戦闘の開始

 鷹の爪団は焦れていた。婚礼行列の出発から既に1時間を経過。本来30分もあれば、待ち伏せしているこの広場に来ていなければおかしい。


「アイツらが何か気づいて道を変えたとかないよな。」

「宮廷に行くならこの道以外は大回りになる。ここに来る筈だ。」


ボソボソと団長と副団長が話し合う。待機している団員も欠伸をし始め、緊張感を欠いてきた。


「来たぞ!」

ようやく見張りから声がする。


団長はホッとする余り、いつもの観察眼を失った。

 常であれば、ジーナの馬車の御者台の二人の大柄な男が妙に着込んでいること、ダニエルの馬車が鉄でも積んでいるかのように重量感があること、ダニエルの供人が戦場に向かうのと同じ顔つきをしていることがわかっただろう。


しかし、今の団長は、ようやく獲物が罠に掛かったということしか頭になかった。


「襲撃ありという投書を少しは信じてくれたようだ。ジーナ姫の方は無防備だが、ダニエルの方は武装しているな。」


「情報が違ったということで、ミラー男爵からは追加の金を毟り取れるだろう。予備も入れて、40名の総勢で一気に懸かるぞ。

 あの備えから見て、先を行くジーナ姫の方に10名、後ろのダニエルには30名で行くか。副団長、前を頼む。早めに戻ってくれ。


 ポールさん、手早くお迎えしてください。その後は、ミラー男爵にお願いしてますから。」


 まずジーナの馬車が西区の広場に入り、200メートルほど離れてダニエルの馬車が広場に入ったところで、襲撃が始まった。


周囲の見物人に紛れていた傭兵が袋から弓矢や剣を取り出す。

騒ぎが起こるが、傭兵達は慣れた動作で邪魔する者は殴りつけ、準備をする。


そして、ジーナとダニエルの行列に向かって矢を放つ。

ダニエルの馬車には4本の弩が飛んてくる。


 ダニエルの供人は鎧兜を付け、更に広場に入る前には盾も持っていたため、無傷か軽傷だったが、無防備だったジーナの供人は侍女侍童・兵を問わず、矢が突き刺さり、悲鳴を上げながら倒れてゆく。


しかし、ダニエルの馬車に飛んだ弩の矢は跳ね返され、車内には入らない。


「クソっ。鉄で馬車を覆ってやがる!これじゃ弩でも無理だ!」

周囲の傭兵から声が上がる。


「やむを得ん。相手は10名、コチラは3倍だ。白兵戦でサッサとケリをつけるぞ。」

団長が叫ぶと同時に傭兵達の背後から矢が飛んできた。


背後の建物からダニエルが伏せていた兵が矢を放っていた。建物の二階からも撃ってくるので応戦が難しい。


「後ろに構うな。目的はダニエルを殺すことだ。突撃!」

一瞬狼狽した団長だが、直ぐに冷静を取り戻し、一部を背後の敵と応戦させ、自分は多数を率いてダニエルの馬車を目指す。


「おいおい、聞いていた数より多いぞ。向こうも40名くらいはいるから同数か。騎士崩れもいるようだし楽しめそうだ。」

 オカダは大口を開けて愉しげに笑い、こちらも二階の弓兵を残し、前進を命じた。


 ジーナの馬車の方では、2人の美服の男と10人の傭兵が走っていく。

傭兵はまだ生き残っていた兵に剣を振るい、侍女を連れ去ろうとする。

「こっちは楽な任務で良かったよ。女は持ち帰るぞ。」


同時に美服の男は馬車の戸を開け、もう一人の貴族然とした男に呼びかける。

「ポール様、ジーナ様のお迎えを。」


ポールが馬車に足を掛け、中からジーナの「ポール様、会いたかったわ。」

という声がした時、後ろから手が伸びてきてポールの襟を掴み、地面へと叩きつける。


「何をする!」

叫ぶポールの従者に対し、御者台から降りてきたダニエルは剣で袈裟斬りにすることで答える。


ポールはようやく起き上がろうとするが、ダニエルとは気づかずに叫ぶ。

「伯爵家世子のポール・ジャニアリーだ。下郎が邪魔すると許さんぞ。」


「誰が許さないって? どれだけオレを虚仮にすれば気が済むんだ!」

「貴様はダニエルか。お前なんかにジーナを渡せるか!」


 ダニエルはもう答えることなく、ポールの顔面を剣の柄で殴りつけ、そのまま髪を掴むと、馬車に何度も顔から打ちつけた。ポールは鼻が潰れ、顔中血塗れになる。


「兄貴、いい顔つきになったじゃないか。もう少しで戦場帰りの顔になれるぞ。」


 ここで兄を殺してやりたかったが、肉親の情がまだ少しは残っていたのと、後々面倒になりそうだったので、このあたりで勘弁してやるかと思った時、背中に痛みを感じて振り向くと、ジーナが鬼女のような顔付きで短剣を突き刺していた。


幸いチェーンメイルを装着しているので軽傷であるが、ジーナは罵りながら更に刺そうとする。


「お前はダニエルね。よくもポール様を。死ね!」


ジーナの後ろからイザベラが短剣を取り上げようとするが、ジーナが闇雲に短剣を振り回すため、顔や手にいくつも傷ができている。


「イザベラ、邪魔をするならアナタも敵よ!」


ダニエルはジーナの頸動脈を手刀で打ち、失神させると馬車に放り込み、イザベラに「すまんが、クリスに宮廷まで送らせるのでヘブラリー伯爵夫妻に渡してくれ。」と頼む。


 傭兵たちは、当初ヘブラリー兵をいたぶり、侍女を追い回していたが、事態に気づくと、馬車に向かってきた。

 ジーナを攫えないと目的が果たせない。護衛兵は無力化しており、ポールの茶番劇を見守るだけの筈が思わぬ事態となり、指揮を任された副団長は戸惑っていた。


「何が起こっているんだ。油断したふりで伏兵を潜ましていたのか。

いずれにしてもジーナ姫を攫わないと依頼は果たせない。」


もはやボロクズとなっているポールは放っておき、ジーナの奪取の為に馬車に突撃しようとする。


しかし、御者台から降りたバースと馬車の後部に隠れていたクリス、更にオカダが応援に寄越した10名の兵がそれを阻む。


ダニエルは馬車にジーナとイザベラを入れた後、戦闘で優勢に立っているのを認めると、クリスに呼びかける。


「クリス、馬車を駆けて宮廷のヘブラリー伯爵にジーナを届けろ。」


ダニエルの命令に、クリスは抗弁する。

「それはおかしいでしょう。ダニエル様がそのまま宮廷に行けば相手の目論見は潰れます。ここは任せて、そのまま行ってください。」


「大将のオレが戦場に居らずして、命を賭けている部下に顔向けできるか!時間がない。お前が行け。」

 ダニエルの再度の指示に、渋々、クリスが御者となり、馬車が宮廷に向かって動き出す。


「逃がすな!追え。」

傭兵団から悲鳴のような声が上がり、立ち塞がるダニエルやバースを突破しようとするが、争ううちに馬車は遠ざかっていく。


「どうした!! ジーナ姫は攫えたのか? 何が起こっている?」

ダニエルの馬車のほうから、狼狽した傭兵の団長らしき声が上がる。


「もうジーナ姫はダメだ。せめてダニエルだけは殺すぞ。みな向こうに向かえ。」

副団長の指示で傭兵たちは反転し、ダニエルの馬車を目指すが、既にその数は半減していた。


「バース、オレたちも向こうの応援に行くぞ。

事前の見込みより敵は多数だったが、この分なら無事に終わりそうだな。」


ダニエルが話しているとき、近くの地面に倒れている男から呼びかけられた。


「ダニエル様、助けてください。」

見ると、出発前にダニエルの要請を冷たくあしらった従士が重傷を負い、呻いている。


「お前は従士長の指示しか受けないんだろう。従士長に助けてもらえ。」


ダニエルは言い捨てるが、傷を負った兵や侍女がコチラを見ていることに気づき、言い添える。

「賊との戦いが終われば手当してやる。しばらく待て。」


しかし、上司の命に従っただけの彼らにそれだけでは足りないかと思い直し、辺りで隠れている市民に、コイツらの手当てをしてくれれば金を出すぞと声をかけると、先に向かった兵の後を追い、向こうの戦いに向かった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る