王都救援とダニエルの述懐

レイチェルと愛息リチャードに別れを告げ、ダニエルは王都に出撃する。

レイチェルとは結局上手く仲直りできず、モヤモヤした思いが残るが、女性との接触機会が少なかったダニエルにはどうずればいいのかわからない。


(レイチェルがしっかりと統治・補給してくれるから安心して戦争に専念できることは感謝しているのだが、ああいうゴネかたをされてもなあ。

オレが新しい妻を求めている訳ではなく、引き続きレイチェルは大事にするつもりなんだが。

あの賢いレイチェルでもああだから、女は面倒くさい)


ダニエルとしては、最大限レイチェルを妻として遇していて、疚しいところはないが、感情的に怒られてはどうしょうもない。

子供も生まれ大変なのに夫の自分は不在ばかりで気が立っているのかとも思う。

時間をおいてほとぼりを冷まし、王都に着けばアランに仲介を頼むことにする。


気持ちを切り替え、王都に急ぐ。リバーからの密使では、王都に一番乗りで救援に入った者の功績が大きくなりそうだという。

カケフやオカダが道中を掃討しているため、進軍はスムーズである。


道半ばでヒデヨシとネルソンが合流する。

「ダニエル様、命を果たすためとは言え、農民どもを騙し討ちをし、ダニエル様の名を汚してしもうた」

ヒデヨシの半泣きの面と、何が悪いと言わんばかりのネルソンは対照的だ。


「お前達、よくやった。大手柄だ。

やむを得なかったとは言え、少数の兵で全滅させろといったオレの命令に無理があったのだ。

騙し討ちにしたのはオレの指示を守るため。

気にするな」


ダニエルは彼らを称え、ヒデヨシを慰める。


王都に近づくとカケフが迎えに来た。

「ダニエル、すまん。読み間違えたようだ。

こちらの損害なくして撤退させようと補給線を徹底的に叩いていたら、逆に食糧が尽きる前に王都の攻略をしなければと、焦らせてしまった。

奴らは甚大な損害を省みず、王都を突破しつつあるようだ。

急ごう!」


急行して王都城門に向かうと、オカダの他、アカマツ、ササキといった同盟諸侯が顔を揃えている。

(こいつらを動かすには利を与えるしかない)


「農民団が荒れ狂ったせいでかなりの領地が空白となった。

ここで功績を上げれば恩賞は多かろう。

我はと思わん者はついて来られよ」


ダニエルは配下を率いて突撃する。

赤備えで真っ赤な軍を見て、農民兵はパニックとなる。


「南部で同胞を皆殺しにしたダニエル達が来たぞ!

女子供まで根切りにした悪魔だ!」


腰が引けた、城門の周辺にいる農民兵を蹴散らし城内に入ると、あちこちで乱戦となっていた。


「ダニエルさぁ、ノーマさぁが心配でごわす。

ヘブラリー屋敷へ急いでくだされ」

リューが心配顔で促す。


「何を心配している?

ノーマが屋敷で震えているとは思えんが」


「そうではなか。

敵を見て、突撃しようとするのを止められるかを心配しているが。

早う止めんと、多数の敵の中で討ち死にするかもしれん」


普通の貴族令嬢では考えられないが、ノーマならありえる。

ダニエルは部隊をジューン屋敷の保護とヘブラリー屋敷に行く兵に分けて、展開を急がせるが、その前に言い渡す。


「王都の中は市街地だ。奴らが頼みとする数で押すのは通じない。

少数になればこちらが武力で負けることはない。

油断せずに少数にして討ち取っていけ!」


ヘブラリー屋敷の側に行くと、「チェスト!」の女の声とともに、50人ほどの兵が広場に集まる多数の農民兵に突撃するのを見る。


猛烈な勢いで農民兵を駆逐していくが、多勢に無勢、まもなく包み込まれて壊滅するだろう。


(バラして戦えばいいものを、なぜ多数が固まっているところに突っ込む?

放っておこうかな。そうすれば戦死してオレも厄介事を背負わずに済む)


ダニエルは一瞬そう思うが、自分を慕ってくれる者を見殺しにするのは心情に合わない。考えるより前に声が出た。


「ヘブラリー兵ども、お前達の姫君を救出に行くか!」

「オー!」

ダニエルの声に兵が大声で応える。


ノーマはヘブラリーの戦女神として兵から人気が高い。

リューの指揮でヘブラリー兵が揃って農民兵を後ろから斬りつけると、農民団は思わぬ援軍に早々に崩れ出す。


ダニエルは指揮をリューに任せて、ノーマを取り囲もうとする農民兵を立て続けに突き殺す。


「どこの誰じゃ!

アタイが、結婚祝いに首をば刈ってダニエルさぁに自慢するのを邪魔するな!」

ノーマの怒声が響く。


「それはすまない。

ノーマが心配で駆けつけてきたのだが、邪魔だったか」


ダニエルの顔を見たノーマは一転して顔を綻ばす。

「ダニエルさぁ、来てくれたとか。嬉しかよ。

では夫婦初の共同作業で、こやつらを殲滅するがよ」


「いや救援に来たのでもう大丈夫だ。

屋敷に下がってもらいたい」


そう言っても引き下がらないノーマに対して、ダニエルはやむを得ず歩調を合わせて、指揮官らしき男まで敵兵を露払いをして近づき、ノーマに敵将を討取らせる。


「こやつは身分が高そうじゃ。

これでダニエルさぁの嫁になるのに少しは顔が立つ」


(いや、誰もそんなことは求めていないのだが)

ダニエルは心の声を圧し殺して、一縷の望みを託してノーマに聞く。


「王都にはオレよりいい男も、武芸に優れた男もいたと思うが、気に入った男がいればそいつを婿にしてもいいんだぞ。

オレが口添えしてやる」


それを聞いたノーマはキッとダニエルを睨みつけた。


「アタイはそんな尻軽じゃなか!

だいだいダニエルさぁよりもよか男などいなかったが。

王都には噂の騎士団もおらんし、骨のある男が見つからん。

ヘブラリーに帰って、早く夫婦になりたか」


(すまんレイチェル。やっぱりダメみたいだ)

ダニエルは心中レイチェルに詫びると、更にダニエルと共に討伐を続けるというノーマを説得して屋敷に連れ帰り、警護を厳重にさせる。


集結地としたジューン屋敷に行くと、部隊が戻ってくる。

検非違使長リバーや賤民頭サムスンからの情報では農民兵は王城に主力を差し向けているが、統率が行き届かず、各所で破壊、略奪、暴行が起きているという。


情報分析の中、オカダが戻ってきた。

「ジャニアリーとメイ屋敷を回ってきた。

オレももうすぐ諸侯様だからな。メイ家の家臣に恩を売っておかなきゃならん」


「オカダがそんな気が回るとは」

ダニエルを始め、諸将から驚きの声が上がる。


「実は婚約者からメイ家のこともきちんと面倒みてきてくださいと言われていてな。やっておかないと怒られる。

ダニエル、お前はもうジャニアリー家の実質当主だろう。

ジャニアリー家のことも気にしろよ」


(ジャニアリー家のことなどすっかり忘れていたわ。

あのオカダが気配りするとは、すっかり尻に敷かれているな。

妻帯者の苦労を少しは思い知ったか)

ダニエルの鬱憤が少しは晴れる。


「カケフ、お前も一段落したら妻帯しろ。

オレが紹介してやる。どんな女がいい?」

独身貴族を撲滅すべくダニエルはカケフに声をかける。


「いや、実は結婚したい相手ができて、話をしようと思っていたんだ」

カケフの言葉に一同が驚く。


更に突っ込もうとしたところで、ネルソンが水を差す。

「結婚話は後にして、そろそろ部隊も集まりました。

どういう作戦で行きますか?」


「そうだな。

リューとオカダ、お前達は諸侯になるんだろう。王城に行って顔を売って来い。応援のアカマツやササキもそっちに加勢しろ。

ヒデヨシとネルソンは、マーチ宰相や高位貴族の保護に行け」


カケフが口を出す。

「俺はグラバー商会などがある商業圏を保護してくる」


「わかった。オレはどうするかな」

考えるダニエルにクリスが囁く。

「イングリッドのことはいいのですか」


「よし!皆、展開しろ。

オレは各所を廻る遊軍となる」


各将を派遣した後、ダニエルはクリスを連れて、平民街を走る。

「無事にいてくれるといいが」


馴染みの店エールエルフが見えてきた。そこでは農民兵が店に入り込み、略奪して飲み食べていた。


「あんた達の相手は王様や貴族様だろう。

こんなとこであたし達貧乏人から盗まずにそっちにお行きよ!」

と女将が叫ぶが、酔った農民兵は気にも留めない。


「王都に入ったのはいいが、赤い悪魔ダニエルがもうやってきたらしい。

俺らはそれを聞いて逃げ出した。

どうせ負けならできるだけ楽しんで、サッサと逃げるのよ。

おい、そこの女、別嬪だな。

ちょっと酌をしろ」


女将の後ろにいたイングリッドを指差し、連れて行こうとする。

「王都はいい女がいるなあ。

ちょっとは楽しめせてもらわないとな。

お前、初めてか。俺がいいことを教えてやろう」


「いやー、助けて!

ダニエルさん!」


泣き叫ぶイングリッドを数人の農民兵が拉致しようとする。

止めようとした女将は突き飛ばされた。


ダニエルはその泣き声を聞き、猛ダッシュで駆けつけ、ものも言わずに農民兵を叩き斬った。


「ダニエルさん、来てくれると思ってました!」

イングリッドに抱きつかれて、ダニエルは機嫌良く言う。

「オレが来たからにはもう大丈夫。怖い目にはあわせない」


クリスは、暫く抱き合っていたダニエルを見ていたが、コホンと咳払いをすると近づき、平騎士の同僚のフリをして言う。


「ダニエル、そろそろ行くぞ。

他にも助けを求めている人がたくさんいる」

と言って、引っ剥がす。


ダニエルは渋々離れて、「また来るからな。これは贈り物だ」と言うと、リオで買った贈り物と金子を渡す。


イングリッドは名残惜しそうにダニエルの手を両手で包み込む。

そして「ダニエルさん、お話したいことがあるので早く来てください」

と頼み込んだ。


頷き、立ち去ろうとしたダニエルを女将がこっそり手招きし、近寄るダニエルに言う。

「あんた、あの娘をどうするつもりだい。

あの器量良しの娘に言い寄る男は多いんだよ。

今までは相手にしてなかったけど、兄さんの友人の騎士というのが熱心にプロポーズしに来ている。気が良さそうないい男だ。

あんたが結婚する気がないのなら、気を持たせるようなことをするんじゃないよ」


ダニエルはそれを聞くと、無言で立ち去った。

少し離れたところで小姓組と合流し、王城に向かうが、ダニエルの顔は晴れない。


「ダニエル様、レイチェル様とノーマ様でも大変な中、これ以上イングリッドさんを側女になどとは考えていないでしょうね」

クリスがこっそりと釘を刺す。


「いや、イングリッドを連れて、外国に行って傭兵でもやれば楽しいだろうと思っていた。

お前も着いてきてくれれば、二人で商人の警護でもやれば食っていけるだろう。

気のしれた仲間と愛する妻が居てくれればオレは満足だが、どうだ?」


「南部一円を平定し、西部や王都にも勢力を伸ばす大諸侯ダニエルが突然失踪ですか。

王陛下や大貴族は大喜びでしょうなあ。


お気持ちは分かりますが、外では言わないように。

貴方様ももう家庭では一児の父、外では家臣や領民が頼りにする大諸侯なのですから。

ダニエル様が居なくなれば、レイチェル様とリチャード様を始め、結婚を控えるオカダ・カケフ・バース様、庶民賤民から成り上がったヒデヨシやターナー殿、自由を求めてジューンに来た多数の民衆はどうなりますか。


ちなみに、私も妻イザベラから懐妊したとの知らせをもらい、ダニエル様の放浪の旅にはお付き合い出来かねます」


ダニエルの心中を一番知るが故のクリスの辛辣な言葉に、ダニエルは笑うしかない。


「わかっている。相手がお前だから言っただけだ。

しかし、ヘブラリーへの婿入り話の前にイングリッドと知り合っていれなあ。今頃騎士団に勤めて、帰りにオカダやカケフと一杯やり、家に帰れば可愛い妻子が迎えてくれたのだろうな。

諸侯になりたいとも思ったが、今のオレがしたいのはそんな生活だ」


遠い目をするダニエルに対してクリスは思う。

(ダニエル様、申し訳ないですが、いずれにしてもその未来はありませんでした。

何故なら伯爵様からダニエルの結婚相手はどうなるかわからないので、相手を決めさせるなと仰せつかり、ダニエル様に言い寄る相手は追い払ってましたので)


ダニエルが女性に慣れない一因は自分にもあるとクリスは負い目に感じている。


「ダニエル様、それより王城の救援に集中しないといけません。

勝ちは決まっていますが、勝ち方が問題です」


さっきの農民団の逃亡兵の話では、ダニエル軍の到着で士気は相当下がっているようだ。


王城の城門付近では既に農民兵の死体が散乱していた。

リューとオカダは奮闘しているようだ。


ダニエルはその後を追い、小姓達には農民兵の追討を命じ、自分は王宮に行き、王に対面を願う。


「ダニエル、よく来たな。

各地に使者を出していたがお前が一番乗りとはな」


王は悔しそうな、なんとも言えない顔つきでダニエルを迎えた。

自ら戦ったらしくその姿は血に濡れている。

危難を救われたところはありがたいが、反王派と見なされるダニエルの発言力が強まることで政治的に窮地に追い込まれることに苛立っているようだ。


「陛下もご健勝なようで何よりです。

自らの政策で自国の民を斬った感想は如何ですか」

ダニエルのキツイ物言いに、王の隣に座る王妃が怒る。


「無礼な!ダニエル、陛下にその言い方は何ですか!」


「私も数万もの民を殺戮しましたので、その原因を作られた陛下にどんなお気持ちかをお聞きしたいと思いまして」


女子供までも根切りにし、妻とはケンカになり、愛する女性との別れを決めたダニエルに怖れるものはない。


しかし、王夫妻はそれを武力を背景とした恫喝と受け取った。


「確かに余にも失政はあったが、重臣の補佐の怠りもある。

余は退位なぞしないぞ!

ダニエル、お前には望むままの領地や官位をやろう。

余の味方となれ」


(この王は相変わらずだな。自分のことだけだ。

宰相達に失政を咎められ、退位を迫られているのか)

ダニエルは冷ややかな目で見る。


「そもそも、なぜ誰も余の理想を理解しない。

王による集権と能力ある者による優れた政の実現。

ダニエル、それを実行しているお前ならわかるだろう」


縋るような王の言葉もダニエルには響かない。

「陛下、私が求めるものは自らで勝ち取ったもののみ。

今度は取り上げられませんぞ」


立ち去ろうとするダニエルに王妃が怒りの声を上げる。

「ダニエル、戦勝を重ねて南部を切り取り、王都には一番乗りの殊勲。

さぞかし我が世の春と笑いが止まらないことでしょう。

しかし、今にご覧なさい。

王を蔑ろにしたものには天罰が下るわ!」


そして項垂れる王に向かい、その背を撫でて優しく言う。

「陛下、まもなく忠誠心の厚い騎士団や親衛隊が参ります。

さすればダニエルなぞもはや不要。この高慢な男を追い出してやりましょう」


(こうも支えてくれる王妃がいることは王にとって幸せなことだろうな)

自分が間違えたら容赦なく叱責しそうなレイチェルと思い比べながらダニエルは王宮を去り、乱後の処理のためにマーチ宰相のところに向かう。


あちこちで剣戟の音がするが、もはや掃討戦。

ダニエル配下は手柄首を求めて走り回っている。


(無用な殺戮はもうやりたくない。

オレへの畏怖も十分に効果があった。

ターナーに命じて、降伏兵と家族は助けさせよう)


ダニエルの思考はすでに戦乱後のあり方に向かっていた。

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