バトル・オブ・リバーミッドアイランド(戦闘の開始と展開)
「鞭声粛々 夜河を渡る
暁に見る千兵の 大牙を擁するを」
わずかに、川を渡る人と馬の息遣いや足音がするが、それ以外は静まり返る中、レスター公の声が低く染み透る。
レスター軍は、静かにチクマリバーを渡り、ハチマン平野を目指していた。
周りは月明かりはあるものの濃霧ですぐ前の兵しか見えない。
「はぐれるな。前の兵についていけ。」
「音を出すな。馬にも出させるな。」
小隊長が駆け回って言い渡す。
もうすぐ夜が明ける。
その時にもぬけの殻であるマウントサイニョを大真面目に襲撃するヘンリー騎士団長のことを考えると、レスター公は笑いを抑えきれない。
(ヘンリー、お前が間抜け面を晒している間に、ハルノーの首を貰うぞ!)
同じ時、セプテンバー本軍はカイツキャッスルを夜半出発し、粛々と行軍する。濃霧を利用し、夜明け前の気取られないうちにハチマン平野に移動し、その後、鶴翼の陣を構えて、山を降りて来るであろうレスター軍を待ち受けるつもりだ。
「それにしても霧が濃いな。」
「我軍には望ましいことです。
まもなく夜が明ければ山から戦闘の音が聞こえましょう。
レスター軍には奇襲となったはず。」
辺境伯の言葉にカンスケが答える。
カンスケは、糧食の煙の件が気になっていたが、敵軍の動きは、捜索させても霧でわからず、軍の行進の音も聞こえないので、啄木鳥戦法が読まれているとは思わなかった。
しかし、陽が出はじめ、霧が薄くなると、セプテンバー軍は驚愕する。
目前には、マウントサイニョで奇襲を受けているはずのレスター軍が威風堂々と攻撃態勢を整えていた。
カンスケは呆然と呟く。
「このカンスケの目を持ってしても、レスター公の戦術眼がここまでとは読めなかった・・・」
レスター公は、敵軍を見据えて諸将に号令をかける。
「この戦の目的は唯一つ、ハルノーの首のみ。
兵力はこちらが圧倒しているが、敵の別働隊が戻ってくるまでの時間しかない。今日は無理をしても相手を押しまくり、ハルノーまでの道筋をつけろ!
さすればオレが奴の首を取ってやる!」
オオーという怒号とともに、レスター軍は猛攻撃を始める。
先陣は猛将カキザキが務める。
通常ならば、弓矢の応酬から軽騎兵や歩兵が攻撃を始め、弱点を見つけたところで重騎兵が突撃する。
ところが、いつもの戦の手順をすべて無視し、いきなり重騎兵を先頭に立て、猛烈な勢いで馬を走らせる。
敵軍の矢の嵐で落馬するものが相次ぐが、意に介しない。
「行くぞ!押せ!」
セプテンバー軍は敵軍の来襲はまだ先と思い、油断していたところに、この急襲の為、対応できない。
動揺する兵に、辺境伯が大声で指示する。
「まとまり、堅陣を作れ!
別働隊が来るまでの間、じっと守り続けろ!
彼らが来て、敵の背後をつけば我らの勝ちだ!」
しかし、堅陣を作る暇も与えず、レスター軍は襲いかかる。
必死に矢を放つが、犠牲をものともせずにレスター軍の重騎士たちは雄叫びを上げ、斬りかかる。
セプテンバー軍の先陣の将は、なんとか騎士を集め、ありあわせのものを盾とし、時間を稼ごうとするが、流血を無視したカキザキ隊の猛攻の前にまもなく陣は崩壊する。
二陣も同様に騎士や兵をまとめて必死の抵抗を行う。抵抗虚しく、それも破られたところで、カキザキ隊もこれ以上の侵攻が不可能な損害を受け引き上げるが、息つく間もなくレスター軍の二陣がやってくる。
しかし、これまでの犠牲で稼いだ時間を使い、セプテンバー軍は、弓兵を両翼とし、正面はある程度の柵をこしらえ、騎士も馬を降り歩兵となり、槍を揃えて騎兵の突撃を待ち受ける。
オゥー、ヤァーと喚きながら、馬を駆りかかってくる重騎兵に対して、恐れを感じさせないよう、視線も槍も下げていた兵に部隊長が号令を出す。
「槍を上げよ!」
タイミングよく、ブスッ、ドスッと待ち構えた槍が突き刺さる。
あちこちで騎兵の悲鳴や槍に突き刺さる音が響く。
倒れた騎兵に襲いかかり、鎧の隙間から刃を刺し、命を奪う。普通ならそこで攻勢は一段落するはずが、後方から次の騎兵と歩兵が吶喊してくる。戦友の屍を乗り越え、狂ったように刀槍を振るうレスター軍にセプテンバー軍は知らずしらずに後退を始める。
「
ハルノーは、彼らの戦い方を見て、犠牲をいとわず、別働隊の到着までに自分の首を取りに来ていることを悟る。
レスター軍の強攻に、セプテンバー軍は動揺し始めていた。このままでは全軍が崩れると見たカンスケは立ち上がり、ハルノーに言う。
「我が策成らず。御屋形様、我は責任を取り、レスター軍に横槍を入れ、時間を稼いで参ります。卑賤の身をこれまでお取立ていただいた事に御礼申し上げます。ご武運を!」
カンスケがそのまま手勢を率いて、攻め続けるレスター軍の横に突っ込むと、その死を賭した突入にレスター軍の勢いが一時止まった。
「今だ逆襲せよ!」
ハルノーの叫びに諸将も応じ、セプテンバー軍の勢いが盛り返す。
陣営で形勢を展望していたレスター公は苦笑し、周囲に言う。
「流石は精鋭のセプテンバー軍。普通の諸侯なら既に崩壊しているのだがな。
やむを得ん。全軍出動し、車懸りの陣で行く。各隊かかれ!」
陣太鼓が激しく鳴り出す。
レスター軍の総軍が動き出す。
各部隊が円形となって疾走し、次々とセプテンバー各部隊を襲っていく。
通常の車懸りの陣であれば、軽い傷を次々とつけ、出血を狙っていくところを、今回は常よりも深く踏み込み、自軍の死傷も厭わず重い一撃を入れていく。
そして弱ったところを次の部隊がとどめの一撃を加え、潰していく。
セプテンバー軍の騎士たちも粘り強く抵抗を続けるが、一枚一枚強固な鱗を剥ぐように、一隊ずつ崩れていく。
「カンスケ殿、討ち死に!」
「モロズミ殿、戦死!」
セプテンバー軍の諸将の討ち死の知らせが相次ぐ。
辺境伯は、マウントサイニョの方を見るが、まだ別働隊が来る気配はない。
(ヘンリー、急げ!)
今となっては騎士団長の疾走に頼るほかはない。
共倒れを願った相手からの救援を願うとは皮肉なことだと苦く思う辺境伯のところに、弟ノブシゲがやって来る。その様子は、自らの血と返り血で真っ赤であり、満身創痍であった。
「兄上、いよいよレスター軍が迫ってきました。私が最後の防衛を指揮します。兄上は今のうちにお逃げください。」
辺境伯は首を横に振る。
「今更逃げても追いつかれて恥を晒すのみ。
お前と一緒にここで果てるのも一興よ。」
「総大将がそんなことでどうしますか!
まもなく別働隊も参りましょう。
ノブシゲがそれまで支えてみせますので、我が戦いぶりをご覧ください。」
いよいよ敵は最後の部隊と見たレスター公は、ここまで温存した部隊を繰り出す。
「ナオエ、相手は戦上手と名高い辺境伯弟のようだ。相手に不足はあるまい。
時間もない。全力で葬ってこい!」
「ここでノブシゲ卿が相手とは、願ってもないこと。直ちに首を頂いて参ります!」
ナオエ隊が出動すると、残るはレスター公の旗本のみ。
「ナオエ隊が崩し次第、敵軍の真ん中に突っ込み、何がなんでもハルノーの首をとる。
一番槍と首級は私が貰うつもりだが、気概ある者は競ってこい!」
尊敬能わざる主君にこう言われて奮い立たないレスター麾下はいない。
天をも突き破る勢いで、皆、馬に跨る。
その一方、レスター公は背後を振り向き、思う。
(流石はセプテンバー軍。全力でも思ったより随分時間が掛かっている。
ヘンリーならばそろそろ到着してもおかしくない時間だ。我とあやつ、どちらに天運が微笑むか。)
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