攻守立場を変えて

ダニエルの悲嘆は続くが、情勢は待ってくれない。

しかし一晩だけでもと、クリバヤシの死を悼みこの戦いでの死者を想いながら一人で酒を飲むダニエルの天幕を開けて入ってくる者がいる。


「誰だ!

今晩は一人にさせろと命じたはずだ!」


「私です」

訪れたのはレイチェルであった。


「あなた、お嘆きはわかりますが、今は一刻が値千金。

直ちに軍を再編して王を追い、王都を掌握しなければなりません。

嘆くのはその後いくらでもできます」


「戦さでは血みどろになって敵を防いで戦線を支え、個人的にもオレを救ってくれた部下のために一晩鎮魂するのも許してくれないのか。


レイチェル、お前は生まれ故郷の王都を望んでいるのかもしれないが、オレや家臣はその為の道具じゃないんだ!


だいたい王国の政権など欲しくもない。

今日の寝返った奴らを見たか。あんな腹黒い奴らの相手をし続けるなど真っ平ごめん。

オレはこの地と家臣や領民を守れればいい!」


怒りを爆発させたダニエルだが、大声を聞いて隣の天幕に控えていたノーマが飛んできて間に入る。


「ダニエルさぁ、落ち着くがよか。

レイチェルも戦果を急ぐ気持ちはわかるが、今晩は兵も戦い疲れて、これ以上動くこともできん。

明日、頭が冷えてから軍議をすればどうじゃ」


この場はそれで落ち着いたが、ダニエルは収まらず、気のおけないオカダやバースに加えて、クリバヤシ麾下のカンベーやニシ達を呼び、クリバヤシや戦死者を偲んで明け方まで飲み続けた。


翌日、軍を再編しながら、今後の戦略を話し合う軍議を行う。

家中の主要な武将に加えて、レイチェルやアラン以下の戦を支えてきた文官も加わる。


最初の発言はオカダである。


「この機を逃してはならん!

クリバヤシの弔い合戦でもある。


一気に王都まで攻め込んでこれを落とし、王をすげ替えよう。

そうすればこの国は我らのものだ!」


それにレイチェルも賛同する。


「よく言いました!

その通りです。

ここで見逃せば、あのしつこい王のこと、巨大な王都の経済力を活かして再度侵攻してくることもあります。

この勢いに乗り、一気に王都を攻略しましょう」


ダニエルはそれに対して物憂げに言い返した。


「それでどうするのだ。

傀儡の王を担いでオレたちがこの国を運営するのか?

そんな覚悟はオレにはないし、政権を担う体制もなかろう。


そもそもこのままあっさりと勝てるのかということも疑問だ。


奴らにはまだクスノキとキタバタケが温存されている。

前回同様、王達にヨシノに籠もられて、その一方でクスノキとニッタがゲリラ戦、更に東北からキタバタケが来れば苦戦は必至。


その時にあの寝返ってきた畿内諸侯はどう動くやら。


また、北方守護のセプテンバー侯も東方守護のオクトーバー侯の向背も明らかではない。


そう考えると、ここでいったん利確しておくのが得策ではないか。


少し前にヘンリー団長から和睦を勧める書簡が届いている。

団長に仲介してもらって和睦し、王政府に我ら寄りの政権を作れば良い。


幸いドーヨからはプレザンス宰相以下の反ダニエル派の首脳を捕虜にしたとの報告がある。


奴らと武官のトップであるニッタを君側の奸として責任を押し付け、王には引き続き王位を与えてやれば折れるのではないか」


それを聞いたアランは嫌な顔をした。

その新たな政権の中心には間違いなく自分が擬せられていると思ったのだ。


一方、レイチェルはダニエルの冷静な言葉に驚いていた。

一介の騎士から急遽領主にさせられたダニエルであり、政治は私が見なければとレイチェルは自負していたが、様々な辛酸を嘗め、ダニエルが政治家として成長していることは認めなければならない。


ベテランのオーエが発言した。


「長年王政府でお仕えしましたが、アーサー王は王による専制政治を目指すという強い信念をお持ちの方。

王位にあればまたその理想のために動き出すと思われますが」


「そうかもしれないが、先程も言ったように一気に廃することも難しい。

何と言っても相手は正統な王だ。

いくらアルバートという急造の王を立てても傀儡なことは明らかであり、大義名分は弱い」


弱気のダニエルにバースが同調する。


「長期の戦で兵は疲弊しています。

短期の戦いならば勢いで戦えますが、長期となると厭戦気分も出てくるでしょう。


遠方の戦いとなると兵糧の輸送もコストを要します。

これまでの利点が逆転しますな」


「たしかにそうだな。

奴らがまとまって野戦を挑んでくれれば一番いいのだが、まともな戦略眼があればそうはすまい。


ヨシノまで引かずとも王都に籠城して援軍を呼びかけるというのもある。

それも厄介だ」


オカダも考えを改めて、そちらについた。


夫と将軍達の弱気な発言にレイチェルは怒りの声を上げた。


「あなた達は何のためにこれまで多額の予算を費やして軍備を整えてきたの!

ここでせっかく得た勝利を拡大せずにどうするの!

ノーマ、あなたはどう思う?」


レイチェルが使っている、亡命してきた宮廷貴族や官僚は王都に戻りたい思いと、王に逆らったことへの処分の恐れを抱いている。


できればアーサー王とその派閥を完全に排除してから王都で権力を握りたかった。


これまで口を閉ざしていたノーマが口を開く。


「あたいは政治はわからん。

惚れた男を信じるだけじゃ。

ダニエルさぁが行っなら行っし、止まんなら止まっ」


「この!あなたも大諸侯の妻で後を継ぐ子の母でしょうよ。

少しは自分の考えを持ちなさい!」


レイチェルは叫ぶが、ダニエルをトップとする武官は彼が決定すれば従うのみ。


「まずは和議を応諾することを団長に申し込む。

王宮もこの大敗の上、側近を失い意気消沈してるだろう。


団長にうまくまとめてもらえば、アランやオーエ、タヌマには王政府に戻って、アーサー王を棚上げして実権を握ってもらおう」


ダニエルはそう話し、和睦を進めることで纏めようとしたときであった。


ヒデヨシのところに使者が飛び込んでくる。

それを聞いたヒデヨシは立ち上がって叫んだ。


「ダニエル様、ハチスカ党からの知らせです。

王都からクスノキとキタバタケの軍が出撃したそうです。


おそらくは撤退中のニッタ軍と合流し、再度の戦を仕掛る気ではないかと推察いたします」


「馬鹿な!

こちらに寝返った兵を考えれば、向こうは遥かに少数だぞ。

こんな都合のいい話はない。

流言か謀略だろう」


そういうダニエルのところに王都近くに陣を構えるカケフからも同様の急使が来た。


「信じられんが、事実のようだ。和議は取りやめる。

すぐに兵をまとめろ!先日の雪辱戦だ。

ニッタ、クスノキ、キタバタケをまとめて討ち取るぞ!」


そこでダニエルは言葉を切ってニヤリとする。


「カケフは戦ができずに不満だそうだ。

我々が遅れるようなら自分だけで勝ってしまうぞと脅しやがった。

遅れる奴は置いていくぞ。

手柄が欲しい奴は急げ!」


ダニエルの号令に一同が歓声を上げる。


事態の急展開に茫然とするレイチェルや文官達を知り目に、武官は武功のチャンスとばかりに走り去る。


ダニエルもノーマとともに戦支度に急ぐところをレイチェルは捕まえる。


「あなた、その戦のあとは王都まで席捲すると考えていいのですか」


そう言われてダニエルは考える。


「まあ、その時の状況次第だ。

しかし、勝ってしまえばアーサーにはあとがない。

いかようにでもなるだろう。

王都に行く準備をしておけ」


そう言って去っていくダニエルを見ながら、レイチェルは気持ちを改めて兵糧や武具の増産と輸送の手配に頭を巡らせた。



さて、王都に命からがら帰還した王は衛兵に運ばれて王宮で休むも、脳裏をよぎるのは屈辱の記憶とダニエルへの恨みばかり。


そんな王を王妃が見舞い、話しかける。


「陛下、ヘンリーから和睦の周旋の書簡が私のところにもきました。

彼は、誓って王位を揺るがすことはないようにすると申しております。

ヘンリーを頼ればいかがですか」


この敗戦を受けて、王妃の一番の心配は王位を我が子ジョージにちゃんと継がせられるかである。


ダニエルとこのまま争い完敗すれば、彼の担ぐアルバートに王位を奪われる可能性も出てくる。

王妃としては、政権をダニエルに譲る代わりに、王位は引き続き現王家が持ち続けることを望んでいた。


「まだ諦めんぞ!余には戦力が残っている!

他にも有力諸侯に呼びかければ余に味方するはず。


ヘンリーにも和睦などではなく、ダニエル討伐への出陣の命を下す。

ダニエルになど屈するものか!」


ベットから身体を起こし、そう呻くように叫ぶ王に王妃は言う。


「陛下、前の出征で呼び掛けたときに来なかった者が今になって本当に味方するとお思いですか。


余力があるからこそ交渉できるのです。

次に負ければすべてを失うかもしれないのですよ。

何卒、よくご思案くださいませ」


王妃は一度頭を冷やしてもらおうと王の部屋を出る。


王は一人になって考える。

もう相談相手だったプレザンスはいない。


(確かに負ければアルバートに王位を奪われるかもしれん。

しかし余の夢だった君主専制を諦めるのか)


王の心は千千に乱れる。


そこへ検非違使長リバーがやってきた。

「陛下、こんなものが王都内でばら撒かれているらしい」


渡された紙にはこんなことが書かれていた。


『偽王アーサーを討て!


神は正義に立つ。

ムーン城夜襲にて我が指揮に従い、配下のダニエル将軍は大勝した。

これでどちらが正統な王かは明らか。


王都にいる貴族や廷臣達よ。

偽王アーサーの首を持ってきた者には褒美を惜しまず、望むものを与えよう。

王妃や王子など王族を討ち取った者もそれに準じた扱いを約束する。


まだこちらのポストは残っている。

余の寛大さが残るうちに余のもとに馳せ参じることを勧めよう。


真の王アルバート』


「なんだこれは!

アルバート、ダニエルめ、許さんぞ」

王の怒りが爆発する。


「まあ待って欲しい。

この檄文にダニエルは関わっていない。

おそらくはアルバートが戦の結果を聞いて独断で行ってきたもの。


奴は所詮傀儡。

相手にすることはないが、馬鹿はどこでもいる。

身辺だけは気をつけるようにしてもらいたい」


この情報機関の長であるリバーは何よりも故郷のスラム街を重んじ、そのために王の幕下にありながらダニエルにも通じている。


しかし、引き立ててくれたアーサー王への恩は感じており、取捨選択しながら情報を渡していた。


そこへ急報が来る。


「アルバート王への奉公と号して、軍勢が押し寄せてきました。

その旗印を見るとミヨシ党のようです」


一昔前に王都や畿内で勢力を誇ったミヨシ一族の残党であり、今は三人衆と名乗っている者達が敗北を聞きつけ、いち早く攻めてきたようだ。


「おっ、奴らは餌を嗅ぎつけるゴキブリ並みの速さだな。

まあ、所詮は前時代の遺物。一撃を与えれば逃げ出すだろう」


リバーの言葉に王は答える。


「クスノキがいたはずだ。

奴に出撃させろ」


クスノキ軍は鎧袖一触でミヨシ党を追い払う。


報告に来たマサシゲに王は問う。


「マサシゲ、ニッタに加えて、お前とキタバタケがいればダニエルを討ち果たせるか」


「今のダニエル軍は強大で勢いに乗っています。

到底不可能です。


それよりもダニエル殿と和睦し、王国に平和をもたらすべきです。

ダニエル殿もアルバート王にこだわっていないでしょう」


「しかし、王位は保ててもそれでは余がお飾りとなるだけではないか。

なんとかダニエルを倒せんか」


そこでマサシゲは考え込む。


「時間を稼ぐという意味からは、陛下にヨシノに移っていただき、私とニッタ殿でゲリラ戦で食糧を絶ち、弱ったところでキタバタケ殿に背後から襲ってもらうという前回のやり方しかありません。


しかし、前回よりもダニエル軍は強く、こちらは弱体化しています。 

正直なところ、勝てる自信はありませぬ」


マサシゲの意見を聞き、王は王妃や廷臣に相談する。

マサシゲの戦争プランには誰しも反対した。


王妃は戦争を避けるため、一般の廷臣はヨシノの田舎暮らしを嫌うため。

強硬派はクスノキ達が奮戦するとともに、各地に援軍を求め、またダニエル軍に付いた諸侯に恩賞を約束して寝返りを勧めれば勝つ余地があると主張する。


運良く生き延びて帰還したボウモンは、王が二度も王都を離れるなど前例のないことであり、臣下として求めるものではないとクスノキを責めた。


迷っていた王だったが、鮮やかなクスノキ軍の勝利を見て、また、強硬派の意見を聞くうちに希望的観測を抱くようになり、断を下す。


「忠良なる臣下クスノキ、キタバタケよ

逆賊ダニエルの追討に立て!


今退却途上にあるニッタと連絡を取り、ダニエル軍を討滅せよ。


お前達だけに任せはしない。

セプテンバー侯やオクトーバー侯、その他の諸侯にも、またダニエルに付いている諸侯にも味方になるように呼びかける。


王国の行く末はお前たちにかかっている。

頼むぞ!」


満座の廷臣がいる前で、王に手を握られてそう頼まれればいかんともしがたい。


クスノキは無謀な戦いの尻拭いのために死地に行かされることに内心絶望しながら、クスノキ家を守るための方策を考え始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る