権謀術数世界のプレーヤーとして
ダニエルがマーチ宰相邸に着くと、マーチ宰相と前宰相のグレイが話し込んでいた。
ダニエルは、自分を政治の駒として殺そうとしたグレイを見ると顔を顰める。
そんなダニエルを見て、苦笑しながらマーチ宰相は言う。
「ダニエル、よくやった。一番乗りは大きい。これで王を追い込める。
そんな顔をするな。
グレイとは王との政争で手を組む必要があるが、お前には詫びを入れると言っている」
「ダニエル殿、その節は誠に申し訳なかった。これほどの器とは思いもよらず、見誤っておった。深く謝罪する」
グレイは深々と頭を下げる。
ダニエルはそれに取り合わずに別の話をする。
「王陛下と会ってきましたが、珍しく憔悴していました。
何かあったのですか」
「王都の中に侵入され、王城まで攻められたことに対して、流石に法衣貴族も憤激してな。
王はパフォーマンスの為に自ら近衛を率いて出撃したが、王の失政の結果がこの蜂起であることは明白。
実際、農民団の攻撃で命を落とした貴族もいる。
そこを救出に来たのが我が孫婿たるダニエル、お前だ。情勢は儂等に有利。
王党派貴族からこちらに寝返る者が続出しており、王政府の役人は儂に従うようになった。近衛もお前の軍には逆らえまい。
もはや政権は我々貴族側に移った。
王には暗に退位を勧めてきた」
グレイも言葉を足す。
「儂らはこれまで政敵だったが、このまま王のやりたい放題にしておいては国の存亡にかかわる。
祖国の為、これまでの争いを水に流し手を組むこととした。
ダニエル殿も理解してほしい」
ダニエルは肩をすくめて返事をする。
「王政府に必要以上に口を出すつもりはありません。
しかし、今度の農民戦争で私は南部を切り取りました。
これについては私の裁量に任せてもらいます」
二人の重鎮はそれを聞いて唸る。
「南部をすべて勢力下に置くのか。
余りにも大きすぎる。それほどの大諸侯は例がない」
「ご自分がメイ侯爵をけしかけたことから始まったことです。
私は火の粉を払っただけですが、部下には多大な苦労をかけた。
タダ働きはできない」
グレイの苦渋に満ちた声に、ダニエルは冷たく跳ね返す。
マーチ宰相は断を下す。
「良かろう。
しかし条件がある。
一つは王都の農民団を早急に掃討し、どんな手段を使っても早期に治安を回復してくれ。貴族政権の信用に関わる。
もう一つは南部を我が物とするならヘブラリー家の当主は譲れ。
南部に加えて、西部の権益までも認めるわけにはいかん。
最後に、我ら貴族派の言う事に従うこと。
王党派との武力衝突になれば最前線で戦うことを誓約せよ」
ダニエルは暫く考えて言う。
「相手は誰ですか。騎士団長とは戦いませんよ」
「騎士団は内政には不干渉の不文律がある。
可能性があるのは王が作った親衛隊だが、諸侯もこの度の王の失政には憤激している。孤立を避けたい親衛隊も王には付くまい。
おそらく血を見ることはないが念の為だ」
「わかりました。
騎士団と戦わずに、王の失政を問うという名目もあるのなら、貴族派に立ちましょう」
そして、ダニエルは、マーチ宰相にヘブラリー家の相談を余人を交えずにしたいと要求した。
グレイを下がらせた後、二人は密談する。
「グレイを復権させる必要があるのですか?」
ダニエルは不愉快そうに言う。
自分を小物と見なし陥れようとした敵である。
「王を退位に追い込むなら奴の力を借りねばならん。
ダニエル、政治の世界は昨日の敵は今日の友よ。主導権は儂にある。
余計なことはさせん。
それよりヘブラリー家だが、誰を当主とする?
儂の子か孫を養子にして入れればどうか」
「それではヘブラリーの義父も家臣も収まりますまい。
ジーナとの離縁とノーマとの結婚は認められそうですか?」
虫のいいマーチの言い分にダニエルは苦笑する。
「ジーナがマトモだったらこんな苦労をしないものを。
明らかに婚姻に比べて早すぎる出産であり、内々知れ渡っていたので宮内部もあっさり離縁を認めた。ノーマは儂の養女としたので引き続き縁は保つ。
お前はヘブラリーに未練はなさそうだが、さてヘブラリー前伯爵とノーマがヘブラリー領を手放してくれるか?」
「南部の所領が広がりすぎました。
そちらの統治に集中しなければなりません。
ヘブラリー家はリューに任せ、攻守同盟と経済的支援で縁を持てばいいでしょう。前伯爵やノーマにどう言うかは、宰相からの命とさせてください」
「リュー・ルートン・ヘブラリーか。
挨拶に来よったわ。宗家との仲は疎遠と聞くが大丈夫か?」
「私がバックアップしますよ」
自信ありげに言うダニエルをマーチ宰相はジロリと見る。
「すっかり一人前の諸侯だな。リューは傀儡か。
まあいい。儂も奴の支援をしてやる」
ダニエルが去ると、グレイが入ってきた。
「あの小僧だったダニエルが我らの武力面の支えになるとはな。
運にも恵まれたが、今や国内最大の諸侯だ。
お前も
王の失脚後には奴の勢力を削がねばならん。
ワシを復権させたのはダニエルへの牽制に使うつもりもあるだろう」
「気が早い。お前は恨まれているからな。
しかし、それは奴を十分使ってからだ。
そもそも我ら法衣貴族は、中央が力を持ってこそ存在意義がある。
王とともに着実に中央集権を進めていくはずが、あの馬鹿王が王の独裁体制などを夢見たためにぐちゃぐちゃだ!
ダニエルに関しては、ヘブラリーのリュー、メイ家を継ぐオカダ、そして南部の同盟者アレンビー、こいつらを引き離せば並の大諸侯になる。
ダニエルは一枚岩と思っているだろうが、みな野心はある。
このあたりは我々政治家の手練手管を見せてやろう」
彼らは腹黒い笑みを浮かべる。
ダニエルはその後ジューン屋敷に入り、そこを本拠地として治安活動を開始する。
リュー、バース、カケフ、オカダをヘッドとして4隊を編成、王都とその周辺から農民団を掃討する。
強硬策の一方で、友人の僧フランシスを通じてガニメデ宗の法主と面会し、助命を条件として宗徒への帰順を勧める呼びかけを求める。
法主は、蜂起した過激派に手を焼いており、渡りに船とばかりにダニエル軍への降伏を勧める文をしたためる。
それに応じた投降者はターナーに預けて、戦で荒廃した農地の開墾に当たらせる。
戦乱の場所は広く、難民は多い。今年の作付けは相当に減少するであろう。
ダニエルは、自分の新たな所領のための労働力を確保するとともに、狂信者を選別してヘブラリー領の隣、エイプリル侯爵領に送り込むようヒデヨシに指示する。
王都や傭兵にヘブラリーの主力がいる今、野心家エイプリル侯爵が動き出せないよう、彼の領地で戦の火種を絶やさないことが必要だ。
神の国と宣う奴らに恐怖を植え付けた後、食糧と武器を渡し、エイプリル領に密かに送る。
エイプリル侯爵は、叩いても叩いても出てくる農民兵を不思議に思っているだろう。
さて、ダニエルも掃討戦に出る予定だったが、屋敷に夥しい数の陳情者がやって来て外に出る暇もない。
マーチ宰相は、王を蟄居させ、塩税を始めとする王の施策をすべて撤回し、貴族や国民に詫びるメッセージを王名で発出、同時に人事も王の派閥を徹底的に干しあげる。
腹心のプレゼンス官房長官は馘首、その勢力下の内務部などは幹部を総入れ替えにした。
あまりの処遇に反発する者にはダニエル軍の存在が脅しとなる。
むしろ、マーチ宰相の背後を支えているのはダニエル卿かと理解した者は、ダニエルに頼みに来た。
「朝から晩まで今まで会ったことのない奴らが頼みにやって来る。それも何故か王党派が多い。何とかしてくれ」
ダニエルはアランの家に逃げ込み、愚痴を言った。
「まぁそうでしょうね。
今王都の最大の武力の持ち主ですから。
王党派は身分に囚われずに王が抜擢しましたが、生まれによる秩序に戻る中、義兄さんなら話を聞いてくれると思っているのです。
僕のところにも義兄さんを紹介してくれとどれだけ言ってきているか」
苦笑しながらアランは続ける。
「それで相談のあった
姉を弁護すれば、チャールズが生まれたところで、ノーマさんという正妻が来ることがわかり、自分と子供がどうなるかと不安なんですよ。
それに学問と政治ばかり学んで、愛情を表すのが苦手なんです」
「許すも何もない。
レイチェルとオレは一心同体の夫婦だ。今更離縁や冷遇するなどあるわけがない。
俺も女性にどう接すれば機嫌を取れるのかよくわからん。
言うまでも無いと思っていたが、きちんと話さなきゃならんな」
「是非そうしてください。
話は変わりますが、王党派とも会わずに、王政府との関わりを避けているようですが大丈夫ですか?
宰相にしても高位貴族にしても義兄さんを利用しているだけと思いますが」
あの腹の黒い爺さんたちを思うと、アランの言葉は一理あるとダニエルは考える。
「王政府からいきなり不利な命令が来ても困る。
どうすべきか?」
「実は、王党派でしたが、義兄さんに売り込みを図っている中で役に立ちそうなのがいます。
連れてきてもいいですか」
「義弟の紹介なら聞くまでもない」
二人の男が入ってくる。
「ヒロ・オーエとオーグ・タヌマです。
能力は保証しますが、権力欲と金銭欲が難ですね」
アランの紹介に続き、自己紹介する。
「オーエと申します。権力闘争への嗅覚と政策立案に長けております。
王による能力重視は良かったですが、結局はお気に入りへの依怙贔屓になってしまいました。
しかし、だからといって生まれによる高位貴族支配に戻すのでは、能力ある者は埋もれるのみ。
新興のダニエル様の下に我が身を投じる所存です」
「タヌマでございます。
新規施策の打ち出しや官界遊泳術はお任せを。
金を幾ら贈るかで、その人の能力と誠意が計れます。
金は貰うのも好きですが、有効に使うのも大好きでございます。
ダニエル様のお役に立てると思います」
歯に衣着せぬ言葉はダニエルの気性にあった。
「面白い!
役に立つならお前達を引き立ててやっても良い。
しかし、王党派から引き立てれば、宰相達にケンカを売るのと同じ。
お前たちもオレも引き返せないぞ」
二人は頷き、「その覚悟はできています。
ダニエルファミリーへの入会をお願いします」と言う。
「ダニエルファミリーとは何だ?」
怪訝な顔のダニエルにオーエが説明する。
「ダニエル様の勢力は、その領地に留まらず、王政府から商人、宗教家、異教徒、賤民まで及びます。それらの多様な人々を保護し、代わりに彼らに奉公を求めるというシステムをダニエルファミリーと名付けました」
「そのマフィアのような名前は止めてくれ。
オレは、自分のできる範囲で頼ってくる者を助け、そして周りの者と協力してかかってくる火の粉を払っているだけだ。
そんな利権構造の親玉ではない」
ダニエルは不興げに言う。
「まあいい。
お前達は王政府に発言権を持てる立場につけてやる。
何かする時は、うちに居るターナーという似た奴とよく連絡調整しろ。
コイツの口癖は金は数、数は力と言っている。
お前達と気が合うだろう。工作資金が必要ならターナーに言え。
王党派から引き立てる奴らも能力を見て選別しろ。
この怪しげな奴らを統率するのはアラン、お前だ。
お前を財務大臣に就けるよう掛け合ってくる」
「義兄さん、それは勘弁を。
ようやく財務官に慣れたところです。
財務官の上が局長、その上が大臣です。
私が大臣など前例にない横紙破りもいいところです!」
「アラン、男でしょう!
ダニエル義兄様が大諸侯なのに、義弟が財務官ではお義兄様のメンツにも関わるわ。
アレンビーの兄も所領を増やしたし、私も実家にいい顔もしたい。
もう子供も産まれるのよ。
腹を決めて、財務大臣とダニエル派の王都の取りまとめをやりましょう」
隣でやり取りを聞いていたエリーゼが
(心安らぐ景色だな)
ダニエルは尻に敷かれる同志アランに連帯感を覚える。
ダニエルは人事の要望をマーチ宰相に伝える。
(王政府に関心がないと言いながら、早速口を挟むとは。
それも王党派から若手で身分が低いもののやり手を選んでいる。
儂の保護を抜け、自派閥を立ち上げる気が!)
マーチ宰相はリューを呼んだ。
「単刀直入に言う。
リュー、お前をヘブラリー家の当主に認めてやってもいい。
その代わり、儂の孫娘を正妻とせよ。
そうすれば中央から権威付けと支援をしてやる」
「私には既に妻がおります。
当主の座は、ダニエル殿が譲ってもらい、支援いただきます」
リューは驚きながらも反論する。
「ダニエルの言葉など口約束。
アイツだけの支援では奴が失脚したり、心変わりしたらどうなる?
離縁しろとは言わん。
前のヘブラリー伯爵も地元に側室を置いて、王都から正妻を得た。
それだけで宰相の支援が得られるのだぞ」
考え込むリューに更に言う。
「即答とは言わん。
しかし、お前にはダニエルのような実績がない。
そのお前が当主になるなら縁戚での後援が必要と思うぞ。
そして、この話はダニエルにするな。
お前がダニエル以外に頼るといえば奴は不快となるだろう。
よく考えてみよ」
項垂れて考えるリューを見送りながら、マーチ宰相はアレンビーからの手紙を開く。
『宰相からのお手紙、誠に興味深く拝見しました。
Dに不測の事態あれば、南部守護は私にという話、有難い限り。
宰相と連絡を密にし、ご要望があれば極力応えましょう』
「ダニエルめ、みろ!
お前の盟友など揺さぶればイチコロよ」
そこに執事が来る。
「オカダ卿への誘いですが、聞く耳を持たない男です。
メイ家の旧領返却や南部守護への復帰を匂わせても、ダニエルに言えしか言いません。
最後は、オレはダニエルの言うことしか聞かん、うるさいことを言うなら斬るぞと脅されました」
「利害のわからんバカはどこでも居る。
やむを得ん。放っておけ」
マーチ宰相は苦い顔をするが、それでもダニエル陣営に亀裂を入れていく工作を続ける考えである。
漸次各地の農民戦争も平定され、騎士団や親衛隊も王都に戻ってきた。
ダニエルは真っ先に騎士団長に挨拶に行く。
懐かしい場所に来たはずが、何か雰囲気が違う。
エールやツマミを大量に手土産として持ってきたダニエルやカケフ、オカダに対して古巣の一番隊は暖かく迎えてくれたが、団長のところに向かう途中、他の隊からは冷たい視線で見られる。
「あの昔泣いていた奴らが諸侯だと。
運が良かったのか、敵がよほど弱かったのか」
「あいつらが諸侯ならオレは国でも貰わないとな」
かつて先輩だった古参の騎士からは露骨に嫌味を言われる。
真っ赤になるオカダを制して、ダニエルは応えずに歩む。
団長は副団長を相手に飲んでいた。
「ダニエルにカケフ、オカダか。
今度は大活躍だな。
諸侯様は羨ましがられるが、苦労も多いぞ。
ダニエルなんか騎士団暮らしが懐かしかろう」
よくわかっている団長の言葉にダニエルは涙が出そうになる。
「活躍はいいが、あまり政治にのめり込むな。
王と貴族の争いに首を突っ込むな」
副団長は早速釘を刺すが、団長は
「彼らも諸侯だ。自分の判断がある。
そんな話よりせっかく来たんだ。一番隊も入れて飲むぞ」
と隊員を呼んで飲み始める。
今度の戦での各々の手柄自慢で盛り上がる中、ダニエルは団長に手招きされる。
小部屋に入ると団長はダニエルに頭を下げた。
「ダニエル、すまんが、王陛下はそのまま在位させてくれ。
確かに大きな失政があったが、権力を取り上げ、象徴として王で居させてくれ。
窶れきり退位させれば命を絶ちそうだと王妃様から頼まれている。
俺が兄貴分として、教育係として面倒を見てきたんだ。
王が亡くなれば俺も死なねばならん」
(団長がオレに頭を下げて頼んでいる!)
ダニエルには衝撃的であり、断るなど考えられない。
マーチ宰相と貴族派が退位に向けて着々と準備していることは承知しているが、団長の頼みが最優先である。
「わかりました。私の力を尽くしてなんとかします」
ダニエルはそう誓い、下げ続ける団長の頭を見ると、白髪が混じっていた。
(王の失政に責任を感じ、後始末によほど苦労されたのだろう)
ダニエルはその後マーチ宰相に迫り、武力もちらつかせて、無理矢理王の退位を止めさせた。
ダニエルの支持が無ければ、騎士団、親衛隊とも貴族派と疎遠な中、武力の後ろ盾のないマーチ宰相はやむを得ず、王の在位を認める。
しかし、その憤りは激しく、ダニエルへの不信感を大きくし、独自の武力を得るべく他の諸侯や親衛隊に近づくことを考える。
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