生涯一騎士の心で

アースに戻ったダニエルは直ちに防衛戦の準備に着手する。

いくら王が強硬でも現在の平和を破るような手荒なことはするまいと思っていただけに、裏切られた思いは強い。


王都に残した諜報網は健在であり、王都屋敷でのマニエルの巧みな防戦ぶりは手に取るように報告が入ってくる。


親衛隊の攻勢までに時間がある時を見計らい、ダニエルはクリスを派遣してマニエルに逃げるように勧めるが、ダニエルも半ば思っていた通り、やはりマニエルはそれを拒み、壮絶な戦死を遂げた。


戻ってきたクリスから、必要あれば自分のために死んでくれと命じろと言えというマニエルの遺言をダニエルは涙しながら聞く。

そして聞き終わったダニエルは自嘲するように言う。


「最後までありがたい漢だ。

しかし、オレにはその台詞は言えんな。

せいぜい一緒に死んでくれというのが精一杯だ」


「何を言うの!

この家も領地もあなた無しでは成り立たないのよ!

兵を犠牲にしても将が生きて帰ることは必要なこと。

今や大諸侯となった自分の立場を弁えて!」

ダニエルの言葉を聞き、隣にいたレイチェルが激昂して詰る。

それに対してダニエルは淡々と思いのたけを語る。


「オレは元々スペアの次男。

騎士団でも守るべき者の為に命を懸けろと教えられた。

オレの為に死ねなど言える口は持っていない。

一将功成りて万骨枯るとは縁のない、生涯一騎士であることがオレの誇りだ。

理屈はレイチェルの言うとおりだが、そうなればオレはダニエルではいられなくなる」


そして傍らの子供達を見て苦笑する。

「生まれながらに諸侯の子であるこいつらなら言えるだろうがな。

お前達、いよいよ戦だ。

初陣では何もわからんだろうが、まずは周りをしっかり見ていろ」


「やったー。

やっと戦に出られる。首を取ってノーマ母さんに自慢するんだ!」

叫んだのはノーマを母とする次男ウイリアム。


「大丈夫かな。僕、敵の騎士と戦って勝てるかな」

と不安げな三男エドワード。


「私も行く!

母さんと女騎士に武芸を習っているもの」

そう言ってヴィクトリアはダニエルに抱きついてきた。

ダニエルは娘を抱き上げながら、無言の長男チャールズを見る。


最年長の彼はレイチェル譲りの明晰な頭脳を持っているが、少し線が細いようにダニエルには思える。

先程のマニエルの奮戦と戦死を聞き、自分が戦場で戦死するかも知れないと考えているのか、下を向いて考え込んでいる。


「子どもたちに戦場はまだ早いわ」

レイチェルはダニエルに抗議するが、彼は受け付けない。


「オレはこのくらいのときには騎士見習いとしてヘンリー団長に付いて戦場を駆け回っていたぞ。

まして我が家の生きるか死ぬかの時。男は全員出陣だ!

チャールズ、これまで武芸に励んできたのは何のためだ。

お前の代わりに妹を出陣させるのか!」


諸侯の子であっても、守られるのを当たり前とせず、守ろうとする騎士の心を持って欲しいとダニエルは子供達を見る。

チャールズはその言葉を聞き、ダニエルを見返してはっきりと言った。

「父上、僕が一番年長だ。僕が弟や妹を守るよ」


「ああ、その意気だ」

ダニエルはチャールズの頭を撫でてやる。


そしてレイチェルに近づき囁く。

「安心しろ。子供たちは後方で護衛に守らせる。

この存亡の時にオレの子どもが出陣しなければ勝てないと思っているのかと噂されるぞ」

それを聞き、レイチェルは渋々同意する。


レイチェルはダニエルが去った後にクリスを呼ぶ。

「あの人があそこまで言うのだからもう私の言うことは聞かないでしょう。

でも今あの人が死ねば作り上げてきた所領は崩壊し、家臣や領民も困窮するわ。

あなたの命に替えて、死地にあってもあの人を死なせはしないようにしなさい!」


レイチェルの強い言葉にクリスは答える。

「言われるまでもありません。

もとより乳兄弟である私はすべてをダニエル様に捧げています。

それは立場がどうなろうと同じこと」


「わかったわ。

戦のことは女にはわからないけれど、あの人のことを頼んだわ」

レイチェルはもはや戦場のことは任せて、内政や後方支援に全力を尽くすこととする。


ダニエルは軍議を開き、すでに指示してあった自領と勢力圏内の南部と西部からの動員状況を聞く。

「予想より集まりが悪いな」

南部をオカダから、西部をバースから報告を受けるが、想定ほどの兵力が集まっていない。


「やはり王政府や王家の権威はまだまだ領主や騎士層には根強い。

庶民はダニエル様に敵うものはいないと信じてくれるが、兵力を持つ奴らほど様子見の姿勢が強い」

オカダの分析に、カケフが言う。


「どうするダニエル。

親衛隊を率いてくるのはベテランのニッタ将軍。甘く見るな。

兵力が互角ならともかく、かなりの兵力差があると苦しいぞ」


「ダニエル様、間諜の報告では敵軍は1万2000程度とのこと。

王国旗を掲げて、豊かなジューン領が略奪できると士気が高く、続々と兵が集まってきているようです」

ヒデヨシから報告が来る。


「こちらは今から半強制的に動員しても8000が限界です。

おまけに精鋭と言えるのはその半分。どうしますか」

バースも唸る。


ジェミナイとの紛争が続いていてネルソン率いる実戦部隊はこちらに来ることができないことや、南部で勢力を持つアレンビー家があからさまに日和見しているのが響いている。



「何をぐちゃぐちゃ言うとるけ!

攻め込んでくる敵を討ち滅ぼせば済むだけのこと。

頭ば捻ってるまに剣ば持つがよか!」

ノーマが武装して女騎を率いてやってくる。


確かにグズグズしていると領界に迫ってくる。

「オカダ、アレンビーを脅して兵を出させろ。

やる気がなくとも見せかけだけでも兵力が必要だ。

ターナー、お前の使っている人夫や坑夫、それに農閑期の農民を集めろ。

金は好きなだけ使っていい」

一つの策を思いついたダニエルが言う。


「わかった!

城から出てこなければ決戦前の前哨戦で滅ぼしてやる」

意気込むオカダ達を見送り、ダニエルはカケフとバースを相手に作戦をまとめる。


同時にヒデヨシに何事かを指示する。

「それは良いお考え。

活躍の場ができてハチスカ党も喜びましょう」

ヒデヨシは早速コロクと打ち合わせをすると言って去った。


その頃、親衛隊は膨らみ続ける諸侯の軍兵に対して統率を取るのに苦労していた。


親衛隊の三幹部のうち、ニッタが総司令官でクスノキが補佐をしている。

キタバタケは北部の兵乱を治めに行って不在である。


「見ろこの大軍を。

王家の威光がこうも強いとは儂も思わなかった。

これが王国旗、すなわち官軍の力よ。

ダニエルめ、今頃青くなって縮こまっていよう」

ニッタ将軍は幕僚を集めた軍議で、まわりに広がる軍勢を誇って言う。


「大したものです。

これほどの諸侯たちが引き寄せられるのもニッタ将軍の威名があってこそ」

追従する側近を見ながら、クスノキはため息をつく。


軍議は、大軍に策など不要、一気に揉み潰すべしというニッタ将軍の一言で議論もなく決まる。


「父上、どうされましたか。

戦は楽勝と皆言っておりましたが」

息子のマサツラが陰のある父の顔を覗き、話しかける。


「ふっ。すでに酒宴が始まっている我が陣営に比べ、ダニエル軍は今頃必死になって作戦を練っているだろうと思ってな。

大軍とはいえ、目的は富めるダニエル領の略奪と戦後の報奨のみ。

血と汗は他人に流させて、手柄だけは自分にという思惑があからさまだ。

いくら兵がいても血を流す気がなければ人形同然。

私には此の戦、楽勝などと到底思えない」

周りと全く違う父の言葉にマサツラは驚く。


「この戦で戦功など考えるな。

お前は初陣。まわりをよく見て学べ。

特にダニエル殿の戦ぶりには学ぶところが多いと思うぞ」

尊敬する父の言葉に息子は深くうなずいた。


ダニエルが整備した南部街道を大軍が進軍していく。

「この道は歩きやすいなあ。

自分が攻められるための道を整備するとは、ダニエルというのは馬鹿じゃないか」


「全くだ。

おまけに俺たちに奪ってもらうために富を蓄えているぞ。

これは早いもの勝ちだ。

俺はダニエルとの戦いは他に任せて、その後のアースへの一番乗りを目指すぜ」

若手貴族達の放談があちこちで聞こえる。


道すがら酒を飲み、若い女がいればちょっかいをかける。

この辺りの領主は王政府に恭順しており、流石に目に余る行為は親衛隊が取り締まっていた。

しかし軍紀の緩みは明らかである。


その夜、野営の陣を何者かが襲撃する。

闇の中を矢が次々と放たれ、テントから出てきた兵は無防備なまま、誰とも分からぬ敵に射掛けられ、斬り付けられて死んでゆく。

見張りも置かずに、酒を飲み行軍の疲れもあって熟睡していた諸侯・貴族の軍は突然の夜襲に算を乱して逃げ惑った。


そして彼らの後方に位置していた荷駄に火がつけられる。

明るくなり、親衛隊が駆けつけた頃には敵はすでに去っていた。


「何をやっているのだ!」

ニッタ将軍は報告を受けて激怒した。


「もはや敵軍が現れてもおかしくない場所だ。

それを見張りも立てずに寝こけていたとは呆れてものも言えん」


「しかし、長年の平和で貴族子弟は戦争を体験することもなく、やむを得ない面もあるかと」

貴族出身の幕僚が彼らを庇うが、それが更に怒りに火を注ぐ。


「馬鹿者!

奴らが戦をしたことの無いことなどわかっている。だから敵の前面には立てずに後方の荷駄の守備隊としていたのだ。

だからといって、夜間の警備など必要なことを怠って良いという話にはならん。

そして、奴らの怠慢で食料や馬の飼い葉、予備の武器も失われてしまったぞ。

今更王都に戻るわけにもいかん。

これは短期にダニエルを打ち破る必要がある」


大言壮語の割にニッタはダニエルのことを軽視していなかった。

士気の高揚のために、彼らなど一蹴できると公言していたが、兵力差を活かして時間をかけて勝てる態勢を作るつもりであった。


しかし、その目算は外され、相手のテリトリーで短期決戦を強いられることとなる。

「うーん、どうすべきか」

ニッタと側近は、限られた期間の中で統制の取れない未熟な兵を抱えてどう戦うべきか、頭を抱える。


ダニエルは夜襲と荷駄の破壊に成功したとの知らせを受け、安堵し、ヒデヨシとコロクを褒め上げる。

「よくやった。第一段階は進めたな。

これからも隙を見て奴らに嫌がらせを続け、焦燥させろ。

お前たちが頼りだ」

ダニエルはハチスカ党に多額の金銀を与え、功を立てた者への報奨を軍兵に示し、士気をあげる。


「これでニッタに意に沿わない戦闘を強いることができそうだ。

しかし本番は次だ。ここで勝てるかが問題だ」

兵力で負けているならば、場所と時間はこちらにつけなければ勝てないというのがダニエルの考えであった。


ダニエルは翌日、アースの居城に兵や民衆を集める。

「皆、よく聞いてくれ!

我らの地を侵し、我らの家財を略奪し、妻や娘を犯しに来ている奴らが近づいてきた。

オレはお前達やその家族を守るためにこの身が斃れるまで全力を尽くす!

しかしそのためにはお前達の力が必要だ。力を貸してくれ!」


「「ダニエル様!

わしらに何でも命令してください、何でもやりましょう。

奴らをやっつけてください!」」


普通の領主は敗勢濃いと見れば、民を犠牲にして自らは逃げ出そうとするもの。

それをダニエルは自分が先頭に立って民を守ると宣言した。

民衆はそれを聞き、熱狂する。


その後の兵の徴募に男達は殺到した。

ダニエル達は彼らを選り分け、壮健な男を集めて隊列の並び方をしっかりと訓練する。


そして、親衛隊はついにダニエルの所領に侵入してきた。

ダニエルは、それを迎撃すべく全軍を動員し、狙っていた場所に敵を誘導し陣を引いた。


















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