ダニエル=マーチ連合と仮想敵のダニエル評

ダニエルは王との会見を終え、ヘブラリー家に向かうことを決めたが、戦争を終えたばかりの今、王都で戦勝を誇示し、将兵へ報奨と休養を与え、武器・兵糧の手当てなどを行わなければならない。


幸い、エーザンが溜め込んできた莫大な財宝を分捕ってきた。王への献上や政界工作に費やしたが、まだまだ懐は暖かい。


まずは凱旋会を開く。王は何もしてくれないようなので、ダニエルはマーチ宰相と相談し、自腹を切り、付き従ってきた諸侯騎士と王政府のダニエル=マーチ派閥の諸卿を、王都の一番目立つ会場に集め大宴会を行う。


冒頭、ダニエルが演説し、皆の働きに感謝する、今後も我らは団結していこうと語りかけ、次にマーチ宰相が「我が国のため、孫婿のために力になってくれ」と呼びかけ、有力者に握手して回る。


マーチ宰相は一時王から干されていたものの、躍進中のダニエルを陰に陽に活用し、王の施策に反感を持つ貴族を結集し、今や王にも一目置かれる力を持つまでになった。


ダニエルは、マーチの政治家らしいパフォーマンスを好んでいるわけではないが、

(権力闘争に巻き込まれるのも面倒だが、王から距離を置かれる以上、この爺さんと手を組まざるを得ない)と割り切っていた。


ダニエルとマーチの演説に、集まった一同は「宰相やダニエル殿を支援し、いつでも駆け付けます」と大歓声が沸き起こる。


この大宴会はダニエルとマーチの勢力誇示と王への牽制であるが、ダニエルは、腹の底では(コイツラは勝ち馬と思えば乗ってくるが、それだけだ)と見切っている。


それでも王都にこれだけのシンパがいるのは脅威であり、王はこの集会の模様を聞き、ますますダニエルを警戒する。

もはや王とダニエルは不信と警戒の悪循環に入りつつあった。


宴会の途中、ダニエルとマーチ宰相は小部屋に入り、そこで対王の方針を打ち合わせる。


ダニエルの武とマーチ宰相の政が補完しあってこそ王と対抗することができる。二人は同床異夢ながらもお互いを必要とする。


「王がお前をヘブラリー家に行かせるのは、ジーナの件で我々を喧嘩別れさせるためか」


「間違いなく、我々の仲を裂こうとしているのでしょう。

その手には乗りませんが、他方、何があってもレイチェルを捨てることはありません」


「わかっておるが、ジーナがもう少し賢ければなあ」

マーチ宰相は溜息をつく。


「ヘブラリー家には、ダニエルとの縁を絶対に離すなと言ってある。

ジーナには腹が立つだろうが、王の挑発に乗って喧嘩をしてはならんぞ」


「私も宰相の支援とヘブラリー軍が必要です。最大限努力しますが、あまり馬鹿げたことを言われると我慢にも限度があります。宰相がうまく間に入ってください」


「わかった。お互い上手くやろう」


二人は握手をして同盟を堅持することを約束する。

ダニエルが王都を離れる間、その権益をマーチ宰相に守ってもらう必要がある。


ダニエルが宴会に戻ると、アランとエリーゼ夫妻が多数の人に囲まれているのが見えた。

王政府におけるダニエルの庇護者はマーチ宰相、代貸しはアランというのが衆目の一致するところであり、アランには頼み事や口利きの依頼が溢れていた。


「義兄さん!(お義兄さま)」

ダニエルを見つけて、アランとエリーゼは人混みを抜け出してくる。

アランを見ると、ダニエルは腹黒い海千山千ばかりの中の一筋の光を見たようにホッとする。


「姉から手紙が来ました。懐妊したということ、おめでとうございます」


「アランとエリーゼの子供を後継ぎにできなくて済まないな」


ダニエルは、子供ができなければアランたちの子供を養子にと言う話があったことをからかう。


「滅相もない。子供にそんな苦労はさせられません」


「エリーゼはそうでもなさそうだが。

まあ、母子とも元気に産まれてくれればいいが。

ところで、アラン、オレが不在の間、王都の権益を守ってくれ。手に負えなければ宰相に頼め」


「義兄さん、一役人が宰相の部屋に始終行くのが如何におかしな事かわかりませんか。毎日のようにマーチ宰相に呼ばれ特別扱い。挙げ句に大臣まで僕のところに頼みに来るんですよ」


「そうか。じゃあもっと偉くなればいいのか。

次の除目で昇進させてもらってやる」


「さすがお義兄さま!」

「マジで胃が痛くなるので止めてください!」

エリーゼの歓声とアランの悲鳴が重なる。


(アランの困った顔を見るとストレスが晴れるなあ)

ダニエルがアラン夫妻と遊んでいるところに、嫌な声が聞こえる。


「ダニエルお兄様、偽物の兄弟と何を遊んでいらっしゃるの」

「そうそう、まずは本当の妹夫婦を大事にしないといけませんね」


いやいや振り返ると、妹のアリスとその夫のバート子爵である。

「クリス、なぜアイツらを入れた?」

「私が入れる訳ありません。無理に入ったのでしょう」

小声でダニエルとクリスがやりとりする。


アリス夫妻は、ダニエルの名声が上がり、義理の弟であるアランが異例の昇進をする一方、実の妹夫妻の自分達が昇進もないことに焦燥感を募らせていた。


ダニエルは母や妹と絶縁したかったが、レイチェルに、「偉くなれば何もなくても悪口を言われるもの、自分から身内と争い、傷を作る必要はありません。私が適当に付き合いますから、あなたは黙っていて」と言われ、放置していた。


(コイツラを怒鳴りつけたいが、大勢の前でやればレイチェルに怒られるな)

と思ったダニエルは、

「クリス、アイツらを上手く追い出せ」と命じる。


そして、当てつけのようにアラン夫妻を壇上に上げ、一同に向かい大声で言う。


「ここにいるのは私の弟のアラン夫妻です。

私の不在の間は彼になんでも相談ください。頼りになる男です」


エリーゼもそれに乗って挨拶する。

「妻のエリーゼです。

ダニエル様のため、皆さんのため、夫がしっかり働きますのでよろしくお願いします」


皆がアランを見る中、アランも何か言わざるを得ない。

「義兄が不在の間、頑張りますので、何か相談があればおいでください」


パチパチと盛大な拍手と、将来の財務大臣だなという声がかかり、一斉にアランと面識を得るべく諸侯・騎士が殺到する。

地方諸侯や騎士には王政府の有力官僚に伝手を持つのは大事である。


(これまでの王政府の役人に加えて、諸侯や騎士の世話までするの?

死んでしまうよ!)

アランの心の叫びも何処かに、エリーゼが伝手をつくるべく愛想を振りまき、呆然とするアランの尻を抓る。


その有様を見ながら、アリスは「私が本当の妹よ」と叫んでいたが、クリスと護衛兵に会場から追い出される。


その様子を見た諸侯諸卿は、

「ダニエル卿は身内贔屓をせず、実力主義と聞くが、本当のようだな」


「平民出身や外国人も重臣だ。外様もアカマツのような悪党上がりも重用されている。身分を問わず功績さえ上げれば褒美はたんまりくれるぞ」


「ならば吝嗇な王陛下の下で働くよりいいかもしれないな」

と好意的に受け取る。


中小諸侯・騎士も下級官僚も暮らしは苦しく、栄達の機会を虎視眈々と狙っている。既成の家臣団がなく、能力ある者を集めているダニエルはその期待の的だった。


お客を歓待しお土産を持たせて帰すと、次は直属旗本たるジューン軍、一門であるジャニアリーとヘブラリーからの応援部隊に恩賞を与え、その後は宴会である。そこで従士や兵一人一人に声をかけて回る。


「ハリー、負傷は大丈夫か」

「トム、騎士を討ち取るとは見事な功績だ」


いつも仰ぎ見る諸侯であるダニエルに声をかけられ、彼らは感激し、ダニエル様の為には水火の中でもと思う。


兵を気遣うことは、騎士団の下っ端から成り上がったダニエルには自然なことであり、同時に、(これからの情勢、何があってもこの将兵を付いてこさせねば)という人心掌握でもある。


王の後援が期待できなくなれば、ダニエルが頼るのは本領のジューン領に加えて、ジャニアリーとヘブラリーの縁である。


ヘブラリー従士長クロマティに、「約束通り、この後ヘブラリー領に向かう。先に戻り、義父たちに伝えよ」と命じると、ヘブラリー兵は歓喜して、ダニエルを歓迎することを約束する。


ジャニアリー従士長のシピンには、「ヘブラリー領に向かう前に父と会うので、伝えてくれ」と言うと、王都屋敷でダニエルを待っていると言う。


(家督をオレに譲るのなら、兄貴はどうするのかを確認しなければ。

領内で分家とか家臣へ婿入りとかふざけたことを言えば、お断りだ)


王都での措置や出立の準備をしているところに、リバー検非違使長がやってくる。彼からは、随時王宮や国内外の情報をもらっている。

今回も王は恩賞を出さずに平定地を召し上げる考えと、彼から情報が来ていたので、手を打てた。


リバーは会うとすぐに口火を切った。

「ダニエル、今回、親衛隊幹部になったニッタ、キタバタケ、クスノキに会っておけ。王は、お前が言うことを聞かなくなれば奴らをぶつけるつもりだ。

人物を知っておく必要がある。

特にクスノキは未知数だが、油断ならない。

気をつけろ」


ダニエルも納得し、そのアドバイスに従う。

まずはヨシサダ・ニッタのところに会いに行く。

彼は騎士団OBであり、団長の座をヘンリーと争い、破れた後に所領に引き込もっていた。その経歴から、ヘンリーの小姓だったダニエルのことも知っている。


「小僧、何をしに来た?

最近、名を売っているようだが、貴様なぞ運が良いだけ。

ワシが来たからにはもうお払い箱よ。

こんどこそヘンリーを追い払い、ワシが騎士団長になる!」


ニッタは久しぶりの登用に意気盛んである。

ダニエルは辞を低くして、高価な土産を渡し、ニッタの機嫌を取る。

「ニッタ様、私はまだまだ未熟者。御指導御鞭撻をよろしくお願い致します」


ニッタは、「よく分を弁えているな。ヘンリーの下にいるときより行儀が良くなっておる。そうやってワシの後をついてくれば良いのだ」と大笑して、ダニエルを追い払う。


その後、弟のワキタには「ダニエルの小僧、武一筋のミニヘンリーだったのが腹黒く成長しておる。どんな戦をしてくるのか、戦うのが楽しみだな」と評する。


ダニエルは次にキタバタケ家に赴く。

アキイエはまだ17歳だが、幼い頃から俊英を謳われた高位貴族のエリートである。英才教育を受け、王の秘蔵っ子と言われる。


(オレが17歳と言えば、見習い騎士となり、団長や隊長にシゴキまくられ、死線に放り込まれていた頃だ。それが同じ歳で政府高官とはえらい違いだ)

凡人のダニエルは嫉みを感じるが、会ってみたアキイエは好青年であった。


「ダニエル殿、今王都で最も話題のあなたとお話ししたかった」

目をキラキラさせる爽やかなイケメンは、ダニエルの周りにはいないタイプだ。


横にはうるさ型の父親、チカフサが、「騎士団崩れの成り上がりなどと話すな」と言うが、アキイエは気にしない。


これまでの戦い振り、今の王政府のあり方、王都の施政などについて、ダニエルの意見を求める。

しばらくの時間を語らい、ダニエルが辞したあと、キタバタケ親子は語る。


「ダニエル殿、どんな器量かと思いましたが、所詮は武人ですね。戦においては相当な能力を感じますが、そこ止まりです。

政治への理想や目標が見えない。それでは時勢に流されるばかりでしょう」

王政府を担うべく選ばれたエリートであるアキイエには、ダニエルの在り方は物足りない。


「お前にはそう見えたか?

イデオロギーに囚われないダニエルは、生きるためになんでもする。

儂には、その方が恐ろしい。

奴と戦うことがあれば決して気を抜くな。手負いの獣ほど恐ろしいものはない」


老獪な父チカフサの感想は違った。

騎士団上がりの一介の武弁と侮っていたが、理想はなくとも、政治・経済から民政まで目が行き届いている。そして何をしても家臣・領民を守る気迫が感じられる。


(家老にでも相当な知恵者がいるのか。

しかし、この男を慣らし付け、教育するとはツワモノよ)

チカフサは、ダニエルの背後に垣間見える影の軍師に感嘆する。


ダニエルは最後にクスノキの屋敷を訪ねる。

王に与えられたその屋敷は王都の外れにあり、訪れる人も疎らだ。


ダニエルの訪問に家人達が慌てて仕度するが、ダニエルは止める。

「噂の戦上手のクスノキ殿と話がしたくて、酒を持ってきた。

一献如何か」


マサシゲとダニエルは差し向かい、持ってきた名酒を飲む。

「これは旨い!何処の酒ですか?」


グラバー商会に用意させた、リオから来たとびきりの酒だ。

まずはクスノキを驚かす、そのために持ってきた。


酒が潤滑油になったか、口の重いマサシゲから親衛隊との戦を聞き、ダニエルもこれまでの戦を語る。

将棋の感想戦のように、最善手を共に探す。


ああすれば部下を死なせずに済んだ、もっと早く勝てた、終わった戦争で指揮官の後悔のタネは尽きない。


お互いにその痛みを感じながら、話は尽きず、夜は更ける。

「ダニエル様、そろそろお暇を」

クリスの再三の呼び掛けで、ダニエルは辞する。


酔ったマサシゲに弟マサノリが来る。

「兄者、話題の勇将ダニエルはいかがでしたか」


「いい男だ。彼が攻めに来ていたら降伏して傘下に入ったかもしれん。

しかし、王に説得され、私は既に忠誠を誓った。

ダニエル殿とは戦いたくないな。戦えばどちらかが死ぬまでやるしかない」


「いい男なら許せばいいでしょう」


「イヤ、彼は男が惚れる漢だ。

彼が負ける前に多くの部下が命を捨てるだろう。

それを見逃し、降伏する男ではない。死ぬまで殺し合うしかないのだ」


マサシゲの口調は、既にダニエルとの戦いを予感しているのか、酔っていると思えないほど重苦しい。


マサノリはそれを聞き、何も言えなかった。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る