クスノキの計略と戦いの開始

クスノキとキタバタケは王の前での軍議を終えて、出陣に当たって打ち合わせを行った。

どちらの顔色もこれから出征する武将とは思えないほど暗い。


キタバタケ家はアキイエとその父のチカフサがこの出征を取りやめるよう強く王に訴えたが、既に決定したことだと取り合ってもらえなかった。


チカフサは憤然として、満座の廷臣の前で

「我が息子に死んでこいと言われるのですな。これまでの忠義の報いがこれでは誰も陛下についていく者はいなくなりますぞ!」と言い捨て、退出した。


そして、アキイエはそのままクスノキを別室に誘った。


「クスノキ、お前はこの戦、勝てると思うか」

アキイエは先祖伝来の名門貴族らしく、マサシゲに上から物を言う。


「死力を奮い、敵が油断し、運が味方すればその可能性もあります」


それを聞いたアキイエはフフッと笑い、「それは殆ど無いと言っているのと同じだぞ」と返した。


「しかし万に一つでも可能性があれば、やれることはやらねばならん。

どう戦えば良いと思う?」


その問いにクスノキは地図を示しながら答える。


「現在ニッタ殿は敵を防ぎながら山沿いの道を漸次撤退しております。


 おそらくダニエル軍は道が細く大軍を展開できないことから、じりじりとその後を追っているでしょう。


そして兵が平野に入ったところでニッタ殿を包囲殲滅するつもりかと思います」


「それはわかっている。そのままでは我らが救援に行っても多勢に無勢となるだけだ。

それに対してのお前の対策を聞きたい」


そこでクスノキは自らの考えをまとめるようにゆっくりと語った。


「広い平野での戦いは大軍が有利。

したがって大軍が展開しにくい地で戦い、地の利を得ることです」


そしてクスノキの指はミナトガワと言う地名を指す。


「山道を出てしばらく進んだところにあるこの場所ならば、両側を川と森に挟まれて陣を引ける広さが限られます。

幸いここまで進んでくる道は坂で前が見えない。


ニッタ殿にうまく誘い出してもらい、ダニエル軍をここで待ち受ける。

私は高地に陣を構え、彼らが出てきたところをまず一撃を入れ、大敗でどん底にある味方の士気を引き上げます。


兵に勝つ希望を与えねば、ダニエル軍を恐れて戦う前に逃げ出すかもしれません。


しかし、こんなちまちまして勝利をいくら収めても相手は勢いに乗る大軍。

その後に体勢を立て直したダニエル殿に負けるだけ。


なんとしてもダニエル殿の首を取らねば勝ちとは言えません。


これまでの戦を見るとダニエル殿は後方で控えるタイプではなく、勝負所で自ら戦闘に出てきます。


キタバタケ殿には当初後方に控えていただき、混戦となったところで精鋭を率いてダニエル殿の居場所を襲いその首を取ってもらいたい」


キタバタケはため息をつきながら言う。


「簡単に言ってくれるな。

ダニエルはこれまで絶体絶命の危機でも生き延びてきた。


私は先般の戦で奴を仕留めたと思ったが、ぎりぎりで逃げられた。

奴の武勇と生存能力は恐るべきものがあるのは知っているだろう」


いつも強気のアキイエの弱気の言葉にマサシゲは驚くが説得を続ける。


「とは言え、今の情勢ではダニエル殿は王都まで進軍し、諸侯や騎士の大勢はそちらに付くことになりましょう。。

大将であるダニエル殿を討ち取らねば朝廷は勝てますまい。


現在のダニエル軍はおそらく3万ほど。

我らはニッタ軍が5000,我らがあわせて5000合計でも1万程度。

3分の1の兵力ならば勝機は見出せないこともありますまい」


クスノキの考えを聞き、アキイエは考え込み、そして決断する。


「やむを得ん。

我らが皆命を懸けてようやく勝ち目が見えるのであれば、私もお前の策に乗ろう。


しかし、キタバタケ家を賭けるわけにはいかん。

父と弟、そしてそれなりの戦力は残していく。

良いな」


マサシゲは、それでは少ない勝ち目がまた落ちると思うが、家のためには当然のことであると頷く。




数日後、兵をまとめてクスノキ軍とキタバタケ軍が出陣する。

以前の大軍に比べて遥かに少ない軍勢に王都の市民は陰口を叩く。


そして彼らが出れば王都に残るのは衛兵と傭兵のみ。


(なんとか勝ってくれ。

いや、勝てずとも相当の打撃を与えてくれ。

一撃を与えてからの交渉であれば今よりは遥かに有利な和睦条件が結べる)


王は祈るような気持ちで彼らを見送った。

惨敗したままでは相手の言う通りの条件を呑むしかない。


かと言って、二度もヨシノに引き籠めば、もうあの田舎暮らしは嫌だと離れていく廷臣が出てくるだろう。


勝ち目が薄くても、クスノキとキタバタケに賭けるしかないと言うのが王の本音である。


できれば現状維持で和睦し、プレザンスらの腹心も取り戻したい。

そう思う王だがもはや祈るしかできることはない。王は珍しく礼拝所に赴き、神に祈った。



ニッタは敗軍を取りまとめて必死で後退を続けていた。

ダニエル軍は途切れることなく後方から追撃してくる上に、途中の領主は掌を返し食糧の供給も断って、隙あらば手柄首を狙った襲撃をかけてくる。


脱落者が相次ぐ中、兵を叱咤激励して王都までの帰還を呼びかけ続ける。


そんな中、クスノキからの書状が届く。


「ミナトガワで逆襲か。

よかろう。勝ち誇るダニエルに一矢報いてやらねば気が済まん。


了解したとクスノキに伝えてくれ。

ダニエル、見ていろ。

敗軍の将では終わらんぞ!」


一方でクスノキは、敵軍との遭遇が近づいてきたサクライの地に到着すると、使者からニッタの様子を聞き呟く。


「その元気があれば天運がつけば善戦出来るかもしれんな。

しかし、その勝率を下げるかもしれんが、わしはまずはクスノキ党の存続を優先しなければならん」


そして大声で呼ぶ。

「マサツラ、お前はここで引き返せ。

そして妻子ある者、親を養っている者を連れて行け」


「何を言うのですか!

これから敵との決戦という時にそれでは戦力は半減します」

マサツラが叫ぶ。


「良い。

わしが陛下に引き立ててもらったことは天下の知るところ。

その間にクスノキ党の所領や財を増やし、兵も増強した。


わしは陛下に殉じなければならない恩があるが、わしが死ねばそれを返したとして、お前はそれに義理立てする必要はない。


クスノキ党を支える人材は残していく。

お前は家の存続を第一に考えて行動せよ。

そのためにはわしの名前も使え、朝廷の意向に従う必要もない」


マサツラはなおも言い募るが、最後は、お前がおらずして誰がお前の母や弟妹、所領の領民を守るのだという言葉に屈する。


涙を流しながら馬を引き返すマサツラ達を見送り、マサシゲは残る兵に大きな声で告げる。


「これで思い残すことはない。

お前たちにはすまないが、あの世まで付き合ってくれ!

あとはクスノキ党の名を後世に語り継がれるまで戦うぞ!」


「おおー!」


残る兵はマサシゲとともに戦い続けてきたベテラン達。

クスノキ党の躍進とともにいい思いもしてきた。

当主マサシゲに命を預けることになんの不満もない。

士気は天を突くばかりであった。



その頃のダニエル軍は楽観的な雰囲気が蔓延していた。


「ニッタめ、逃げ足だけは速いな。

平野に出れば速攻で奴を殲滅する。


大将首を誰が取れるか競争だ!

なんとしてもこのオカダの部隊で首級をあげろ!」


先陣を駆けるオカダが部下に吠え、それに和する声が響く。


同じような檄がどこでも飛び交っている。


今のダニエル軍は返り忠の兵が多くを占める。

彼らはてっとりばやく目先の功名を欲していた。


そして敗走するニッタ軍は絶好の獲物としか見えなかった。


「不味いな。兵が浮かれている。

こういう時こそ気を引き締めなければ足元を掬われるぞ。


ましてこの後には気鋭のクスノキとキタバタケが待ち受けている。

油断できる状況ではない」


ダニエルの憂慮も膨れ上がった軍内に行き届かず、ダニエル軍は各部隊が争いながら、もはや勝ちは決まっている、あとは手柄を上げるチャンスというふわついた雰囲気でミナトガワに到着する。


細い間道を抜けたところで、各部隊は競い合って開けた平野を走る。


平野の中を通るその道はずっと登り坂であり前は見えない。

そこを急ぎながら兵達はニッタ軍が逃げ去る姿を脳裏で描き、その背後に襲い掛かり手柄をあげるつもりであった。


そして兵達が坂を登り切ったところで見たものは、高い位置に陣を張り待ち構えていたクスノキの旗であった。


「かかれ!」

マサシゲの指揮により、満を持したクスノキ軍は一斉に矢を放ち、その後に槍を持って突撃する。


ろくに隊列も組まずに攻めるつもりだけでやってきたダニエル軍の先駆けは不意を打たれ一気に崩れさる。


クスノキ軍は恐るべき気迫を込めて、どんどん打ちかかってくるが、それに対するオカダ隊は一度引けた腰はもとに戻らない。


「これはダメだ!退却しろ!」

もはや逃げ腰となっている兵を見てオカダが大声で叫ぶ。


オカダ軍は登ってきた坂道を退却しようとするが、後方から進んでくる兵とかちあい大混乱となる。


そこをクスノキ軍の追撃を受けて大きな損害を被るが、二陣のバースがそれを見て急ぎ手元の兵をまとめてクスノキ軍へ横槍を入れる。

オカダはそれを契機にようやく退くのに成功する。


既に日は夕刻であり、これ以上の戦闘は適さない。

バースは厳重な警戒態勢を引いて、この後ろから進んでくる各部隊や本軍を率いるダニエルを迎え入れる。


夜間、クスノキ軍から嫌がらせの夜襲があり、ダニエル軍は十分な休息は取れなかったがなんとか翌朝を迎える。


「この狭い場所ではこちらの大軍は展開できないぞ!」

明るくなって自軍と敵軍の場所を見たダニエルは呻いた。


どうやら調子に乗って追いすがって攻撃を続けていたら罠にかけられたようだ。

しかし、ここで敵に背中を見せて退却などすればどうなるか。

膨れ上がったダニエル軍の多くは寝返ってきた諸侯たち。

彼らは再度裏切ることに躊躇いはあるまい。


「ここで勝つしかない。幸い敵は少数。

力攻めで勝利をもぎ取るぞ」

ダニエルは自分に言い聞かせる。


いくら大軍でも包囲や展開する余地がなければ、陣をひたすら連ねて正面から相手とぶつかり合うしかない。


敵軍は右側がニッタ軍の、左側がクスノキ軍の旗が翻る。

あれだけ士気が落ちていたニッタ軍に勢いが見える。

昨日の敗戦で希望を持ち出したようだ。


ダニエルはしばらく考えて、右側に位置するニッタ軍が大軍だが疲弊していると見て、堅い戦いをするバースに寝返り諸侯の多くの兵を与えて対処を命じる。


そして自分は子飼いを多く連れて、少数だが油断できない相手であるクスノキと戦うと決める。


(マサシゲ、やはりお前と戦うこととなったか。

どんな戦い方を見せてくれるか楽しみにしているぞ)


兵数の差は明らか。

最後は勝てると踏み、少数を率いては類を見ない名将と評されるマサシゲとの戦いをダニエルは余裕を持って楽しむつもりであった。










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