宮廷における小田原評定

 朝から宮廷は華やかな空気に包まれていた。


 ジャニアリー家次男のダニエル・ジャニアリーとヘブラリー家嫡女のジーナ・ヘブラリーの結婚式と披露宴、続いて養子となったダニエル・ヘブラリーのヘブラリー伯爵及びジューン子爵への叙爵が行われるのだ。


 本来、結婚式や披露宴に宮廷を使うのは王族がそれに準ずる者だけであるが、王が「移動するのが面倒なので結婚式にも宮廷を使うが良い。」と許可を与えたので、異例なことに諸侯の子同士の結婚に宮廷を使えることとなった。


 このため、宮廷では、王はダニエル殿をお気に入りという噂が流れている。

そのせいもあり、今日は招待状を持つ者はもちろん、その他の貴族も用事にかこつけて多くが宮廷に集まっていた。


 結婚式の待合室には、ヘブラリー伯爵夫妻、祖父のマーチ侯爵、ジャニアリー伯爵夫妻が中心に座り、親族や友人と談笑している。軽い酒や軽食も出され、座は盛り上がっている。


「本日はめでたい。両家に祝福を。」

王が祝いを言いながら、騎士団長と入ってきた。


「陛下、わざわざお越しいただきありがとうございます。

また、我が家の結婚のために宮廷を使わせていただき、誠に恐悦至極にございます。」


 ヘブラリー伯爵とジャニアリー伯爵、マーチ侯爵以下親族一同が頭を下げ、お礼を述べる。


「良い。これから余の股肱の臣になるものの為、お安い御用だ。

なあヘンリー。」


「ダニエルは私が鍛えてやりましたからな。両家にはもちろん、王にも役に立ちますぞ。」

騎士団長も王に話を合わせる。


 結婚式の日には、どんな新郎新婦も眉目秀麗で勇者だとか、才色兼備の美女と褒めるのが常であるが、王と騎士団長に褒められることはなかなか無い。


 これはやはり噂通り、よほどのご寵愛かと宮廷鼠が囁きあう。


「少し遅れてますが、そろそろ新郎新婦もつく頃でしょう。王がいらっしゃると驚くことでしょう。」などと言っているときに、ヘブラリー家の執事がヘブラリー伯爵に走り寄ってきた。


「何だ。こんな時に?」

不機嫌そうに言うヘブラリー伯爵の顔色がみるみる変わる。


「どうした?何かトラブルか?」

王の問いかけに、ヘブラリー伯爵は脂汗をかきながら答える。


「婚礼の行列が大規模な賊に襲われたとのことです。ジーナは逃げ出してきたものの、ダニエル殿はその場に残り、戦っているらしいです。」


「現場から来た者はおらぬのか?」

騎士団長の問いかけに、廊下から声がする。


「ダニエルの従者、クリスですが、入室してお答えしてよろしいでしょうか?」


「すぐに参れ。何があった?」

王が直接言う。


 チェーンメイルを装着し、返り血を浴びているクリスの、いかにも戦場から来たばかりという姿に法衣貴族たちは息を呑む。


「婚礼行列はヘブラリー家を出て、暫く進み、西の広場に入ったところで40名程の傭兵らしき集団に襲撃されました。


 多数の矢でヘブラリー家の供人は壊滅し、賊がジーナ様を攫いに来たところをダニエル様以下の兵で撃退、ジーナ様を送れというダニエル様の指示で私だけが宮廷に参りました。


 ダニエル様と仲間達は現地に残り、戦っております。私も直ぐに戦いに戻りますが、援軍をお願い申し上げます。」


「ヘンリー騎士団長、騎士団は行けるな?」

「勿論です。直ちに50騎を出し、ダニエルと協力し鎮圧します。」


 ヘンリーは今にも出ようとするが、そこへ宰相の声がする。


「待て、騎士団長。騎士団の出動は認められぬ。」

宰相が法務大臣などの自派閥の貴族を連れて現れる。


「何故ですか、宰相殿。」

騎士団長の声は低く、明らかに怒っている。


「外敵の対処は騎士団の仕事であるが、王都の治安維持は法務部の所掌であることは法で決まっておる。ダニエル殿の応援には衛士が既に行っているであろう。人の仕事に口出しするのではない。


 それに、ダニエル殿は陛下も貴殿もその力量を買っているのであろう。少しは任せてみたらどうだ。」


嫌味な言い方だが、筋は通っている。

王も苦い顔をして何も言わない。


(やむを得ないか。)

「宰相閣下と法務大臣殿。では、迅速に法務部で対応願いたい。騎士団はいつでも出動できるからな。」


「無論だ。騎士団の手を煩わせるまでもなく事態を収めよう。

 なお、賊が侵入しないよう、宮廷と外部の往来を厳しくチェックする。みな、暫く外出は控えてくれ。」


騎士団長の念押しに宰相は自信たっぷりに答える。


 しかし、腹の中は、全く予想外の進行に驚きと焦りを感じていた。

 予定では、ダニエル死亡、ジーナは行方不明、ミラー男爵が賊を鎮圧したという報告が来て、混乱する中、宰相が悠然と事態を収拾し、誰が真の実力者かを見せつけるはずだった。


(何をしている!ミラーはあれだけ大口叩きおって、無能が!

ジーナは宮廷に来てしまい、ダニエルはまだ生きて戦っているだと。


 しかもまだ戦いが続いているとは!

 計画が失敗した時点で引き上げれば傷も浅かったものを。

 ミラーめ、功を焦り、ダニエルを抹殺しようと必死になっているのか。


 もはや一蓮托生、ミラーが現場で上手く辻褄を合わせるのを待つしかない。その為には、あやつから朗報が来るまで、宮廷を情報封鎖し、時間稼ぎをするのが最善の策。)


「皆の者、婚礼は暫く遅れそうだ。ダニエルの手柄話を楽しみに待たれよ。」

 王は参集者に声をかけると騎士団長と退席し、歩きながら話をする。


「ダニエルはなぜ宮廷に来なかった。ジーナを連れて自分も来れば話が早かったのだが。」


「それは貴族のメンツの問題です。領主貴族は舐められては誰も付き従いません。王都の公衆の面前で、傭兵ごときに逃げたとあっては、生きられても貴族社会では死んだも同然。


 おまけにダニエルは騎士団出身であり、奴が逃げては騎士団のメンツも丸潰れ、我々も困ります。

 奴がここに来るのは、勝ち残ってか遺体となってかのいずれかしかありません。」


「王は、敗勢の場合、生きて再起を図ることを優先しろと教えられたが、騎士や領主は勝つか死ぬかの二者択一とは厳しいな。

 ところで、この黒幕はやはり宰相と思うか?」


「先程のタイミングの良い宰相の登場で確信しました。

ダニエルに対する王の肩入れが明らかですから、奴を殺して、王の出鼻を挫き、自分の権勢を見せつけるつもりでしょう。」


「そこまでわかっていても、法を盾に取られると王でも介入できん。宰相の派閥は一時程の勢いはないが、要所を占め、まだまだ強大だ。

 しかし、宰相がここまで強硬な策に出るとは思わなかった。余の読みもまだ甘いな。


 ダニエルが勝ち残れば、襲撃の裏を取り、一気に宰相を追い込んでやるのだが・・・」


 王と騎士団長は、せめて戦況を知ろうと城の一番高い見張り台に登り、広場での戦いの様子を窺う。


 その頃、招待客たちは不安気に、また楽し気に三々五々散っていき、あちこちでヒソヒソと内密の話をする。


 内容は、この襲撃の背後と結果の予想だ。

それによって宮廷の勢力地図は変わってくる。皆、派閥争いの動向を考えつつ、自身の身の振り方を考える。


 一方、この間に、クリスがヘブラリー伯爵夫妻に近寄ると、ヘブラリー伯が話しかける。


「あの匿名の手紙は正しかったな。ダニエル君が準備をしていて良かった。騒ぎを聞いて、屋敷からヘブラリーの援軍がすぐに行けば心配あるまい。」


「伯爵様に御配慮いただきありがとうございます。

しかし、それよりも急ぎお伝えしたいことがあります。」


 そして、ジーナがこの襲撃を知っており、襲撃に乗じてポールと駆け落ちを目論んでいたこと、それに失敗し、今は宮廷の一室でイザベラが付いているが、ポールの行方を求め、ダニエルを呪い、手がつけられないことを話す。


 夫妻は真っ青になり、クリスにその事を内密にするよう頼み、そそくさと娘のところに行く。

 

 マーチ侯爵も話を聞いており、さすがの古狸もこれには苦り切っていたが、マーチ派の貴族が続々と来る中、孫のことは両親に任せ、自派閥と協議するのに追われる。


 次に、クリスはジャニアリー伯爵に近寄り、ポールがジーナと駆け落ちするため、傭兵と通じて、行列を襲撃し、ダニエルに阻止されたことを耳打ちする。

 ジャニアリー伯爵も寝耳に水の話であり、こちらも真っ青になる。

公になれば、婚姻を認めた王への反逆とも受け取られかねない。


「くそっ。

 ポールめ、朝から姿が見えないと思ったら、そんなことを企んでいたとは。

 

 背後にいるのは宰相だな。踊らされよって。

メイ侯爵の侵攻の話も繋がっているな。」


諸侯として長年政争を見てきただけあり、即座に裏を見抜く。


「まず現場に従士を送ってポールを回収する。折檻や処罰は後だ。

 メイ侯爵の侵攻は対応を準備しておけと言ってある。婚礼が終わり次第、ワシが向かうが、従士長と何人かはすぐに帰らせよう。


 あとはダニエルの奮戦に期待するしかない。傭兵ごときに負けはすまい。

クリス、言うまでもないがこの件は口外無用だ。」


 伯爵に怖い顔で睨まれ、クリスは頷くと、「では、私は戦場に向かいます。」と述べ、退出する。


 貴族が集まっている大広間にも、窓を開けると、微かに剣を打ち合う音や叫び声が聞こえてくる。


先程の一報以来、一向に情報が来ないため、貴族たちは苛々し始める。


王が急ぎ足で入ってくる。


「おい、広場の様子が、乱闘から多数が隊列を組んでの争いになったぞ。新手が加わったようだ。もう衛士には任せられん。騎士団を投入する!」


 広場では、ミラー男爵の指示で、傭兵に加え、新たに衛士が投入されたところである。


「なりません!

 法では法務部の要請を受け、初めて騎士団の出動は認められます。


 王は法の下に貴族の協賛を得て政治を行うことは、王家と貴族の合意である憲章に記されていること。

 これを破れば、王とはいえ貴族院の審査を受けることになりますぞ。」


「では、国務会議を招集する。幸い、宰相と参議はここにいる。」


 王の言う国務会議とは、王と貴族の代表者3名による国政の最高会議で、ここで承認されれば超法規的措置が可能となる。


 貴族の代表者は、宰相、マーチ参議、パーマストン参議である。

パーマストン参議は最年長者であり、中立派を代表しているが、殆どの場合に宰相に同意する為、傀儡と見られていた。


 重要議案で使われる国事の間において、正規メンバーの王、貴族代表に加え、騎士団長と各大臣がオブザーバーとして参加し、国務会議が始まった。


「王都での市街戦が始まり、既に1時間以上が経つ。もはや法務部に任せられん。騎士団の投入を行いたい。」

王の提案に、マーチ参議は直ちに賛意を表す。


宰相は(ミラーめ、若僧一匹にいつまでかかっておるんじゃ。)と思いながら、

「たかが少し大きな賊の退治ごときに、騎士団が軽々に出動するものではありません。この程度で大騒ぎになるとダニエル殿の評判にも関わりますぞ。

 法務大臣、法務部では対処できないのか?」と尋ねる。


「はっ。先程の西区衛士長のミラー男爵からの報告では、予想外に大規模かつ重装備の為、手こずってますが、南北の衛士も動員し、まもなく鎮圧される見込みとのことです。」


「陛下も心配症ですな。今聞かれたとおり、まもなく鎮圧の報告が参ります。パーマストン参議はどう思われる?」


 眠っていたかと疑われるほど静かに瞑目していたパーマストンは暫し沈黙し、皆が訝しく思う頃、ようやく話し始めた。


「そうですな。今のところ、宰相の主張通り、法を破るほどの必要性は感じられませんな。」


 国務会議の承認には、王と貴族の合意、即ち貴族の代表者の多数の賛意を得ることが必要である。


 3人中2人が反対していると、このままでは動くことができない。


 我慢できなくなった騎士団長が叫ぶ。

「もう無駄な議論は沢山だ。オレはダニエルを助けに行く。

罰したければ好きにするが良い!」


「騎士団長殿、待たれよ。軽挙は禁物です。」

中立派の大臣や侍従が騎士団長を止める。


「騎士団長の気持ちもわかる。賊への対応にしてはいくら何でも時間がかかりすぎだ。貴族も民衆も不安に思っている。騎士団でサッサと片付けるのが妥当だ。」

とマーチ侯爵が掩護射撃をするが、宰相は法を盾にとって頑として譲らない。


 議論は更に喧々諤々と続くが、そこに重々しい物体を引きずる音が聞こえた。


「あれは兵器倉庫からバリスタや破城槌を運ぶ音だ。誰が何をしているんだ!王都を破壊する気か?」

騎士団長の言葉に答える者はいない。


「もういい!ヘンリー行け!オレが責任を取る。」

王の一喝に、室内が静まり返る中、老人の声がする。


「陛下、責任を取る必要はありません。私も騎士団の出動に賛成します。

これで国務会議は承認です。」

予想外のパーマストンの言葉であった。


「貴様、裏切ったか!」

宰相の血を吐くような声にも動じず、


「なんのことですかなぁ。私は情勢を考えて判断したまで。」

と惚ける。


 部屋での騒擾を余所に、騎士団長は騎士の詰め所に走ったが、至るところで衛士に誰何され、なかなか進めない。


 法務大臣からの指示で宮廷へ出入りする人間を確認しているというが、団長は遂に4回目からは無視し、更に止めようとする者には殴打し、走り抜けた。


 詰め所に着くと、副団長や大隊長などの幹部が協議していた。

「団長、この事態に騎士団は出動すべきか何度も使いを出していたのですが。」


「法務のアホウどもが、止めていたようだ。

すぐに出動させろ。50騎もいればよかろう。


オレが行きたいところだが、不測の事態に備え王の近くにいなければならん。

副団長が行け。現場がどうなっているのか全く情報がない。

ダニエルと連携し上手くやってくれ。」


「わかりました!直ちに出動します。」


その時、遠くで多数の騎馬の駆ける音や兵の歓声らしき声がする。

急ぎ、窓から外を見ると騎士団の旗らしきものも見える。


「どうした!誰か団員が耐えきれずに飛び出したのか?」

騎士団長の問いかけに、副団長が答える。


「何度も勝手な事はするなと言ってきたので、それは無いはずです。

何が起こっているのか・・・

いずれにせよ、直ちに現場に向かい、事態を収めてきます。」


 我も我もと群がる隊長から何人か指名し、副団長は急いで団員を招集する。


(準備はしていたので、さほど時間を要さず出動できそうだ)

団長は事態がどうなっているのかは別にして、ここまでこぎつけたことにホッとした。




 








 

 


 

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