バトル・オブ・リバーミッドアイランド〈川中島の戦い〉(それぞれの思惑)

 リバーミッドアイランドは川の中に中州が広がる地帯であり、レスター公の本領に接する交通の要所であるが、セプテンバー軍は当地の中小諸侯を一つ一つ攻略し、徐々に領土を拡張していた。

 領土を追われた諸侯が泣きついたこと、いよいよ本領の防衛上これ以上のセプテンバー領の拡大は許せないと考えたレスター公は、雌雄を決すべく軍をまとめ出陣する。


 レスター公出陣の知らせを受け、セプテンバー辺境伯ハルノーは急ぎ軍を率いて居城を出る。レスター公は、ハルノーが営々と勢力を拡大した地域の中に深く入り込み、マウントサイニョに陣を引く。

 ハルノーはレスター軍の兵站線を脅かすべく、目前のカイツキャッスルに入り、相手の動揺を誘おうとするが、さすがは軍神といわれる戦上手。レスター公は髪ほどの隙も見せずに悠然と陣に滞在を続ける。逆に、領内深くに進出されたセプテンバー軍の方が苛立ち、早期決戦を求めて、ハルノーに意見具申をしてくる状況である。

 レスター軍は2600、セプテンバー軍は3000とほぼ互角。長い対峙の中、兵の士気も落ちつつある。そろそろ打開策を見つけなければという雰囲気がセプテンバー軍の首脳部を覆う中、総司令官であるハルノーは軍師カンスケと将棋をしていた。そこへ副司令官の辺境伯弟ノブシゲがやってくる。


「兄上、こんなところにおられましたか。ヘンリー団長以下の騎士団1000が応援に来られました。

 ほう、将棋ですか。相矢倉でどちらも堅陣。なかなか攻め時が難しい。カイツキャッスルに陣どる我らとマウントサイニョに陣どるレスター公の戦いのようですな。」


「そのとおりだが、こうすればどうだ?」

 辺境伯は隣の将棋盤からいきなり飛車をつまみ上げると、そのまま敵陣に打ち込み、攻め始める。


カンスケの堅陣を飛車を犠牲にすることで崩し、逆方向に逃げ出した玉を、待ち構えていた駒で詰みにする。


ノブシゲは苦笑して、

「もう一枚飛車があればいいですが、それでは反則負けです。」と言う。


「将棋ならばな。

戦場ならばなんでもありだ。今、もう一枚の飛車が来た。」


「どういうことだカンスケ。説明しろ。」

兄の言葉がよくわからず、ノブシゲはカンスケに説明を求める。


片目で異相のこの男は数々の機略で功をあげているが、この状況で何を考えたのか?


「辺境伯弟様、今の将棋の通りです。

堅陣に籠るレスター公に対して騎士団に攻めかからせ、双方多大な犠牲を出し、レスター公が本国に引き上げるところを我らセプテンバー軍が撃つ。

 名付けて、啄木鳥戦法です。」


「彼らが噛み合ってくれればいいが、そう上手くいくものか?ヘンリー団長も王から戦力の温存を言われているだろう。レスター公もそんな手に乗るか?」

ノブシゲの疑問に辺境伯が答える。


「疑問は尤もだが、レスターは負け犬の諸侯に泣きつかれ儂の勢力圏奥深くまで入ってきて、碌な戦いもせずに帰るわけにもいくまい。

 ヘンリーは政治音痴で強敵と見れば戦わずにはおれない男。王に言われて止まることはあるまい。

 奴らの戦いを、儂は高みの見物をして、あわよくば弱ったレスターを討ち取り、そのまま奴の領地を併合する。

 更に、ヘンリーが討死し、騎士団が崩壊していれば王都に進撃し、王を代え、その後見として実権を握る。王都の反王派からは儂の到来を待ち望んでいるという便りが煩いほど来ている。

 奴らにはまず自ら蜂起し、儂が赴ける態勢を作るように申している。

王都はそろそろ面白いことになるだろう。」


辺境伯の構想にノブシゲは頷くが、その顔は半信半疑である。

「レスター公の領地に攻め込むのはともかく、王都に侵攻し、王国を握るのは簡単ではありません。騎士団がいなくとも、王はダニエル卿の軍を呼び、また親衛隊を組織して王都の軍備を整えていると聞きます。」


「ダニエルはまだ若犬。将来はともかくまだ我軍の敵ではあるまい。

親衛隊に至っては烏合の衆、張り子の猫というところだろう。

更に念を入れ、イオ教団や反王勢力に武装蜂起させ、奴らを削り取らせる。

その上で、王都へ進軍すれば様子見の諸侯も靡き、大軍を編成できる。戦うまでもなく王都を掌握できよう。」


 ハルノーの言葉に、慎重派のノブシゲはまだ頷かないが、カンスケが割って入る。


「そこまで都合良くいくかはわかりませんが、少なくとも騎士団の力を使ってレスター公を消耗させ、戦いを優位に持っていくことはできましょう。」

 カンスケの言葉を締めとして、三人は騎士団の迎えに腰を上げる。


「カンスケ、騎士団へ何と切り出してキツツキにさせるか考えておけ。」

「御意」


 さて、レスター公は要塞化したマウントサイニョを見回った後、展望台でカイツキャッスルを遠望していた。


「応援が来たようだな。軒猿の報告にもあったが、もう領内に余力はないはず。王に頼み込み騎士団を呼んだか。」


レスリー公の言葉に、オーガコジマが答える。


「では、ヘンリー団長以下の面々もいますね。奴ら騎士団とは、越山して奴らの王都ジュピターを包囲した時からの因縁があります。

 今度こそ決着させたいもの。」


 数年前にレスター公とその軍団は、本国から山を越えた大遠征を敢行し、一気に王都ジュピターを攻略しようと包囲した。

 その際には、騎士団が固く守備し、城壁を挟んだ攻防を続けたものの、グレイ宰相の必死の工作により、セプテンバー辺境伯がレスター公の本国を突く構えを見せたため、レスター軍はやむなく帰国した。その際に騎士団が追撃し、短期間だが激しい戦いがあった。

 オーガコジマはその時のことを言っている。


「奴らとやり合いたいのは私も同じだ。しかし、今回の目的は侵略者である辺境伯ハルノーを叩きのめすこと。

 それ無くしては安心して遠征も出来ん。

あの腹黒は、私とヘンリーを共倒れさせ、漁夫の利を、狙っておろうがそうはいかん。」


そして、下に控える百戦錬磨の配下の面々を見る。


「いよいよ奴らが動き出す筈。

セプテンバーでも騎士団でも相手に不足はない。

もう一度兵を引き締め、戦闘の用意をせよ!」


オオーと家臣たちが声を上げる。

長年の好敵手と雌雄を決するとその意気は天をもつく勢いである。


 一方、ヘンリー率いる騎士団はカイツキャッスルに入り、辺境伯以下の歓迎を受ける。

その夜、与えられた居室にて、団長、副団長、隊長が集まる。


まずは、サミュエル副団長が口火を切る。

「団長と各隊長に言っておくが、今度の戦いでは我々はあくまでセプテンバー軍の支援が目的。進んでレスター公と戦い、いたずらに戦力を減らすことのないように、陛下からも厳命を受けている。

 後日軍議があるだろうが、この点を踏まえて騎士団の配置や戦い方を主張するので、承知しておいてください。」


筆頭隊の一番隊長のレズリーが反論する。

「ここまで来て、戦うなというのか。

それこそ見敵必殺をモットーとする騎士団の名に傷がつく。

ましてレスター軍といえば王都を包囲された遺恨がある。

一番隊は敵が前に見えたら抜け駆けしてでも戦うからな。」


各隊長からも同様の発言が相次ぐが、副団長は王の意向を立てに、強く戦力保全を主張し、平行線である。


黙っていた団長が口を開く。

「ここで言い合っても仕方ないだろう。セプテンバー辺境伯が我らにどういう役割を求めるのか。それが王と王国の為なのかをもって、オレが判断する。」


 団長の一言で解散となるが、サミュエル副団長は一人残って団長と差しで説得する。


「セプテンバー辺境伯といえば自領の拡大しか念頭にない男。

今回、王陛下に多額の献金や今後の王命の遵守を約束してまで騎士団の派遣を願い出たのは狙いがあるはず。

 おそらく、それは、レスター公と団長の共倒れによる領土拡大や王国での影響力の増大と見ています。

 軍議では、美辞麗句で持ち上げ、騎士団に先鋒を頼んでくるはず。

団長、いくら頼まれても乗ってはいけません。」


 サミュエル副団長の必死の懇願にも、ヘンリー団長は酒を煽り、あまり聞いている風もない。


「サミュエル、あんまり気を回すと髪が無くなるぞ。

セプテンバー辺境伯とレスター公を見ろ。陰謀を考えすぎて、辺境伯の頭は禿頭だが、気の向くままに戦っているレスター公は若々しいぞ!

ハルノーめ。いい酒をくれたな。

うちの兵への糧食も質量とも十分な給与だ。

数日のうちに城を出て決戦する覚悟と見た。

 奴め、あまり長々と議論する気もなさそうだ。

 サミュエル、騎士たちに油断せずに戦支度を整えておけと指示しておけ。


 相手がある戦いで、戦力保全など机上の空論。そんなことを頭に入れさせたら戦う気が無くなり、かえって大ケガするわ。戦場に出たら常に殺気を持て。その上で、その場に合わせて戦うしかない。」


「しかし、陛下は団長に征北将軍と軍の指揮権を授与されています。

これを使えば、騎士団を後方配置とすることも可能です。」


なおも言い募る副団長に、ヘンリー団長は怒気を見せる。

「俺が指揮権を持つから、騎士団は後方にするなど、どの面下げて言える?

ここはセプテンバーの領土で、奴らの軍が主役だ。

俺はハルノーが戦死して司令官が不在とならない限り、指揮権など振りかざすつもりはない。」


 そう言い捨て、団長はそのまま立ち上がり、騎士達と飲んでくると出かける。

副団長は、団長への説得は諦め、自室に戻り、武器や兵站の点検報告、放っていた密偵から周辺地形や両軍の模様の報告を受け、新たな指示を出す。


(団長がいかなる決定をしても、騎士団の力を最大限発揮させるのが私の仕事だ。)

 騎士団が宴会をしている中、副団長は黙々と戦闘に備えた作業に励む。

騎士からは事務屋と見下されても、団長は副団長の仕事を高く評価し、彼の意見を可能な限り尊重していた。


(それにしても、ダニエルがいればもう少し仕事が捗るのだが。

折角、兵站や諜報などの仕事を教育したところで逃げられたのが残念だ。

まあ、今頃奴も苦労してるだろう。)


 サミュエル副団長は、王に目をつけられ悪戦苦闘するダニエルの苦労を思い、少しウサを晴らして、深夜まで作業を続けた。







 

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