エイプリル侯爵との会談とその裏側

エイプリル侯爵は居城で激怒していた。


「ダニエルの毒殺に失敗しただと!

せっかく苦労して入手した毒を渡してやったのに。

あのバカ女ジーナの役立たずが!」


持っていたグラスを報告に来た家臣に投げつける。


「父上。独断でダニエル殿の暗殺などを企んでいたのですか!

だから蝮などと言われるのです。失敗してよかった。

うちの手が絡んでいるとは知れていないのか?」

隣りにいた世子ヨシタツが尋ねる。


「ヘブラリー家に潜っていた密偵は排除され、内通者も一掃されました。

おそらくは当家の関与はわかっているものと思います」


「不味い。

ダニエル殿はヘブラリーの当主だけでなく南部の王と言われる実力を持つ。

南部との通商が止められたのはそのためか」


「それだけでなく、王都との通商も減っています。

ダニエル殿ゆかりの商人は当家との取り扱いを止め、代わりにヘブラリー領との通商を強化しているようです」


「農民戦争で領内は荒廃し、今年の収穫は見込めない。

その上、木材や鉱物などの特産品も売れなければ領民どころか家臣も飢えに瀕するぞ。

そもそも農民達を見境なく殺しすぎたのだ!」


ヨシタツと家老達の話し合いが自分を責めるように聞こえたエイプリル侯爵は怒鳴った。


「うるさい!

ダニエルめが、領内に農民団を送り込んできたことは明らか。

おまけに最近増えている山賊どもは、その鮮やかな動きからダニエルの手の者と見るべきだろう。

奴はもはや敵、なんとしても始末しなければならぬ」


「農民戦争の終了とともに。父上も相変わらずヘブラリー領に盗賊を装い兵を送り込んでいるでしょう。

最近、ダニエル麾下の重鎮バースが指揮するヘブラリーの守備が固く、帰還しない兵が多いと聞いておりますぞ。

戦続きの中、ダニエル殿も戦を望んでいるわけではないでしょう。

私が停戦と交易再開を交渉してみます」


ヨシタツの提案を暫く考えていたエイプリル侯爵はニヤリとして口を開く。


「そういう名目でダニエルを呼び出すか。

あいつさえ居なくなれば急造の家臣団はバラバラになる。

格下のアイツに我が居城に来るように伝えろ」


「父上、また騙し討ちをする気ですか。

そもそも彼がこちらまで来るはずがありますまい。

もはや我が家と同格の侯爵です」


「チッ、成り上がりが。

ならば最初考えていた、領界にあるショウトク・テンプルを会見場にするか。

ヨシタツ、アイツと上手く話をしろ」


「父上、騙し討ちなぞなりませんぞ!

きちんと話し合うということならば私から話をしてみます」


エイプリル侯爵は、フンッと鼻を鳴らすと、そのまま席を立った。


ヨシタツはため息をつきながら、ダニエルに停戦の話し合いの呼びかけの手紙を書く。


ダニエルは使者からその手紙を受け取ると、ノーマやリュー、バース、ネルソン、ヒデヨシ、ターナーを呼ぶ。


ヨシタツの手紙を回し読みした後、ダニエルが口火を切る。


「ヨシタツ殿はともかくエイプリル侯爵は油断できない。おそらくオレを抹殺しようと考えているだろう。

しかし、エイプリル侯爵との争いは消耗戦となっている。

領界付近の攻防はどうなっている?」


「双方から不正規戦が仕掛けられています。

当初は相当の成果を得ましたが、エイプリル軍も鍛えられた強兵。

ゲリラ戦に適応しつつあり、まだ優位とはいえ、こちらの損害も相応に出てきています」

バースが答える。


「交易の封鎖ですが、エイプリル領経済には大きな痛手を与えていることは確か。また、その代替にヘブラリー領の産物が売れています。

しかし、商機を逃している、また通商路の迂回にクレームをつける商人も多くおり、レイチェル様は経済面を考えると早めの正常化が望ましいと言われています」

とターナーは意見具申をする。


「エイプリル領の方が損害は多い。領民のことを考える領主ならば頭を下げて和平を求めてくるところだが、あの蝮がそんなタマか?」

ネルソンが皮肉げに言う。


「まあ、それは無い。

とにかく自分の利益、外聞を優先するお人よ。

頭を下げるくらいなら領地が荒廃し、家臣がいくら死んでも戦を続ける。だから農民戦争もなかなか終わらなかったのじゃ。


しかし、我が方の損害も馬鹿にならない。

どうしますかな」

ヒデヨシの意見に耳を傾け、ダニエルは考える。


(ヘブラリー家での粛清から家臣は動揺している。これから家臣団の再編成、オレとノーマへの権力集中を図っていかねばならんのに今の段階で全面戦争は不味い。


産業振興もズショの手でようやく緒についたところ。

あのしつこい蝮に構っている暇はない。

ここは停戦し、裏でヨシタツと手を結んで家督を簒奪させよう)


「わかった。エイプリル侯爵と会い、停戦の話を纏めよう」


「「ダニエルさぁ!

止めておきなされ!」」


ノーマとリューが叫ぶ。

ヘブラリー家の人間はエイプリル侯爵の陰湿残忍さをよく知っている。


「案ずるな。

当然十分に蝮対策をしていく。

ネルソン、万全の警護を頼む。

ヒデヨシはハチスカ党に会見場までの道中をよく見張らせろ。


ターナー、ヨシタツと停戦条件の交渉を行え。

リュー、バース、交渉が決裂した場合に備えて、守備態勢を固めろ。

相手が攻めてくれば王政府に訴え、反乱者として鎮圧するぞ」


それからの話は速かった。

1ヶ月後、ダニエルは会談に赴く。

随行は約束どおりお互いに100名、よりすぐりの小姓や馬廻りで警護する。


心配して付いていくというノーマに、「オレがあの蝮ごときに負けると思うのか。痛い目にあわせてくる。安心して待ってろ」と笑いかけて出発する。


とは言え、相手は陰謀の達人。

油断なく、伏兵がありそうなところはハチスカ党に徹底的に捜索させている。


「また山中に野盗に扮した伏兵を発見。皆殺しにしました」

報告を受け、ヒデヨシはやれやれとため息をつく。


「ヒデヨシ、既に5件目か?大忙しだな」

ネルソンがからかう。


「ネルソン殿、笑ってられません。余りにもあからさまな伏兵。

おそらくは陽動。本命がいるはずです。

おそらくはこのバン川を渡る辺りかと」


うーん、ネルソンは唸る。

ダニエルが窮地にもがく様を見るのは面白いが、今回の警備は自分の責任。そこでの失敗はネルソンのプライドが許さない。


「もう一度警護体制を徹底させろ。

それとダニエル様にはあれに乗ってもらえ」


バン川を渡る際、ダニエルの乗る馬車が妙に重々しい音を立てて、鈍重に動き、橋の中頃に差し掛かったときだった。


橋の向こう側から何頭もの牛が、火のついた車を後ろにつけられて猛スピードで走ってきた。

農夫の牛車を装っていたのが突如火を付けられ、こちらに向かわせたようだ。

車には重装備の兵が長槍やパイクを持ち、決死の面持ちで乗っている。


迎撃に向かった小姓達も、そのスピードに対応できない。


「ダニエル様の馬車の前に補給用の馬車を進ませろ。兵はその後ろから矢を放て。

同時に馬車の甕から牛に水をかけろ。スピードが落ちたらパイクと槍で兵を叩き落とせ。敵は少数。動きに惑わされるな」


ネルソンは次々と指示を出す。


敵牛車の対応に追われる最中、橋の下から、川に潜んでいた敵兵が出現して、護衛に目もくれずダニエルの馬車に槍を突き立てる。


「狙いはダニエルただ一人。後は相手にするな!」

「何だこれは!槍が通らんぞ」

「鉄板が入っている。この戸を引き開けろ!

下からも刺してみろ!」


思わぬ堅牢な馬車に慌てふためく襲撃隊。

ネルソンはほくそ笑む。

(王都の戦いで使われたウォーワゴン。噂通りの強固さよ)


「今だ!奴らを押し包んで討て。殺すなよ。

捕虜にして吐かせろ」


暫く後、失敗したと悟った襲撃隊は自決する。隊長の男は、妻らしき女の名を呟きながら息絶えた。


「ネルソン、見事な指揮だな」

護衛兵が後ろから声をかける。


(無礼な、何奴だ!)


思わず怒鳴りつけようとしたネルソンだが、兜を脱いだ顔は主君ダニエルその人であった。


「ダニエルさま、馬車に入っていたのでは?」


「ダニエルさま、もう影武者は勘弁してください」

ウォーワゴンから降りてきたのはクリスであった。


「檻のようなウォーワゴンの中にいるなどゴメンだ。あそこだと狙われるに決まっているしな、クリスに代わってもらった」


ダニエルの言うことも一理あるが、ネルソンは、お前が裏切ればウォーワゴンでは逃げ場が無かろうと言われているような気がする。


ダニエルの警護の指揮を取れと言われた時に、これでコイツの命は俺の胸先三寸と思ったネルソンは、少し後ろ暗い気持ちと、こうやって自分の考えの上を行くダニエルに敬服する気持ちが半ばする。


さて、バン川から少し離れたところの小屋でエイプリル侯爵はその様子を眺めていた。

詳細はわからないが、手下が全滅したことはわかる。


「チッ、失敗しおったわ。

この能無しが」


作戦を立てた騎士が容赦なく鞭打たれる。


「まあいい。

ダニエルめ、律儀に約束を守って100名で来ているな。まだ青いのう。

我が方は500。寺まで来れば、取り囲んで討ち果たしてやるわ」


「侯爵さま、しかしヨシタツ様からはくれぐれも約束違反をせずに、話し合うよう言われてますが」


「アイツは甘すぎる。それでこの厳しい世界を生き残れるか!」

侯爵の怒声が響く。


橋渡ししたヨシタツは何も知らされずに、ターナーを相手に和平条件を詰めるべく会見場で交渉している。


この父子関係は大丈夫かとエイプリル家臣は思う。


ダニエル一行は、その後は大きなトラブルはなく、無事にショウトクテンプルに着く。


「ダニエル殿、いや侯爵様か、よくいらっしゃった」

ヨシタツは笑顔で迎える。


年齢も同年代であり、ダニエルを世代交代の同志ともライバルとも見ており、手紙のやりとりを通して親近感を持っていた。


ダニエルはヨシタツの耳に口を近づけ、囁く。

「途中で襲撃された。全て自決したが、間違いなくエイプリル侯爵の手の者。

ここは大丈夫か」


「私は関わっていない。

父の独断だが、そうだとすれば一度で諦める人ではない。

この場所も襲撃される可能性は高い。

すぐに引き返すか?」

ヨシタツの顔色は蒼白だ。


「ここで引き上げては逃げたと言われる。

こちらも兵を呼ぶ。

両軍が睨み合ったところで手を打とう」


「わかった。

寺社を戦場とする訳にはいかん。

思わぬところで戦いとならないように全力を尽くす」


話がついたところで、ダニエルはネルソンとヒデヨシに手筈通りにしろと命じる。ごく近くに1000の兵を率いてバースが来ている。

煙を上げたら即座にここにやってくる。


やがて遅れてエイプリル侯爵が到着する。


「これはダニエル。以前会ったのは結婚式か。

泣きべそかいてた小僧が活躍だな。

しかし、あまり調子に乗るな。

飛び跳ねすぎて池から出た鯉は死ぬぞ」


「エイプリル侯爵もお元気そうで。

農民達の血を啜るのが元気の秘訣ですか」


二人は睨み合う。

ヨシタツが間に入り、二人を交渉会場に座らせる。


ヨシタツとヒデヨシが話し合った交渉案が提示される。


『両家は互いに境界を遵守し、敵対行動をとらないこと。

エイプリル家は、境界付近にヘブラリー家が見張り台を設け、駐屯するのを認める。

その代わりにエイプリル領と南部・王都との交易の再開を認める』


交渉で揉めたのは、交易再開の代償措置として、境界付近の要塞化を認めるかどうかだったが、ヨシタツはやむなしと了解した。

これができれば今後エイプリル領からの出撃は難しくなる。


エイプリル侯爵はこれを見て激怒する。

「こうなれば兵火で決すべし!

エイプリル軍、出てきてダニエルを捕らえよ!」


部屋の窓から、外に向かって吼える。

それに応ずるのは兵の喚声。


「ダニエル、すまんな。

我が軍は実は500。お前の兵は皆殺しだ。

お前もすぐに後を追わせてやるがな」


ダニエルは動じない。

「さぁわかりませんよ。

我が軍は精強。5倍の差を跳ね返すでしょう」


「負け惜しみを言うな。

はっはっは」


「父上、また私に黙ってそんなことを。

止めよ!兵を引け!」

ヨシタツは窓から外に叫ぶ。


エイプリル軍の指揮官は侯爵と世子の間に挟まれ、戦いを躊躇う。

その間に煙をみたバースは迅速に寺を包囲し、大声で威嚇する。


両家の交渉団とヘブラリー軍100人とエイプリル軍500人の睨み合いに、その外からダニエル軍1000人が包囲し、どちらが優位かはっきりした。


「エイプリル侯爵、すいません。

我軍は1000。ちょうどここを墓所としますか」


「嘘をつけ!」

信じられないエイプリル侯爵は窓から外を見ると、寺の外に赤備えのダニエル軍がびっしりと囲んでいる。


崩れ落ちるエイプリル侯爵に代わり、ヨシタツが前に出る。


「重ね重ねの違反行為、誠に申し訳ない。

公式に謝罪するので、先程の条件で和平を願えないか」


「私も争いは願うところではないが、エイプリル侯爵殿は信用できない。

ヨシタツ殿が相手となることが条件だ」


「わかりました。

寛大なお言葉ありがとう。

父上、宜しいな」


和平とともにエイプリル侯爵の権威失墜が二人の狙いであり、そのための猿芝居であった。


そこからは口を利かなかったエイプリル侯爵だが、最後にダニエルに話しかける。


「ヘブラリーの次女を貰ったそうだな。

庶子の上、武芸狂いの変わり者だと聞くぞ。

ワシの娘を正室にやろう」


エイプリル侯爵と言えば娘婿を暗殺すると有名である。

ダニエルが断ろうとすると、その前に側に居た小姓が突然大声を出す。


「武芸狂いの庶子で悪かったな!

じゃっどん、父親に夫を殺されて黙っている女ではなか」


「ノーマ、なぜこんなところに!」

ダニエル以上に、エイプリル侯爵も驚いていた。


「ダニエルさぁはアタイが守るがよ」


「随分なじゃじゃ馬を貰ったな。

後悔するぞ」

エイプリル侯爵が捨て台詞を残して去る。


「ではダニエル殿、今後宜しく」

ヨシタツが挨拶にくる。


「早く家督を継いでくれ。

隣人がヤクザでは落ち着かん。

助力が必要ならいつでも力を貸すぞ」

ダニエルの言葉にヨシタツはガハハと笑う。


「ダニエルさぁ、早く帰ろう」

ノーマの言葉に頷き、ダニエルはヨシタツと握手して、蝮に一撃を入れたことに満足して帰還の途につく。





















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