王の下での競い合い
ダニエルは、店に上がってくれと執拗に迫るシンシアを、また今度と振り切り、「俺たちをこんな目に合わせてタダですむと思うな。親王様に言って殺してやる。」と怒鳴るダック達を縛り上げて、王宮に向かう。
「ダニエル様、どちらに参られますか?」
と聞くヒヨシに、答える。
「こういうトラブルになりそうなことは上から対処するものだ。」
王に面会を申し込むと、暫くして通される。
待合室でその前から待っている高官たちが、先に通されるダニエルを恨めしげに見ていて、居心地が悪い。
「ダニエル、どうした?お前から来るとは珍しい。何用だ?」
「はっ。実は王都で乱暴狼藉を働く者を捕縛しましたが、親衛隊を名乗っており、トラブルになる前に報告に参りました。」
ダニエルの発言に王はニヤリとする。
「親衛隊の者が王都で暴れていると言うか。
誰か、アルバートとプレザンスを呼んで来い。」
「お呼びでございますか?」
現れたアルバート親王とプレザンス官房長官を、王は叱責する。
「貴様達に王都の安全を任せていたはず。それを親衛隊を名乗る者が乱暴し、市民を脅かしているそうだな。
アルバート、親衛隊の紀律はどうなっている?ゴロツキを雇っているのか!
プレザンス、衛士どもは何をやっている?王都の治安の責任は法務部だ。
補助のために配置した親衛隊を抑えられないのか?
お前達の代わりに、ダニエルがその狼藉者を取り押さえてくれたぞ。」
親王達が見ると、親衛隊頭取に就けたダックが縛られて転がされている。
王宮にも供をしてきたことがあり、知らぬ顔もできない。
「「申し訳ございません!!」」
「ダニエルに礼はどうした。」
「ダニエル卿、部下の不始末でお手間をお掛けいたした。」
口調こそ丁寧だが、両人とも憎々しげに睨みつけてくる。
よくも粗を探し、王に言いつけたなという気持ちがよくわかる目つきだ。
(オレは親衛隊や親王と揉めたときに、王に事情を知っておいて貰おうとしただけなんだが、何故こんなに大々的に取り上げて対立させるのか?)
ダニエルは、王の真意を探りかねて、困惑する。
「わかったらもう良い。
ただし、今後は、ダニエルに王都の警察権に加えて監察権を与える。
衛士や親衛隊がちゃんと働かなければ、ダニエルに摘発してもらうぞ。」
「はっ。誓って、もうこのようなことは起こしません。」
そう誓う二人は退出の際、敵意を露わにしてダニエルを睨みつける。
このご機嫌取りの若僧がと言わんばかりである。
(仕事も敵もこれ以上増やすのはもう勘弁してくれ。
王のところに来ずに直接親王たちに話せばよかったか?)
ダニエルは対処を間違えたかと後悔するが、アルバート親王が友好的とも思えず、やむを得なかったかと言い聞かせる。
王は二人の退出後、ダニエルに話しかける。
「ダニエル、王都の商業地区の面倒を見てくれ。
お前もわかっている通り、もはや貨幣の時代だ。
王国では王都に人と金が流入してきている。特に繁栄しているのが王都の商業地区であり、そこからいかに金を引っ張ってくるかに知恵を絞っている。
衛士も貴族の住宅街を重点的に警備するなど、何が大事なのかわかっておらん。
これからの金蔓を馬鹿な奴らに荒らさせるな。
それと、そろそろ兵の準備は良いな。
坊主どもに仕掛けるぞ。戦の支度をしておけ。」
「陛下、戦を仕掛けるなら、騎士団の戦の帰趨が判明してからの方が良いのではありませんか?」
王は苦笑いする。
「わかっておらんな。
騎士団が勝ったことが分かれば、奴らは我慢するだろう。
騎士団が負けるかもしれないと思うから、蜂起に立ち上がるのよ。」
「して、どのような方法で立ち上がらせるのですか?」
「それは余に任せておけ。
お前は鋭利な剣であれば良い。余の命じるものを両断するのが仕事だ。
それとな、マーチ宰相が元気がないようなので、元気付けに宰相の屋敷に寄ってやれ。そして、王を補佐する宰相の務めを果たすことを期待していると伝えてくれ。」
ダニエルは、何故これまで権力を取り上げ、無力化していた宰相を激励しろと言うのか疑問に思ったが、そのまま退出し、宰相に会いに行く。
ダニエルの退出後、王は王妃と話をする。
「陛下、ダニエルへの敵意をあんなに煽って良かったのですか?」
「良いのだ。複数の者が重複する権限をもち、争えば、必然的に余に裁定を求めに来る。それが王の権力を増す。
さすがはダニエル。知ってか知らずか余の意図どおりに動いてくれるわ。
特にプレザンスは官房長官になって、余への取次を握り、権力を集めようという動きが見られるので、釘を刺そうと思っていた。
宰相の代わりに官房長官が権力を持ってもいかん。
マーチにも少し働いてもらい、奴らを競わせよう。」
ダニエルが訪ねると、マーチ侯爵の屋敷は宰相の自宅とは思えないほど閑散とし、マーチ侯爵は酒を飲んでいた。
「宰相閣下、どうされましたか?」
ダニエルは驚いて尋ねる。
「どうもこうも、皆物事は陛下に決められ、陛下へのパイプはプレザンスが握っておる。飾りの宰相など誰も寄って来ない。儂のなりたかった宰相はこんなものではないわ!
お前こそどうした。こんなお飾り宰相に何の用だ?」
「陛下が、宰相を元気づけてやれと言われ、参りました。」
「陛下が、お前にそんなことを言ったのか?」
マーチ侯爵の目に鋭さが戻る。
「何があったか言ってみろ。」
ダニエルの話を聞き、マーチ侯爵は考え込む。
「なるほど。陛下も考えたな。
屈服すれば儂を使ってやるということか。」
「どういうことですか?」
宮廷政治に慣れないダニエルにはわからない。
「これまで王と宰相は対等な協力関係にあったのよ。王は第一人者として国を率いるが、あくまで宰相が代表する貴族の協力のもとにその権力はある。
それを今の陛下は、王を絶対の上座に据え、その下ですべての臣下を競わせようとしている。儂を一度干しておいて、権力が欲しければ、宰相はもはや王に物を言うのでなく、臣下の一人として王への寵を競えとのことだ。」
「ではどうされますか。陛下への協力はされませんか?」
ダニエルの問にマーチ侯爵は答える。
「ダニエル、教えてやろう。政治は流れだ。今の王は時流を負っている。これに逆らえば転覆する。
しかし、流れは変わる。その潮の流れを読み、そこで勝負をかけるのだ。
今は忍の時だ。王の前で膝を折り、王の思い通りにプレザンスと競おう。
お前の派閥である宮内や財務を連れてこい。奴らの後ろ盾になり、法務や内務を率いるプレザンスと争ってやる。
それこそが王の望んでいることよ。」
覇気のなかったマーチ侯爵が、往年の宰相を狙っていた頃のぎらつきが戻っている。権力闘争の渦中に戻れることがよほど嬉しいようだった。
相手を敵か味方かで考えていたダニエルには、こういう政治家の駆け引きは今ひとつわかりにくい。
「では、侯爵は陛下のために勤められるということですか?」
それを聞いたマーチ侯爵は呆れたように頭を振って言う。
「寝言は寝てから言え。
向こうだって忠勤など期待しておらん。
政治の世界は利害が全て。何か有れば自己の利害に基づき動く。
王は強硬かつ早急に権力集中を図っているが、反発は大きいぞ。
これまでは家格と年功、それに能力を加味して、貴族社会の秩序を保ってきた。
それをいきなり、王に認められるかがすべての基準になり、王に認められるために競争させられるのだ。
お前のように成り上がれた者はいい。その背後には多くの格下げされ、当然の権利と思うものを得るために、競争を強いられている。
王政府のトップである宰相まで競争させられるのだ。
今の王政府にどれだけ不満が溜まっているのかをよく考えておけ。
儂は、王のために働きながら、その反動が爆発した時に備えておく。
ダニエル、貴様も領主となり、王と心中する気はなかろう。
いざという時は配下の兵をもって儂の為に動け。ヘブラリー兵も動員しろ。ジーナのことなど気にするな。使えるものは使うのだ!」
アンタがそれを言うかと思いながらも、ダニエルは以前マーチ侯爵に政治講義を受けたことを思い出す。
「今日は、第二回目の講義ですね。」
ダニエルの皮肉に侯爵は答える。
「思ったより優秀な生徒だったな。こんなに急成長するとは思わなかったぞ。
ところで、ダニエル、お前の跡継ぎだが、儂は長男にこだわる必要はない、当主≪ダニエル≫が認めた子供にすべきとと思っている。
なんなら、儂の親族で適当な女子を見繕ってやるから子作りに励むか。」
(最近、こんな話が多いな。)と思いながら、ダニエルは答える。
「必要があればお願いします。
私も陛下から宰相の人選を尋ねられたら、引き続き侯爵を推しますよ。」
暗に、裏切ればお前の地位はジーナの子供と差し替えられるのだぞというマーチ侯爵の脅しに対し、ダニエルは、こちらは王に宰相の交代を進言できると言い返す。
にやりとしながらマーチ侯爵は手を差し出し、
「儂に脅し返せるほど成長するとは、もう一人前の貴族だな。」と言う。
ダニエルは侯爵と握手を交わし、「先の見えない中、親族の助け合いは必要です。頼りにしていますよ、お義祖父さん≪おじいさん≫」と言って別れる。
ダニエルが去ると、侯爵は直ちに陰に控えていた執事を呼ぶ。
「王に面会の申し込みをしろ。手土産に反王派の出来の悪い陰謀の情報でも持っていくか。
王が権力の一部を分けてくれるというならいくらでも尻尾ぐらい振ってやる。その代わり、あとで儂に権力を与えたことを後悔させてやる。
それと、押し込められてる前宰相のグレイと内々に連絡をとるとともに、王の擁立時に修道院に押し込められていたクローリー親王の行方を探っておけ。
最近の王国は何があるかわからん。たくさん糸を張っておかないとな。」
犬猿の仲だった前宰相と手を握るのかと驚く執事だったが、意気軒昂となった主人の指示に従い、動き出す。
指示を終えると、マーチ侯爵は独り言を言う。
「ダニエルめ、だいぶ修羅場をくぐったか。最初に会った時とは別人のような成長だ。これはなんとしても我が陣営に引き留めなければならん。
さて、王によって宰相に棚上げされ、実権を取り上げられた時は政治的に死んだと思ったが、まだ儂を使うつもりだったとは嘗められたものだ。
しかし、儂を膝下に置こうとするにはまだまだ若い。頭だけ先走っても身体はついて来ないことを嫌というほど思い知らせてやる。
一度はこのままお飾りで終わるのかと絶望した身だ。
人脈、金、血縁これまで培ったすべてを使って、儂が勝者になってやる!」
マーチ侯爵の目に光が戻り、その晩は酒を飲む代わりに、遅くまであちこちの貴族や諸侯への手紙を書く。王への不満を持つ上流貴族や諸侯がどこまで頼りになるのか、まずは瀬踏みから始める。
(王の新政もどこまで持つか。まずは騎士団やダニエル達が、王の構想通りに戦争に勝てるかだ。勢いに乗っている分、つまずくと脆いかもしれん。)
王への協力をどこまでするのか、崩れた場合はどう動くのか、マーチ侯爵は深く考えを思い巡らす。
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