ダニエルの帰還と緊迫する王都

 アランからの臨戦態勢準備の要請を受け、ダニエル不在のもと、家臣団は緊張の度合いを増す。ダニエルに対して王宮からの呼び出しが来るが、病と称して使者を追い返す。


「ダニエルが早く帰ってきてくれないか」

オカダがぼやく。


出兵の準備はしているが、いつ蜂起するのかもわからず、王政府との折衝、他の軍との連携、軍費の準備など政略や戦略はダニエルに決めてもらわなければならない。


予定していた3日間を過ぎても戻らず、焦燥感が募る中、出発から5日後にようやくダニエルは帰ってきた。

疲れ切った表情は予想通りだが、クリスと二人で出かけたのが、500人の軍勢と多くの隊商を引き連れている。


「どうしたんだ?」と問うカケフに

「どうもこうもあるか!」と怒鳴りつけ、ダニエルは、「オレは寝る。しばらく起こすな!」と寝室に入ってしまう。


家臣団は呆然とそれを見送った後、これも疲れた顔をして、こっそりと帰宅しようとしていたクリスを捕まえる。


「待てクリス、何があったのか説明してくれ。」

カケフやオカダの圧力に負け、クリスは渋々部屋に連れ込まれて話を始める。


その話では、一昼夜、馬を飛ばして次の日の昼にアースに着いたダニエルとクリスは、レイチェルに迎えられ、疲れたでしょうと労われてまずは食事を出される。


「奥方様は、ダニエル様を見て涙を浮かべて喜ばれていました。」


「ダニエルは、そのまま夫婦で寝室に行ったのか?」

オカダが面白そうに尋ねるが、クリスは首を横に振る。


「それならまだ良かったんですが・・・」


 それからレイチェルと残してきた家老のジョンソンを始めとする家臣達に、二人は王都での政治・財政・軍事、今後の見通しを尋問され、ジューン領や家としての方針を巡ってダニエル・レイチェル夫妻の前で御前会議になった。


 ダニエル管轄下の軍事は別にして、領内統治、南部諸侯との関係、レオ共和国や王都との貿易、商工業振興などなど議題は多岐にわたる。

 深夜になり、疲弊したダニエルが舟を漕ぎ始めたのをみて、レイチェルは会議で詰めるべき論点を示し、自分はダニエルを連れて寝室に向かった。


「ダニエル様は、その後はちゃんと子作りは出来たのか。寝てしまっては強行して帰った意味がない。」

堅物のバースも心配そうに尋ねる。

世継ぎのことは家の存続に関わること、領主の子作りは公的なことである。


「詳細はわかりませんが、ダニエル様の言葉の端々から推察すると、明け方まで奮闘されたようです。

 しかし、その前に他の女性と子供を作ろうと考えていたことを捉えられ、新婚早々浮気とは何事、もう私に飽きたのと強く責められ、また泣かれたようで、愛している証に気力を奮って頑張ったと呟かれていました。

それも帰るまで毎晩のようです。」


それを聞き、家臣団は言葉も出ない。

沈黙の中、ちょうど来ていたアランが「うちの姉は愛情深いので」と弁解する。


「まあいい。そこは夫婦の問題だ。

帰還が遅れたのと、この行列は何だ?」


ネルソンの問いかけにクリスは答える。


「翌日帰ろうとしたところ、レイチェル様から今後の所領の相談と子作りのため、もう数日滞在してほしいとの要請があり、ダニエル様もお疲れだったので休養も兼ね、そうすることにしました。

 ところが、連日の検討会議に加えて、ダニエル様が領地にいることを聞きつけた周辺諸侯や豪族、商工業・地主・宗教者などの有力者達が面会を求めて殺到し、昼はこれらの領主の仕事、夜はレイチェル様とベッドで奮闘され、更に疲労が増したようです。

 そして、王都に戻る際には、南部諸侯で随一の出世頭となられたダニエル様との縁を求め、中小諸侯から己のみの貧乏騎士まで従軍希望が殺到したのと、ダニエル様の口利きでと、王都への売り込み希望の商品も集まり、この大行列となりました。」


そしてあまりの予想外の事態に沈黙する家臣団の顔を見渡すと、クリスは「私もイザベラに帰宅の遅れた言い訳をしなければならないので、この辺りで帰らせていただきます。」と退出する。


しばらくの沈黙の後、オカダがでかい声で言う。

「妻帯者は大変だのう!オレは当分独身でいいや。」


「いやいや、オカダ殿もダニエル家中の勇猛で知られた重臣です。是非ご縁を結びたいという話もあります。義兄さんダニエルに話しておきましょうか。」

 気楽な独身を続けようとするオカダに、早々にエリーゼを娶らされたりアランが少しムカつき、牽制球を投げる。


「やめてくれ!」

それを聞いて逃げ出すオカダを見ながら、従士や兵の訓練を担当するバースがため息をつきながら言う。


「寄せ集めの兵が沢山いても使いにくいんですがね。」


ネルソンはそれを聞いて反論する。

「皆さんは精鋭揃いの騎士団出身だからそう言うが、諸侯の兵などそんなものだ。それをどう使うかが腕の見せどころだ。」


アランは激務の王政府を抜け出してきたので、戻る準備をしながら、言う。

「話は義兄さんが起きてからですね。

会議の準備ができたら使者を寄越してください。」


それから丸一日近くダニエルは寝続ける。

早く起きてほしいが、クリスの話を聞くと起こすのも気の毒だとそのままにしていると、王の使者が、いい加減出仕するよう命じに来る。


仮病と疑っている節が伺われたので、コンコンと眠るダニエルを見せると、驚いたようだった。


「顔色も良くなり、目覚めたら出仕できると思うので、陛下によろしくお伝えください」

対外役を担うネルソンがそう言って使者を帰す。


その後、ようやくダニエルが目覚め、「よく寝たと思ったが、時計を見るとほとんど寝てないな。もう一眠りするか」というのを聞き、カケフが必死になって止める。


「ダニエル、丸一日寝てたんだからな!ふざけたことを言わないでくれ‼」

「道理で腹が減るはずだ。メシでも食いながら、話をするか」


急いで主だった家臣とアランを集め、緊急会議を開くことになる。

まずは、王都の情勢からだ。


アランの話では、王の強硬策に反発して、王都周辺の状況は一触即発であり、反王派はイオ教団を中心に隠すことなく兵を集め、勢力を誇示しているという。


「ここまでは王政府の想定内ですが、問題は予想以上に反対勢力の広がりが大きいことです。

 伝統教団やその一派はもちろん、王の政策により既得権益を犯された貴族諸侯や大商人、ギルドが連合して兵を挙げる構えを見せてます。

 検非違使庁の分析では、王都の重しとなっていた騎士団の不在と、セプテンバー辺境伯など有力諸侯が王を警戒し、反対派に働きかけているのだろうとのことです」


「俺たちでは騎士団の代わりにならないと言うことか。

つまり舐められているんだ!」

机を叩き、オカダが大声で言う。


アランは手を上げて、まあ抑えてと言いながら、話を続ける。

「陛下も親衛隊の補充を強化したり、王に近い諸侯の出兵を命じてますが、日和見が多く、すぐの兵力にはならないでしょう。

そこで急ぎ義兄さんと相談したいということです。」


「なるほど、状況はわかりました。それで早々に戦になりそうなのですか?」

バースが聞く。

訓練担当の彼としては、新たに来た兵を戦力化するため少しでも訓練の時間が欲しい。


「そこは交渉次第ですね。

陛下の打ち出した教団圧迫政策や既得権益の侵害を妥協するかどうかです。

教団にしても戦争をしたいわけではなく、勢力を誇示して、陛下から妥協案を出させようとしていると思います」


諜報担当のヒヨシの答えに、考えていたネルソンが言う。


「では、ダニエル様が陛下と会ったときに、勝利の自信があると言えば、陛下は強硬に出て戦争となり、自信がないと言えば妥協するということになります。

ダニエル様がどう言うか我が家の今後の浮沈に関わりますぞ!」


 ネルソンの言葉に皆ダニエルに注目する。


ダニエルは、まだ疲れが抜けないのかぼうっとした顔をしていたが、そういわれて目を覚ましたかのように質問する。

「ヒヨシ、反対派の兵は何処に集まっている?」


「王都北部のイオ教団の本拠に聖騎士や僧兵が3000人以上集結し、王都東部の山岳地帯に反対派の息のかかった悪党や豪族が数百人立て籠っていると聞いています。」


「聖騎士の相手は嫌だな。あの狂信者どもの相手は面倒だ」

カケフがぼやく。


「3000人でも我軍の倍以上あり、籠城されれば苦戦は必至です」

バースも顔を曇らせる。


「なるほど」

頷いた後、ダニエルは家臣を見渡し、気合を入れる。


「みな、最近王都で持ち上げられて勘違いしているかもしれないが、オレたちは騎士団の代役として重用されているだけだ。王都の外敵を撃ち破る、それが果たせなければ、今の地位は全て失うぞ。

 相手が誰であれ、どんな大軍であっても戦い、勝利するしかない。

 もともと何も持っていなかったスペアの次三男だ。失っても元に戻るだけ。

 オレは、王にどんな相手でも勝ってみせる、任せてくださいと大見えを切ってくる。

 お前たち、できるな!」


ダニエルの呼び掛けに真っ先に応えたのはオカダである。

「勿論だ!みんな何を情けないことを言っている。

騎士団が居ないから勝てるだろうと舐め腐った奴らに目に物見せてやる!

誰も付いていかなくても俺は付いていくからな。安心しろダニエル!」


それを聞き、全員が立ち上がって、雄叫びを上げ、同意を示す。

それを見たダニエルは言う。

「流石はオレの見込んだ奴らだ。死ぬときは一緒だ!

王の命があればどこでも行けるよう準備しろ!」


その上で一同を解散させるが、付け加えて言う。

「アランと、カケフ・オカダ・バース、それにクリスは今後の動き方の相談があるので残れ」


「クリスはまだ来てないぞ。

久しぶりに帰って、嫁さん相手に頑張ってヘタっているんじゃないか」


オカダが揶揄すると、ダニエルは「情けない奴だな。男なら嫁孝行より仕事だろう。誰か呼んでこい」と怒る。


その場にいた全員が思う。

(お前が言うな!)


そして残された者以外は、持ち場に走り、各々のやるべきことを果たしていく。











 


 




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