王の警戒とダニエルの弱み

「以上の通り、我が主ダニエルよりエーザンの平定を終え、同調した周辺勢力の追討を行っているとの報告がございました。

 また、こちらは、捕虜の高僧達とエーザンに貯められていた財宝の陛下への献上の目録でございます」


 王都留守番役のネルソンが、ダニエルからの戦勝報告を王や重臣の前で披露する。かなり脚色し、正面攻撃で撃破したことになっているが、ダニエルが聖騎士団長を一騎打ちで討ち取る場面では感嘆の声が上がる。


エーザンを焼き払ったことに対しては、保守派から強い非難があり、神罰を恐れ、ダニエルを処罰すべしという意見もあった。

ネルソンは、エーザンに蓄財されていた富を存分に活用し、要所にばらまくとともに、武力を誇示し、金と力で反対派を黙らせる。


(反対派なぞ一蹴できますが、これだけの武功を立てたダニエル様を、この猜疑心の強い王がどう処遇するのか。

また、それにダニエル様がどう対処するのか見ものですね)

外様のネルソンは、半ば外の立場からダニエルの立場や対応を興味深く見つめる。


王は一見上機嫌であった。

「先日にはヘンリーからレスリー公に勝ったという知らせがあった。

それに続けてダニエルからの吉報、誠にめでたい。また、エーザンの財宝を献上するとはダニエルの忠誠がよくわかったぞ。

あとは、親衛隊からの勝利の知らせを待つばかりだな」


そこへ急使が飛び込んでくる。

「陛下!

親衛隊が第二次総攻撃を掛けましたが、残念ながら時運が味方せず、王都に転進しております!」


「どういうことだ!」

王は顔色を変え、怒鳴りつける。


使者の騎士はよほど急いで来たのか、息も絶え絶えで話す。

「悪党クスノキは誠に狡猾にして、我軍の正々堂々とした野戦の挑戦に応じず、城に籠もり、城攻めに対しても偽装した塀を崩壊させたり、木や岩はおろか、熱湯や糞尿を兵に浴びせるなど姿を表さずに、攻撃を仕掛けます。


挙げ句に疲れて休んでいる我軍に、隠れた獣道を通って夜襲、火攻めを行うという卑劣極まりない攻撃をしてきたため、ついに耐えきれずに転進しております」


(それが卑怯ならダニエル様も卑劣漢と言われるな)

ダニエルが同様な攻撃で勝利を手にしたと聞くネルソンは心中、皮肉交じりに考える。


「馬鹿者!要は大敗して壊走しているということだな!

アルバートを喚べ。奴には十分な戦力を与えたはず。

たかが悪党に負けるなど、恥を知れ!」


王は、これからの王国の主力と位置づける親衛隊の無様な様相に激怒した。

直ちに詰問の使者がアルバートのもとに飛ばされる。


王は私室で王妃と話し合う。

「騎士団は対外戦争にはいいが、余の言うとおりに諸侯を潰すことには難色を示す。ダニエルは思った以上に役立つが、あまり大きくなられては困る。

余の思うがままに使える軍として親衛隊を組織したのに、満座に恥を晒しよって!」

王の怒りは収まらない。


「ダニエルは本領は子爵にすぎないにも関わらず、南部の通商を握るとともに、王都でも商工業者とパイプを作り、独自に大きな財力を持っているようです。

エーザン戦でも数千の兵を動員し、今回の勝利で今や王宮もダニエル派を名乗る者が肩で風を切って歩く始末。

少し大人しくしてもらわねばなりません」


王妃はダニエルの勢力の急拡大に危機感を持っていた。

政治に関心のない騎士団長はともかく、ダニエルの政治へのスタンスは未知数だ。

一度会った限りでは、自分のお家大事で、中央政治への関心に乏しいようだったが、その背後には実質的な妻であるレイチェルがいる。

彼女の能力と野心を王妃はよく知っていた。


「確かに、先程もマーチ宰相が大きな声で、儂の孫婿がやってくれましたわ!と自慢しておった。

今や宰相のところに人が集まり、以前と同様にそこで物事を決めようとしており、対抗すべき官房長官のプレザンスは提携する親衛隊の敗北と共に勢力を減らしている。

 このままでは、何のために前宰相を失脚させたのかわからない。

いっそダニエルを捕えて失脚させるか」


焦る王の言葉に王妃は反対する。

「これだけの大功を挙げ、陛下に忠誠を誓っているダニエルを、今現在に罪に問うことは無理でしょう。

それに彼にはまだまだ役に立ってもらう必要があります。狡兎死して走狗烹らると言います。まだダニエルには兎を捕らえてもらわねばなりません」


「ならばどうするか?」

王の問に王妃は一つの案を出す。


「ダニエルの軍の中核は、本領のジューン領に加え、ジャニアリーとヘブラリーからの派遣部隊です。そこを引き離して弱体化させましょう。

 ダニエルの実質的な妻はレイチェルですが、形式的にはジーナになります。そこを突くのです。

 ヘブラリー家に行かせて白黒つけさせる。レイチェルをとればヘブラリー家の支援はなくなる。ヘブラリー家をとればレイチェルは去り、本領の統治は崩壊する。

いずれにしてもダニエルの力は弱まるでしょう」


「なるほど。ヘブラリー家と縁が切れればマーチも孫婿とか言えなくなるし、宰相派とダニエルを切ることができるな」

王は膝を叩く。


「それに、ダニエルの愚兄とジーナの子供ができたそうだな。形の上ではダニエルの子供だ。それも使えそうだ。

足下からアイツを脅かしてやるか」


「陛下、やり過ぎて、ダニエルが叛くことのないように。

目的は手綱をしっかりつけて、役立つ猟犬にすることです。

それをお忘れなく」

王妃が強く釘を刺す。


「わかっている。

ジャニアリー伯爵からは、兄ポールに代えてダニエルを世子とする願いが出てきている。あの愚兄を当主にしてやっても得るところはなさそうだが、ダニエルへの牽制には使えるだろう。

ダニエルが余りにも弱体化することのないようジャニアリー家は継がせて、それを恩賞とするか」


「よろしゅうございますね。

それならば王直轄地を減らすこともありません」

王と王妃は顔を見合わせ、ニヤリとする。


翌日、ダニエルを召喚する使者を出す。

しかし、ダニエルを待つ間に驚くべきことが起こる。

詰問使を送られたアルバート親王が、王の処罰を恐れ、逃亡したという知らせが入る。


王はアルバート親王を追跡させるとともに、親衛隊の再編を行うこととし、併せてダニエルに委ねていた王都施政権も取り上げることとする。


アルバート親王の後任には、もはや王族を重用することは諦め、忠実な家臣を登用する。


親衛隊の総隊長にはヨシサダ・ニッタを、王都守護職にはアキイエ・キタバタケを任命し、悪党クスノキはその能力を認め、王自ら交渉し、臣下とする。


潔癖症のアキイエには暗殺等の汚れ仕事のためにシンセングミをつける。彼らはカモを粛清し、コンドーを隊長に新体制を取っている。クスノキ攻めでは役に立たなかったが市中取締なら使えるだろう。


(これでダニエル抜きの体制は整った。

奴が猟犬に戻れば良し、狼になるなら処分するまで)

王はそう決意し、王都に戻ったダニエルを王政府の御前会議に呼び出す。


「ダニエル、よく我が命を果たした。

お前の活躍に応えるため、官位を4位下とし、参議のポストを与えよう。

その代わり、南方守護と王都防衛副司令官のポストは解任する。


更に、兄のポールに代わり。ジャニアリー伯爵の世子とすることを許す。

しかし、お前は現在婿となり、ヘブラリー伯爵も継いでいたな。願っていた暇を与えるので、ヘブラリー家に参り家督や家族をどうするのか話し合ってくるが良い」


王の言葉は、ダニエルの予想外であった。

(親衛隊が機能していない今、オレに仕事を回すかと思ったが、さてはオレを見切ることとしたか) 


いずれ王は、ダニエルに所領の献上か滅亡かを迫るというレイチェルの言葉を思い出すが、余りにも早すぎる。


(まだ罪には問われていない。とすれば恩賞を惜しんだか。

実のあるポストを取り上げ、名だけのポストを与えるとは相変わらずのケチぶりだ。ろくな思い出もないジャニアリー家など欲しくもないわ。

どうせこんなことだと思ったよ)


ダニエルはそう判断し、王に応答する。

「今回の戦勝、神罰にも遭わずに勝てたことはすべて陛下の威光の賜物。

私には何の恩賞もいりません。

ただ、配下となって戦ってくれた諸侯や騎士には報いてやりたく、彼らに所領下賜のお許しを願います」


「「お願いいたします」」

後ろには、エンシン・アカマツとドーヨ・ササキを筆頭として、今回のエーザン戦とその後のオーミ地域の平定で付き従った諸侯や騎士がずらりと並ぶ。

日和見していたドーヨもダニエルに領地を与えられ、忠誠を誓っていた。


更に、マーチ宰相以下の王政府高官にも手を回し、

「ダニエル卿は無欲にも自分の所領は願わずに、配下の恩賞だけを願っております。これは認めてもよろしいでしょう」という声を上げさせる。


王はメイ侯爵戦同様に王の直轄地にするつもりでダニエルの平定戦を認めていたが、こうなれば、諸侯らに何の恩賞も出さないとは言えない。不承不承ながら承諾するしかない。


しかし、所領を与えられた諸侯や騎士の感謝は、王ではなく、彼らを指揮し、所領を分け与えたダニエルに行く。


しかもダニエルは南部諸侯の一部を豊かなオーミに移し、その領土を併合する約束を内々にしていた。これでジューン領は倍増する。

ダニエルとしては本領は増え、しかも王都周辺に影響力を持てる。

下手に飛び地に恩賞を貰うより遥かに割が良かった。


これらの企みは、レイチェルが発案し、ダニエルが、諸事に通じたアカマツと王政府で復権しつつあるマーチ宰相とに相談の上、実行したものであった。全ては、吝嗇で権力欲の強い王に口を挟ませずに利益を手中にするためである。


ダニエルの企みにより、オーミ地域の利益を奪われたことがわかった王は、立腹しダニエルの最大の弱みを突く。


「ダニエル、そちの部下思いの心がけ、眞に立派なものと感心した。

さて、お前もジャニアリー家を継げば、ジャニアリーとヘブラリーとジューンの三家を束ねる大領主、王国の重鎮だ。万一に備え、世継ぎも必要だぞ。


少し前にジーナから男子が生まれたと届けがあったと聞いた。

まだ世子に据えていないようだが、早く決めたほうが良い。

余が後見人となってやろうか」


ダニエルにとって、形だけの妻ジーナとその子供は最も触れられたくないところである。


それを承知の上で、公式の王政府の会議で発言するということは、ダニエルの後継に兄ポールの子を据えられたくなければ、勝手なことをせずに王に従えという嫌がらせだとダニエルは受け取った。


(このクソ野郎!そもそもアンタが適正に恩賞をくれていればこんな面倒なことはしなかったんだぞ。

あの子供は生きている限りオレへの嫌がらせの材料となることがわかった。もう殺す!)

と思ったが、顔色一つ変えずに言う。


「まだ生まれたばかりで、陛下のお役に立てるかもわかりません。

私もまだまだ子供を儲けるつもりですし、成長を見定めて適した子供を後継としたいと思います」


「そう言わずに大事な忠臣の長男だ。一度余も会って言葉をかけよう。

ヘブラリー領から王都に戻る時に連れてきてくれ」


(これは勝手に殺すなということか)

ダニエルはもう王と話す気も無くなり、怒りを抑えて、承知とだけ答え、退出する。


王都の屋敷に戻ると、レイチェルから、月のものが来ないので懐妊したと思うという手紙が届いていた。レイチェルには珍しく、字が飛び跳ね、嬉しさを現している。


ダニエルは、オレの子を守らねばという思いを強くし、ヘブラリー家に赴き、縺れた婚姻関係を決着させることを決意した。


(話がつかなければヘブラリー家と一戦交えてもジーナと子供を殺す!)

ダニエルはそう思い、ただの訪問と思えない、臨戦態勢で向かうことにする。


「また戦になるかもしれん。

それでもいい奴だけついてこい」


オカダとバース、名を改めたヒデヨシに、前回留守番役のネルソンも希望する。

更に、暴れ足りないと七本槍の面々も手を上げた。


ダニエルは、王都の権益を守るため、カケフとミッツーに留守番役を、エンシンを相談役として残し、ジューン軍500を率いてヘブラリー領に赴くこととする。









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