ヘッド《頭脳》とハット《帽子》

 ダニエルは、マーチ侯爵との緊張感あふれるやりとりを終えると、どっと疲れたが、まだやることはたくさんある。


宿舎に戻り、手紙をしたためる。

「クリス、これをジャニアリー領にいる父と、ヘブラリー前伯爵に届けてくれ。その前に読んで内容を知っておけ。」


クリスが読むと、兵の派遣の依頼である。

「ダニエル様、これまで借りを作るのは嫌だと実家や婚家には頼み事はされていなかったのに、どういうことですか。」


「どうもこうも、王都警備などの仕事は増えるし、もうすぐ戦争も確実なようだ。兵を増やさなければならないし、必要な金の当てもできた。

 それに、オレを使う気満々の人たちの中、オレだけ気を使うのがバカバカしくなってきた。使えるものは使ってやる。あとのことはあとで考えよう。」


「まあ、ダニエル様が頼めば、両家とも貸しを作るチャンスばかり、兵を送ってくるでしょうが。後で泣きを見ても知りませんよ。」


「目先のことを切り抜けなければ後もない。自転車操業なのは承知している。いいからやれ!」


 そこまで言われ、クリスは不承不承、両家への使いを立てる。

 使者が来た後の両家の反応は素早かった。王都で重用されるダニエルの噂は聞こえており、縁を強める機会を窺っていたところ、渡りに舟とばかり、彼の申し出には直ぐに対応する。


 ダニエルは、両家への使いを出させた後、王都での仕事にネルソンを使うこととし、彼を呼び出す。

 

「ネルソン、王都は慣れただろう。

 早速だが仕事だ。お前に王都防衛副司令官の代理を任せる。王都の警備は、マーチ宰相やリバー検非違使長と連絡しつつ、衛士と親衛隊と競い合いながら行わなければならん。また、うるさい貴族や大商人もいる。その政治感覚があるのは元領主のお前しかいない。


 オレはまもなく戦争に行くことになりそうだ。不在中、王都での全権を預ける。オレの名を使って上手くやってくれ。

 王都の立ち回りには金も必要だ。かなりの額を置いておくので遠慮なく使え。足りなければ商家に恩を売って寄付させるか、J教徒に借りろ。責任はオレがとる。

 王宮や王都の有力者には引き合わせたな。王都の裏情報はヒヨシから聞け。」


 ダニエルは、これまで優秀だが年長で外様のネルソンを使いあぐねる所があったが、もうそんなことは言っていられない。

 戦争をし、王都の仕事もあり、国元の領地経営から貿易や街道警備まで、とにかく人手が足らない。人材は遠慮なく目一杯使うことにせざるを得ない。


「今度の戦争が私のここでの初陣だったので残念ですが、ご指示に従います。王都での勢力争いの中、ダニエル様の立場を最大限強くするように努めましょう。」


 その後、必要な知識として、王やマーチ侯爵とのやり取りをネルソンに教える。


「なるほど、みな、ハット≪帽子≫でなく、ヘッド≪頭脳≫になりたいのです。

 私も経験があります。ダニエル様は、創業の主だからわからないでしょうが、累代の領主を受け継いだ場合、家臣は自分の知行を持ち、主君は余計なことをしてくれるなと思っています。

 いわば、帽子≪領主≫は必要だが、軽い方がいいということですな。

しかし、領主に成った方は自分はヘッド≪頭脳≫のつもりです。

そこで大きくすれ違い、やりすぎた私は家臣にすげ替えされてしまいました。帽子を替えるようにね。


 領主でもそうです。まして王であれば、前例や重臣達の重みは大変なものです。王の気負いは、家臣が帽子であることを望んでいることを知っているからこそ、そうはならないという決意なのでしょう。


 しかし、帽子であれば、身体が変わっても被り続けられるが、頭脳であれば、身体にとって合わないと思われれば切り取られてしまう。

 いい帽子であることも名君の一つのタイプだと思いますが、それがわかっていても、帽子より頭脳を目指すのは、王や領主の業ですね。」


 ネルソンの自己の体験に基づく分析を聞き、ダニエルは頷く。


「なるほどな。前王は、そうせい公と言われ家臣の決めたことに反対されたことがなかったと聞く。それはそれで、うまく国は回っていたようだが、陛下はそれを反面教師にされているのだろう。

 オレは早く帽子になって楽をさせてもらいたいものだ。」


「ハッハッハ。

 まあ、ダニエル様は創業者兼働き頭ですから、当分先頭に立って一番働かねばならんでしょう。


 主君と家臣の間はバランス感覚です。決まった解はなく、状況や人に応じて定まりますが、私もですが、特に就任したばかりの頃はその感覚が難しい。

 私が領主の時、家老に、家臣は水、主君は舟、水なくして舟は動きませんと言われました。

 ダニエル様は、現在、王と一心同体と見られています。王という舟が引っくり返らないように、当面は舵となり、オールとなってお支えするしかありません。」


「気が重いことだ。オレには大きすぎる仕事だし、道連れにされてもたまらん。早く最低限の仕事をこなして、逃げ出そう。」


(自ら深みにハマっているようにも思えるが、言わないほうが良さそうだ。)

と思ったネルソンは一つ忠告する。


「お嫌かもしれませんが、マーチ侯爵との縁は切らない方がいいでしょう。命綱になるかもしれません。

 今の王政府はどこに行くかわかりません。みな自分の思惑で動いています。個人的な感情は捨てて、縁をたくさんもっておくことです。」


 なるほどと思ったダニエルはアドバイスに頷く。勿論、ジーナの子供の件は折れるつもりはないが、利害関係が一致すればできるだけ共闘することは可能だ。

向こうにとってこちらに利用価値があることを示さなければならないが。


そこにカケフが帰ってくる。

ダックを親衛隊に引き渡しに行ったのだ。


「親衛隊というのは陰気な所だ。

 ダックを迎える側近たちがいる一方で、副長のコンドーラという四角い顔の男と、副長補佐という蛇のような目をしたヒジーカというのが出てきて、ダックのことを親衛隊の面汚しとか貶してやがる。

 その挙句に両派に分かれてお互いに睨みあっている。騎士団では生命を預けあうのだから、仲間は信頼しろと教えられたが、奴らは違うようだ。ああいう奴らとは共闘したくない。」


文句を言うカケフをダニエルは宥める。


「親衛隊というのは、あちこちから腕自慢の騎士崩れや農民あがりを集めてきたようだからな。何年も同じ釜の飯を食って信頼関係も築いた我々とはちがい、規則と脅しで縛るしかあるまい。

 あまり関係することもないだろうし、掛かってきたら叩きのめすしかあるまい。

 それよりも、そろそろオカダも帰ってくるだろう。あいつにも言っておくが、従士や兵にはもう一段ギアを上げて訓練してくれ。」


「実戦同様に死ぬ寸前まで鍛えるか。俺たちがもうあの世が見えるというほどしごかれたときに、騎士団長は、訓練場で血汗を流した分、戦場で死ぬ確率が低くなると言って笑っていたな。

 まずは完全武装に食糧持ちで50キロほど歩かせようか。」

カケフはニヤリと笑いながら言う。


「ああ、そんな感じでやってくれ。

あの時は、実戦に出られて、訓練よりよほど楽だと思った。

うっ、あの訓練を思い出すと気持ち悪くなる。飯時に嫌なことを思い出させるな。」

ダニエルは当時のことを思い出して、飯を吐きそうになる。


「ワッハッハ、そういうな。

ダニエル、お前も訓練に参加しろよ。政治ごっこで腕が鈍っているだろう。」


 確かに兵と訓練している方が宮廷政治の百倍もマシだろうが、完全武装での長距離移動や体力が尽きて倒れるまで行われる実戦訓練はいまだに夢でうなされる。


 ダニエルは、暫くストレス解消も兼ねて、兵の猛訓練につきあうとともに、王都の巡回などをして過ごす。


 このまま過ぎて、帰国したいものだなどと思っているうちに、すぐに来てほしいとの伝言を持ち、マーチ侯爵からの使いがやってくる。

(やれやれ、また政治ごっこか。)

 うんざりしながらも、マーチ邸に赴くと、前とは打って変わって門前に市をなす状態である。


 マーチ侯爵は、あれからダニエルの仲介で王と面会し、王に忠誠を誓うとともに、宰相の権能を王への取次へと縮小することにより、王政府での復権を許された。

 その後、そのことが発表されると、王とのパイプを持った宰相の機嫌を取るべく、掌を返すかのようにマーチ侯爵への面会を希望する宮廷人が溢れた。


 なお、マーチ侯爵は復権の手土産に、自らの情報網に入ってきた、冷遇された貴族による王の暗殺計画を報告、親衛隊が彼らの邸宅を襲撃、一家を殺戮するという一幕がある。


 ダニエルがマーチ侯爵にその件を聞くと、あんな杜撰な計画が成功するわけもなく、儂の手土産にちょうどよかったという冷酷な感想が述べられる。

 王は親衛隊を白色テロの道具として使うこととしたようであり、そんなことに関与したくなかったダニエルはほっとした。


 さて、マーチ邸で執事にダニエルが名を告げると、すぐに部屋に通される。


「ダニエル、よく来た。お前と腹合わせをしておきたいと思って、来てもらった。


 王政府に戻って驚いたぞ。

 今の政府の命令は全て王の花押がいるのだ。これまでは案件に応じて、王、宰相、事務方の公印に分かれていたのだが、全権を掌握しないと気が済まないようだな。


 先日の暗殺未遂の処罰も、これまで貴族の処刑には国務会議など貴族方の承認を得ていたものを陛下の命令一つの問答無用だ。

 狙い通り、陛下への畏怖は与えられただろうが、それよりも恐怖と憎悪が充満しておる。

 やる気と能力は認めるが、やり方が拙劣だのう。老練な者が補佐していればマシだっただろうが、人心をわかっておらん。これでは国は纏まらん。」


 ダニエルはそこでネルソンに聞いた、王の帽子と頭脳説を話してみる。


「それは面白い説だ。

 お前達若い者は帽子というとバカにするだろうが、いい帽子になるというのは、それはそれで難しい。

 前王は、家臣の議論をずっと聞かれ、そろそろ結論が出るというところで、そうせいと叫ばれた。すると議論は収束し、反対派も言いたいことを言えて大きな不満は持たない。

 その頃は家臣の言うことに乗っかるだけかと思ったが、今思えば見事な手腕だった。

 陛下はそれを見ていて王の在り方として不満だったのだろうが、今のエーリス国は頭と身体がバラバラの病人のようだな。」


 そこで侯爵は表情を改め、ダニエルに向かう。

 

「さて、本題だが、陛下は、お前の兵と親衛隊を使って、いよいよ王都近郊の反対勢力を潰すことに決めたようだ。

 お前も進めていると思うが、イオ宗の僧兵や王都近くの反王派の諸侯、悪党なども王の姿勢を見て、戦を覚悟し、戦支度を急ピッチで進めている。すでに準備しているだろうが、覚悟しておけ。


 また、陛下は近隣の平定と騎士団の帰還を待って、次は国内有力諸侯を倒していく考えをお持ちだが、ジューン軍もその一翼を担うこととなるぞ。

 周辺での戦が終われば帰れるという考えは捨て、長期戦に備えた態勢作りを急げ。

 国元を固めることも急ぎだが、王都での態勢づくりが肝要となる。

 知ってのとおり、陛下は吝嗇だぞ。その財布を当てにせず、役職や人脈を使って金を作り、軍を維持できるようにした方がよい。」


ダニエルは驚いた。

「陛下は、私の王都の滞在はこの戦までと言われていましたが。」


「そんな口約束はどうにでもなる。儂が王政府内外から集めた情報だ。信憑性は高い。

 儂とお前は一蓮托生。お前に倒れられては困るのよ。

 儂もできる限り力になるから、よく考えて、急ぎ行動せよ。」


 ここまでマーチ侯爵が言うということは、王の動きははっきりしているのであろう。


 マーチ侯爵の困るというのもわかる。

 王に煽られた複数機関の競り合いは激しさを増しており、マーチ宰相vsプレザンス官房長官を頂点として、王政府内はギスギスし、蹴落とし合いが著しい。


 望まずともダニエルは権力争いの中心に位置し、彼の失態はマーチ宰相から財務・宮内閥の後退につながる。


 マーチ侯爵の言葉に、一見励ますようで、失敗は許さぬという強い圧力を感じたダニエルは、早く家臣に担がれる帽子になりたいものだと溜息をつきながら、次の手を考えざるを得なかった。





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