騎士団長の仲裁とダニエルの心の叫び

ダニエルとマーチ宰相の大祝賀会の話を聞いた王は激怒した。反対勢力の自分への威嚇、王権への挑戦と見たのである。

(余に不満を持つ者がそれほどいるのか!)


その知らせを持ってきたトム・プレザンス官房長官に命じる。

「出席者を調べろ。ダニエルが王都を出ればマーチを始めとする奴らを処罰し、その後ダニエルを追討する」

王の命令に対して反対する声がする。


「それは軽挙妄動というもの。王が為さることではありません」

声の主は騎士団長である。


「ヘンリー、戻ってきたのか。北方での活躍、見事だったぞ!

恩賞は何を望む?」


「重責ある騎士団長として当然の行為。

恩賞であれば部下に与えていただきたい。


それよりもダニエルの件を聞きました。

王たる者、臣下に寛容たるべしと教えられたはず。

聞けばダニエルの功に対して恩賞もろくに無かったとか。

前回のメイ侯爵戦でも申しましたが、功には報いるべきです。


ただでさえ諸侯は領地のことに専念し王命に消極的。その中で王の命に従い任務を果たすダニエルは貴重な存在です。

それを恩賞も祝勝会もないでは、今後王命に従う者はいなくなりますぞ」


「王は神からその位を授けられている。臣下は王の言うがままに動くべきであり、全ての権力を王に集中してこそ強い豊かな国ができるのだ。


王命に応えるのは当然であり、恩賞の為に働くのではない。恩賞を貰えないから不満を持つなどもっての外。

恩賞を辞退するお前ならわかるだろう」


「王直轄の騎士団と、領地を持つ諸侯は異なります。

我が国は王と貴族・諸侯が手を携え、国を守ってきました。

王は君臨するとも統治せず、不偏不党の地位にいて、権力を振るうのは貴族の第一人者に任せるべきです」


王と騎士団長による、王国のあるべき姿を巡る論争は決着がつかない。


最後に団長は言う。

「ダニエルは私の愛弟子であり、騎士団の友でもあります。

ダニエルを追討する命が出ても騎士団は動きません。

それよりもダニエルと和解してください。

奴は騎士団の出身、国を愛し、王を敬うように教育しました。

私が仲介の労を取りましょう」


そこまで言われ、やむを得ず王は、ダニエルが所業を反省するならという条件付きで団長に一任する。


しかし、騎士団長の退出後、官房長官と密談する。


「ヘンリーは頼りになるが、余の考えに合わない。

やはり親衛隊を強化しなければならん。

そして王が臣下と掛け離れた権威を持つことを目に見えて示す必要がある。

プレザンス、知恵を出せ」


「親衛隊の拡充増員とともに、壮麗な王宮を作り、王の威信を見せつけましょう」


「よかろう。しかし、そのための財源はどうするのか」


「以前に酒等の奢侈品の課税をしましたが、もっと大きく収入を得るため、誰もが必要な塩に税を掛けましょう。

また、陛下の宮殿は全ての諸侯が協力すべきこと。所領からの収入の1割を拠出させるか、工事を割り当てればいかがでしょうか。


陛下に謀反した前宰相やメイ侯爵、エーザンもいなくなり、セプテンバー辺境伯もおとなしくなった今こそ、これを踏み絵に忠誠を測りましょう」


プレザンスの意見に王は諸手を挙げて賛同する。

「それは名案。塩ならば確実に消費するし、酒のように密造もできない。

諸侯に工事させれば奴らの力は削ぎ、余の宮殿を懐を傷めずに作ることができる。よしすぐに実行せよ」


そこへ、アルバート親王の逃亡先が判明する。

「東の隣国、キャンサーだと!

アルバートは確かあちらの王族と縁が繋がっていたな。


ちょうどよい。キャンサーは金山が出ていたと聞く。

まずはオクトーバー伯爵に出兵させよう。

奴も叩いておくべき大諸侯の一人。

強欲な男であり、恩賞は切り取り次第と言えば兵を出すだろう」


「勝ってしまったらどうされますか」

プレザンス官房長官の問いかけに、王は笑って返答する。


「キャンサーを治めるのはフジワラ一族だが、将軍は稀代の名将ゲンギケイだ。一方、オクトーバーもなかなかの男。互いに消耗したところで騎士団に向かわせる。上手くすれば、外敵と大諸侯が一気に片が付く。」


王が次なる手を打とうとしていた頃、ダニエルは騎士団長に呼び出されていた。


「団長、軍神も逃げ出す見事な戦勝とお聞きしました。

流石です」

ダニエルの挨拶に団長も機嫌よく返す。


「ダニエルも大敵相手によくやった。

エーザンに籠もられれば騎士団でも手が出しにくい。

よく間道を見つけ、奇襲したな。

もう一人前の武将だ」


小さい頃から仕えていた団長に褒められるのは、ダニエルにとって何よりも嬉しいことだった。


「ところで、王陛下に逆らっていると聞いたぞ。

君君足らざるとも臣臣たるべしという教えを忘れたか!

陛下にも落ち度はあろうが、臣下としての義務を果たせ」


尊敬する団長の叱責だが、ダニエルにも言い分がある。

「しかし、働かせるだけ働かし、恩賞もろくにないでは部下に与えるものがありません。陛下は諸侯の立場に理解が無さすぎます」


ゴチッ!

ダニエルの頭に団長の大きな拳骨が突き刺さる。


「議をゆな!」

騎士団伝統の、下を黙らせる一喝。

これを言われるともう議論は終わりということだ。


(オレはもう騎士団員ではないんだが・・)

そうは思っても、子供の頃からの習性は直らない。

「はいっ」と直立不動になる。


「まあいい。ダニエル、飲みに行くぞ」

団長は納得できない顔のダニエルを見て、飲み屋に連れて行く。


この国有数の権力者が行くとは思えない汚い居酒屋だ。

『ケリーの店』と看板があり、色っぽい年増の女と少女がカウンターに立っている。


「ヘンリーさん、久しぶり」

「今日はコイツととことん飲むから奥に行くよ」


奥の小部屋にテーブルと椅子、エールの樽、つまみの干し肉が山とある。

ダニエルは、騎士団長の噂を思い出した。

『団長行きつけの店は、戦死した部下の妻と娘がやっているところらしい』


「団長、この店は?」


「俺が作戦を初めて指揮した時、大失敗してもう死ぬと思った。その時、部下が俺を守るために殿で戦ってくれて、そのまま帰ってこなかった。

その部下の家族が店をやりたいというので、金を出した。

戦争から帰ると、ここで飲んで、戦で死んだ部下を振り返ることにしている」


「団長でも失敗があったのですね」

無敵、不敗の男と言われる騎士団長もそんな事があったとは、ダニエルには驚きであった。


「当たり前だ。上っ面は取り繕っているが、迷いと後悔だらけだ。

ところでダニエル、お前もそういうことがあるんじゃないか。

今回の陛下とのやり取り、いつものお前ならもっと上手くはぐらかしていただろう。

なぜ、あんな諸侯諸卿を集めて、陛下のメンツを潰すようなことをした?」


団長の問いかけにダニエルは考える。

「団長、オレは突然、諸侯だ、司令官だと云われましたが、それまでは騎士団の小隊長で十数人が部下でした。

そして、手柄を立て百人隊長になって集落の一つでも所領に貰い、かわいい妻と子供と暮らしていこうと思ってました。


それが、今や数千人を指揮し、所領では何万人が領民です。

オレが間違えたらコイツラはどうなるか。

どうすれば正しいのかと悩んでも誰にも聞けない。 


みんな、オレを信頼しきった目で見て、何とかしてくれると思っているのです。

オレはそんな器じゃない、他を頼ってくれと言いたくなります。

オレの小さな背中には大きすぎる荷物なんです。


戦のあとは特にそうだ。

勝っても死んだ奴や傷ついた部下はいっぱいいる。


すまないと思い、せめて団長の真似をして、死にそうな奴らの手を握って歩く。オレに恨み言を言ってくれたらと思うが、奴らは俺の手を握りしめ、ダニエル様のお役に立てましたかと言い、笑って息絶えてゆくんだ!」


ダニエルは涙を溢しながら、エールをグイッと飲む。

「それでも仲間の力と運のお陰で何とかやってきました。

ようやく王都に帰ってきて、命じた陛下は誉めてくれるかと思ったら、冷たい目で警戒され、仲間に報いる恩賞も与えない。

少しはやり返してやらないと、やってられないですよ!」


ダニエルの心からの叫びを聞いた団長は、何も言わずにダニエルの盃にエールをなみなみと注ぎ、ダニエルの肩を抱いて言う。


「ダニエル、よく聞け!

兵は戦場で命を賭けて戦う。

自分は無駄死にではない、意味あるものの為に、偉大な人の為に戦ったという思いを兵に持たせてやるのが、大将の務めだ。


死んでいく奴らには、お前のおかげで勝てたぞと笑って見送ってやれ。

どんなに辛くとも、嘆きや悲しみを見せずに、オレに任せろ、頼ってこいと言え。

それが、運命に選ばれ、諸侯になったお前の仕事だ!」


「団長、オレには無理です!

後ろに居て、仲間や部下が倒れるのを見るより、自分が先頭に立って倒れた方がマシだ。所詮、小隊長がお似合いなんですよ。

これまで団長の真似をして無理して来ましたが、こんな辛い思いをするのは限界だ!」


バシッ、大きな手で頬を叩かれる。

「俺が好きこのんで、お前達騎士が倒れていくのを見守っていると思っているのか!この手と口を見ろ。」


団長の掌は爪が食い込み血が出た跡だらけ、口の中の歯は削れてボロボロだった。


「誰かが倒れるのを見るたびに手を握りしめ、歯を食いしばり耐えるんだ。

これが団長の仕事だと言い聞かせてな。

甘いことを言うな!


諸侯になるのは自分で決めたことだろう!

お前が死んだら、家族・家臣・領民は喰い物にされ、飢えて泣くのだぞ。

しっかりしろ、ダニエル!」


そこで一息入れて、エールを飲み干し言葉を続ける。


「ダニエル、お前はこれまでよくやってきた!

誰も褒めなくとも俺が褒めてやる。

俺も、お前がいきなり諸侯となり軍を率いて大丈夫かと思った。

だが、見事に勝利したじゃないか。


お前の背中は小さくない。

家族も仲間も領民も乗せられるデカい背中だ。


烏滸がましいが、俺はお前の育ての父だと思っている。

父として、お前を誇りに思うぞ!」


ダニエルは団長に心から褒めてもらえて、嗚咽する。

「ウッウッ、団長!ありがとうございます!」


こんな姿は、幼い頃から面倒を見てもらった団長以外には見せられない。


初めて愚痴を吐き出し、そして一番認めてもらいたかった人に褒められスッキリしたダニエルは、王に詫びを入れ、関係修復に努めることを約束した。


まだここで飲むという団長と別れ、ダニエルはいい気分で飲み屋街を彷徨う。

「ダニエル様!」

鈴を転がすような、綺麗な少女の声が聞こえた。

振り向くと、イングリッドが居て、店の買い物に行く途中だと言う。


「一緒に行こう。夜道は危ない」


「戦争から無事に戻られたのですね。

心配してたのですよ」


ダニエルは、懐から美しいブローチを渡す。

「お土産だ。イングリッドによく似合うと思って買ってきた」


「ありがとうございます。嬉しいですわ」


イングリッドと歩きながら、買い物袋を持ってやり、血腥いところを避け、面白おかしくエーザン攻めの話をする。


イングリッドは聞き上手で、相槌を打ち、笑ったり怖がったり、楽しく話をするうちに、『エールエルフ』に着く。


「ダニエルさん、よく来たねえ。

イングリッドとそう並ぶと若夫婦のようだ。

アンタもいい歳だし、この娘を貰ってやったらどうだ?」

女将が顔を出して軽口を叩く。


「嫌だ。からかわないで下さいな」

イングリッドは顔を赤らめて奥に入ってしまった。


(何もなければ百人隊長に出世して、イングリッドを妻にしていたかもなあ)

ダニエルは思わず夢見るが、店の中から声がかかる。


「ダニエル、早く入って今度のエーザン戦の話をしてくれよ。

ダニエル様と聖騎士団長の一騎打ちは凄かったらしいな」


「ああいう人こそ生まれながらの英雄と言うんだろうな。

迷いなく正しく決断して、戦い勝つ。

ダニエル様に付いていけば間違いないと兵は自慢していたぞ」


ダニエルは、それを聞いてなんとも言えない気分で店に入り、一介の騎士ダニエルとして、いつもの酔客達と話をする。


(たまには貧乏騎士ダニエルに戻らないとオカシクなるよ)

ダニエルにとって、仮面をつけずに素に戻れるこの店は、貴重な心のリフレッシュの場所である。





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