バトル・オブ・リバーミッドアイランド(戦闘の終結)
辺境伯弟ノブシゲは、新手の部隊が迫ってくるのを見て、ここまでかと覚悟を決め、麾下に呼びかける。
「ここが我らの死に場所と決まったようだ!
後ろでは御屋形様が見ておられる。奮戦ぶりを見てもらい、名を残し、子孫が語り継ぐようにせよ。」
ノブシゲ隊はすでに何度も敵を退け、疲労の極地にあったが、死を覚悟した主の言葉に最後の気力を振り絞る。
「殿とヴァルハラに行くのも楽しそうですな。この戦の手柄自慢をするためにも奮闘しなければなりませんな。」
部下達が大声で笑う。
「最期の戦だ。悔いを残すな!」
最古参の騎士の咆哮と同時にナオエ隊が迫ってくる。
「矢を放て!」
何人か落馬するが、ナオエ隊の勢いは落ちない。
柵も気にせず、そのまま突っ込んでくる騎兵を、ノブシゲ隊の戦い慣れた騎士たちは上手く躱しながら、槍やハルバートで的確に倒していく。
「首は取るな!ただ相手を倒せ!」
一波は僅かに余力を残して退け、次に来た二波は渾身の力で撃退する。が、三波の襲撃についにノブシゲ隊は体力の限界に達し、陣構が崩れ始める。
ここを好機と見た敵兵が怒涛のように押し寄せる。主君の盾となるべく、麾下の騎士達はヴァルハラで会おうと誓い、敵兵の群集の中に突入し、血飛沫をあげ消えていく。
その中でノブシゲは一時でも時間を稼ぐため、近習とともに、力を絞って槍を振るい、首をとらんと掛かってきた騎士を倒していく。
もう何人倒したか、十を超えてからは数もわからない。ひたすら前に居る敵を倒すことのみに意識をやるが、気がつくと周囲に近習もいなくなっていた。
「ノブシゲ卿とお見受けする。
尋常に勝負を」
もはや周りは敵しかいない。手柄首に襲い掛かろうとする兵を制止し、凛々しい若武者が一騎討ちを呼び掛ける。
よかろうと刀を抜いたノブシゲだが、3合撃ち合うと刀を落とし、荒い息を吐きながら座り込む。
「もう腕も上がらん。力の限り戦った。天も許してくれるだろう。
我が首を上げて手柄とせよ。貴様の名は何という?」
「カネツグ・ナオエ。では、その首、頂き申す。」
座り込むノブシゲの首を一閃で落とす。
カネツグはそれに一礼した後、大声で叫ぶ。
「カネツグ・ナオエ、ノブシゲ卿を討ち取ったり!」
ノブシゲの討ち死にとともに、隊は崩壊する。
背後の本陣でそれを見たレスター公は、
「敵ながら見事な奮戦だ、ノブシゲ卿。
寂しくないよう、まもなく
者ども、もはや遮るものは無い。続け!」
と馬を駆り、突撃する。
もはや、辺境伯の周囲を守るのは馬廻りと小姓のみ。
しかし、辺境伯ハルノーは、周囲が退却を勧めるが、レスター公の突撃にも悠然と床机を離れない。
(ノブシゲも逝った。もはやこれまでか。
こうなれば儂もここで果てるまで力の限り戦おう!)
その時、遥か彼方に戦塵が舞った。
「来たか!」
セプテンバー軍の将兵の目に光が戻る。
レスター公も背後の気配を感じた。
「急げ!これまでの犠牲を無駄にするな!」
そして隣を走るオーガコジマに言う。
「10騎を連れてヘンリーを足留めしろ。
ハルノーの首を取るまで持ちこたえろ!」
オーガコジマは苦笑して言う。
「頑張りますが、早くしてもらわないとこちらの首が無くなりますぜ。」
「わかっている。命を懸けろとは言わん。暫く時間を稼いでくれ。」
辺境伯の本陣に残る騎士達が集まる。
「別働隊が来るまであと僅かの間だ。御屋形様を守りきれ!」
最先任の騎士が檄を飛ばす。
一方のレスター軍も
「目前に宿敵セプテンバー辺境伯が見えるぞ!
あと一息だ。力を出し切れ!」
と母衣武者が叫び、一番槍を振るう。
次々と雪崩れ込むレスター旗本と応戦する辺境伯馬廻りの争いは激しい混戦となる。
その時、小姓も離れ、独り床几に座るセプテンバー辺境伯を見つけたレスター公はほくそ笑む。
いつも公の一騎がけを諌める側近達もあちこちで戦っている。
(今こそ好機。大将同士の一騎打ちで決着させるなど古の戦物語にもあるまい!)と喜び勇んで太刀を抜き、馬を駆ける。
さて、その数刻前、音を出さず慎重にマウントサイニョの近くに来た騎士団は、その静まり返った様子に謀られたことを知る。
同時にハチマン平野で干戈の音がする。
「くそ、レスターにしてやられたわ!
皆、急ぎ山を降り戦場に向かうぞ。
オレが先頭を行く。着いてこい!」
騎士団長の言葉に、サミュエル副団長は異を唱える。
「団長、ここは急がずに、セプテンバーとレスター軍に争わせ、疲れたところを撃つべきです。両者を争わせて疲弊させること、それが陛下の意向です。」
その言葉に団長は一喝する。
「オレが団長でいる限り、味方を見捨てるなぞあり得ない。
騎士団の誇りにかけて、最速で行く!」
そして漆黒で巨大な愛馬に跨がる。
「
山道をものともせずに駆けてゆく団長と黒王号の後を、各隊が追う。
更にその後をセプテンバー別働隊が追いかける。
(やはりそうなったか。こういう団長だから騎士が付いていくのだが、困ったものだ。)
サミュエル副団長は、王と騎士団長の間に挟まれ、困惑するが、どう取り繕うかを考えながら、後方を追いかける。
独走する騎士団長は、チクマリバーの対岸にレスター公が足留めに残していったアマカス隊を見る。
「
以前の王都ジュピター包囲後の退却時に、騎士団長が追撃し、荒れ狂った姿を見たレスター兵は、漆黒の巨大な馬に跨り、漆黒の鎧を着て斬りまくったその姿を、漆黒将軍と名付け、恐れ慄く。
騎士団長は川を一気に乗り越え、待ち受けるレスター兵に対して咆哮する。「退け!!先を急ぐ!」
兵達はその気迫にたじろぎ、自然と道を開けるが、気力を奮い起こし立ち向かう騎士は一撃を受け、胸に穴を空けて吹っ飛ぶ。
その場を後にし、先を急ぐ騎士団長を呆然と見送るアマカス隊を、次に第一隊以下の騎士団が襲いかかる。激しい戦闘も間もなく終わり、アマカス隊を揉み潰し、騎士団とセプテンバー軍は急行する。
騎士団を後方に残し、団長はひたすら先を急ぐ。
遂に戦場が見えた!
団長は戦場を一望し、レスター公の行方を探し、毘の旗と特徴的な白い頭巾姿を見つける。
「レスター公、いざ勝負だ!」
レスター軍のあちこちで恐れを帯びた声が上がる。
それでも向かってくる騎士に対しては団長が馬上からの一撃で倒し、兵は黒王が蹄で蹴り殺す。
「待て、ブラックジェネラル。ご主君が相手をするまでもない。
俺が貴様を倒す!」
足留めを命じられた旗本の中で若手随一の腕と名高い騎士が、オーガコジマの「連携しろ!単独で向かって勝てる相手ではない!」という叫びを無視して、馬に乗り、向かってきた。
「その意気や良し。相手をしてやろう」
騎士団長はその騎士に向かって走り始める。それが近づくにつれ、若い騎士は団長の帯びる闘気に圧倒されるが、プライドを賭け渾身の力でランスを突き出す。
「なかなかの腕だが、まだ若い。
冥土の土産にしろ!剛掌刃!」
団長が闘気を込め、槍を突くと、騎士は馬から浮いて後方に吹っ飛び、絶命する。
それを見た足留め騎士隊は恐れ慄き、団長へ立ち向かえないところ、オーガコジマが活を入れる。
「ブラックジェネラルといえど人間だ。我らがかかれば時間は稼げる。
倒そうと思うな。距離を置き、突破させるな。」
それを聞き、足留め隊は騎士団長の周囲を囲むが、団長は意にも介さない。
「オレを止めたければ、死ぬ気で掛かってこい!
貴様たちには命をかける気が見えない。そんな奴らの相手はしてられん!」
確かに足留め、時間稼ぎと言われた騎士達はここで命をかける気はなかった。
「天将奔烈!」
騎士団長はレスター公の方向にいた騎士に狙いを定め、黒王を走らせ、闘気を込めて斬撃を出すと、騎士は頭から股にかけ両断される。
足留め隊の騎士は、レスター公に突撃する騎士団長を一瞬呆然と見送るが、直ぐに後ろを追いかける。
その直前、レスター公はセプテンバー辺境伯に迫り、まさに斬りつけんとしていた。
辺境伯は突然の襲撃に立つことも叶わず、床几に座り、レスター公を待ち受ける。
「ハルノー、その命貰い受ける!」
ガチッ‼
レスター公の斬撃を間一髪軍配で受け止める辺境伯ハルノー。
「チッ」
レスター公は、馬を回し再度の斬撃を試みんとするが、その時、背後から黒い巨大な影が近づいたかと思うと、間に入った側近が真っ二つになり、「ヘンリー見参!」と低く響く声がする。
「ヘンリー、邪魔するな!
貴様とは後で遊んでやる!」
レスター公の言葉に、ニヤリとした騎士団長は「そんなつれないことを言うな。今、オレと遊んでくれ」と言うなり、斬りつける。
ガツ、ガツ
何度も刃が交わされるうちに、次第にレスター公が押されてくる。
「オイオイ、軍神ともあろう者がここまでか!」
「嘲弄するか!」
二人の戦いに、後方から来たオーガコジマと残る騎士達が割って入る。
「お館様、ここは俺が代わります。
目的のセプテンバー辺境伯を追ってください」
それを聞き、レスター公は、騎士団長の相手を任せると、後方に下がろうとするセプテンバー辺境伯を追う。しかし、あと少しのところで、辺境伯付近に集まってきた小姓に馬の尻を突かれ、そのまま駆け抜けていく。
それを機として、打ち合わせ通り、別働隊の出現を見たレスター軍の各隊は撤退を図るが、ここまで耐えに耐えてきたセプテンバー軍がそれを許すはずもない。
そして揉み合う中、レスター軍に無駄足を踏まされたと憤る騎士団とセプテンバー別働隊が襲いかかる。
これまでと一転して、劣勢となるが、百戦錬磨のレスター諸将は多くの犠牲を出しながらも何とか撤退し始める。
一方、騎士団長と対峙することとなったオーガコジマはその圧力に冷や汗をかいていた。
(この化け物が。以前の戦闘より更に闘気を増してやがる!)
「龍を喰らうつもりが、せいぜい猪か。
物足りないが少しは腹の足しになろう。
行くぞ!」
レスター騎士たちは、騎士団長の言葉を聞きながら、十数騎で周囲を廻り、騎士団長のすきを伺うが、逆に黒王の跳びこみと馬上からの斬撃を次々と受け、もはや残るはオーガコジマのみ。
彼も団長の撃ち込みに下からあてがい防ぐのがやっとである。
(レスター軍の最精鋭の旗本がこのざまか。オレもこのままでは3合も保つまい)
オーガコジマの危機を救ったのは、若武者カネツグ・ナオエと猛将カキザキであった。
「コジマ殿、加勢致す。」
相手が3人に増えても騎士団長は動じない。
「猪が3頭になったか。参るぞ!」
3人の激しい攻撃をものともせず、悠々と巨大な刀を振り回すと、その勢いに押され、三騎士は徐々に後退しつつ、態勢を崩していく。
ついに一番若いカネツグが落馬寸前まで姿勢を崩すが、その時、後ろのレズリー一番隊長から団長に声がかかる。
「団長、騎士団到着し、レスター軍を追い落としました。
遊ぶのも程々にして追撃の差配をお願いします」
「もう来たのか。速すぎるな。」
苦笑した騎士団長は、3人に言う。
「今日のところはその忠義に免じて見逃してやる。
再戦までしっかり腕を磨いておけ」
そのまま後方に馬を返す騎士団長の背中を見て、猛獣の顎から辛くも脱出できたと3人は安堵し、急ぎ撤退する。
レスター軍と各々戦っていた騎士団を一旦整頓し、騎士団長は、後方のセプテンバー軍に来るも来ないも自由にするよう言い残すと、猛烈な勢いで追撃を開始する。
「今回は後ろでお前達の戦いぶりを拝見しよう」
という団長の言葉に、騎士団員は逸りたつ。
騎士団がレスター軍の殿を壊滅させ、次の部隊に襲いかかろうとする頃、チクマリバーの支流に差し掛かる。
川の対岸には、ゼンコウジに置いた後詰を加え軍を再編したレスター公が残る部隊の救援に来ていた。
川の此岸で騎士団長は「ここまでだな」と呟き、軍を取り纏めて引き返すよう命じる。
そして、対岸のレスター公を見据えて矢を放つ。
レスター公は避けずに、その矢を手で掴むが、矢の勢いで傷ついた手からは血が流れ出る。
「お館様!」
「奴の無念の気持ちだろう。私も雌雄を決したかったが、今回はやむを得ない。
皆、引き上げるぞ!勝鬨を上げよ!」
オオーとレスター軍は勝鬨を上げる。
それを聞いたセプテンバー軍は、「戦場を占拠した者こそ勝者。勝ったのは我らだ!勝鬨を上げよ!」とこちらも勝鬨を上げる。
両軍は軍を纏め、拠点に入る。
両軍とも死傷者は多数に上り、勝利を謳ってもその状況は凄惨であったが、生き残った者は自らの生を喜び、友の死を悼み酒宴を開く。
その夜、レスター公は酒宴に加わらず、一人、部屋で詩を作る。
『遺恨なり十年 一剣を磨き
流星光底 長蛇を逸す』
出陣の時に作った前半とあわせて、詩は完成した。
(これはなかなかの出来栄え)
レスター公が自賛しているとき、何やら敵陣営の方から声がする。
「夜襲か?」
尋ねるレスター公に、近習は何もありませんと言いながら、主君にその声を聞かさぬような不審な態度をとる。
何があると公は近習を振り切り、物見櫓に登る。
すると、かなり離れた敵陣からの大きな歌声が聞こえる。
「凄い男がいたもんだ♫
戦場でばったり出会ったら
軍神慌てて逃げていく♪
エールを回せ 底まで飲もう♬
ドン!ドン!」
大きな篝火を焚き、騎士団が総員で歌っているようだ。
駆けつけてきたナオエやウサミは心配そうにレスター公を見るが、公は嘲笑って言う。
「私を引き出そうとする稚拙な挑発よ。あんな戯言に付き合うはずはなかろう。お前たちは心配しすぎだ。」
しかし、その額には血管が浮き出ており、手に持った筆は粉々になっている。
家臣はその怒りを恐れ、その晩は名酒を用意し、公の怒りが収まるまで長酒に付き合うしかなかった。
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