バトル・オブ・リバーミッドアイランド2(虚々実々の読み合い)

 騎士団到着後も両軍に動きはない。

騎士団が行軍の疲れを癒やし、英気を養う中、セプテンバー辺境伯から軍議が招集される。


 セプテンバー軍の24将と騎士団の10番隊長までが集まる中、冒頭、席次のことから口論となる。

 サミュエル副団長が王の代理として征北将軍に任じられたヘンリー団長こそ上座に座るべきと主張するが、セプテンバー軍師カンスケは最大兵力を持つ辺境伯が上座だと譲らない。

 辺境伯弟が間に入り、上座は空けて、双方が対面して座ることとする。


 軍議が始まると、まずカンスケがこれからの戦術を説明する。

 軍勢を二手に分け、一軍をもってマウントサイニョに布陣するレスター軍を攻撃して、敵を山から平野に移動させ、残る一軍はそこで待ち伏せ、降りてきたレスター軍を叩きのめす、名付けて啄木鳥戦法であると言って話を続ける。


「問題は、山に籠っているレスター軍を追い出すことです。これは是非とも、勇猛で国中に鳴らした騎士団の皆様に担っていただき、名前負けしない実力を示していただきたい。」

 煽るように言うカンスケを、騎士団の面々は睨みつける。


 言葉を返したのがサミュエル副団長である。

「我らは、兵力が不足しているので援軍の派遣をという辺境伯閣下の要請に応えて来たもの。騎士団を矢面に立たせる以前に、まずはセプテンバー軍で戦われるのが筋ではありませんか?

 そもそも啄木鳥戦法自体に疑問があります。城を攻めるには3倍の人数が常道。まして相手は軍神とも言われる名将レスター公。それを半分以下の騎士団だけで攻めても追い落とせるわけがない。

セプテンバー家の軍師とも思えぬ下策であろう。

それとも騎士団を死地に追い込み、全滅させる気か?」


 慣例では、紛争地の軍が先陣を切るのが当たり前であり、理屈では勝てないことがわかっているカンスケは、騎士団をおだて、煽り、泣きつくなど言葉を尽くして、先陣に立たせるべく努力する。


 そのようなカンスケを見苦しいと苦々しく睨むセプテンバー軍の将も多いが、主君たるハルノーが瞑目して聞いている中、何も言えない。


 カンスケとサミュエルの口論をヘンリー団長は酒を飲みながら、面白そうに聞いていたが、話が一段落したところで口を出す。


「ハルノー殿、部下に口論させても纏まるまい。時間もないことだ。

我らで腹を割って話し合うべきと思うが。」


 ここで強引にでも結論を決めようと考えていたハルノーは、騎士団長に機先を制され、一瞬不快な顔をするが、すぐに表情を消し、「よかろう。別室で話そう。」と席を立つ。


 別室には二人の他に副団長と軍師カンスケ、辺境伯弟のみが入る。


 騎士団長がくだけた口調で話を始める。


「ハルノー、マウントサイニョに本当に我々騎士団だけで攻めていいのか?オレは勝てると思っているが、騎士団だけでレスター卿に勝利すれば、北方守護であるセプテンバー家は存在意義を問われるぞ。

 陛下は信賞必罰が厳しい方。援軍だけで勝ったとなれば、北方守護の任を果たしていないとして、良くて守護の取り上げと領地削減、悪ければ当主の隠居・交代か、お家の取潰し、領地は王直轄地かオレに与えられるかになる可能性が高いぞ。

 これまでセプテンバー家の行儀の悪さが大目に見られていたのも、レスター公をはじめとする敵国トーラス国を抑えてきたからだ。それが果たせなくなればどうなるか。」


 平然と脅すようなことを言うヘンリー騎士団長に対して、顔色を変えずにセプテンバー辺境伯は言い返す。

「ヘンリー、口では何とでもいえるが、本当はレスターと戦うのが怖いのだろう。

 そもそも名門セプテンバー家を取り潰すなどできるものか。一門・家臣・国人総出で抵抗すればエーリス国自体が危機となるぞ。」


「お前ほど諸侯を併合してきた男でも自分のことは見えないのだな。」

騎士団長は呆れたように言う。


「当主が危ないと思った時、国人はもちろん、家臣や一門でさえ最後まで支えてくれるか。これまでさんざん切り崩しをしてきただろう。

 騎士団が勝利し、王陛下が号令をかければ近隣諸侯は喜んで攻め込んでくる。そして国人や家臣は寝返るというのはわかりきったことだ。名門だから大丈夫などあるものか。辺境伯ほどの大諸侯の隙を見た王陛下がそれをやらないと思うか。」


「兄上!騎士団長の言うことを考えるべきです。」

辺境伯弟ノブシゲが叫ぶ。

彼もこれまでの近隣諸侯との争いで、この展開は手に取るようにわかる。


 さすがに謀略上手のハルノーも今の王の強硬な態度と、騎士団長の自信満々の様子を見て腰が引け始めた。


「御屋形様、あれはブラフですぞ。折れてはなりません。」

カンスケが囁くが、家の存続がかかっているとなるとリスクが高すぎる。


 それからの話は早かった。

 騎士団がマウントサイニョに向かうが、騎士団を上回る1500の兵をセプテンバー軍から派遣し、主力はセプテンバー軍ということにする。

 したがって、2600のレスター軍に対して、合計2500の騎士団・セプテンバー合同軍が襲撃し、一戦後、損害を出したため、山を下り帰国の途に着くレスター軍を残る1500の兵でセプテンバー辺境伯が待ち受け、殲滅するということになった。


「ヘンリー、あれだけ大口叩いたのだ。マウントサイニョでは貴様が先陣を切れよ!」

 辺境伯の言葉に、騎士団長は頷く。

「もとよりその覚悟。そのつもりがなければ王都からここまで来ぬわ!」


動き出すときは、地元の古老から聞きだした霧が深くなるという2日後の夜と決まった。


会談後、辺境伯と伯弟、カンスケは部屋に残る。

「ヘンリーにうまく脅され、兵を出さされたわ。」

辺境伯は苦い顔をするが、伯弟は、「いい落としどころです。ヘンリー団長は随分譲歩してくれています。」と宥める。


「それに今の王は、諸侯の勢力削減に躍起になっており、騎士団が勝てなくても彼らだけで戦わせたことで言いがかりを付けてくることは十分にあり得ること。団長が指摘してくれたのは尤もです。」


弟の指摘に、ハルノ―も頷く。

「ヘンリーの一番の目的は騎士団の損害を減らすことだろうが、確かに、あの異様な王のことまでは考えていなかったのは落ち度だ。普通は名門諸侯を潰すことなどありえないが、アレはわからん。

 やむを得ん。カンスケ、騎士団と同行するコウサカやババには奴らを先頭に立たせるようによく言っておけ。あとはヘンリーとレスターがどこまで潰し合ってくれるかを楽しみにするしかない。」


 一方、自室に戻った騎士団長は、サミュエル副団長に責められる。

「団長、勝手に先陣を受けないでくださいとお願いしてましたよね。」


「そうは言っても援軍で駆けつけ、戦いませんというわけにもいくまい。セプテンバー軍も多数出てくることになったんだ。いい落とし所だろう。」


 そう言って笑う団長をジト目で見ながら、レスター公と共倒れにならないようにどう対処すべきかと副団長は悩む。


 その夜、副団長は密かに手下の密偵に封書を託す。

その相手は、虚実定かでないセプテンバー家の動向を探るため、以前からしばしば連絡していたレスター公の謀臣ウサミ。

内容は、簡潔に『主敵は背後にあり』とだけ、以前から使っていた暗号で記す。


 次の朝、カンスケがサミュエル副団長のもとを訪れ、「昨晩、怪しげなネズミが彷徨っていたので捕らえると、自死しよりました。何も持っていなかったようですが、騎士団も用心してくだされ。」と密偵の首を示す。


 副団長は、相手も早々に取り締まっていたかと歯噛みするが、表面は何事もなく、「それは良かったですな。我らも気をつけます。」と対応する。

 マウントサイニョに向けては厳しい警戒態勢が取られているが、迂回する時間はない。一応、用心させながら密偵を数人放つが、警備に断念して戻ってくる。


 時刻が夕方となり、いよいよ出陣の準備が始まる中、兵糧方が副団長に翌日も含めた飯の準備を問うてきた。


(そうだ!糧食にかこつけ、煙を出させるか。)

 副団長は、夜食や明日の朝食も含めていつもの3倍の炊き出しを指示する。

騎士団の兵糧方が用意を始めると、セプテンバー軍もあわせて準備し、モウモウと煙を上げて夕食や明日の携帯食糧を炊き始める。


「あの煙は何だ!」

多量の煙を見たカンスケが叫ぶと、部下からは、「飯の準備ですな。明日の食糧の手当もあるので盛大にやっております。」と危機感のない答えが来る。


(しまった!飯の準備で明日の出陣を見抜くかもしれん。

サミュエルめ、考えたな。)

 しかし、煙の多さだけで、どこまでレスター公が見抜くのかはサミュエル、カンスケともわからない。

 結局、既存の方針のまま、出陣することとなる。


 さて、レスター公は、オーガコジマと謀臣ウサミを連れ、展望台から敵陣を見る。

「いつもより煙の量が多い。明日の糧食の準備と考えると、いよいよ出てくるか。ウサミ、敵の出方をどう見る?」


レスター公の問いかけにウサミが答える。


「普通に考えれば、こちらに攻めてくるか、後方に回って補給路を絶ち包囲するかでしょう。」


「援軍も得て、ここから持久戦は考えにくい。ハルノーなら騎士団と我が軍の相討ちくらいは考えよう。

 ヘンリーにここを攻めさせて、損害を受けた我が軍の引き時を叩き、漁夫の利を狙っていると見た。

 ウサミ、急ぎ全軍に今夜出発の用意をさせよ。今晩から明日朝は濃霧のようだ。敵の意表をついて、平野で待ち伏せるハルノーを討つ。」


ウサミが急いで立ち去った後、オーガコジマが口を開く。

「御屋形様、オレは騎士団の奴らと勝負をしたい。ここに残っていいか。」


「気持ちはわかるが、今回はセプテンバー軍を叩きのめす。

それも騎士団が山頂が空なのに気づいて引き返すまでの時間にケリをつけなければならん。お前の遊びに付き合う余裕は無さそうだ。」


レスター公の答えに、オーガコジマもやむを得ないという顔で頷いた。

レスター公とオーガコジマが陣に戻ると、諸将が気迫のこもった顔で指示を受けるべく集まっている。

いよいよ待っていた決戦の刻が来た。






 




 


 

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