教団との対峙と間接攻撃

 ダニエルは病が治ったと称して、王宮に出仕する。

「ダニエル、病気になるとは、最近戦もなく弛んだか?」

王が軽口を叩く。


「面目次第もございません」


「まあいい。こちらの挑発に乗って、敵が暴発した。今王都は北と東から脅かされ、通商路が止められている。ダニエルと親衛隊でそれぞれ討伐せよ。ダニエルの方が兵数が少ない。どちらを担うか?」


アルバート親王が上座にいて、こちらを睨んでいる。


北はイオ教団と聖騎士たちで兵数は約3000、東はクスノキという悪党を中心とした数百の少数だ。どちらが当たりやすいかは一目瞭然だが、ダニエルはアカマツに言われた、『クスノキには気をつけろ』と言う言葉が気になっていた。


「臣下たるもの、王族にご苦労をかけるのは不本意。私がイオ教団に当たりましょう」


それを聞き、王は意外そうな顔をするが、アルバート親王は満足気な表情である。


おそらく、少数の悪党を粉砕し、その後、ダニエル軍と戦い疲れたイオ教団も倒し、戦功を独り占めだと考えているのであろう。


王が宣う。

「ではダニエルは北に、アルバートは東に行け。早急に敵を撃ち破り、王都の危機を救え」


ダニエルは急ぎ屋敷に戻ると、家臣を集め、出陣を命じる。


「ダニエル、どういう戦略で行くんだ。力攻めの速戦か、しばらく対峙して様子を見るのか?」

カケフの問いかけに、ダニエルは暫し考えて答える。


「速戦して一気に決めたいところだが、レイチェルに長引かせろと要請されている。当分、半包囲しながら様子を見よう」


「ゆっくりしていると王から叱責されないか?」


「そこは現場の裁量だ。しかし、親衛隊が早々に勝利すると不味いな。ヒヨシ、東部戦線の状況をこまめに知らせろ」

諜報担当のヒヨシは今回たっての希望で従軍するが、弟のコタケが補佐し、諜報網に穴は開かないようにする。


「ネルソン、王都の仕事は任せる。しっかり国元と連絡を取り、南部の商人を保護して補給を絶やすな。アランと連絡して王政府の風向きにも気をつけろ。特に今回は長期戦にするので、王宮からの雑音が多そうだ」


指示を済ませると、ダニエルは閲兵を行う。


今回のダニエル軍は、ジューン、ジャニアリー、ヘブラリーの領兵に加えて、南部諸侯の雑多な軍、更に当てになるかわからないアカマツをはじめとする王都近郊の諸勢力も加わる。合わせると総計約2000人。


数ではイオ教団には敵わずとも、質も含めれば勝負になるとダニエル達は踏んでいる。


ダニエル軍は、赤備えのジューン軍を先陣として威風堂々と出立するが、その時二人の逞しい若者が飛び込んでくる。


「「テーラーの息子トラと、トマソンの息子イチマツ、亡き父に代わり、ダニエル様に従軍をお願い申し上げます」」


ダニエルのために戦死した二人の従士長の息子が国元から出てきたと聞き、ダニエルは歓迎する。

「トラ、お前は虎退治ができそうだな。イチマツ、お前は酒乱になりそうだ。酒に気をつけろ」

従軍を認め、小姓組に入れる。


彼らを加え、行軍を続け、王都北のエーザンに籠もる教団兵と対峙する。


教団は修行のための山岳を城塞とし、堅固な守りを構え、しかもダニエル達を嘲弄するように、「騎士団崩れの成り上がりが伝統ある教団に楯突くなど神をも恐れぬ振る舞い。早々に武器をおき降伏せよ」と坊主たちが叫ぶ。

彼らの後ろでは酔っ払いの声や女の嬌声も聞こえる。


「人里離れた山岳で修行するために建てた教会を城にするとは、奴らこそ神罰が当てるぞ!」

オカダが吐き捨てるように言う。


「いつものことだ。王と対立すると、ここを本拠とし立て籠もったり、王都まで強訴に来たり。王都との交通の便もよく、一方攻めるのは難しい。そして山から見下ろすところに北方街道があり通商も妨害できる。開祖も良いところを本拠にしたものだ」

カケフもボヤく。


「教団は自分たちの補給は山麓にある交易町のサカートの商人にやらせる。

サカートは王都の物資の重要拠点でもあり、そこは王も手を付けられない。

そして王都を締め上げ、窮迫した王政府と妥協の講和をするというのが、通例の彼らのやり方です」

バースが分析する。


「その通りだが、今度はそうはならん。徹底的にやってやる!

戦のやり方は王から一任されている。我らを舐めていたことを後悔させてやる」


ダニエルの号令で各部隊に分かれて、一部は山岳の敵兵を警戒し、その他は山麓のサカートを包囲する。

これまで何度も王政府の軍が攻めてきたことはあったが、サカートは王と教団の双方に媚びを売り、自分達は無傷で荒稼ぎしてきた。

今回もダニエルに賄賂を持ってきたが、突き返され、戸惑ううちに包囲されていた。


「王陛下に楯突くイオ教団に物資を供給している商人ども、家屋財産を没収する!」

ダニエルの宣告に、サカートのギルドが町の門を閉ざし抵抗する姿勢を見せつつ、交渉しようとする。

彼らはダニエルの宣告を賄賂の釣り上げと考えたのだ。


「ダニエル様、サカートギルドから使者が来ています」

小姓ミッツーが伝えに来るが、ダニエルは相手にせずに言う。


「三日後までに教団と通じている商人をすべて突き出し、その家財を差し出せ。その上で、我らの代官を駐在させ、以後教団と一切の関わりを断てば赦してやると言え」


ミッツーのその言葉にギルド幹部は激昂し、教団と連絡し傭兵を集め抵抗の準備をするとともに、繋がりある王政府の要人へ急使を立て、ダニエルの暴走を止めるよう懇願する。


しかし、三日ではすべては遅すぎた。

ギルドからの「検討しているのでもう少し時間を貰いたい」という返答に、ダニエルはもう返事もせずに攻撃の準備をさせる。


三日後の早朝、時間切れとともにダニエルは全軍に攻撃を開始するよう命じる。

自らの王政府とのパイプの太さから、まだすぐには攻めかかるまいと油断していたサカートはあっけなく開門し、傭兵達は逃げ去る。

ギルド幹部が連れてこられる。


「我らにこんなことをして、ただで済むと思うな」

「王政府の重臣には我らの味方が何人もいる。田舎諸侯の貴様なぞ直ぐに処罰してもらうからな」


「随分と威勢がいいな。これまでとは違うことを教えてやろう。

こいつらを始め、教団に物資を流している商家はすべて家財を没収しろ。

ギルドや町の上層部は期限までに降伏しなかった以上、斬首だ」


悲鳴が上がるが、ダニエルは無視する。

更にサカートの住人に触れを出す。


【王政府の命に反したため、サカートは破却し人家は破壊する。住民は家財は持っていくことを許す。

ただし、南部のアースに移住する者については移住費を補助し、家屋等についても斡旋する】


レイチェルが考えたアース振興策である。

豪商や腕の良い職人が多いサカートの繁栄をアースに移動させる。

一見自由意志に任せる体を装うが、一部の重要人物は強制的に移住させる。



「鬼、悪魔!俺たちが何をした!」

「こんなことをすれば、貴様たちの補給も絶たれ、飢えることがわからないか!」

当然住民は反発するが、腹を決めたダニエルは動じないし、軍兵も同情しなかった。

彼らはこれまで戦の兵糧に困った兵にさんざん暴利で売りつけてきたのに、今更何を言うのかと思っていた。


それどころか、ダニエルが、反抗する住民からの略奪を許可したため、いい小遣い稼ぎと兵の士気が上がるとともに、共同作業により混成部隊の仲も深まり、これからの教団との戦いの良い予行演習となっていた。


その頃、王都から使者が来る。

「ダニエル殿、サカートへの攻撃を中止ください。

王政府からの命令です」


(やはりか。王は任せると言いながら、献金や有力者の口利きで変わると思っていたよ。

 そもそも軍費も支給せずに領地と役職でなんとかしろと言うのだから、手段を選んでいられる訳はないだろう)


確かに諸侯は与えられた領地の収入で軍備を整え戦をするのが世の習いであるが、王から実のあるものを与えられた覚えもないのに、あちこち酷使されることにダニエルは不満を覚える。


居丈高に命じる使者に対し、ダニエルは、承知いたしましたと言い、使者の目の前で家臣を集め、サカートへの攻撃をやめろと命じる。


そして既に廃墟と化したサカートは見せずに、使者を歓待し、王や高官への土産を沢山持たせて帰らせる。


その後直ぐにサカートを廃墟とし、実情を知らされ怒った使者がやってきたが、ダニエルは多忙と称し、もう会いもしなかった。


サカートを自らの補給基地以外何もなくしたダニエルは、素早い動きに呆然と見ているだけだった教団軍を包囲し締め上げる。


今まで当てにしていたサカート商人が居なくなり、これまで信者の金で好きなだけ買っていた物資がこなくなるが、教団は備蓄もほとんど無く、やむを得ず密かに運んでくる商人から高値で買うか、周囲の街道を通る商人から略奪を行う。


ダニエルとレイチェルの想定通りである。

ダニエルは王都のネルソンに連絡し、北部からの物資を止めたので、南部から運び込んだ物を売りまくり、商圏を奪うように指示する。

同時にダニエル軍への補給を多めに運ばせ、一部をヒヨシに命じ賤民たちに密かに教団に高値で売りつけさせる。


ヒヨシは、「戦功を上げ名を売るために来たのに、また裏仕事ですか」と不満げであったが、この後が本番だ、そこでも活躍しろと言って押し切る。


教団兵の北方街道への略奪行為は、これによりますます北部からの物資が途絶えるだろうと、あえて見逃す。


生かさず殺さず、ダニエルは教団の金を巻き上げながら、供給する物資をコントロールし、ジリジリと教団軍が弱るのを待っていた。


その頃、ヒヨシが慌てた顔で情報を持ってくる。

誰もが楽勝と考えていた東部戦線で、親衛隊が悪党クスノキの城を攻め、大敗したという知らせだった。


ダニエルは悪そうな笑みを浮かべ、「ここで我々が勝てば誰が王都の守り手かがはっきりするな。そろそら仕上げと行くか」と呟く。


それを聞き、ヒヨシは「では、わしもいよいよ戦場に出させてもらえますか」と言うのに、ダニエルは、「力攻めではお前は戦力にならん、知恵を使いどうすれば己を活かせるか考えろ」と宿題を出す。






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