騙し合いと死守・玉砕の初戦

コンドーとヒジカタに率いられたシンセングミや衛士達は反王党派貴族を襲撃しつつ、遂にダニエルの屋敷にたどり着く。


「ここが首魁ダニエルの本拠か。金に糸目をつけず作ったと噂されるだけあって立派なものだ」

コンドーの感嘆をヒジカタは冷淡に返す。


「ダニエルや主要な重臣は王都から逃亡したと知らせを受けている。

ここに拘っても意味はない。さっさと開門させてダニエル一党を追撃すべきだな」


そして降伏と開門を呼びかける使者を送る。

その内容は、多勢に無勢であり、敗北が明らかな戦いをする必要はない、降伏すれば罪には問わないというものである。

譜代でもない、今まで何度も主を変えてきたマニエルであれば、これで降りるだろうと考えたのだ。


使者に会ったマニエルは呼び掛けに対して提案を返してきた。

「ワシに命令できるのはダニエル様だけだ。しかし王国の一員として王陛下の正式な命が有れば考えよう」

更に声を潜めて言う。


「ワシらを人柱に逃げ出したダニエルには腹が立っているのだ。しかし、ワシは世間には古豪の騎士として名が通っている。面子のためには易々と降伏するわけにはいかん。

名分を立てるため、陛下の丁寧な降伏の申し入れが欲しいのだ。

そしてワシの任務は追撃の阻止。降伏するまで追撃は止めてくれ」


使者は、面倒なことを言うジジイだと思ったが、周りを見ると装備を固めた兵が意気軒昂に守備を固めている。

この堅固な屋敷と守備兵を見れば簡単にここを抜くことは難しい。


使者は立ち帰り、マニエルの申し出と自分の見た屋敷の様子をコンドーに話す。

黙考するコンドーに隣で聞いていたヒジカタは言う。

「こんな捨て石相手に兵の損耗は避けたい。

奴の言う事を呑んだふりをして、陛下に降伏勧告を依頼するとともに、密かに追撃の兵を出そう」


コンドーもうなずき、その案を採用することとし、マニエルに要望に応ずる旨の使いを出す。

そして王に降伏勧告の書状を頼むとともに、別働隊に追撃に向かわせる。


しかしマニエルはそれを読んでいた。

南部に向かう門はダニエルの屋敷から近く、物見台から敵兵の動きは丸見えである。


「黒の煙を出せ」

マニエルの指示で黒い煙が屋敷から空に上がる。

城門の外で待機していた兵達はそれを見て、準備を整え始める。


何も知らないシンセングミ追撃隊は悠々と城門を出る。

「脱出した馬車には財宝やダニエル家臣の家族も載っているそうだ。

略奪や女を楽しむこともできそうだぜ」

舌舐めずりしながら行軍していたところを、突然丸太が倒れて前後の道を塞ぎ閉じ込められる。戸惑う彼らに浴びせられたのは四方からの矢。


襲撃した伏兵は金でマニエルに雇われた傭兵達である。

散々に矢を射かけ、動けなくなったところを確実に一人ずつ止めを刺してまわる。

全滅させるのが高額の後払い金の条件である。

更にその遺体を荷台に積んで戦いの痕跡を消す。

面倒な作業だがそれだけの金は貰うこととなっている。

そしてマニエルが約束を破ることを許さない男であることを彼らはよく承知していた。


傭兵が去った後には何も残っていない。

異変を知らされることのないコンドー達は追撃は順調に進んでいると信じていた。


一方で、屋敷との交渉は時間を要していた。

王からの勧告状を見て、マニエルは文面の修正に始まり、印璽がないとか王の直筆の署名が欲しいだの細かく文句をつける。


その度にコンドー達は王城へ使者を遣わし、文官たちに説明しなければならない。


しかも、所詮は屋敷、時間をかければ食料にも困り、逃げ出す奴らも出て来ようという読みに反して、屋敷内は時間をかけるほど兵の士気が高まり、弱点を見出そうと見回る斥候へも惜しみなく弓を射かけてくる。


「コンドーさん、奴ら、抜け穴から物資を補給しているぜ。

怪しい動きをしていたスラムの奴らを捕まえて、拷問にかけたら吐きやがった。屋敷の建築時に抜け穴を用意していて、どうやらスラムに通じていて、そこから武器、食料を入れてやがる」

ヒジカタの言葉にコンドーは納得する。

道理で食料も武器もふんだんにあるはずだ。


そして、未だにその補給が続いているということは!


「トシ、奴ら降伏する気はないな」

「俺もそう思うぜ」


「クソ、騙しやがって!

赦さんぞ!」

コンドーの叫び声が回りに響き渡る。


その後の動きは素早かった。

コンドーは直ちに屋敷に赴き、門の前で叫ぶ。

「もう時間は十分に与えた。騎士の名誉も立つだろう。

すぐに降伏し開門せよ。

さもなければ全面攻撃を行う」


それを聞いたマニエルは屋敷のバルコニーに現れて、嘯いた。

「若い奴は気が早いの。

あと3ヶ月ほど待てばダニエル様が王都に凱旋してきて自然とこの門も開けるものを」


「ふざけるな!

騙したなジジイ!」

怒り狂うコンドーに、マニエルは哄笑する。


「さてさて。僧侶の嘘は方便という。

商人の嘘は商い、家族や恋人の嘘は愛情というそうだ。

ならば騎士の嘘は何と言うか。武略と言うのよ。

若僧、一つ賢くなったな。王にも教えてやれ。

授業料は貴様らの赤っ恥でいいぞ。

ハッハッハ」


「もはや言葉は不要。

そもそも我らシンセングミが言葉に頼ったのがおかしかった。

頼るはこの剣のみ。

全員攻撃せよ!」

コンドーは真っ赤になって吠える。


マニエルはいつの間にか姿を消し、攻めかかる兵には屋敷から矢の雨が降り注ぎ、空堀の中で斃れる者が続出する。

それを掻い潜って塀に取り付く者には大小の石や熱湯が浴びせられる。

突撃した兵の大半は死傷し、塀の傷だけを残して攻撃は終了した。


軍使が出されて死傷者を回収する間の停戦期間が結ばれる。

夜間にも死傷者が運ばれる中、密かに武装した兵が混じり、合図とともに塀をよじ登る。

屋敷の中は真っ暗で物音一つ聞こえない。

「奴ら、停戦期間を信じて寝てやがる。

騎士の嘘は武略だろう。俺たちが実践してやるぜ」


塀を降り立つ者が十数名。腕の立つ精鋭だ。

直ちに門に向かい開門しようとする。

それと同時に兵が雪崩込んでくる算段だ。


その時、あちこちで一斉に松明が灯される。

そして明るみの中、全身を晒す侵入者に矢が放たれる。


「阿呆が。あれだけ戦気を漂わせて何が停戦じゃ。

実戦を経験しておらんとそんなこともわからんか」

マニエルは、王都で治安活動に専念してきたシンセングミを嘲笑し、矢傷を負い動けない者を獲物を仕留めるように槍で突き刺し、とどめを刺す。


塀の外で開門を待つコンドー達に返ってきたのはドサッと投げ出された音と物言わぬ僚友の死体のみ。

塀の中はまたしても暗闇と沈黙に戻った。


「コンドーさん、一度王城に戻ろう。

頭に血を昇らせてかてる相手ではないぞ」

ヒジカタの言葉に、コンドーは掌から血が出るほど拳を握りしめた。


朝、成果を待っていた王に対して、コンドーは言葉をつまらせながら敗北を報告する。

激怒すると思ったが、王は冷静だった。

「治安活動が任務のお前たちに歴戦の騎士相手の攻城戦は荷が重かったな。

下がって良い」


「戦力を強化いただき、再戦をお願いいたします。

ダニエル家臣への追撃隊も戦っております。

我々に任務を続けさせてください」

頭を地にこすりつけ哀願するコンドーに王は冷たく言う。


「反王党派の掃討、ご苦労だった。褒美を後ほど遣わす。

しかしここからは戦だ。親衛隊に任せよ。

貴様の言う追撃隊は、あれから音沙汰がないのであれば失敗したと考えるべきだ。

もはや諦めよ」


そしてもはやコンドーを見ずに、「ニッタを呼べ」と側近に命じる。

コンドーは落胆して引き上げるしかなかった。


王は飛んできた親衛隊の筆頭将軍、ニッタに言う。

「兵を整え、ダニエル屋敷を落とし、そのままダニエルの領地へ攻め込め。

奴を窮地に陥れるのだ」


「畏まりました。

ではダニエルの領地を焼き尽くし、奴の首を取ってくるということでよろしいですね」


「いや。ダニエルとの和解を騎士団長ヘンリーから強く勧められている。

まずはこちらに有利な条件での和睦を目指す。

戦の結果として奴が戦死するのならそれはそれで構わん。

こちらは王国旗がある官軍だ。

勝てるな」

念を押したのは、ダニエルの武名に王も不安を感じていたからである。


それを察知したニッタは怒りを表情に出して断言する。

「あのような成り上がり、運に乗っただけの男。

我が手で一蹴してやりますのでご覧あれ」


足音も荒く出ていくニッタを見て、王は内心不安を隠せない。

しかし賽は投げられた。

少なくとも戦場でどちらが優位かを決しなければ和平交渉もできない。

早期和平を勧める騎士団長や王妃になんというかを考えながら、王は自室に戻る。


ニッタが兵を集める間の小康状態の時に、立て籠もるマニエルにクリスがやってくる。


「マニエル様、お陰で無事に文官やその家族をアースに送り届けることができました。

そしてダニエル様からはこの間にマニエル様達も引き揚げるように指示があります。

シンセングミが執拗に探していますが、まだ抜け道は健在。

ここを使って脱出しましょう」

クリスの言葉をマニエルは一笑に付す。


「わかっておらんな。

王都中に響くほどの声でワシは王とその配下を馬鹿にしたのだぞ。

それをおめおめとネズミのように逃げられるものか。

ワシはここで死と引き換えに名前を売るのよ」

そこで一息入れたマニエルは続けて言う。


「そしてワシと老騎士達が死ぬまで奮戦することで、これからのダニエル軍との戦に恐怖が植え付けられる。

大戦では初戦が大事だ。

ダニエル様に足りないのは、部下にオレのために死んでくれと言えないことだ。その優しさに部下はついていくが、戦に勝つためには非情さも必要。

ワシの死でそれを学んてくだされと伝えてくれ」


そう言うとマニエルは、最後に今日は飲み明かすかと仲間の老騎士を呼び集めて、クリスとともに散々に飲み続ける。

そして翌日クリスを見送った後に、これまで屋敷の裏方を手伝っていた小者や女中達をまず逃し、兵たちに金を分けて逃げたい者は今晩密かに抜け出せと命じた。


百戦錬磨のマニエルの目から見て、敵軍の戦気は高まり、もはや猶予はないと判断した。


そして死の決意をした者で固めた屋敷を、準備を終えた親衛隊が攻めかかる。

それはシンセングミの攻め方の比ではなく、本格的な攻城戦であった。

投石機で門や塀を破壊し、梯子車で塀を乗り越える。

堅固とは言え、所詮は王都屋敷、攻城兵器を使えばひとたまりもない。

しかし、マニエルは敵軍を見て屋敷の塀に頼るのをやめ、敵兵を屋敷の中に引き込む戦術を取る。

屋敷内は迷路のように各種の建物が並んでいる。

その中に少数の兵を潜ませて、進んで来た敵兵、特に指揮官を狙い撃ちにした。


屋敷の外を破壊し、早々に勝利を確信したニッタ将軍は、その後に遅々として進まない制圧に業を煮やし、自ら陣頭指揮をとらんと進むも狙撃されて負傷する。


そして制圧できないままついに夜の闇が訪れる。

同士討ちなどの混乱を避けるため、一旦引き揚げる親衛隊だが、夜半に夜討ちをかけられて大混乱に陥る。


「周囲を斬りまくれ。周りはすべて敵だ。

手柄は立て放題。

現世の褒美はやれんが、ワシがヴァルハラで褒めてやるぞ!」

闇の中、マニエルの塩辛声が響き渡る。

そして次々と斬られる味方の悲鳴。

親衛隊は圧倒的な兵力差にも関わらず無様に逃走した。


翌朝、屋敷の周りは多くの親衛隊の兵士の死体が転がる。

王から厳しい叱責を受けたニッタは強い決意で臨む。


「十人ごとの組を作り、しらみつぶしに建物を調べろ!

怪しければ焼け。

一棟も残さずにきれいにし、一人も見逃すな!」

大軍では出入りできない屋敷内を少人数で次々と送り込んでいく。

立て籠もるマニエル配下は激しい抵抗を見せるが、頼りとする建築物を焼かれては身を隠す術はない。

一人一人と数を減らしていく。


最後に残るのは防火装備のある本丸御殿。

広大な建物の一室ずつに親衛隊は踏み込む。

その3階まである建物は迷路の要塞と化し、落とし穴、隠し扉、思わぬところから飛んでくる矢、様々な罠が親衛隊の兵を待ち受けていた。


しかし、強固な意志で戦い続けるニッタ配下の精鋭騎士は、ついに最上階の一室にマニエルを追い詰めた。

ずっと戦い続けていたマニエルは満身創痍、立つのもやっとである。


「悪党マニエル、もはや覚悟せよ。

騎士らしく潔く死ね!」

隊長の号令のもと、数人の騎士が取り囲み、斬りつける。

マニエルはそのうちの一人に斬りつけて、そのまま壁を破り、隠し階段で下に降りると、そこから叫んだ。


「ヴァルハラへともに行ってくれる奴らがこんなにいるとはな。

ダニエル様の敵を一人でも減らしておくぞ!」


そして導火線に火をつけると、それは地下の火薬に点火し本丸御殿ごと大爆発をした。

本丸にいた数十名の精鋭騎士はそれに巻き込まれ致命傷を負う。


外で見ていたニッタは、それを見て呆然とする。

「小城とも言えない、たかが屋敷の攻略、それも戦略的な重要性もない捨て石に俺が鍛えた騎士たちがこれほど犠牲になるとは…」


マニエル以下のダニエル軍の奮戦と玉砕、そして親衛隊の犠牲の大きさを知った王党派の首脳は、ダニエルとの戦争の行方に暗い影を予感することとなる。




















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