ダニエル領の高速道路の建設
危ない綱渡りを続けながらも三頭政治が行われて数年が経つ。
王都の情勢も安定した中、ダニエル麾下においては家臣の調略と一揆の蜂起を支援することによりジェミナイ領を着々と侵食し続け、その実質的な支配はおよそ3割に及んでいた。
流石にアサクラ家も内紛を止め、当主ヨシカゲを隠居させ新当主のもとで激しい抵抗を行い始める。
「ジェミナイの戦線も停滞したか。
徐々に浸透するのをやめて、一気に全力で攻めればどうか」
ダニエルはヘブラリー領都マーズにおいて、ネルソンの報告を聞く。
「名将ソーテキの薫陶はまだ残っており、老臣が嫌がるヨシカゲを押し込んで強制的に隠居に追い込み、家の立て直しを図っています。ここで攻め込めばますます結束するでしょう。
まあ、しばらくは和平ということで油断させ、内紛を誘いましょう」
「欲深な坊主どもも褒美をちらつかせればまだまだ働きます。
各地の領主や騎士もアサクラは落ち目だという目で見ており、ここは時間をかけてじっくり料理をしていきましょう」
ネルソンの意見にヒデヨシも口添えする。
この立身出世の塊のような男はリオの総督で豪奢な生活をするより戦地で手柄を上げることを望み、ジェミナイ戦線の一翼を担っている。
「クワトロはどう思う?」
隅にいたものの、話したそうにしている曲者の男にダニエルは話しかける。
「私も同意見です。
アサクラは弱ってきたがまだ底力は侮れません。
ここで一気に仕上げるのはまだ無理でしょう」
「うーん」
三人の異なる視点を持つ男達に同じ意見を吐かれて、ダニエルは唸る。
彼は平穏な日々を持て余し始め、ジェミナイに自らが大軍を率いて攻め込むことを考え、反対するレイチェル達文官を説得するため、現地指揮官に賛同してもらおうと思ったのだが、その意図は外れたようだった。
ダニエルの隣でエールを飲みながら話を聞いていたオカダが口を出す。
「それぐらい歯応えがある相手の方が面白いんだがなあ。
最近は山賊も狩り尽くして退屈でたまらん。
団長に頼んで騎士団で働かせてもらうか?
痛い!」
暇だと嘆くオカダは、後ろで子供をあやしていた妻オードリーに思いきり足を踏まれる。
「貴方、前から言っているように領主としての自覚を持ってください。
兵を鍛えて戦うだけが領主の仕事ではありません。
内政のこともしっかり見てもらわないと、この子達に継がせる領地がボロボロになります」
オカダも二人の子の父となったが、居城マーキュリーにはあまり居着かず、治安維持のためと称してあちこち出歩き、野盗退治に汗をかいている。
その一因は妻オードリーがメイ家の嫡女であり、家臣や領民のは忠誠心は高く、内政を任せても安心だと思っているためもある。
今日はマーズで今後の方針を検討しようと呼びかけ、重臣やその家族などダニエルファミリーが集結していた。
レイチェルとその子供もやって来て、ノーマの子供達と遊んでいる。
ダニエルの子で唯一の女子ヴィクトリアはチャールズとウィリアムからお人形のように構われていた。
ヴィクトリアはしつこく近づいてくる異母兄に怯えて、兄のエドワードの後ろに隠れる。
「ずるいぞ。ヴィクトリアはみんなの妹だろう。
独占するな!」
「ヴィクトリアが嫌がっているだろう。近寄るな!」
チャールズとエドワードは喧嘩を始める。
それを止めるべき母たちは、レイチェルはこの機会にヘブラリー領の政治経済を重臣に問いただしているところであり、ノーマは「よし、喧嘩ならば正々堂々とやれ」とけしかける始末。
ダニエルは子供たちの取っ組み合いを見ながらエールを飲んでいだが、ふと思いつくものがあった。
「そうだ!
いつか行かなければと思っていた慰霊に行くぞ。
あそこで無念の戦死を遂げた者を弔ってやらねばならん。
子供達も連れていき、戦場の雰囲気を少しでも感じさせよう」
ノーマがそれを聞き、「もちろんアタイも行くが」と言う。
ネルソン、ヒデヨシ、バースと当時のメンバーにオカダも参加するという。
更にバースの妻であるマーガレットは、戦死した兄のリューを弔うために自分とリューの遺族もついていくと言って聞かない。
「ならば、希望する遺族も連れて行こう。
ターナー、足弱でも行けるよう道路を整備しろ」
ダニエルの命にターナーは張り切る。
「せっかくですから、ジューン領からヘブラリー領を通り、ヨシタツ様の了解を得てエイプリルを経由してジェミナイまで通過する大道路を建設いたします。そして並行するバン川の河川交通も拡大し、水陸で南部・西部を一体化させましょう」
「それをジェミナイの和平の条件に盛り込むか。
慰霊のためと言えば否とは言うまい」
ダニエルの言葉にバースも応える。
「交通路ができればすぐに攻め込むことができます。
慰霊という名目で作ってしまえばこちらのもの。トロイの木馬ですな」
軍事の観点から見る男達に対して、レイチェルは別の視点からそれを後押しする。
「交通路ができれば物も人も交流が盛んとなります。
ジューン領とヘブラリー領、領民はまだまだ別の邦と思っていますが、これにより一体感が高まります。政治だけでなく経済も一体化することで国力が何倍にもなりましょう。
更にエイプリルやジェミナイを経済的に呑み込むことも視野に入ることになります。
それはこの子達の代に更に大国となる足がかりともなるでしょう」
そう発言しながらレイチェルはこれは思わぬ好機とほくそ笑む。
彼女の今の懸案は二つ。
一つはジューン領とヘブラリー領の一体化の促進。これまで別の領主が治め、気候風土も異なる二つの領地が、主君をともにするというだけで同じ郷土と思えるはずはない。
しかし、何ら手を打たなければダニエルの子供の世代となればまた別の邦に戻るだけとなる。次世代となり、治める主人は異なれど一体感を持たせて、緩やかでも共同体の領地とする、それをレイチェルは考えていた。
そのために、現在も努力を続け、ジューン領とヘブラリー領の予算の統合に漕ぎ着けた。これはヘブラリーの一門を潰したこととノーマとレイチェルの信頼感あってのこと。レイチェルは、疑いを持つヘブラリー家臣の信頼確立のためにヘブラリーにはその歳入以上の歳出を認めている。
そしてもう一点の課題はその予算の中の軍事費の抑制である。
ダニエルの所領は広がったとはいえ、南部でも6割、西部では4割である。
あとの領主は独立して経営を営んでおり、ダニエルは南部と西部の守護として軍事指揮権や警察権を持つのみ。税収や予算については口出しできない。
そのおよそ半分の収入で南部と西部の軍事・治安、その他の政を行うのはレイチェルを以ってしても難しい。
その上、ダニエルの総収入(ジューン領とヘブラリー領、ジェミナイからのカ割譲、リオからの上納)のうち、相当分をダニエルは軍事費として持っていき、残る分がレイチェルの所管する民生費となる。
だからレイチェルは軍事費の抑制に躍起になるが、これまでの勝利を盾にしたダニエルと武官の要求はなかなか抑え難かった。
この街道整備は瓢箪から駒となり、レイチェルの課題の解決に役立つのではないかと期待する。
さて、勢いづくターナーにオードリーが話しかける。
「ターナー殿、当然その街道には我が都マーキュリーも通ってくれるのでしょうな。まさか伝統ある我がメイ家を無視して南部の振興を図れるとは思っておられるまい」
マーキュリーを通るとなるとかなり迂回することになり、ニコニコ顔のターナーの顔が曇る。
それを聞いたバースの妻マーガレットも口を出す。
「我が領地も道が欲しい。
道路があれば物も売れる。人も来る。
ターナー殿、頼みますぞ」
ヒデヨシの妻ネネ、ネルソンの妻ブレアも口を揃えて領地への道路の開通を言い立てる。
ノーマはヘブラリー領の内政を任せているズショを呼び寄せ、聞く。
「皆、交通路やら道路を言いよるが、道なんぞがそんなに大事かの」
「勿論です。道路が通れば物資も運びやすく商人も来ます。産業振興には必須です。だから皆さん、あんなに必死になっているのです」
「じゃっどん、道があれば攻められやすくなる。
そんなに安易に作ってよいものか?」
ダニエルにはノーマの意見もわかる。
しかし、近年平和が続き人口も増えている中、レイチェルは国力増強や領地の安定のための産業振興が必要だと言い続けていた。そのことをよく知るダニエルは腹をくくる。
「王政府も安定している。
ここで我々が更に力を増せばもはや国を乱そうとする者もいなくなるだろう。
ターナー、思う存分に改造計画を実行してみせろ」
それを聞いたターナーは意気に感じ「よっしゃ!任せてくだされ!」と叫ぶ。
「しかし、その財源はどうしますか。
街道作りと河川の改修、どちらも膨大な金がいりますぞ。
他にも既にカオリンを使った磁器制作の本格化、ヘブラリーの羊毛業振興、南部農地の灌漑を行っており、更に軍備面でも要塞づくりや兵の養成に金はいります。
しかしいくら必要でも金は天から降ってきません」
財政を預かるジブが滔滔と述べる。
この頭が切れ、かつ固い男には、主君たちの話が地に足がついていないと思われ、不興を買っても諫言を行う考えであった。
財源など考えていない皆が黙り込む。
無論そのことは最初から考えていたレイチェルはいらぬことをと舌打ちする。
彼女はこの交通網の整備をすべて軍事費から支出させて、少しでも生産的なことに使わせようと企んでいた。
しかし、それは正面からは云いにくい。やれやれとレイチェルが債券を発行することを言おうとしたとき、ターナーが笑い出す。
「クックック、それが良い案があるのです。
このターナーをただの金食い虫と思ってもらっては困る」
「街道や河川を使う商人や旅人に通行量に応じた使用料を課します。
それとともに街道沿いの商店や宿、馬借車借はカーク興業の独占とし、上がった収益を積み立てて、それを原資として道路整備をいたします。従ってダニエル様からのお金は最小限になるかと」
「通行人からの金の徴収など廃止した関所の二の舞いではないか。
庶民の暮らしに配慮したダニエル様のお考えに反するものだぞ」
ジブの追求にも動じず、ターナーは応える。
「課金されたくなければ、整備されていない道を通ればよろしい。
関所はすべての通行人に課していましたが、この道路はこの道を使う者だけに限定するので問題はありますまい」
しかしジブは二の矢を放つ。
「ターナー殿、貴方は他でも交通路の整備を行い、同時に近くに都市を建設して値上がりした土地を売り巨額の利益を挙げているとか。
その土地転がしの利益も吐き出してもらいますぞ」
これにはさしものターナーも弱ったようで、汗が吹き出した顔を必死で拭う。
「ハッハッハ、ターナーとジブのやり取りは良かったな。
そう虐めてやるな。ターナーもいい思いがなければやる気が出まい。
目に余らなければ役得もよい。
しかしこの話は公益性が高い。
カーク興業の独占でなく、グラバー商会やリオの豪商も入れてやれ。
そしてその道路は高速道路と、組織は道路公団と名のり、意味をわかりやすく示せ」
ダニエルの指示は矢継ぎ早である。
「公費を入れてやるから慰霊の旅の道路は突貫工事だ。
領主の要望する道にはその領主からも金を出させろ。
そしてオレに非協力的な奴らのところは道を通さずに干し上げろ。
例えばアレンビーだな」
道路などの交通網から外れれば、その地は過疎化し人は流出する。
ダニエルは未だに残る反ダニエル派を締め上げる道具に使うこととする。
せっかくのアイデア、一石で何鳥も捕まえたい。
ダニエルの指示で物事は動き出す。
そしてダニエル一行が慰霊の旅に出るのは半年後であった。
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