王都での策源地づくり
マーチ侯爵の警告を受け、ダニエルは、これまで避けていた王都の業務の権限拡大と利権確保に乗り出す一方、兵の訓練と戦支度にもこれまで以上に精を出す忙しい日々を過ごす。
王都の商業区域や平民居住区域は、貨幣経済の高まりや各地からの民衆の流入に伴い、トラブルが噴出していた。王政府では治安は法務部、民政は内務部の所管であるが、貴族への敵対行動以外は全くの無関心であり、ギルドは身内のみしか考えず、金持ちは自衛する中、弱者は食い物にされていた。
その中で、王都の警備にダニエルが就いたことにより、王都の中小の商工業者、職人、民衆は縋りつくようにダニエルに保護してくれるよう嘆願を繰り返す。
これまでダニエルは、自分の権限外だと逃れていたが、一転して臨時副司令官の間だけという約束で、民政や訴訟の取り扱いを行うとともに、保護料(みかじめ料)を徴収することとする。
当時、訴訟については、「獄前の死人、訴え無くば検断無し」と言われるように、当事者の訴えがなければ公権力は動かないのが基本である。
しかし、これまでの王政府の裁判はそれを上回り、賄賂の多寡で判決を決め、しかも判決の実行は当事者に任せるという裁判だったため、有力者や金持ちのためだけの裁判となっていた。
ダニエルは、その実態を聞くと、王に頼み、独自に王都奉行所を開設し、広く門戸を開放し、公平な裁判を行うことにした。
そのため、王都の中心部にある、失脚した重臣の広大な邸宅を下げ渡してもらい、そこを奉行所とした。
同時に、ギルドからあぶれ、闇営業していた商人や職人のために第二ギルドの設立を認める。
王は、ギルド上納金が増えることや、家臣間・ギルド間の対立は王の権力を増大すると考え、歓迎したが、既存ギルドとそのバックにいる教団や有力貴族、法務部・内務部は激しく反発した。
ダニエルの狙いは、王都における策源地作りである。
マーチ侯爵の言葉や王の言動を見て、当分王都を本拠地として動かざるを得ないと見切りを付け、ここでの資金作り、物資・食糧の供給、とりわけ武器・軍用品を確実に得ることが重要と考える。
騎士団は専用の御用商人や工房を持っているが、それを借りようとしても非常時には騎士団が優先されるであろう。
ダニエルは独自の供給ルートを得るために、新興の商工業者に第二ギルドを組織させ、それを保護することで実質的に自己の支配下に置く。
王都商業地域からの上納金や付届けと第二ギルドからの補給物資は、彼にとっては生命線であり、法務部と内務部、有力貴族、教団がいかに強硬な抗議をしてきても譲らず、実力行使すら躊躇わなかった。
同時に王、マーチ宰相、王政府の敵対関係にない要所の幹部には付け届けと大小様々な依頼への対応をマメに行い、孤立することのないよう配慮する。
王都の商工業者や民衆にとっては新たな税のようなものを課せられるが、これまでの無法状態に比べれば遥かにマシであり、額も少額に留まるため、ダニエルによる保護の便益の方が大きく、不満はなかった。
むしろダニエルを護民官として称える声の方がはるかに大きい。
法務部・内務部にとっては、王都の警察権、裁判権、商工業者への権限を奪われるのは死活問題であり、これまで癒着してきたギルドからは激しい突き上げと上納金の減額が通知される。王とマーチ宰相をバックとして、権限と利益を強奪するダニエルは、彼らにとって殺しても飽き足らない存在である。
(これじゃ騎士団時代に嫌っていた政治家そのものだな。)
ダニエルは自嘲するも、生き残るためには手を尽くさざるを得ない。立ち止まるつもりはなかった。
問題は行政実務の担当者である。実務の長は、ネルソンに任せたが、その配下では到底仕事は回せず、実務官僚が必要であった。
ジューン領はすでに手が足らない状態で引き抜けるわけもない。
アランやモーリスに財務や宮内部の文官のあぶれた者を回してもらうが、優秀な者は少なく、彼らも陪臣になることを厭い、なかなか集まらない。
レイチェルの知り合いの官僚子女も、強い敵対勢力がいる中での仕事には家族の反対もあり、二の足を踏む上、レイチェルからは目の届かないところでの女子の採用を反対する意見も来た。
ダニエルが人集めに頭を痛めながら、ぶらぶらと街を歩いているときに途中で寺院に立ち寄った。茶を所望すると小僧が大きな茶碗になみなみと水を入れてくる。喉が渇いたダニエルが、2杯、3杯とおかわりすると、中くらいの茶碗にぬるい茶、小ぶりの茶碗に熱い茶と入れ替えてくる。
この臨機応変さに感心したダニエルが名を聞くと、ミッツ・ストーンフィールドと言う。神父に頼み、ダニエルはこの少年を家臣とすることにしたが、頭の回転の速さは大人も舌を任せるほどである。
(これはいい拾い物をした。少年が狙い目かもしれないな。)
味を占めたダニエルは、ヒヨシに探させ、身分を問わず優秀な子供を集めさせる。 キノーケ・ビッグバレー、ユキナー・スモールウエスト、ウジート・ガモー、キュータ・ホリー、更にヒヨシの弟であるスモールバンブーなどの少年達がダニエル家臣団で学びながら、仕事を手伝い、王都での業務をなんとか捌いていく。
その頃、頼んでいたジャニアリー家とヘブラリー家から兵が送られてくる。
ジャニアリー家は従士長のシピンが兵200を、ヘブラリー家は従士長のクロマティが兵200を連れてくる。
ダニエルがジューン領から連れてきた兵と合わせれば1000人近くとなり、立派な作戦行動がとれる。
「メイ侯爵戦以来だな。頼りにしているぞ。」
ダニエルの言葉に二人と連れてきた兵は最敬礼して答える。
「ダニエル様の指揮であれば、例え水火の中でも辞しませぬ。
何なりと使って頂きたいと伯爵さまも言われています。
なお、戦が終われば話をしたいと伯爵様がおっしゃられておりました。」とシピンは答える。
「ヘブラリー家の当主はダニエル様であります。何でも命じて頂きたい。
ただ、この戦が終われば必ずヘブラリー領においで頂きたいと前伯爵様からきつく言われております。
私は、ダニエル様を連れてこなければ打ち首だと言われておりますので、何卒お願いいたします。」
クロマティにそう言われて、床に頭をつけられれば、どうしょうもない。
「もちろんだ。終わり次第、向かわせてもらおう。
これまで一応当主でありながら領地にも行けず、申し訳なかった。」
ダニエルも詫びを述べる。
(ああ、やっぱり言われたか。どんな顔してジーナやその子供に会うのか。
だから頼みたくなかったんだ。
それと、親父は何の話だ。兵を貸してやったから、兄貴と仲直りしろとでも言うのか?こっちも碌な話ではないな。
王都もいやだが、実家も婚家も行きたくない。領地に帰りたい。)
ダニエルの思いを余所に、ジューン、ヘブラリー、ジャニアリー三家の兵を集合させて、カケフが号令をかける。
「もう戦も近いぞ。早速訓練を始める。
お前たちが、メイ侯爵戦の後にちゃんと訓練していたかを見てやるからな。
ジューン軍は鍛えているから、それに追いつけよ。」
ゲッ、早速、鬼の訓練かよという声も聞こえる。
ダニエルも気分転換に身体を動かすかと腰を上げる。
(訓練後は好きなだけエールを呑ましてやるか。三家で交わるには酒が一番だろう。それに猛訓練の後であれば、それほど酒も飲めまい。多少の出費で感謝してもらえるのなら奢ってやろう。)
その晩は、ダニエル配下の多数の兵がボロボロになりながらも、王都の飲み屋を大挙して訪れ、すべてダニエル様の奢りだと王都の酒を飲み尽くさんばかりの勢いで飲みまくり、ダニエルの太っ腹が王都中の評判になった。
一方、ダニエルは、想定以上の酒代に加え、酔ったシピンとクロマティから、当初ジューン兵だけを連れていき、彼らには声をかけなかったことを、水臭いと涙ながらに詰られ、飲ませるんじゃなかったと後悔することになる。
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