白昼の乱戦

 ダニエル馬車の周辺では激闘が続いていた。数はどちらも30名ほど。主力となる騎士の数は、ダニエル軍はカケフとオカダの他、テーラー従士長も手練れである。鷹の爪団は団長と二人の騎士崩れ、兵の練度も変わらない。


 しかし、傭兵団は苦戦を強いられていた。

目的であるダニエルの殺害のため、馬車を襲おうとするのだが、その馬車は襲撃と同時に広場の端に寄せられ、片側からしか近づけない場所に置かれていた。

 

 馬は御者が連れ出し、地面に置かれた車体は狙いやすいのだが、車本体に鉄板が取り付けられているため、矢も槍も通らない。やむを得ず、車体に取り付こうとするところをダニエル軍に槍や剣で突かれるのだ。


「相手が囮に向かってくれると狩るのが容易だの。」

「全くな。」

オカダは血で赤く染まった槍を振り回しながら、大剣で相手に斬りつけるカケフに話しかける。


そこにジーナの行列から敵味方とも此方に合流してくる。

傭兵団は送り出した半数の5名だが、ダニエル方は当初と変わらずダニエルとバースのほか10名が加わる。


(このままでは更に劣勢となる)

 焦る傭兵団長が周りを見渡すと、あまりにもシナリオと異なる展開に唖然とするミラー男爵を見つけて叫んだ。


「ミラー男爵、その手勢で加勢しろ。このままでは我らは負けるぞ!」


ミラー男爵は、事の終わった後の手柄作りの為、従者や西区衛士などの配下を30名余り連れてきていた。


白昼に公衆の中で貴族を襲うことにミラーは躊躇するが、傭兵団はどんどん形勢を悪くしている。


「早くしろ!手遅れになったらどうするんだ!」

怒鳴りつけられてミラーも決意する。


 既にジーナを攫うのは失敗したが、ダニエルさえ殺せれば、まだ当初の目的であるマーチ侯爵や王の面目失墜もジューン領の横領も可能だ。


 王政府には、ダニエル以下の兵は傭兵団に皆殺しにされ、その後、自分が衛士を率いて傭兵団を殲滅したと言えばいいだろう、鷹の爪団には悪いが、ここまで大きな戦闘となった以上は彼らを犯人に仕立てるしかない、ミラーは計算する。


「お前達、傭兵どもに加勢し、ダニエルを斃せ。」と配下に命じる。


 そして後ろを向くと従者に、「執事のバビーはどうした、なぜ来てない。」と聞くが、今朝から姿が見えないとのこと。


「仕方がない。お前でいいので、南北の衛士長に、大規模な賊が侵入し、西区衛士が苦戦しているのでと、なるべく多くの応援を頼んで来い。すぐに行け!


 それと、そこのお前、ヤマナカ組に行って、言い値を払うので、戦える奴らを武装させて集めて来いと言ってこい!」


 流石に自分の配下の衛士が加われば勝てると思うが念の為に、隣接する衛士の応援を要請しておく。更に繋がりを持つ暴力団からも人を集める。ミラーは使えるものは全部使うつもりだった。


 従者が飛び出すのを見てから振り向くと、衛士たちは、傭兵に加勢し貴族を襲えという指示に戸惑い、動いていなかった。


「いいからすぐに行け!これは陛下の隠密の指令だ。」

上司に王命と言われ、ようやく衛士は動き出す。


 動き出すと決まると早い。武器を取ると隊列を組み、傭兵団の攻撃に加わる。


 傭兵団はもはや戦える者が当初の40名から半減し、逃げ腰になっていたところで思わぬ応援が来て、息を吹き返す。


 一方、ダニエル軍はまだ数人の損害にとどまるが、そろそろ勝ちが見えてきたと安心感が出てきたところでの敵の増援にショックを受ける。


 だが、相手がダニエルの在処がわからず、木の人形しかない馬車を目指す限り、優勢な状況は変わらなかった。


そこに声が響く。


「お前たち、どこを攻撃している? ダニエルは、そこの大柄でチェーンメイルを来て、剣を振るっている男だ。そいつを殺せ!」


 見ると、ヘブラリーの供人と思われたのか、ポールが住民の手当てを受け、起き上がってこちらに叫んでいた。


ダニエルはそれを聞き、(あのバカ兄貴、情けをかけずに殺しておくべきだった)と悔やむ。


ポールの言葉を聞き、傭兵団長は命じた。

「ポールさんが言った通りだ。あの男を狙え。

衛士さんもここは呉越同舟、狙いを同じくして下さい。」


 衛士を率いる衛士隊長は、傭兵ごときの指示を受けることに嫌な顔をするが、ミラー男爵の厳命を思い出し、そのように配下に指示した。


 それまで前線で戦っていたダニエルは、急に自分の回りに敵が集まってくるのを見て、馬車の背後に後退し、声をかけ同じく下がらせたバースに命じる。


「ヤバくなってきたな。狼煙を上げてヘブラリーの増援を呼べ。

この車体はもう囮にはならん。みなをここに集めて、ウォーワゴンにしろ。

これを使うとは思わなかったが、金食い虫が役に立つとはな。」


 バースは頷くと、兵に狼煙を上げさせ、自分は車体に乗り込み操作をする。

すると、車の背後側の片面が外れ、開放される。内部には大量の弓矢や槍、盾などの武器と可動式の大型盾(マントレット)が積まれている。


ワゴンの敵側に面した、もう片面は、小さな鉄板を引き抜くと鉄のスリッドが入った窓がいくつも現れ、そこから矢を撃てるようになっている。


これは、襲撃への対応を相談する中、カケフやオカダが、騎士団で聞いたウォーワゴンの構想を思い出し、大金がかかると難色を示すダニエルを押し切って作らせたものである。


「ダニエル、俺達の言うことを聞いて良かっただろう。我ながら先見の明があったよな。」

オカダの軽口にダニエルも返す。


「ぬかせ。お前らは面白がってただけだろう。

しかし、役に立ったことは礼を言うぞ。」


指揮官の余裕を聞き、浮足立っていた兵も落ち着く。

「みな、これからが本番だ。演習の通りやれば勝てる。」


 落ち着いたカケフの声が響く中、鐘に合わせてダニエル軍は後退し、ワゴンの背後に集結する。追ってくる敵兵にはカケフとオカダが対手し斬り殺す。


 兵はワゴンの横にはマントレットを立て、廻り込まれるのを防ぎ、砦とする。

 ダニエル軍は全員がこの簡易な砦に閉じ籠もり、攻め寄せる敵に中からクロスボウや矢、更に投げ槍を放つ。


 傭兵団と衛士の連合軍は、白兵戦のつもりが籠城され、戸惑うが、早く攻めろと言うミラー男爵に逆らえず、盾を持ち隊列を組んで前進する。


 しかし、彼らの持つ盾では、矢はともかくクロスボウや投げ槍を防げず、その餌食になるばかりである。更にワゴンの屋根に位置する弓兵により、上からも矢が飛んでくる。


堪りかねて後退すると、カケフ、オカダ、バースが遊軍として、砦を出撃して襲いかかる。


「怖いほど予想通りだ。こちらは穴熊に飛車角持っているんだ。ミラーよ。ちょっとは考えて攻めないと全滅するぞ。」

 余裕の出てきたダニエルはワゴンの窓から長弓を撃ちながら、広場全体を眺める。


 後退時に数名が死傷するが、ダニエル軍はまだ30名以上を擁し、ウオーワゴンを拠点に守備に徹すると、倍の兵力でも攻め切れない。


 広場の周りの建物では、戦闘見物の貴族や民衆が寄って来ているようだ。

命を懸けているダニエルには苦々しいが、彼らにはこれとない娯楽だろう。


 見物人の中に、レイチェルとアランの姉弟を見つける。


 あれから何度かレイチェルからお役に立てることはありませんかと言ってきたが、これまで貴族女性(母、妹、ジーナ)から酷い目に合わされてきたダニエルは軽いミソジニスト(女性嫌悪者)であり、レイチェルも信じられず、何も話さなかった。


(オレが切り抜けられ、夫とする価値があるかを見定めに来たか。いかにも明哲保身を考える法衣貴族らしい振る舞いだが、命を懸けている時に高みの見物をされると腹が立つものだ。


 そう考えると、このミラーという男は法衣貴族らしくなく、我が身を賭けて勝負に来ていると思うと親近感を感じるな。)


 ダニエルが暢気にそんなことを考えているとき、ミラー男爵は、このまま戦闘の騒ぎが大きくなれば王都の緊急事態として騎士団が介入する、その時までにダニエルの命を取り、事態を隠蔽しなければ破滅だと焦っていた。


「何だ、あの馬車を改造したものは?」


「わかりませんが、あれは砦を攻めるくらいの装備がないと攻略できませんな。撤退しますか。」

ミラー男爵の問いに傭兵団長はやむ無しという表情で答える。


「バカを言え!!私はお前のような何も無い奴らとは違うんだ。

そうだ、衛士隊長、武器庫に行って攻城兵器を持ってこい。

私の指示だと言えば出せる。急げ。」


ちょうどヤマナカ組からヤクザ者達がゾロゾロとやって来た。

「ミラー様、今度はどこの貴族を襲いますか。急ぎと聞き、そこにいた30名ほど集めて来ましたが、言い値でいいと言うのは本当ですね。」


「ああ、後で好きなだけ払ってやる。だから、この男(傭兵団長)の言うことを聞き、戦え。

 団長、攻城兵器が来るまで、こいつらを使い、少しでも消耗するよう攻め立てろ。」


ヤクザ者を冷たく眺めた団長は

「お前たち、ここに並べ。」と整列させる。


彼らが盾やその代わりになる物を持っているのを見ると、傭兵を後ろに付かせ、「あの馬車もどきまで全力で走れ!」と命じる。


 ヤクザ者は、異様な鉄の箱を見て躊躇するが、逃げようとした者を傭兵達は斬りつける。後ろから傭兵に剣で突かれ、ウォーワゴンに突撃を強要される。


「あそこまでたどり着き、生きて帰ってきた者には銀貨10枚だ。」

ミラー男爵はやる気を出させるため、賞金をかける。

もちろん生きて帰る者はいないからの大盤振る舞いである。


 鞭と飴でやる気になった彼らはワゴンまで全力で走る。頼りない盾は役に立たず、殆どの者は矢衾であるが、何人かはウォーワゴンの前までは進む。しかしそこまでが限界で、両翼から出てきた兵にすぐに討たれた。


「やはり正面突破は無理だな。」

「矢も馬車一杯に積んで有りそうですから暫く尽きませんね。

バリスタか破城槌が使えるなら、それで壊してから歩兵を進めましょう。」


 ミラー男爵は攻め方を確認し、宮廷内において宰相が騎士団の出動を止めていてくれることを信じて、武器を待つ。


 一方、ダニエル軍も疲労が目立ってくる中、ようやく待望の援軍がやって来た。

「クロマティ、よく来てくれた!」


「ダニエル様、申し訳ありません。ヘブラリー兵50名のうち、多くが毒入りの酒を飲んで動けず、自分の配下と下戸の兵を集め、10名で参りました。」


「詫びは良いので、すぐに戦闘態勢に入ってくれ。」


「わかりました!

しかし、この砦は即席にしては立派なものですな。流石はダニエル様。」


クロマティの褒め言葉を聞きながら、

(援軍も来た。これだけの騒ぎにそろそろ騎士団も来るはず。今度こそ勝ったな。)

と思っているところに、ガラガラと何かが運ばれてくる音がする。

 

「おいおい、ついにバリスタと、丸太を台に載せた簡易な破城槌を持ってきやがったぞ。こりゃ一人前の攻城戦だ。嬉しいねえ。」

オカダが本当に楽しそうに言う。


「このウォーモンガー(戦闘狂)が。オレは楽して勝ちたいのに・・・」

ダニエルの愚痴に、カケフが口を出す。


「愚痴は後だ。

 このまま手をこまねいていれば、この砦モドキは一発で潰れるぞ。


 幸いヘブラリー兵も来た。こちらから出撃してミラーの首を取るか、攻城兵器をぶっ潰すかするか。」


バリスタを据え付ける音に焦りを感じながら、ダニエル達は対応を協議する。


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