惨劇の葬儀

マーチ前宰相の葬儀が決まる。


ダニエルはその葬儀に出席した後、副宰相と大将軍を辞任し、王都における自派閥のポストを返上して一族郎党で所領に引き上げることを決める。

しかし、王が求める所領の返上には応じない。

王政府に貰ったものは返すが、自ら獲得したものを返す謂われはないというのがダニエルの出した結論であった。


ダニエルはそのことを決めると王に面会し、その旨を伝える。

王は苦々しい顔つきでダニエルに言う。

「王よりも力を持つ臣下が存在することは国が乱れる元というのがわからんか。

ジャニアリーとヘブラリーの所領は安堵するが、王家のものであったメイ家の旧領や国外の領地、権益は引き渡せ!」


「これらの所領や権益を手に入れるに当たっては大きな犠牲を払い、部下に苦労をかけています。彼らに恩賞として与えているものを今更どうやって取り上げられましょうか。

国を乱すつもりはありませんし、陛下の命には完全に服しますので、所領などの召し上げはご勘弁ください。

私の一存で返せるものはお返しいたします」

ダニエルは反論し、話し合いは平行線に終わった。


と言っても、ダニエルには今の段階で王に反乱を起こす気もない。

一諸侯として、王政府の命令には従うつもりであった。

その上で王がどう出てくるのか、ダニエルは、当面は交渉や冷戦期間と考え、王が様々な手段で圧迫を加えてダニエルの勢力を弱めてくると考えていた。


マーチ宰相の葬儀を明日に控え、その後の展開を考えながらイングリッドの店で飲んでいたダニエルの隣にフードを被った男が座る。誰かと思い、そちらを見ると諜報機関である検非違使の長、リバーである。

彼は出身地であるスラムの民の保護のため、密かにダニエルに通じている。


「ダニエル、何をノンビリとしている。王は葬儀から仕掛けてくるぞ。

狙いは貴様とその一党だ。

隠密に計画を進めているので詳細は不明だが、マーチ派やお前たちが一同に会するところを一網打尽にするのだろう」

リバーは賑やかな店の中、ダニエルの耳元で密やかに話しかける。


「何を!

オレは王に叛逆する気などない。

王もそれはわかっているはず」

ダニエルの反論をリバーは鼻で笑う。


「何を愚かなことを。

王政府では、巨大な勢力を持ち、王の提案にも応じないお前を潜在的な敵と見做しているぞ。

奴らはお前の油断をいいことに、徹底して秘密を守り準備を整えている。

俺の手下がその話を掴んだのもつい先程。

王の私兵となったシンセングミが非常動員されている。明日に向けてすべての手筈は終わっているだろう。

マーチが危なくなってお前はボーッと女にうつつを抜かしていた間に、王は着々と準備していたのよ」


リバーは一気に言葉を吐き出した。少し顔が紅潮している

この冷たいまでに冷静な男が珍しく感情を出している。

ダニエルの油断もさることながら、情報のプロと自負する自分が出し抜かれたことが腹に据えかねているようだ。


「とにかく、明日のマーチの葬儀には出ないほうがいいぞ。

できればすぐに所領に戻り、戦支度を整えろ。

俺も今お前に死なれては困る」

リバーはそう言うと去っていく。


ダニエルはエールを置き、厨房で忙しく働くイングリッドの元に行く。

「イングリッド、今日は泊まれなくなった。

そして、暫く会えない。

これを置いていく。戦になって困ったらこの金で南部に来い」

そして持ち金をすべて渡しておく。


「えっ。

あなた、こんな急に行ってしまうのですか!

せめて…」

イングリッドも騎士の娘や妻だった経験からそれ以上は言葉を飲み込み、ダニエルにしがみついて暫く涙を流す。

そして気分を落ち着かせたのか、ダニエルに別れの言葉を告げる。

「いってらっしゃい。

ご武運をお祈り申し上げます」


「うむ」

ダニエルはそれだけを告げ店を出る。

もはやイングリッドのことは念頭になく顔は武人に戻った。

待たせていた馬丁から馬を受け取り、屋敷に戻る。


屋敷に着くと直ちに配下に非常参集をかけるとともに、王都の諜者から情報を集めるように指示する。

リバーの情報の確度は高い。

おそらくマーチの葬儀を襲い、ダニエルやアラン達首脳部を捕えて、譲歩を強いるのだろうと読んだ。


(平和が続いたせいか、オレも王がそこまでやるとは思ってなかった。

これでオレの安楽な暮らしは終わりか)


それでもダニエルは腹を決めかねていた。

王との妥協で何とか平和を維持できないか。

王国もダニエルの所領も繁栄を謳歌している。ダニエルも妻や子供、家臣・領民との生活に満足していた。

(とにかく難を逃れて、再度交渉してみよう)


間もなく文官はアランをはじめとして、武官はカケフに率いられて集まってくるが、文官は常日頃の派閥の人員よりも相当数が欠けている。

タヌマ、ターナーの失脚という情勢を見て、ダニエル不利と見た者が寝返っているようだ。


「主な者は集まったか。

明日のマーチ前宰相の葬儀で王党派が襲撃してくるという情報を得た。

王と直ちに戦をする気はないが、おめおめと捕まる気もない。

一旦所領に引き上げて、交渉するつもりだ。

お前たちも同行するか王都に残るか去就を決めてほしい」


ダニエルの言葉を聞き、武官の多くはダニエルとともに引き上げを決め、アランを筆頭に文官は王都で様子を見ることとする。

カケフ達武官の多くは形式的に王から官位を得ていても実質的にダニエルの家臣であったが、文官は王政府の官職を持ち、ダニエルの派閥に属するだけであったのでその行動は当然である。


「おそらく今後しばらくは王党派が幅を利かせ苦しい思いをするでしょうが、耐え忍び、義兄さんが復権する時を待ちましょう」

アランの言葉に残る文官は涙して結束を誓う。


「オレの実力不足のため、苦しい思いをさせすまん。

せめて経済的な支援は欠かさないので金銭に困る目にはあわせん」

ダニエルは頭を下げて自分の政治力のなさから窮地に陥ったことを謝罪する。


帰る段取りを協議するとき、屋敷の者全員で引き上げようとするダニエルに対して老騎士マニエルが申し出る。

「この堅固な王都屋敷を無駄にすることはありません。

ワシと老い先短い兵どもに留守居を申し付けられたい。

何もなければここで昼寝してダニエル様の帰還を待ち、仮にダニエル様を攻めるつもりならばここで死ぬまで戦い、足止めをして見せましょう」


「まさか王が内戦覚悟でそこまでやるとは思えんが。

しかしせっかくのこの屋敷、みすみす王に献上することもないか。

ならばのんびりと留守居役を頼む」

ダニエルは気楽にうなずき、マニエルと彼の友人の老騎士達とその配下に屋敷を託す。


バタつく最中に珍客が現れた。

妹のアリスとその夫バート夫妻である。

ダニエルが勢威を誇るとき、散々官職や利権を求めてやってきた彼らに対して、ダニエルは冷淡に世人に指弾されない程度の金をめぐむことしかしてこなかった。


(今頃何をしに来た?)

ダニエルの疑問は妹夫婦の大きな声ですぐに答えが出る。


「後ろ盾のマーチ宰相がいなくなったら、王陛下に嫌われて失脚しそうですって。どんな顔をしているのかを見物に来たわ」


「早速王陛下にお目通りを願ってきた。

ダニエルの所領は私達が受け継いでやろう。

お前達、今跪くなら家臣にしてやるぞ」


相手にする気もないダニエルだが、ふと思いついた。

「やあバート殿。

おっしゃるとおり、王陛下の機嫌を損ねて危ない身の上になりました。

ついては明日のマーチ宰相の葬儀にも行くのも慎んだほうがいいかと考えておりました。

御足労をかけますが貴殿に代理で行っていただき、陛下に取りなしてもらえませんか」

下手に出て、手に多額の現金を握らせる。


不審な顔だったバートだが、金を握らせるとニコニコ顔で言う。

「まあ一応は親族の仲だ。取りなしてやろう。

しかし我らがジャニアリー領を貰うことになっても恨むんじゃないぞ」


「そうよダニエル。

アンタが大諸侯になれたのはマーチの引きと運のお陰。

ポール兄さんが継がないのならジャニアリー領は私達のものになるのが当たり前よ。

まあ命くらいは助かるように言ってあげるわ。

あなた、副宰相の衣装で行きなさいよ。

ダニエルの代わりに就任するかもしれないわ。今のうちから慣れたほうがいいわよ」

妹アリスも口を挟む。


バートはニヤニヤしながら、ダニエルの持つ豪華な副宰相の衣服を纏い、「私が着たほうがよく似合うだろう」とアリスと笑い合う。

ダニエルの後ろでクリスの歯ぎしりの音がする。


ダニエルはクリスを手で制し、バートに言う。

「葬儀は早朝から始まり、マーチ邸から大聖堂まで棺を運びます。

私の役は、棺のすぐ後ろで大きな花束を捧げながら歩きます。

くれぐれも間違いのないように」


そして妹夫婦を一室に案内し、豪華な料理で接待するように申し付ける。

彼らが満足げに去ると、ダニエルはクリスに言う。


「バートを身代わりとさせ、王党派がどういう手段に出るかを陰で見ていろ。

身に危険を及ぼさない穏当なものなら放っておけ。

仮に手荒な措置に出るようならアラン達を保護し、南部に連れて来い。

王が人質をとり、脅迫してくるおそれがある」


その深夜、ダニエル達は目立たぬように何回かの隊列に分け密かに王都を脱出する。

王都の門番には賄賂を送り、門を開けさせる。


ダニエル達が王都を出る頃、まだ夜が暗い中、マーチ邸にマーチ一族や縁者、高官が集まり、葬儀が始まる。

バートは寝ていたところをクリスに叩き起こされ、マーチ邸に連れて行かれ、ダニエルのふりをして棺の行列に並ばされる。


寝ぼけ眼であったが、バートはダニエルと勘違いした周囲から丁寧な扱いを受け満足する。

(ダニエルが失脚すればこの地位は俺のものになるかもしれん。

ダニエルの馬鹿め。誰がお前の弁護などするか。王に処刑するように進言し、あの豪華な屋敷も財産も俺が貰ってやる)


バートはそんな思いを胸に、まだ暗い中を進む。 

やがて大聖堂の長い階段に差し掛かる。

大きな柱の陰から少年の声とともに襲いかかる者がいる。

「母の仇、ダニエル覚悟!」


そのまま剣でバートの腹を貫く。

「うぐっ」

倒れ伏すバートの首を少年は刺し貫き、「仇のダニエルを討ち取った!」と叫ぶ。


この凶行に驚いた棺を運んでいたマーチの一族は棺を投げ捨て逃げ惑う。

葬儀の列席者も散り散りに逃げる。


「チッ、ダニエルがこんなに呆気ない訳がなかろう。

さては嗅ぎつけて身代わりを立てたか。

あの小僧に襲わせて、一刀で切り捨てられれば私怨の行動と小僧を切り捨て、傷を負わすことができれば大将軍が小僧相手に負傷とはその地位に相応しくないと責め立てて、所領を剥奪するつもりだったのが。


計画がすべて台無しだ。しかもあの阿呆、高官たちの目の前でダニエルを殺したなどと騒ぎ回りおって。

もはや誰しもダニエルを殺すことがこちらの策略と思うことは必定ではないか!」

少し離れた暗闇で腹を立てた声がする。


「陛下、愚痴を言っても仕方ありますまい。

もはやダニエル一党はこちらが殺しにかかったと思うことは確実。

戦しかないのではありませんか」

暗闇から別の声がした。


「やむを得ない。

葬儀の列席者にはダニエル派とマーチ派が集まっているはず。

コンドーよ、奴らを捕えるかまたは抹殺しろ」

その声とともに闇から武装したシンセングミの隊士が襲いかかる。

逃げ惑う貴族の大半は斬り殺される。


クリスはバートが殺された時点で部下に後の諜報を託して、葬儀の後方にいたアランを強引に馬に乗せて、屋敷に戻る。


そしてオーエやタヌマ、ターナーなど主要な文官に危急を知らせ、家族ともども屋敷に集めて直ぐに脱出に移る。


戸惑うアランたちにクリスは言う。

「ダニエル様の身代わりは容赦なく斬り殺され、大声でその旨を叫んでいましたが、衛士達に彼を捕らえようとする動きはなく、全ては王の策略であることは確実。

おそらく我らダニエル派を殲滅する行動かと思います。

皆様方は我が派の首脳。捕らえられれば死罪もありうるため、一旦脱出ください」


彼らとその家族を馬車に乗せ、もっとも近い門から王都を逃げ出す。

その頃にはマーチの葬儀の大混乱が伝わってきた。

シンセングミはこれまでの蔑視・軽視を晴らすべく血に餓えたように貴族宅を襲い、彼らを捕らえ、抵抗すれば殺害して回った。


クリスは文官たちを送る最後尾に付き、後方からの襲撃に備える。

そのクリスを屋敷で見送るマニエルは笑って言う。


「ワシの言ったとおりだな。

ダニエル様はまだ甘い。お前がよく補佐してくれ。

さて、もうすぐここにも王の手下どもがやってくるな。

ワシと老兵達、およそ100名。

お前達が逃げる間くらい足止めしてやるわ。

いつ戦場で死ぬかと思っていたが、随分長生きした。

最後にヴァルハラへの土産話を持たせてくれるとはありがたい」


クリスは涙を流して「お頼み申す」とだけ伝え、去っていく。


マニエルは老兵を集めて言う。

「最後の死に花を咲かせるぞ!

王の肝を冷やし、わしらの奮戦が100年先まで伝えられるように身体が動く限り戦ってやれ!」


「おー!」

老兵の叫び声は王都中に響く。


王都市民は朝からの喧騒とダニエル屋敷の叫び声を聞き、平和が去り戦の季節が来たことを知った。








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