エーザン燃ゆ

 ダニエルは配下を集め、明日より攻撃するよう命じる。

「ようやくか。待ちくたびれたわ。

俺が正面を担当するぞ!」

オカダの声が響く。


オカダを正面とし、カケフとバースが側面を担う。裏側は切り立った崖で通行できないため、三方から攻める。ダニエルは予備軍だ。


明朝から準備万端で攻めかかるが、イオ教団側は食糧に窮していたはずだが、地の利があり、また信仰に身を捧げる聖騎士をはじめ士気はまだまだ高く、ダニエル軍は攻めあぐねる。


三日間、工夫を凝らして攻め続けるが、攻略への道筋が見えないため、今後どうしていくか軍議を開くが、雰囲気は重苦しい。


「犠牲の多い無理攻めは避けていましたが、思い切って白兵突撃をかけてみますか?」

いつもは慎重派のバースが言い出す。


「ならば俺が先陣を受け持とう」

それに乗ってオカダが言うが、外様から参加していた、王都の情勢に詳しいエンシン・アカマツが反対する。


「ダニエル軍がここで無理攻めして敗北したら、親衛隊の大敗と併せて、各地で反王派の一斉蜂起が起こることは確実。ダニエル殿も王から厳しく責任をとわれるでしょう。慎重に勝利の目を探るべきです」


「かといって、一旦攻勢をかけた以上、もう兵糧攻めには戻れんぞ。こちらは混成部隊、引き下がれば負けたと見て、逃げ去る奴らが出てくる。あいつらのようにな」


カケフが指差す先には、包囲の途中から勝ち馬に乗るべく参加したドーヨ・ササキの手勢がいる。どう見ても本気で戦っている風ではない。


ダニエルはみなの進言を受け、悩む。

(進むも地獄、引くも地獄か)


そこへヒヨシが入ってくる。

「ダニエル様、言われたように知恵を絞ったので戦に加えてくだされ」


「いい知恵があるのか?言ってみろ」

ダニエルの言葉にヒヨシは目を輝かせて話す。


「この辺りを根城とするサンカのハチスカ衆を味方につけました。エーザンへの隠しトンネルを知っているそうです」


「でかした!案内しろ!」

ヒヨシが連れて行った先は山裏の急峻絶壁の崖である。


そこに控えていた男たちの先頭に髭面の山男がいた。

「ハチスカ衆の頭、コロクでございます」


「コロク、抜け穴に案内してくれ。

エーザンを落とせれば褒美に何を望む?」


「ダニエル様の部下として頂き、ハチスカ衆を市民にしていただければ幸いであります」


「良かろう。ヒヨシの配下となれ。

ジューン領に来れば賤民も市民となれる。

更に戦功をたてれば取り立てよう」


それを聞き、コロクを始めとするハチスカ衆は歓喜し、そのまま、抜け穴のところに案内する。

その穴は人一人がなんとか通れるくらいの細い道であり、どこまで通じているかは見えなかった。


「この道がエーザンの境内の裏近くまで繋がっております」

コロクの説明にカケフが聞く。


「この通路はなぜできたのか?

脱出路であれば奴らも把握しており、境内に入った途端に皆殺しだぞ」


コロクは髭面を綻ばせてニヤリとし、答える。

「その心配はないでしょう。

これは、山上の修行に嫌気をさした修行僧たちが山麓のサカートの街へ酒や肉、女を求めて、掘り続けた通路のようです。

今や山上まで酒も女も溢れており、この通路も忘れさられたものです」


「この大きな山をぶち抜いて抜け穴を作るとは、僧侶の執念恐るべしだな」

ダニエルが感嘆する。


「酒も食べ物も、ましてや女も、周りに無いほど欲しくなりますからな。

ダニエル様も奥方様に禁じられ、女が恋しくなっているのではありませんか?」


バースが珍しく冗談を言うが、回りの笑い声と対照的にダニエルはレイチェルに見せられた貞操帯を思い出し、身震いして、

「オレはレイチェル一筋だ。冗談でもそういうことを言うな」と怒る。


一行は暗い穴の中を歩いていく。

先頭のコロクが灯りをかざし、壁面を見せる。

「ご覧ください。当時の僧の声です」


『酒、肉、女、このひと掘りごとに近づいていくぞ!』

『もう修行はやめだ!酒を浴びるほど飲み、肉を吐くほど喰らうぞ』

『マリー、待ってろ。今行くぞ!浮気するなよ』


生々しい声にダニエルたちも声が出ない。

「世俗で楽しみたい次三男を、家の都合だけでエーザンに放り込んだからな。そりゃこうもなるだろう」


「教団も開祖の理想を捨て、世俗の権力と持ちつ持たれつ。

その挙げ句に、山に捨てられた奴らの恨みの抜け道で滅びるとはな」

カケフとオカダも次三男であり、一つ間違えばここに居たかと思うと口が重くなる。


やがて僅かに明かりが見える。

「エーザンからは入れないように岩と土で偽装してあります」

コロクの言葉に、一同は隙間から覗いてみると、すぐ先にイオ教団の本堂が見える。


「こちらからは攻められないと見て、本堂などの重要拠点はこの辺りに造ったのだな。

 では、夜間に紛れてここから出撃すれば大混乱は必至。それに合わせて総攻撃を仕掛けよう。

ヒヨシ、ハチスカ衆と抜け穴から夜襲しろ。オレも小姓達とともにそれに加わる」


夜襲組は危険もあるが一番槍で戦功は大きい。

ダニエルの言葉にヒヨシとコロクは喜ぶが、ダニエルが加わることには全員が反対した。


「ダニエル様、何度言えばわかりますか。馬鹿ですか。

大将は危険な場所には行ってはなりません!」

クリスが直言する。


ダニエルとしてはレイチェルや王からのプレッシャーにストレスを感じ、暴れたかったのだが、身体をはっても止めるというクリスに屈する。


「わかった。では、オレの代わりにガモーに小姓を率いさせよう」

ウジサト・ガモーは、小姓に採用されてからその武芸、指揮、政務全てにおいて秀でた才能を発揮し、小姓組の隊長に任ぜられている。


さて日中は偽装工作として、いつもと同様の攻撃を行うが、適度に力を抜く。


教団兵は、

「ダニエル軍め、いよいよ弱ってきたな。もう少し粘れば撤退するやもしれん。その時は手筈通り、近隣諸侯と連絡し一斉に蜂起し、奴らを追撃して王都に雪崩込むぞ。王都では富も女も奪い放題だ」と喜び、話し合う。


その夜遅く、教団兵が当番を残し熟睡する中、ハチスカ衆を先頭に密かにダニエル軍が抜け穴から一人ずつ境内に入ってくる。


数十人揃ったところで、隠密行動に長けたハチスカ衆が本堂を始め、あちこちに火を放つ。彼らはこれまで教団から激しく蔑視されてきた賤民の恨みを晴らすべく、喜々として放火していく。

そして、大声で「火事だ!裏切り者がいるぞ!」と叫んで回る。


慌てて着のみ着のまま出てきた兵を討ち取っていく。

しかし、さすがに聖騎士たちは慌てずに武装を整え、戦いを挑んできた。


ハチスカ衆では敵わないと見て、武芸に秀でた小姓達が全面に出る。

「神罰を恐れぬ不届き者、地獄に堕ちろ!」

狂信者の強みか死を恐れぬ戦いぶりに、小姓たちも一歩引く。


ガモーは先頭に立って戦うが、彼も押され気味である。

(不味い!)

敵の一撃を捉えられずに、たたらを踏むところを追撃され態勢を崩す。

もう駄目だというところで、横から槍が伸び、敵の騎士が刺殺される。


「ガモー、初陣で何をやっている!

肩の力を抜け。固くなっているぞ。

俺が先頭に立ってやる」


真っ赤な鬼の面を被った男がガモーの前に立ち、槍を振るう。

聞き慣れた声のように思うが、考えている暇はない。

赤鬼の後ろに立ち、襲いかかってくる相手と戦う。

押されていた小姓も次々と加わってくる。


聖騎士たちの中で、一段と豪壮な光り輝く鎧を着けた男が中央に陣取る。

「あれが聖騎士団長だ!

あいつの首を取るぞ!」


赤鬼の咆哮に、一部の小姓たちは我先にと突撃する。

ナガヨシ・モリ、ケイジ・マエダ、ナリマサ・ササ、ゲンバ・サクマなどの狂ったような突撃に、団長の前の厚い守りに裂け目が入る。


「行くぞ!」

そこへガモーを先頭に、トラ、イチマツなどが突入し、聖騎士団長は単騎となるところを、赤鬼が槍で突く。


聖騎士団長はそれを受け、暫く互いの攻防が続くが、前線指揮官を務める聖騎士が不在の合間にダニエル軍は猛攻を仕掛け、正面が突破される。


「外部攻めからは一番乗りだ!どいつから殺してほしい?」

本堂前に乗り込み、聖騎士の前に現れたオカダは喜色満面である。


続々と堀を乗り越え、ダニエル軍が攻めてくるのを見て、僧兵は逃走を始め、聖騎士も動揺が広がる。


「静まれ!神は我らを見棄てはしない。

落ち着いて神の敵を倒せ!」

聖騎士団長が必死に叫ぶが、その隙を赤鬼は見逃さなかった。


「隙あり!」

団長の喉に槍が突き刺さり、倒れ伏す。


「聖騎士団長を、ダニエル・ジューンが討ち取ったり!」

真っ赤に燃える本堂を背景に、赤い鎧に赤鬼の面。

これを見た教団兵は、「赤い悪魔レッドデビルだ!」と怯え、逃げ去る。


ダニエルは大声で命を下す。

「王敵である。撫で斬りにせよ!建物は燃やし尽くせ!

コイツラは格好は僧侶だが、やっていることは野盗と同じ。

僧侶の風体に遠慮するな!

神罰があるならこのダニエルが引き受けてやる!」


それを聞いた南部諸侯の兵や王都の諸勢力の軍はダニエルを恐れ、畏怖する。


更にそれに輪をかけたのが、ダニエル小姓組の狂乱である。

先頭で戦った赤鬼の正体が主君と知り、歓喜のあまり、一部の小姓は血で酔ったような殺戮を行う。

小姓組隊長のガモーはそれを止めるのに苦労する。


イオ教団には、山の奥地の庵でひたすら修行に専念する高僧もいる。

「ダニエル様、私の知り合いの高僧はお許しを」

王都近在の豪族からの嘆願も頻繁に来るが、ダニエルはそれを全てドーヨ・ササキに丸投げし、もし赦した僧が反乱すればドーヨの責任とし、彼をエーザン焼き討ちの主役の一人に引きずり込む。


焼き討ちから3日間、ダニエルはエーザンを徹底的に掃討し、何もなくしてしまい、座主他の高位貴族出身者は王都に送還する。


「王命は果たしたし、王都に帰還するか?」

ダニエルの問いかけにエンシンが答える。


「ダニエル殿、このまま王都に戻れば今度はクスノキ攻めに向かわされ、挙げ句に何の恩賞も貰えない可能性もあります。

エーザンと密約を交わしていた近隣諸侯を攻め上げ、その所領を占拠しましょう。そうでなければ、ダニエル殿に付いてきた中小諸侯を酬いることはできますまい」


戦の恩賞は王の仕事だが、これまでの王のやり口からダニエルは王が素直に恩賞を出すとは思えなかった。


「良かろう。エンシン、ドーヨと相談して攻め取る諸侯を決めてくれ」

ダニエル軍は、エーザン平定後、王の命令を拡大解釈し、周辺の領地を奪い取ることとする。


なお、エーザン戦後の出来事として、ヒヨシは念願であった一角の武将として取り立てられ、ダニエルのDを与えられ、ヒデヨシと名乗る。


そして、ダニエルは、約束を破り最前線で槍働きしたことを滅茶苦茶にクリスに叱責され、それを知らされたレイチェルからも怒りの手紙が来て、今後は前線への出撃を禁じられ、嘆くこととなる。


同時に、王都やその周辺では、神をも恐れぬ赤い魔王ダニエルと配下のレッドデビルという悪名を売る。


また、ダニエルの小姓たちは、ガモー以下、モリ、マエダ、ササ、サクマ、トラ、イチマツがエーザン七本槍と称され、ダニエルから褒美を貰うこととなる。一部の小姓はDQNという悪名もついてきたが。


ダニエルとその軍はいいか悪いかは別にして、エーザン焼き討ち事件により全国に名を轟かせることとなった。















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る