結婚式前夜(後編)
宮廷の王の私室にて、王と騎士団長が酒を飲みながら談笑していた。
側近も席を外させ、ふたりきりである。
「明日は宰相は何をしてくるか楽しみだ。
まさかオメオメとマーチ侯爵の筋書きを見過ごすまい。一発かまされているからな。宮中はみな宰相の出方を伺っている。
このまま見過ごせば負け犬と思われ、誰も付いてこなくなる。宰相たる者、現役でいたければ舐められる訳にはいくまい。」
「政治はわかりませんが、王と宮廷の警備はいつも以上に厳重にしています。」
「法衣貴族がいきなり宮廷の武力制圧なんぞはやらんよ。奴らの本領は政争だ。
ダニエルの結婚式を潰して、マーチ侯爵とオレの面子を丸潰れにするくらいと踏んでいる。
ダニエルの動きはどうだ?助けを求めてきてないか?」
「騎士団に遊びに来てましたが、上機嫌でした。騎士団の旧友に声を掛け、結婚式の行列の見物や式後の宴会に呼んでいるようです。」
ふうんと王は少し訝しげな顔をする。
「式前といえばクソ忙しいのに、わざわざ騎士団に遊びに来る??
不審だな。何か嗅ぎつけているのかもしれない。
俺やお前に頼ってこないということは、自分で解決して借りを作らないということか。生意気な。
まあいい。宰相が凹めば都合がいいし、ダニエルの試金石にもなる。
ただ、ダニエルが上手く処理できなければ、騎士団を直ぐに出せるよう用意しておけ。」
「承知いたしました。」
ヘブラリー家の屋敷は大変な人だかりであった。
地元から家臣や兵を集めたところに加え、祝い客も続々とやって来る。
そんな一角で激しく言い争う男達がいた。
「明日の行列は、侍女はやめて武装兵を増やしてくれと言っただろう。警告文も来て、ダニエル様が心配されている。従士と兵を10名以上は付けてくれ。」
「婚礼の行列は、着飾った侍女や侍童で華やかにして欲しいとジーナ様に言われている。
ダニエル様の列は好きにすればいいが、ジーナ様の方はヘブラリー家に任せてもらいたい。」
ジューン家従士長のテーラーとヘブラリー家従士長のトマソンが、婚礼の行列を巡り延々と口論していた。
昨晩ヘブラリー家に投げ込まれた投書には、「明日の行列を襲うという情報があるので気をつけられたい。」と記されており、それを受けてダニエルが護衛の強化を命じたが、ジーナは応じなかった。それがそのまま二人の従士長の争いとなっている。
また、トマソンはヘブラリー家の血統を重視しており、婿などは子作りのためと、兵の指揮官である陣代としか思っておらず、自分の主人は伯爵とジーナだと考えている。
(婿さんは騎士団上がりか知らないが、ヘブラリー家のことに口出しさせるか!)と思っているので、ダニエルの名を出されても引く気はなかった。
そこにダニエルがやってきた。慌てて二人は敬礼する。
「伯爵の許可を貰ってきたぞ。やはり不安なので護衛を増やせとのことだ。
それとトマソンに頼みがある。明日、仮に襲撃が大規模だったら、狼煙を上げるので屋敷に残る兵50名を率いて援軍に来てくれ。頼んだぞ。」
ダニエルとテーラーが去るのを忌々しげに眺めながら、トマソンは指示をする。
「明日の行列に護衛兵5名を目立たないように軽装で入れておけ。あとの5名は侍女侍童で良い。」
「いいのですか?ダニエル様は完全武装10名はいると言われてましたが。」
部下が問い返すが、トマソンは気にも止めない。
「放っておけ。王都の中で何も起こるわけがない。あの投書だって悪戯に決まっているわ。騎士団というのはよほど臆病なのか。
明日の待機も不要だ。祝い酒でも飲んでいよう。」
ヘブラリー家本宅の大広間では賑やかな宴の真っ最中であった。
ヘブラリー伯爵夫妻と、ジーナ、マーチ侯爵が並び、伯爵家の縁戚、重臣の挨拶を受け、宴会となっている。
「ダニエル君はどうした?」
マーチ侯爵が尋ねると伯爵が答える。
「先程まで皆と挨拶していましたが、一通り顔合わせも終わったので明日の式順の復習をすると離れに戻りました。」
「明日は結婚式の後、陛下からの叙勲もあるからな。万一にもトチらないように気をつけるのがいいだろう。
ジーナも明日は陛下をはじめ重臣が揃っている。緊張すると思うが、習ったとおりにやるのだぞ。」
「はい、お祖父様。」
ジーナはにこやかに答える。
ダニエルとの結婚が決まって以来、不機嫌で当たり散らしていたジーナが、最近にこやかな元の姿に戻ったことで両親も祖父の侯爵も安心していた。
(明日になればポール様が迎えに来て、結婚できる。)
ジーナはそれを思うと自然と笑みが溢れてくる。それを周囲が明日の結婚式をそれほどに楽しみにされているのかと誤解していた。
そんな中、ジーナの後ろに佇む侍女長イザベラだけが、ジーナの本心を知り、心痛の余り顔色が優れず、周りに心配されていた。
その頃、ヘブラリー家の離れではダニエルとその配下が明日の打ち合わせに余念がなかった。
「ミラー男爵執事のバビーの連絡では、最終的に鷹の爪団は30名で襲撃してくるそうだ。
それに対して、当初応対する婚礼行列の護衛はジーナに10名、オレに10名の20名。最初に奇襲で矢を撃ってくるだろうから何人かは動けなくなるか。
傭兵の遣り口なら、オレの馬車には確実に殺せるよう弩を撃ってくるだろうから、戸を鉄板にし、中は木の人形を載せている。
オレはジーナの馬車の御者をして、兄のポールがやってくるのを待ち受けるので、行列の兵はカケフが指揮してくれ。
バースはオレと一緒にジーナの保護を頼む。」
ダニエルの言葉を引き取り、従士長のテーラーが続ける。
「ジューン領から従士どもを30名連れてきました。コイツラを襲撃予想地に潜ませます。オカダ様、指揮をお願いします。」
「「「任せておけ。(わかりました。)」」」
「オカダ、オレも頼んでいたが、騎士団からの応援はどうだ?」
「非番のやつを3人は捕まえた。周りで行列を監視して、その後は宴会だと言ったら喜んで来るそうだ。」
カケフが最後を纏める。
「敵は30名。一流の傭兵団だから舐められないが、こちらは護衛兵に、潜ませた兵を合わせると50名。更に騎士3名の応援もある。
念の為、狼煙を上げたらヘブラリー兵50名も来る手はずとなっている。負ける訳があるまい。」
「ダニエルやりすぎだぞ。オレは暴れたいと言ったろう。」
オカダが大声で嘆くと、皆がどっと一斉に笑い、既に勝ったも同然と楽観視する雰囲気が満ちていた。
王都から離れたジャニアリー領の居館では家老と従士長が話し合っていた。
「伯爵様の指示では、メイ侯爵が結婚式で当主不在のスキをつき攻めてくるかもしれないので備えろということだ。出所はダニエル様の情報らしい。」
「境界では抵抗せず領都近くまで引き付け、それから反撃しろということだが、領内が荒れるが良いのだろうか?
反撃の際はジューン領からも兵を出してくれるらしいが。」
「隣接して攻めやすいジューン領でなく、ジャニアリー本家に攻めてくるのも不思議だが、旧の第一家老派から目を離すなというのも何だろう?
この話は裏が有りそうだが、伯爵様も婚礼が終わり次第戻るそうなので、言われた通りにしておくべきだろう。
早々に皆に指示しよう。ポストに門閥重視から実力主義を取り入れて初めての戦だ。抜擢された奴らは張り切るだろう。」
ジャニアリー家家臣はメイ侯爵の予想される進入路に見張りを立て、罠を張り、村人の避難と家財食料の持ち出しの準備をした。。
その一方、要注意人物には尾行をつけ、行動を見張った。
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