結婚式前夜(前編)
ジャニアリー家の王都邸
「ポール、随分機嫌がいいな。区切りをつけてダニエルと和解したのか?」
明日がダニエルの結婚式の為、家族で上京してきたジャニアリー家であるが、食事の席での父伯爵の問いかけに世子ポールはにこやかに答える。
「肉親ですからね。いつまでも喧嘩できないですよ。この結婚を機会に兄弟助け合って行きますよ。」
「嫡男らしくなったな。そう言ってくれれば儂も安心して家を任せられる。」
「まあ、ポールじゃなくてダニエルが譲るところでしょう。だいたい今度の結婚もポールが我慢したお陰なのに、ポールに感謝もせず。
あの子は小さい頃から我が強くて困ったわ。」
いつもポールの味方をする母が口を出し、妹も尻馬に乗る。
「ジーナさんも気の毒に。ポール兄さんなら美男美女のカップルだけど、ダニエルでは釣り合いが取れないわ。私も恥ずかしくって結婚式で妹と言いたくないわ。」
妹の婚約者であるバート子爵が面白そうに笑って、
「そうは言っても伯爵と子爵の両爵位持ちになるんだ。内心を隠して機嫌を取ればいいことがあるんじゃないですか。」
「あの子はケチで、人に何もくれないですよ。
私もあんな見栄えの悪い男の母親と見られるのは嫌ね。
出席したくないわ。」
家族によるダニエルへの悪口に耐えかねた伯爵はテーブルを叩いた。
「いい加減にしろ!アイツの結婚は儂が認めたものだ。
出たくない奴は出るな。
ポールを見習え。以前はあれだけ荒れてたのが悪口一つ言わないぞ。」
(父上には悪いが、明日はジーナを攫って僕が結婚するよ。
あの母と妹の感じではダニエルを殺しても弁護してくれそうだな。)
ポールは明日のことを考えて、上機嫌だった。
ミラー男爵邸では、宰相の執事が来て、明日の最終確認を行っていた。
「傭兵団は、団長の指揮で兵30名で襲撃する。相手は儀礼用の兵10名だから過剰すぎるが、確実に成功させるためと言くので、やむを得ず報酬を値切って認めた。
しかし、無駄は無駄だ。交渉担当の執事のバビーは処罰した。報酬額は最後はポールに回すが、オレが立て替えるので大きな額は痛い。そちらで持ってもらえないか。」
金の支払いを頼む男爵に執事が反応する。
表向きは身分差があるが、仲間内では、宰相家の実力者である執事の方が見下している。
「人数や金も含めてやり方は任せたはずだ。今更泣き言を言うな。ダニエルの領地が欲しければ全部やって見せることだ。
とにかくジーナを攫うのと、ダニエルを殺すことは確実にやってくれ。
明日の段取りだが、目的を果たしたら傭兵団は迅速に引き揚げ、アンタの指揮下の衛士が現場に出動して何人かの囚えている浮浪者を犯人として捕まえ、アンタの手柄にするということだな。
現場はそれでいいが、ジーナとポールは宰相邸で保護するので、誰かに連れてこさせてくれ。
宮廷では、明日は結婚式と叙勲のため、王や宰相などの重臣、両伯爵家などの親族が待っている。
そこにアンタの部下を直ぐに向かわせて、ジーナが攫われ、ダニエルが殺されたことを報告する。
大混乱になるだらう。その中で、宰相が間をおかずに腹心のミラー男爵が犯人を抑え事態を収拾したことを発表すれば、誰が一番力があるかがハッキリ示せる訳だ。
騎士団や王は、自分達の仲間が殺され、うろたえている間に我らが事態を収めれば臍を噛むだろう。最近増長しているからいい気味だ。」
「しかし、あまりにも出来すぎてると疑う奴らもいるんじゃないか?」
「それはいるだろう。
でも証拠もなく、最大の権力者に表立って逆らう奴がいると思うか?
政敵のマーチ侯爵は孫娘が駆け落ちして大恥だ。
王も自分が抜擢しようとした男が呆気なく殺され、見る目の無さを露呈する。
両伯爵家には跡継ぎをこちらで握り、実子を殺され立腹するジャニアリー伯爵には敵対関係のメイ侯爵をぶっける。
誰が見ても宰相の一人勝ちだ。そしてオレはその宰相家の実権を握っている。」
「オレもこれだけ働いたのだから、ダニエルの爵位と領地はくれよ。」
「最後まで上手くやれば考えてやる。油断せず仕上げてくれ。
おっと、忘れていたが、襲撃の騒ぎでヘブラリー家から応援が行くと厄介なので、マーチ侯爵名で、家臣向けに前祝いをと、シビレ薬入りの葡萄酒を送っておいた。従士どもが飲めば明日は動けまい。」
「流石の用心深さだな。それは気が付かなかった。ありがとう。」
宰相執事とミラー男爵が皮算用する中、別室では執事のバビーがミラー男爵の手紙と金を漁っていた。
「あの野郎、傭兵団との交渉をオレにさせて、さんざん注文つけた挙げ句に、出来が悪いと殴りやがって。明日、証拠の手紙と金を持って行方をくらましてやる。ざまあみろ。」
鷹の爪団本拠では、団長と副団長が打ち合わせをしている。
「ミラーめ。ようやく前金を渡してきたぞ。ギリギリまで値切りやがって。
あの執事も余程主人に言われたのかしつこくて参ったな。」
「全然現場のことを知らずに、成功して当たり前で、安ければいいと思っているからな。全部任せて、言い値を払ってくれればいいものを。」
「調べたら、相手は戦功もある騎士団若手のホープだからな。いくら婚礼の行列とはいえ、そんなに簡単に行くわけ無いだろう。」
「ミラーの情報の倍の20人の護衛兵を想定し、こちらは30人だが、念の為あと10名を近くに潜ませておけ。何かあったら追加で報酬を毟り取るぞ。」
「逆に何もなかったら後金を払うのも渋りそうだ。
少しボヤを出すため、婚礼を襲うと言っている者がいるので警戒させたいと無記名でヘブラリー家へ文を投げ込んでおいた。
まさか30名もの襲撃とは思うまいが、多少警戒してくれればミラーにガセの情報を掴ませたと増額して支払わさせられる。」
「なるほど。よく考えたな!
明日の段取りだが、ジーナにごねさせて、ダニエルとは別の馬車で行くことにできた。
まず、前の馬車を行くジーナをこちらの半数で囲み、護衛兵は殺害排除する。車中のお姫様には王子様気取りのポールが迎えに行くそうだから、そのまま馬車から降ろして彼らをミラーの部下に渡せばいい。
後方の馬車のダニエルには、弩を撃って、さっさと殺してしまおう。
そのまま、反撃を受ける前に撤退だ。
追いかけてくれば予備10名を使って挟撃する。」
「そんなところか。あとは現場で柔軟に対応するしかない。
久々の大きな仕事だ。しくじらないようにやろう!」
メイ侯爵領の館では、侯爵と家老が話し合っている。
「ミラー男爵からの連絡では明日決行とのことだ。
ダニエルへの襲撃を契機とした宮中クーデターに近いやり方だが、上手くいくと思うか?」
壮年の侯爵の問いに長年政治に携わっていた老練な家老は答える。
「宰相も急ぎすぎですな。今までは慎重に進めて権力の座を掴んだものを。
先日の一件でマーチ卿に一泡吹かせられ、勢威に陰りを見せたのがショックだったのか。
いずれにせよ、法衣貴族に武力はわかりません。傭兵団を雇ったらしいですが、ダニエル殿は騎士団で散々揉まれてきた方。アッサリ終わらないと見るのが良いでしょう。」
家老の答えに侯爵は頷く。
「そうだろうな。
だから、ジャニアリーへの侵攻は王都の企てが成功したという知らせが来てから始める。
ミラー男爵の手紙では、ポールが宰相の庇護下、ジャニアリー伯爵に代替わりの要求を突きつけ、国元でポールの支持者が立ち上がったところを我らが支援のため領内に入るということだな。
うまく行けば、ダニエルの領地も占領合併するし、ダメでも係争地は正式にメイ家のものとお墨付きをくれる。
ジャニアリー家は割れるだろうし、文弱のポールが家督を継げば、後々全部メイ家で奪えるかもな。
そう考えると、あの宮廷鼠どもの陰謀が上手く行ってほしいものだ。」
「殿、絵に描いた餅では腹は膨れません。餅を食べてからの話です。
少なくとも宰相派で行動してから逆転されてはたまりませんからな。慎重にいきませんと。」
「わかっている。明日、ミラー男爵の執事から来る知らせが待ち遠しいわ。」
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