを、背中に矢が掠っていく。
「アンタ!」
駆け寄るノーマに、ダニエルは「掠り傷だ。油断するなとヴァルハラから奴らが怒ってきたようだ」と冗談を言う。
「刺客だ!とらえろ!
殺すな、背後を吐かせろ」
クリスの怒号が響く。
トラとイチマツが走る。
刺客が矢を放ってくるが、逃げながらなので力がない。
負傷しながらも刺客を捕えるものの、引っ立てようとしたところを毒を飲んで自害する。
「ゼンジュウボウじゃ」
後方から慌てて駆け寄ってきたヒデヨシがその顔を見て呟く。
「誰だ?そいつは」
ダニエルの問いにヒデヨシは答える。
「有名な弓の名手です。
金を貰って傭兵や暗殺を請け負っていたと聞きます。
プロらしく依頼人の名を出さないように自害したのでしょう」
「では背後関係は分からぬか」
残念そうなダニエルをよそにクリスは護衛を固めるとともに、ネルソンに先払いを厳重にするように使者を出す。
その夜、クツキの城でネルソンとブレアの歓待を受けて、ダニエル達は熟睡する。
その頃、密かにネルソンの部屋を訪ねる者がいた。
「ネルソン殿、何故に刺客を見逃した。
貴方ならばあのような狙撃ポイントに怪しい者が来るかを見張らしておくことはすぐに思いつくはず。
よしんばダニエル様が死ねばいいと思われたか」
「ヒデヨシ、それは買い被りだ。
あんな山の中の狙撃ポイントなぞどこにでもある。
俺は十分に露払いをしていたぞ。
しかしたった一人の変装した刺客を見つけることなど出来はしない。
ダニエルもそれをわかっているから怒っていないだろう」
その言い訳に疑いの目を向けるヒデヨシ。
ネルソンはヒデヨシに酒を勧めながら言葉を続ける。
「しかしな、ここ数年ダニエルの出馬がなく、物足りない思いをしたことは確かだ。そして、
やはりと、口を挟もうとするヒデヨシを手で抑えてネルソンは言う。
「だが、今日の話を聞きそんな考えは捨てた。
ゼンジュウボウと言えば有名な弓の名手。ようやく目に見える遠さの鳥でも落とすという男だぞ。これまでも依頼をしくじったと聞いたことがない」
そこで一息入れて、自分を落ち着かせるように一口酒を飲む。
「それがだ、失敗するはずのない近距離で見事に外している。
ダニエルの運の良さは神がついているとしか思えないぞ!
あの男に従えと天が命じているのだと俺は感じたよ」
(やっぱりこの男、刺客を見逃していたのか。
主君を試そうとする癖は諸侯に引き上げられても直らんな)
ヒデヨシはため息をつき忠告する。
「分かられたなら、そろそろその火遊びはおやめなされ。
今回の件でダニエル様はともかく、ノーマ様やクリス殿はカンカンですぞ。
そしてクワトロが嗅ぎ回っている。
もしゼンジュウボウとネルソン殿が通じていれば言い訳は通じませんぞ」
「そんなことはない。疑うな。
俺が本当に裏切る気になればダニエルがまっさきに気づくだろうよ」
外様からの抜擢者同士の仲ゆえの最後の忠告ですぞと言いながら引き上げるヒデヨシ。
その後に隠し部屋からブレアが出てくる。
「私もヒデヨシ殿に同感よ。
もう子供も三人もいるのに危ないことはやめて、ダニエル様の重臣で落ち着いてよ。
今更謀叛を疑われて一家心中や放浪の旅は嫌ですからね」
「わかっている。
だから、今度こそこの天運を見て、ダニエルと運命をともにすると決めたと言っただろう」
そう言いながらネルソンは思う。
(ダニエル、いつまで三頭政治や家族ごっこで遊んでいる!
お前の器量はそこで納まるものではあるまい。
俺達の血湧き肉躍るのは戦場だろう。それもジェミナイとの小手先の戦じゃない、生きるか死ぬかの大勝負だ。
死者の慰霊も終えた今、そろそろ俺達の居場所に戻ろうじゃないか)
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