4本の棒と王都でのダニエル

ダニエルは慰霊の旅を終えると一つ肩の荷を降ろしたような気分になる。自分のために犠牲になった兵の弔いは心の中で宿題となっていたのだろうと今になって気づく。


アースに帰還すると、レイチェルが出迎えてくれた。

そこでノーマも入れて、子供たちの育て方を協議する。

ダニエルも妻達もまだ若く健康だ。

これからも子供は生まれるだろうが、この4人の子供がこれからの後継者として中心となろう。

そしてこの4人には仲良く結束してほしいと言うのがダニエルの願いであり、それはレイチェルとノーマも同意する。


ダニエルは4人を集めて、少し太めの木の枝を渡す。

「これを折ってみろ」

チャールズは軽々と、ヴィクトリアは苦労しながらなんとか折る。

そして次にそれを4本束ねたものを渡して折ってみるように言う。

ヴィクトリアはもちろん、ウィリアム、エドワードも必死で力を込めるが折れない。

長男のチャールズは弟や妹にいいところを見せようと、自信満々に力を込めるがびくともせず、顔を真っ赤にするが遂に諦める。


「一本では折れても四本なら折れない。

お前達も一人では敵わなくても四人なら勝てる。

兄弟喧嘩はいい。だけど他所からケンカを売られたら必ず兄弟団結して立ち向かえ!

これは父との約束だ!」


子供達はみんな素直に肯く。

「わかった。お父様。兄弟ではケンカするけど外の奴には一緒に戦う」

代表してチャールズが言う。


分かってくれたかとにこやかになるダニエルにヴィクトリアが何気なく言う。

「お父様はこれを折れるの?」

「勿論だ。父さんは強いからな」

「じゃあ四人みんなで戦っても勝てない人もいるんじゃない?」


うーん、そう言われると確かにそうだ。

「四人でも勝てなさそうなら知恵を使え。

威勢よく滅びるよりもしぶとく生き残れ。そして勝てると思ったときに戦え。

とにかくお前達兄弟は仲違えするんじゃないぞ。

お前たちはみんなこの父の子なんだからな」


ヴィクトリアの茶々のお陰でいまいち締まらなかったが、言わんとする所は通じたようだ。

兄弟の殺し合いは自分だけで十分だと思うダニエルの言葉は迫力があり、子供達は自然と頷く。最初は横で面白そうに見ていたノーマもいつの間に真顔で頷いていた。姉を死に追い込んだ彼女も同じ思いなのだろう。


さて、家族との時間を楽しんでいたダニエルに王都からの呼び出しが来る。

虚飾と追従に満ちた都に足の向かないダニエルであったが、いつも面倒をかけているアランからの手紙とあればやむを得ない。


ダニエルが王都屋敷に到着すると、アランやオーエ達が待ち受けていた。

最近の王政府の状況を聞くと、あいも変わらず王党派と貴族派が綱引きをしているが、王とマーチ宰相のバランスは取れていて一定内での勢力争いに限定したものとなっている。


今回は王国の建国記念日に当たり、三人のボスが仲良く振る舞い、国の安定を内外に見せるために呼ばれたらしい。

実務はともかく、そういう表舞台には流石にダニエルが出なければなるまい。


「わかった、わかった。

記念日まで日があるな。騎士団に行って遊んでこよう」

ダニエルは翌日騎士団に行き、団長に面会する。


「ダニエル、久しぶりだな。

ジェミナイ戦の策略、聞いたぞ。ちっとは頭も使うようになったじゃないか」

団長はダニエルに近寄り、頭を撫で回す。


「止めてくださいよ。

もうオレも大諸侯です。子供じゃありません」

ダニエルはそう言って団長から離れる。


「お前が泣きべそかきながら俺のところに来たときのことはよく覚えているぞ。それが大諸侯様か。いつまでたっても幼いときの気分が抜けんなあ。

それで慰霊できて気が収まったか?」


「奴らの死ぬときの声が遠ざかりました。

でもそれでいいんですかね。

オレは奴らの死を背負っていかなければと思うのですのが、それも日々の忙しさに忘れそうになります」

そう悩むダニエルの肩に団長は手をやり、ガハハと笑う。


「忘れようとしても一生忘れられんよ。

そしてどんどん積み重なっていく。忘れられるなら忘れろ。

死んだ奴らだって覚えてほしいと思っちゃおらん。

やるだけやって死ねば終わり。

あとはヴァルハラでの再会を待つのみよ」


そう言うと、来いと声をかける。


「騎士団の連中と手合わせしたいんだろう。

奴らも名高い勇将ダニエル様との手合わせを待っているぞ」


その日は訓練場にダニエルは麾下の若手を連れていったので、既に騎士団との手合わせが始まっていた。

ダニエル軍の教官は騎士団から来ているので戦い方は似ているが、ダニエル達は実践を重ねそこに改良を施している。


「やぁ、そんな連携をするのか」

「これは見た目は汚いが実戦では強いかもしれんな」

団体戦ではダニエル軍の遠隔武器と近接攻撃の組み合わせが巧みで、騎士団自慢の突撃を防ぎ続ける。


尤も、ついに弱ったかと判断したところを突撃したダニエル軍の騎兵は騎士団との組み討ちに破れ、引き分けとなる。

ダニエル軍の戦法の有効性は認めても、美しさを重んじる騎士団では取り入れないようだ。


そして次は個人の勝ち抜き戦。

若い者から始まり、ダニエルとカケフは隊長格で出場する。

カケフは騎士二人を破り、ダニエルは騎士二人と隊長を一人破ったところで、団長が出てくる。

「ダニエル、久しぶりに揉んでやる」

「団長、もう歳でしょう。観戦していてくださいよ」

年寄りに勝っても自慢にならんとうんざり顔のダニエルに団長は言う。


「ダニエル、本気で来ないとお前の最初のラブレターの話をばらすぞ」

ハッハッハとあちこちで笑いが起きる。

(この親父!)

幼少期を面倒見てもらった仲だ。なんだって知られている。


「うぉー、後悔するなよオッサン」

ダニエルの模造剣の打ち込みを悠々と受け止め、まだまだと撃ち返してくる。

剣で何十回と攻防を重ねると、団長は面倒なとダニエルの剣を素手で受け、そのまま恐るべき膂力で剣を取り上げ放り投げる。


「ダニエル、組むぞ」

とダニエルの身体を掴み、技をかけようとする。

ダニエルも組技は得意だがそれは団長に教えてもらったもの。

やはり師には勝てず、馬乗りとなられたところを手を上げて降参する。


「さすが団長!

勇将ダニエル様も敵いませんか!」

騎士団の若者は大喜びだ。


「おーい、エールを持って来い!」

ダニエルは手土産にエールと肉を大量に持ってきたので、それを訓練場に持ってこさせる。大宴会が始まる。


「団長、まだまだいけますね」

ダニエルは団長が現役で自分より強いことが嬉しくてたまらない。

団長との勝負を避けたかったのは、もしかすると自分が勝つのではと恐れたからだ。団長に勝ってしまえばどんな顔をすればいいのかわからない。

ダニエルは知らずに嬉し涙を流しながら団長にエールを注ぐ。


「まだまだお前に負けるか!

今日の技はすべて俺が教えてやったことばかりだろう」


団長はあちこちの身体の痛みを隠して大声を出す。

(ちょっと無理をしすぎたか。

しかし俺が前に立ってやらんとまだコイツが心配だ)

心で呟く。


そんな二人の姿を副団長は横から冷ややかに見る。


「ところで最近では騎士団の出動は減っているのですか。

西部と南部からは要請していませんが」

ダニエルの言葉に団長は答える。

「オメェのところはいいがな、王都付近や北部・東部は色々ゴタゴタがあって結構商売繁盛だ」


「じゃあオレのところは手を煩わせてませんね」

「ああ、お前はうまくやっているよ」

褒められて嬉しげなダニエルをよそに副団長は我慢できんと口を出そうとするが、団長に手で制せられる。


副団長が言いたかったこと、それは王国各地の騒乱の元凶はダニエルだということだ。

各地ではダニエルを手本にした下剋上が起き始めていた。大中の領主は勿論、金のない小領主や騎士は悪党となって荒らし、民衆も徒党を組んで騒ぐ。

賤民も異教徒ももう黙って迫害に耐えなくなった。


「みろ!ダニエル様の土地に行けば俺達と同じ境遇からのし上がっている奴らがいっぱいいる。なぜ俺だけが我慢しなきゃならんのだ!」


それに輪をかけているのがタヌマやターナーの金権積極政治だ。世はインフレとなり、流れに乗れない旧家が潰れ、時流に乗る成り上がりが勃興する。

これまでの秩序は崩れかけ、われもわれもと上を目指す。

その中で騎士団は秩序の維持のために悪戦苦闘していた。


その苦労をよく知る副団長は、その大本のダニエルが惚けたことを言うのを聞いて激怒した。


(お前のところが無事なのは下剋上のエネルギーをお前が全部吸い取っているからだろう。張本人が何を白々しく言っている!)

言っても仕方ないが、領主の反乱や悪党の襲撃、民衆一揆に対処する身としては一言言いたいが、団長が駄目と言うなら仕方ない。

ダニエルが何かをしたわけでなく、また騎士団の退団者や遺族の面倒など色々と助けてもらっているのも事実。やむを得ないと副団長は言葉を飲み込む。

そして自棄酒のようにエールを立て続けに空けた。


さて、騎士団で気持ちよく過ごしたダニエルは王政府の行事に出席する。

王はますます壮健そうだが、久しぶりに見たマーチ宰相の老け方に少し驚く。

髪は総白髪となり、杖をついて歩みも覚束ない。

頭はハッキリしているようだが、いつまで無事か。


マーチ宰相は行事の後、ダニエルを屋敷に誘い、息子を紹介する。

マーチはその長男を後継の宰相にするためにダニエルに協力を求めてきた。

現体制に不満のないダニエルに否応はなく、協力を約束する。

すると、あの傲岸不遜だったマーチが、ありがとうありがとうと手を握って頭を下げてきた。

(昔の爺なら、これをやるからこう協力しろと具体的な取引を執拗に迫っていたのが、頭を下げるだけか。

そしてこのニコニコしている中年親父。爺と違って人は良さそうだが、王とやりあえるのか?)


マーチ邸の帰りにダニエルは不安を覚える。

アラン達に相談しても、こればかりはどうしょうもない。

マーチ派を支えて、王党派とのバランスを取っていくしかない。

(嗚呼、マーチの爺、頼むから長生きしてくれ。

せめてオレの子供が大きくなってオレが引退出来るまで)

ダニエルはそう願った。


その頃のダニエルの王都でのエピソードとしてこんな話がある。

8月1日、ハッサクの日にはお世話になっている人に贈り物をするのがエーリス国王都の風習である。


いつもは領地にいるダニエルがたまたま王都に滞在していた。

その日は朝から人が動き回り慌ただしい。

アランは、屋敷で次々と来る人と会い、挨拶だけ受け取って、贈り物はすべて返していた。

国家の中枢にいる要人たるもの、私心を疑われることのないように身を慎むべしというレイチェルの教えを実践している。


と言っても自身が行うだけで仲間に強要するわけではない。

オーエは同様にしているが、タヌマやターナーは贈り物でこそ誠意が測れるとすべて受け取り、中身をチェックしているらしい。

人それぞれだとアランは思うが、そう言えば義兄ダニエルがどうしているのかが気になった。


「エリーゼ、義兄さんのことを見てくるよ。

変な贈り物をを貰ってトラブルになると困るからね」

客が絶えた隙に、奥にいる妻に声をかけて出かけようとすると私も行くと言われる。


夫婦仲良く出かけると、エリーゼが言う。

「実物大の女性の人形を贈ってきたと思ったら、実は本物の娼婦でしたとかあるからね。お義兄さんにそれを受け取る度胸はないと思うけど」


「ハッハ」

実は自分のことを言われているようで胸が痛い。

また何か言われないうちにとアランは道を急ぐ。


ダニエルの屋敷はすごい人集りがしていた。 

それも老若男女、貴族から賤民まで集まって大騒ぎをしている。

「何だ?」

アランとエリーゼが人を押しのけて中に入ると、広大なダニエルの屋敷の庭が開放されて、池はエールの匂いがして、広場では巨大な炎でバーベキューが焼かれ、そこにいる人たちは飲み放題食べ放題のようだった。


「その格好、貴族のお方ですね。

何か持ってきた方ですか」

警備兵が問う。


「ああ」

アラン夫婦は一応のプレゼントは持ってきた。


「じゃあ、そこに名前を書いて、贈り物はこちらに。 

そしてここから何か持っていってください。

ダニエル様からの贈り物です。

受け取ったら庭でなんでも飲んで食べて結構です」


警備兵が指差すのは山のような贈り物。アランの贈り物もそこに加えられてのですべて客の持ってきたものだろう。

客の贈り物を断るのでもなく、チェックするのでもなく、そのまま流してしまうとは。

アランとエリーゼは思わず唸る。自分たちには思いつかないやり方だ。


「あれっアラン様ご夫婦じゃありませんか」

ここを仕切っていたのか汗だくのジブ・イシダと遭遇する。

「こんなところにおらずにダニエル様のところへどうぞ」


なるほど、こんなカオスのイベントを仕切れるのはこの男ぐらいだろうとアランとエリーゼは納得する。


「アランとエリーゼか。よく来たな。まあ一杯やれよ」

ダニエルは仲間のカケフやオカダ、古武士のマニエル、トラやイチマツ達気のおけない仲間と上機嫌で飲んでいた。


「今日はハッサクの日といって贈り物をする日らしいな。

ターナーが何にしますと言ってきたから、千人が飲み食べできる食料を持って来いと言ってやった。

それで王都の民に俺からの贈り物だと門を開けて、食べに来させた。

そしたら、グラバー達も持ってきて、王都中から人が集まってきたぞ」

面白そうにダニエルは言う。


庭や屋敷の外では、ダニエル様ありがとう、ダニエル様万歳の声が聞こえる。


「このうちのほんの一掴みでも飢えて死んだ奴らに持っていってやりたいよ」

多くの群衆がたらふく食べて酔う姿を見て、ダニエルがポツリとこぼす。


それを聞いたオカダが怒ったように言う。

「隠居みたいなことを言うな!

俺たちだっていつまた飢えて、どこかの道で死ぬかわかったものじゃない。

だから今を愉しむんだろう。

ダニエル、飲みが足らんぞ、もう一杯飲め!」


「オカダ殿の言う通り。

ワシの知り合いはほとんどがヴァルハラじゃ。

ワシもそろそろ行くときが来るが、それまではこの世を愉しむつもり。

ダニエル様、刹那を愉しむ、それが武人の生き方ですぞ」

マニエルにも諭され、ダニエルはわかっていると頷く。


「アラン、ダニエル様に王国を乗っ取る野心はないのだろうけど、見る人が見れば王都での大掛かりな人気取りだよね」

エリーゼが帰り道で言う。


「そうだね。王陛下がこのことを聞いてどう思うか」

アランは王国の行方が心配になる。

この義兄は知らずに物事を大きくするが、何処に行くのか、そして同じ船に乗る自分達は何処に連れて行かれるのか。

アランは思わずエリーゼの手をしっかりと握りしめた。










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