レイチェルの将来構想とダニエルの決意

 使者に呼ばれてクリスが到着する。

「クリス、遅いぞ。弛んでいるんじゃないか」


ダニエルが嫌味を言うが、クリスも反論する。

「領地に帰っている間、ダニエル様が寝室でお休みのとき、誰が決裁書類の整理をしていましたか?あの時、王都に戻ったら休みをやるから、ここでは不眠不休で働けと言われてましたよね」


「オレが寝ていた時間は休んだだろう。それにオレだって不眠不休で働いていたぞ!」


不毛な乳兄弟の争いをアランが止める。


「義兄さん、クリスと遊ぶのは後にしてください。我々も忙しいので、話を始めてください」


そう言われてダニエルも話を始める。

「アースに戻り、連日会議を開いたが、更に夜にレイチェルと今後の我らの行方について相談した」


「ベッドでの寝物語が政治や軍事とは色気がないよな~」

オカダがこっそりとカケフに囁く。

「全くな。まあ、そういう夫婦なんだろうな」

カケフは苦笑して答える。


「そこ、うるさいぞ!静かに聞け」

ダニエルは一喝し、話を続ける。


「アースは今や南部の中心都市に発展している。

これは王都とレオ共和国を繋ぐ南方街道の中心に位置したことと、西部地方から南部地方を通して流れるバン川が近くにあるという交通の便の良さを活かし、南部地方の各領地から物産や人が集まってくるからだ。」


そこまではこのメンバーには周知のこと。

それでと先を促す。


「しかし、エーリス国の中では、まだまだ大都市とは言えない新興都市に過ぎないし、我がジューン家も所詮は子爵領、南部諸侯の中で多少伸びてきた存在に過ぎない。

 一方、王陛下は所領は与えてくれないが、高い官職と重要かつ難しい任務を与えてくる。

このアンバランスに四苦八苦しているわけだが、当面の王都周辺の反乱とその後を見据えて、我が家はどう動くのかをレイチェルに問われた。」


「どう動くも何も陛下の指示に従い、反乱軍を討伐するしかないだろう」

オカダの答えにみな首肯いている。


(そうだよなあ。オレもそう思っていたしな)

ダニエルはレイチェルとのやり取りを思い出す。


ベッドで一戦終えた後、満足感と多少の倦怠感を覚え、うつらうつらしていたダニエルに、その隣で横になるレイチェルが話しかける。


「あなた、王都での状況はわかりましたが、反乱軍に勝利した後、我が家はどうなっていくと考えてますか?」


長時間の旅に加え、その後の会議があり、ダニエルは眠くて特に考えずに答える。

「それは陛下から恩賞を貰い、領地に戻って統治に励むんだろう。

前回のメイ侯爵戦の分も合わせて、今度は期待できるんじゃないか」


「そうじゃありません、何を甘いことを!」

レイチェルはダニエルの頬を引っ張り、目を覚まさせて言う。


「陛下が目指しているのは王の専制国家で、王の指示の下、官僚と軍人が国を治める体制です。そのためには、まず大諸侯を潰し、その後中小諸侯に及ぶでしょう。

 幸か不幸か、ダニエル様は陛下にそのための便利な道具として目をつけられました。陛下にしてみれば、自分の腹を痛めずに、ヘブラリー家との婚姻とジャニアリー領の一部の譲渡を認めただけで、宰相を失脚させ、南部の大諸侯メイ侯爵を撃ち破り、その領土の多くを直轄領とし、更に王都の官職を認めただけで自力で兵力を備えて敵と戦ってくれる。こんな便利な道具はありません。


 たとえ、今度の戦で勝っても、吝嗇で人使いが荒い陛下に多くの恩賞は期待できず、また無理難題を負わされますよ。

 このまま、陛下の言うがままに動いていては、どこかで負け戦となり戦死や失脚するか、勝ち続けても最後はお家のお取り潰しでしょう。

 なぜなら、陛下の将来構想に、我が家のような存在は含まれていませんから。」


レイチェルの鬼気迫る言葉に、ダニエルの眠気も吹き飛ぶ。

「レイチェルの言うことはよくわかるが、今の我が家は陛下の庇護のもと、なんとかやっているのが実情だ。叛旗を翻すことなど出来はしない」


「勿論、今の我が家は多少伸びてきた中小諸侯に過ぎません。諸侯諸卿は、陛下の寵をいいことに、調子に乗ってと苦々しく思っているでしょう。

 当面は、陛下の指示に従いながら実力をつけることです。戦に勝利し、領地の富を増やし、富国強兵を目指しましょう。

 まだまだ大諸侯はたくさんいます。陛下も便利使いできるダニエル様を早々に切りはしません。それは、少なくとも大諸侯をみんな潰してからです。」


「レイチェルの考えはよくわかったが、オレは兎に角、戦に勝てばいのか?」

ダニエルの問に、飲み込みの良くない弟に教えるようにレイチェルは話す。


「私達の当面の目標は、メイ侯爵没落後、中小諸侯が乱立している南部地域を抑えること。我が家には、諸侯をひれ伏させる大きな領地も爵位もありません。そのため、経済面と軍事面で押さえつけることです。

 アースを交易拠点とし、南部の物資を集結させ、王都やリオ共和国に販売流通させる体制は作りました。順調に流れ始めましたが、南部諸侯の首根っこを抑えるにはまだまだ足りません。」


 そこでレイチェルは喉が乾いたのか、ベッドを降り、水差しを取りに行く。

そして自分が飲んだ後、口に水を含むと、ダニエルに口移しで飲ませてくれる。そのままダニエルに抱きつき、話を続ける。


「若い諸侯は、我が家との連携が利を生むことに関心を持っていますが、保守的な諸侯は警戒心を持ってます。それを無くすためには金と兵で圧倒することです。

 王都に戻られた後の軍事作戦ではそこに留意してください。」


「具体的にはどうすればいい?」


「イオ教団の本拠地は王都の北の交通の要所です。彼らが蜂起すれば北方の通商を封鎖するでしょう。なるべく戦を長引かせ、北の通商路を止めることにより、南部からの物資が売れるようになります。そして我が家に与する諸侯には利を分けてやり、反発する諸侯は除外します。その利益が巨額になればどの諸侯も我が家を頼ってくるはず。


 同時に、戦では怖れられるほどの武名を上げてください。南部の諸侯からは従軍の申し出があります。足手まといかもしれませんが、なるべくそれを受け入れ、南部諸侯との戦友意識を醸し出すとともに、彼らの前で大きな武勲を見せつけてください。

 金の魅力と力の恐怖で縛り、更に親近感を持たせれば、自ずと南部は我が家の勢力圏になりましょう。

 この勢力を背景に、各地の大諸侯と連携して陛下と対峙すれば、簡単に切り捨てられることはできなくなるでしょう。」


レイチェルの先を見通した構想は、ダニエルを驚かせた。

(オレが目先の仕事に追われているときによく考えたものだ。たいした女だ)


しかし、ダニエルは気になることがある。

「レイチェルの考えはわかった。なるほどと思う。

しかし、南部の大諸侯を目指すということは王の方針と真っ向から対立する。場合によれば騎士団とも戦うことにならないか?」


「そこはやむを得ません。

あなたが騎士団長や騎士団の仲間を大事に思っていることはわかりますが、このアースやジューン領を守るのであれば避けられないでしょう。

 もし、それができないと言うなら手立ては一つあります」


「なんだそれは?」

ダニエルは騎士団と戦わずに済む名案があるのかと勇んで尋ねる。


「陛下の命じるままその道具となって戦い続け、国が収まったら、ジューン領と軍を献上することです。

 そうすれば、おそらく陛下は適当な地位につけ、隠居させてくれるでしょう」


レイチェルの冷静な声を聞き、ダニエルは考える。

これまで徒手空拳から突然諸侯となれと言われ、仲間とともに血と涙を流し築いてきた領地と軍である。さんざんこき使われた挙げ句に献上するなど考えられなかった。


「わかった。相手が誰であれ、オレの領地と仲間を侵害する奴とは命を懸けて戦おう。それが流血と怨嗟に覆われた道であっても。

レイチェルはともに歩んでくれるな」


「言うまでもありません。初夜の時に申したでしょう。

鬼の亭主に修羅の女房になりましょうと。

ダニエル様に地獄の底まで付いていきますわ」


そう言ってニッコリ笑うレイチェルは、これまで見た中でも最も美しかった。


「付いていくのはオレの方かもしれないが。我が家の奥さんは怖いからな」

とダニエルが冗談めかして言うと、レイチェルも笑って答える。


「共に歩んでくれるダニエル様と結婚できて感謝しています。普通の貴族は女が仕事に口を出すことを嫌いますが、私の旦那様は好きなだけ手腕を振るわせてくれますもの。」


それを聞き、ダニエルは

(やはりオレが好きというんじゃなくて、諸侯の妻となって自分の能力を試したかったんだな)と少し寂しく思い、諸侯としてでない自分に好意を寄せてくれたイングリッドのことを思い出す。


(まあ、オレには過ぎた妻だ。文句を言ってはいかん)と自分に言い聞かせる。


 レイチェルとしては、自分のような規格外の女を受け入れ、その能力を存分に発揮させてくれるダニエルの器量を褒め、愛していると言っているつもりだが、ダニエルは女性に慣れず、レイチェルも恋愛には疎かったため、知らず知らずのうちに気持ちに齟齬が生じる。


ダニエルの気持ちに気づかず、レイチェルは言葉を続ける。


「あとは私達の跡を継いでもらう子供を作るため、王都で浮気心が起こさないために、数日はここでしっかり頑張ってくださいね。」


(げっ、やっぱり根にもってるなー。弱ったな〕


「あれは兄の子供が跡継ぎと言われてカッとなった気の迷い。オレはレイチェル一筋だ。忘れてくれると嬉しいなあー」


「勿論信じていますよ。ただ、シンシアというダニエル様を狙っている泥棒猫もいるようですし、念には念を入れておかないと」

と言って、金属製の大きな楕円形のものを見せる。


「なんだこれは?」

「男性用貞操帯です。浮気ができないように作らせました。

排尿はできますから心配なく。

あなただけにとは言いません。私もしますから、おあいこです」


「勘弁してくれ」と言うダニエルに、

「反省して直ぐに来ていただいたことなので、今回は見逃しますが、本当に浮気をしたらこれを着けさせますから」と話すレイチェルの目は笑っていない。


(流石に脅しだろうとは思うがな)

ダニエルは話題を変えるためもあり、気になっていたことを言う。


「今の王から自立対抗していく話は腹心には話をしておく必要があるな。

特に、カケフやオカダ、バースは騎士団と戦うこととなった場合にオレに従ってくれるか確かめなければならない」


「それはお任せします。彼らは軍の中核。うまく説得してください

後はアランとクリスには知っておいてもらいましょう」


レイチェルとの長い話を終えると、空は白じんできている。


ダニエルは身体は疲れているが頭は冴えてこのままでは寝られない。隣の愛妻を抱きしめ、

「美人で賢明な奥さん、今後の我が家の話もいいけれど、それを継ぐ子供のためにもうひと頑張りしようか」と話しかける。


レイチェルは顔を赤らめ、「そろそろ侍女が起きてきますわ」と言うが、ダニエルは「仲のいい夫婦だとよくわかっていいだろう」と言ってキスをして、レイチェルの上に乗りかかった。


(あのときのレイチェルは可愛いんだがな)

ダニエルが思い出していると、カケフから声がした。


「ダニエル、何をニヤけている。話の続きがあるんだろう」


「すまん。

つまりだ、このまま王の言うとおりにしていると、ろくに恩賞も貰えず、使い潰されるおそれがあるということだ。

 それを避けるため、これから王の出方も見ながら、我らのためにならないと思えば指示に逆らうこともありうる。

 その場合、下手をすれば騎士団と対決をする可能性もあるが、それでもオレに付いてきてくれるか。嫌ならば騎士団に戻れるよう団長に頼んでこよう」


ダニエルは緊張しながら3人をまっすぐ見つめる。


しばらくの沈黙を破ったのはカケフだった。

「改まって何をいうかと思えば、今更のことだ。

俺達が騎士団から移籍するとき、団長に言われている。

『ここを出る決意をしたのなら、ことと次第によっては騎士団と戦うこともあるからな。その時は手加減無しだ』と。

 ダニエルが戦えと言うなら神とでも戦ってやるさ」


オカダとバースも深く首肯く。

ダニエルは涙が出そうになり、上を向いて「そうだと思っていた」と半分涙声で感謝する。


感傷的になった雰囲気を嫌ったかオカダが「あれをやるぞ!」と叫んだ。


「「よし!」」とダニエルとカケフも頷く。


3人は集まり、私は騎士の出身ではないのでと遠慮するバースも呼ぶ。


「あれって何?」

アランが尋ねると、クリスは笑って「騎士団で仲のいい騎士がやる誓いです。まあ、見ていてください」と言う。


4人は剣を上げて交差させ、口を揃えて述べる。

「我ら4人、生まれし日は違えども友の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、我らの邦を創るため力を尽くすことをここに誓う。同年同月同日に生まれることを得ずとも、同年同月同日に同じ戦場にて死せん事を願わん」

そして刃を打ち合わせ、金打する。


「では、誓いの盃といくか。ダニエルの奢りだな」

オカダの言葉に、ダニエルは「わかったよ。今日はいくらでも飲め」と言い、アランとクリスにも「飲みに行くぞ」と誘う。


アランはこの雰囲気で帰ることもできず、明日は早朝出勤だなと思いながら、後ろをついて行く。









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