反乱の殲滅
ジャニアリー伯爵領(ジューン子爵領予定)の丘陵にある砦に総勢40名程の家臣とその従者達が集まっている。
陪臣騎士という家格の高さから首領格となった男が言う。
「ダニエルでは話にならんので、嫡男のポール様と交渉している。我らの要求は、没収した財産を賠償するとともにジャニアリー本家で元の食禄に戻すことだ。
ポール様からは、ダニエルのやり方はおかしいと考えており、名門の家臣が自分に仕える気があれば本家に引き取るのも吝かではないので、伯爵様に話をすると返事が来た。
なお、ダニエルに謝罪させてほしいと伝えると、そのとおりだと言われている。
まもなくいい返事が来るだろう。」
不安そうな男が、「そんなにうまく行きますか? ポール様は最近遊興にかまけ、評判を落としていると聞きますが、伯爵様を動かせますか?」と言うが、歯牙にもかけない。
「馬鹿なことを言うな。世子が言っているんだぞ。なぁスタントン。」
「はい。おっしゃる通りです。
ジャニアリー家は我らの動きを重く受け止めているようで、早く決着させるようにと伯爵様もおっしゃられています。」
スタントンと呼ばれた男が追従する。
「自分は創設以来の名門の騎士。本家に残る親族も多い。この影響力を持ってすれば、次男のダニエルなぞ問題外。アイツは思いもよらず領地を分けてもらえて、トチ狂ったのだろう。」
そう言って哄笑する男は前祝いだと言って酒を飲み始める。
周囲の男達も不安そうな顔を見合わせながら、それに合わせる。
もう家も財産も没収され、今更ここを引き上げても行くところもない。家を追い出された家族は親族に厄介になっているが、早く家に帰りたいと泣き言を言われる。なんとか首領の言う交渉がうまく行ってくれるのを望むばかりである。
その頃、ダニエルは父の伯爵と会っていた。
「遅い!」
いきなり怒鳴りつけられる。
「早くアイツらを処分しろ。ポールをはじめ、一部の家中が騒ぎ始めている。
長引くとメイ侯爵や王政府から何か介入される恐れもある。家内の政治が乱れているなどの理由をつけて攻めてきたらどうする。」
「承知しました。今晩に夜襲をかけ、殲滅します。」
「見せしめに全員殺し、主家に逆らう者はこうなると示しておけ。こちらもこれまでの態勢を改革しなければならん。いいチャンスだ。
奴ら40名程度と聞いているが、騎士もおりそれなりの戦力はある。お前の手勢だけで全滅させられるか?兵を貸してもいいぞ。」
「ヘブラリーの兵も貸してもらいましたし、騎士団から3人スカウトしました。大丈夫です。」
「わかった。うまくやっているようだな。では行け!」
ダニエルはそのまま城を出て、連れてきた騎士・従士とこちらで採用した家臣に話をする。
「砦に籠もっている反逆者どもは騎士や従士が頭となって40名ぐらいだ。
全滅させるぞ。こちらの戦力は騎士団から3名、ヘブラリー家から10名借りている。ジューン家からは何人出せる?」
テーラー従士長が返事する。
「子爵家で新たに採用した従士10名が使えます。兵は50名を集めています。」
「わかった。向うは騎士2名に従士5名、兵が30数名か。
こちらは騎士3、従士12名、兵が60名。
負ける訳がないが、全員を殺すとなると死にものぐるいで抵抗するだろう。気をつけろ!」
おう!!と応える声が響く。
夜半までに食事と仮眠を取り、深夜に黒装束で出発する。
砦が見える。
小高い丘の地形を、空堀りと土塀で補強し、見張り台も置いている。
(正攻法で攻めると時間がかかる。隠密かつ迅速に動くしかないな。)
ダニエルが攻略法を考えていると、砦から一人の男が出てくる。
見つかったか!
兵に緊張感が走り、各員が矢を構えると、テーラー従士長が言う。
「打つな!あれは味方だ。」
男はテーラーの案内でダニエルの前に膝をつき、話し始めた。
「スタントンと申します。バレンタイン家老の命で反乱者の扇動、内偵をしていました。中にいるのは45名。酒を飲ませて眠らせてあります。見張りは既に始末し、門も開けてあります。」
「よくやった。あとは始末するだけだ。突入しろ!」
ダニエルの号令で一斉に中に入る。
砦の中は小屋があるが、静まり返っており、先程の言葉通り眠っているようだ。
「火をかけて起こしてやれ。」とダニエルは命じる。
火矢が放たれ、暫くして、火事だ!という声が聞こえた。
それと同時に飛び出してくる男を次々と矢で射殺する。
ようやく、敵襲だという声がする。
矢に当たらず接近してくる者には従士が剣で応じる。
完全武装のこちらに寝起きの姿では勝負にならない。
(脆い!)
あまりの反応の遅さにダニエルは呆れ、演習にもならないと思う。
一方、目の前の戦闘を見ると、騎士団出身の3名は勿論、ヘブラリー家の家臣に比べても、これまで戦闘の経験に乏しいジューン家の従士・兵とも明らかに動きが鈍い。鍛え直さねば。
そんなことを考えるほど一方的な戦いだったが、騎士らしい男がダニエルの名を呼ぶのに気がついた。
「ダニエル出てこい!卑怯な真似をしよって。正々堂々勝負しろ!
オレは伯爵家創設以来の名門騎士。こんな野盗のような戦いには応じられない。」
ダニエルは面倒になり、近くにいるベテラン従士のバースに、アイツを殺してこいと命じる。
バースは無造作に出ていくと、名門騎士様の実力を拝見させていただくと言い、従士なぞと戦えるかと言う相手に、問答無用で一撃を浴びせ、そのまま馬乗りになると首を切った。
その頃には、ほぼ戦闘も終わり、周りは死体が積み重なっている。
そこに女の声がした。
「そこにいるのはマイケルでしょう。お願い助けて!」
どうやら従士のラインバックの知り合いが砦に遊びに来て、隠れていたようだ。足に縋り付いている。
困り顔のラインバックにダニエルは言う。
「ラインバックよ。ここにいる者はすべて殺さねばならないが、お前は王都でも働いてくれたな。どうしてもその女を助けたいならば、二人で他国に逃亡するのを見逃してやる。オレも不満を抱える従士は持ちたくないしな。」
ラインバックはその言葉で腹が座ったようだった。
「イヤ、これは私を見捨てた以前の婚約者です。それより私を見出してくれたダニエル様にお仕えします。」
言うなり、女の首を刎ねる。
死者、負傷者ともいないことを確認して、ダニエルはいち早く報告のために城に向かった。
城に着くと、大広間に多くの人が集まり、何やら言い合っている。
どうやら砦の火の手を見て、籠もった者の縁者達が何事かと集まってきたようだ。
「父上、あの炎は何ですか?まさかダニエルが砦を攻めているのではないでしょうね。籠もっている彼らには名門出がたくさん含まれており、私に仕えたいと申し出ています。直ちに保護していただきたい。」
兄のポールが立ち、熱弁を振るっている。
遊び呆け、酒や女に溺れていると聞いていたが、意外としっかりした姿を見て、
(ジーナとの別れから立ち直ったのか。これでお互いに割り切ってくれると助かるのだが。)
ダニエルはそんなことを思いながら、人をかき分け、前に出る。
「父上、反乱者どもを処分しました。」
中央に座る父に声をかける。
「わかった。よくやった。」
「ダニエル、貴様何をやったのか分かっているのか。名門や譜代は家の宝だぞ。それを処分とは。せめて生き残った者は私が保護するので引き渡せ。」
騎士は勿論、一般兵も捕虜とし、身代金をもらうのが常識である。
「はあ?反乱者どもは死罪しかないでしょう。全員殺しましたよ。」
それを聞き、周りにいた親族らしき者から悲鳴があがる。
ポールの後ろから、母のナンシーが出てくる。
「ダニエルあなた、騎士の方々も殺したというの。彼らの奥方は私の友達よ。早く助けてと頼まれていたものをどうしてくれるの!」
知るかとダニエルは思う。
話の通じない人は放っといて、報告はしたので帰るかと思っていると、ポールが嘲るような口調で話し始めた。
「さてはお前、ジーナに相手にされない鬱憤をここに晴らしに来たな。
お前みたいな垢抜けない粗暴な男に迫られて困っていると言っていたぞ。」
「確かにダニエルみたいな、血統の価値もわからず、殺すだけしかできない男が相手ではジーナさんも気の毒に。」
母も尻馬に乗って言い募る。
一番苦労していることを言われたのと、まだジーナがポールと連絡を取っていることに頭に血が昇り、思わず剣に手を掛ける。
ポールは顔面蒼白となって後ずさりするのと、伯爵が「見苦しい兄弟喧嘩は止めろ!」と言うのが同時だった。
その言葉でダニエルもハッと冷静になった。
「ポール殿、忠告ありがとうございます。
しかし、あなたも他人の婚約者の尻を追いかける前に、領主貴族の世子ならば賊の1名でも斬ってきたらどうですか。」
今まで戦場に出たことのないポールに嫌味を言い、母親は無視して、父にのみ退出の挨拶をして、城を出る。
供のクリスに、「戦場の方がずっと気が楽だ。斬ればカタが着く世界がオレには合っているよ。」と愚痴をこぼすが、クリスからは今後の仕事が並べられる。
「はいはい。
マーチ侯爵に貰った猶予を活かして、子爵領の街づくりと組織づくりを進めましょう。兵の鍛錬も早くやらなければなりません。その前に王都の働きや今日の戦いでの兵への報奨が先ですね。
マーチ侯爵の紹介で文官もまもなく来るそうです。政務の体制も整えねば。人材も集まって来ましたね。」
「お前、その前に飯を食わせて寝させろ~過労死するわ。」
「恩賞だけは決めましょう。寝ている間に私が準備します。
早めに報奨しないと忠誠心が落ちますからね。」
「うー、わかった。1時間で決めるぞ。」
「資金もないし大盤振る舞いはできないですよ。」
ダニエルは、疲れと立て込んだ仕事を考えると、自分が逃亡したい気にすらなった。
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