進撃のクスノキ軍
ダニエルは一万の自軍に対して、クスノキ軍を三千と見て、軍を7陣に編成し、攻撃してくるクスノキ軍を数で押しつぶす作戦をとる。
先鋒をいつも務めるオカダは昨日の敗退のため、予備隊として後方に下がり、代わりに若手武将のホープであるガモーを抜擢する。
「ダニエル様は随分と警戒するが、クスノキなどもはやロートル。
奴を討ち取り、一気に重臣の座を掴み取るぞ!」
ガモーは意気軒昂に兵の先頭に立って、馬を走らせる。
「こちらは高地に位置しており、矢も勢いがある。
奴らが押し寄せてくるところをよく引きつけろ。
まだ待て…よし、撃て!」
マサシゲの弟マサスエが先陣の指揮を取る。
狙いすまされた矢が放たれ、ガモーの兵がバタバタと倒される。
「敵は少数。怯まずに突っ込め!
中に入れば勝てるぞ!」
大声で指揮するガモーを狙い、二の矢が放たれる。
ガモーは巧みにそれを避けるが、近くの騎士の馬に矢が当たると、暴れた馬に乗馬を蹴られてガモーは落馬する。
指揮官が落馬したのを見たマサスエは素早く兵を前に出す。
「今だ!敵軍を突き崩せ!」
ガモーはすぐに起き上がって兵を立て直そうとするが、坂を駆け下りてくるクスノキ軍の勢いは烈しく、ガモー隊は一気に崩れた。
「そのまま、次の陣を崩せ!」
ダニエル軍の二陣はホリである。
彼は名人と言われる巧みな兵の指揮を得意とするが、死を覚悟し、手柄首にも目もくれずに突き進むクスノキ軍には巧緻な指揮は通用しない。
当たるや否や、クスノキ軍は押しまくり、瞬く間にホリの部隊は後退を続けて崩れ去った。
短時間に二陣も崩壊すると、次にはネルソンが陣取っていた。
「小僧どもでは相手にならんな。
俺が本当の戦ぶりを見せてやる」
豪語するネルソンは、勢いに乗るマサスエ隊にまともにぶつかるのを避け、距離をおいて矢を射かけ、両横から包囲する動きを見せるなど彼らを揺さぶり、少しずつ削っていく。
「くそっ!
くねくねと躱しやがって、真っ向から勝負しろ!」
マサスエはなんとか隙を見つけて突撃しようとするが、連戦した兵の疲弊を見たマサシゲは部隊を入れ替えることとし、巧みな指揮で隙を見せずにマサスエ隊を引き上げさせ、次陣の兵に正面に槍を入れさせる。
クスノキ軍の退くような動きに、退却するならそこを攻撃して戦果をあげようと思ったネルソンだが、追撃に動き出したところを鋭気あふれるクスノキの新たな部隊とぶつかる。
ネルソン隊は予想外の衝突に狼狽し、ずるずると後退してしまう。
「まだまだ!
もう一度態勢を立て直して押し返せ!」
ネルソンの必死の号令も、クスノキ軍の捨て身の攻撃に受け身となり押される一方の兵を引き止めることはできない。
「こんなところで死ねるか」
「死にたい奴らの自殺に巻き込まれるなどまっぴらだ」
ダニエル軍の兵は、死を厭わないクスノキ軍との戦いを避ける。
これまで王の軍に攻められて、圧倒的な不利な中でようやく拾った命だ。
勝ちを意識したダニエル軍には危険を犯したくないという保身の気分が蔓延しており、それが死を覚悟したクスノキ軍に少数とはいえ押され放しの原因となっていた。
悔しがるネルソンだが、少数で飛び出せば犬死にだと冷静に情勢を判断し、兵をまとめて退く。
「そろそろダニエルの本軍か?」
クスノキ兵の期待は虚しく、次に控えていたのはヒデヨシ隊であった。
「なんとまあ。
わしのところまでこんな早くに出番があるとはなあ。
クスノキの勢いは凄まじいが、そろそろ疲れてきてるじゃろう。
ここはわしにチャンスが巡ってきたか」
ヒデヨシは目を爛々として敵軍を見る。
ここでマサシゲを打ち取ればこの戦一番の功名である。
「まだ勢いがあるわな。
よし、矢を射かけろ。
ネルソンがやってたことを徹底するぞ。
まともに相手にせずに疲れさせろ。
そうすればそのうちに動けなくなるわ」
ヒデヨシの指示を受けて、配下は距離をおいた戦いを行う。
もともとヒデヨシ隊は賤民や貧民、異教徒などの寄せ集め。
正面からの戦を得手とせずに、かき回す方が得意だ。
矢を射て、礫を投げて混乱させ、堪りかねてばらばらと攻め込んきたる兵には取り囲んで袋叩きにする。
それはクスノキ隊からすれば自分たちの得手でもあったが、敵にやられると厭なものだと実感する。
後方から戦場を見て総指揮を取っていたマサシゲは、捗らない戦いぶりに業を煮やす。
時間がない。これまでに蹴散らした兵が集結すれば多勢に無勢で一気に敗勢となることは明白。
勢いに乗って早くダニエルを討ち取らねばならない。
そのために最後に取っておいた予備隊を使い、迂回して側面攻撃を行わせる。
「こなくそ!
せっかく上手く行っていたのに」
ヒデヨシは悔しがるが、その配下の兵は前面で決死の攻撃を避けながらの嫌がらせに集中していたところに、思わぬ横槍が入り退け腰となる。
そこにマサシゲの指揮で前面から犠牲を厭わぬ猛攻をかけられた時に、ヒデヨシは見切りをつけた。
「これはだめじゃ。一旦逃げるぞ。
死に狂いには付き合えん」
ヒデヨシ隊の攻略にかなりの時間と兵力を奪われたクスノキ隊が、再度前進を開始すると、次にはダニエル軍の若手の騎士達が待ち受けていた。
彼らはいつもならばダニエルの親衛隊であるが、今日は念の為にとダニエルが前に出していた。
いつもは護衛の彼らは手柄を立てるチャンスと意気込んでいた。
「クスノキ、よくここまで来たな。
しかしここがお前達の墓場よ!
俺の槍の錆となれ!」
イチマツが吠え、一番槍だとばかりに早速突撃してきた。
トラなどの七本槍の面々やギョウブ、ジブなども続く。
「若いとは羨ましいな。
小細工なしに真っ直ぐに仕掛けてくる。
マサツラならばいい勝負かもしれん」
マサシゲは目を細めて好々爺のようなことを言うが、その指揮は辛辣であった。
真っ向から向かってくる騎士達に、半包囲して矢を射かけ、騎馬の突撃を避けて足を引っ掛けるなどして馬から引きずり下ろし、孤立させた騎士を複数で嬲り殺しにする。
巧みな指揮で個々の武勇を頼みに向かってくる若い騎士を翻弄し、徐々にその兵力を漸減させる。
もっともイチマツ達もただ狩られるだけではない。
戦闘続きで負傷し疲弊したクスノキ兵を馬上から突き伏せて、次々と血祭りにあげる。
あちこちで血飛沫があがり、悲鳴が聞こえる。
混戦ではあるが、総体としては組織的な戦いを展開するクスノキ軍が押していた。
「もういい。
お前達は下がれ!」
貴重な騎士の犠牲に堪りかねて、ダニエル護衛隊長のクリスがやって来てそう告げる。
「ここでやめられるか!
あんな貧相な奴ら、この一突きで崩してやる!」
吠えるイチマツにクリスは無言で近づき、その頬を思い切り殴った。
「主命だ!議を言うな!」
その迫力に押され、若手騎士は下がっていく。
追撃をせずに一息入れたクスノキ軍だが、若手騎士が退くとようやくダニエルの本陣を示す巨大なDの旗が見えてきた。
いよいよ本隊だと思い、クスノキ軍は兵を再編、マサスエがそれを率いて血塗れの槍を引っ提げて前に駆ける。
「ダニエル、出てこい!
クスノキ軍、最後の一兵までお前の首を取るまで追いかけるぞ!」
マサスエの声に応えたのはオカダである。
「威勢がいいな。
残念ながら俺を越えねばダニエルには会えんな。
さあ、昨日は油断したが今日はそうはいかんぞ」
昨日の失態で、今日は最後方に下げられ戦の機会がなくなったと嘆いていたオカダには汚名返上のチャンスである。
大張り切りで戦場に立つ。
麾下の将兵も同じくいきり立っていた。
やっと本命であるダニエルと戦えると思っていた気持ちが外れ、マサスエは愕然とするが敵は待ってくれない。
後方で散々待たされ、鋭気十分のオカダ隊に対して既に5度も敵陣と戦ってきたクスノキ軍は余りにも疲れていた。
それでもマサシゲは前進を命じる。
「ここが正念場。
オカダを倒し、ダニエルの陣までたどり着くぞ。
皆、死力を尽くせ!」
兵は滅多にないマサシゲの激に気合を入れ直す。
「行くぞ!」
オカダ隊とクスノキ軍は真正面からぶつかり合う。
猛将オカダの最も得意とする戦いだが、クスノキ軍は一歩も引かない。
いや、少数ながらも死を恐れぬ戦いぶりにオカダ隊は押され気味である。
「引くな!
ここで引くなら死ね!
退く場所はヴァルハラだけだ!」
怒鳴るオカダの声が響き渡る。
四つに組んだ戦は思わぬ展開を見せる。
後方から待機していたキタバタケ軍が満を持して突っ込んできたのだ。
「クスノキ、露払いご苦労。
あとは引き受けた。
お前は引っ込んで休んでいろ」
アキイエが馬上でマサシゲにそう呼びかけると、返事も待たずにそのまま敵軍に向かっていく。
「なんだと!
横から獲物を奪う気か!」
マサスエはその上から目線の言い方に憤慨するが、マサシゲはフッと笑う。
「我らでダニエル殿の首を取れればと思ったが、なかなか遠い。
さすがは精鋭の名が高いダニエル麾下。
死ぬ気でかかっても手こずらせてくれる。
マサスエ、まあそういきり立つな。
アキイエ殿が無事にダニエル殿を討ち取れば、我らの命はつながる。
彼らが苦戦すればまた出番が来る。
ダニエル軍はしぶとい。
ひとまず観戦させてもらおう」
マサシゲは戦闘をキタバタケ軍に任せて、兵をまとめて一旦は後方に退く。
三千いた兵は既に500人程度。
多くは途中の激戦に斃れてしまった。
兵は同僚や友人の姿が見えずに悲しむが、マサシゲにとってはヴァルハラに行くのは時間の問題、先に行くかどうかだけのことである。
しかし念の為にと、兵に告げる。
「ここまでよく戦ってくれた。次の突撃が最後の攻撃となろう。
やはり命を惜しみたいという者は遠慮はいらん。
ここで逃れよ」
その言葉に兵は、今更何をと一笑に付し、ヴァルハラまで供をすることを誓う。
「ハッハッハ、我が家はもの好きばかりだな。
では主従揃ってヴァルハラに向かおう。
さあ最後の7度目の突撃はどのタイミングが良かろうか。
キタバタケ殿もなかなか敵軍を崩せぬようだ。
わしならもう少し様子を見ていたが、血気に逸ったか」
クスノキは薄く皮肉げに笑いを浮かべた。
その視線の先にあるキタバタケ軍はオカダ軍と死闘を繰り広げていた。
東北の精鋭を引き連れ、一撃で終わらせるつもりだったアキイエだが、オカダは自分が抜かれればダニエルが危ないと、自らが先頭に立って槍を自在に振るう。
その姿は返り血で真っ赤であり、一歩も引かないその姿に、敵の勢いに一旦崩れかかったオカダ軍は勇気づけられる。
彼らは将軍を死なせるなと叫び合い、その場に踏みとどまって、激戦を繰り広げている。
その姿を目の当たりにしながら、ダニエルはクリスを相手に自嘲していた。
「まさか余裕の7陣の陣立てが、最後のオカダが必死で戦うまで崩されるとはな。
クスノキ軍の覚悟を見誤っていたか。
いや、我らの気分が浮ついていたのだろう。
数を頼りに勝ったつもりでいたとは。
逝ったクリバヤシに笑われるわ」
ダニエルの言葉を聞き、クリスが進言する。
「ダニエル様、ここは一旦引きましょう。
クスノキの勢いは一時的なもの。
引き上げて再度の戦争となれば彼らはもう戦力は尽きます」
「クリス、隣の戦いを見ろ」
隣で行われているバース軍とニッタ軍との戦いにクリスが目をやる。
戦力差は懸絶しており、既に勝勢を確立しているはずと思うが、見れば、まだ形勢は定まらない。
特にバース軍の多くを占める寝返り諸侯の部隊に勢いがないことが目に付く。
バースが必死になって督戦しているが、陣を維持するので手一杯のように見える。
「ニッタ軍に対して4倍の2万の兵がいるはず。
圧倒して当然のはずですが…」
クリスの疑問にダニエルは苦く笑って答える。
「こちらの様子をうかがっているのよ。
もしオレが討たれたりしたら一気に寝返るつもりだろう。
勝ちそうな方を見ながら戦うとは器用なことをするものだ。
見ろ、ツツイやホソカワなどすっかり傍観者のようじゃないか」
ダニエルは一旦そこで切ったが、一呼吸おいて言葉を続ける。
「だからここで退くわけにはいかん。
負けたと宣伝されれば、日和見の奴らは王に一斉に帰順するぞ。
そうなればまた元の木阿弥、なんのために乾坤一擲の戦に勝ったのかわからなくなる」
ダニエルは後ろに控える、Dの大きな旗を掲げる旗持ちの兵に命じる。
「キョチョ、何があろうとこの旗を倒させるな。
この旗こそダニエルが健在との印。
これが倒れれば寝返りが相次ぐぞ」
キョチョと呼ばれた兵は大きく頷く。
進軍途上で帰順してきたこの男は上背が190、胸囲が130という巨漢であり、そして身体に見合った力を持っていた。
そして口数は少ないが、命令には絶対に遵守するこの男を見込み、ダニエルは大事な旗持ちに抜擢した。
キョチョの持つ旗を見て、クスノキに蹴散らされ、敗走した兵が続々と集まってきた。
ダニエルはそれを率いて敵軍に自ら当たるつもりであった。
しかし、クリスや周囲はそれを止める。
「敵がダニエル様を目標としているのは明らか。
その渦中に入るのはやめてください!」
そこにガモーやホリから雪辱のチャンスを懇願され、ダニエルは迷うが、隣にいたノーマが口を出した。
「ダニエルさぁ、大将が部下の手柄を取ってはならんと思うが」
その言葉はダニエルの胸に刺さった。
「仕方ない。
もう一度チャンスをやる。
オレの分も武功を挙げてこい!」
そう言ってオカダ軍の援軍に手元の兵を送り出したダニエルの下には300余りの護衛兵が残るのみ。
ダニエルは彼らにキタバタケ軍の背後をつかせて、この長い苦戦を終わらせるつもりであった。
クスノキ党の諜報員がダニエルの状況を知らせた時、マサシゲの口角はわずかに上がった。
「祈ったことはなかったが、神はわしとダニエル殿の戦うところを見たがっているようだ。
全軍聞け!ヴァルハラへの土産の用意はできたぞ。
さあそれを取りに行くぞ!」
麾下のすべての兵がどちらに向かうのかとマサシゲを見守る中、彼の手はDの旗に向けて下ろされた。
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