王都への帰還
ダニエルは、家老や従士長に必要な指示をし、クリスの他、騎士団出身の3名、ヘブラリー兵、子爵領から10名の従士と兵、計25名で王都に戻ることとした。
マーチ侯爵の保証はあっても身の安全に不安があり、何かあっても対応できるように多めの兵を連れて行くことにする。こういう時に金の心配をしなくてもいいのはありがたい。
途中、ジャニアリー家に寄って父に会い、状況報告をするとともに、結婚式について、兄や母は欠席してもらい、父だけの出席にしてくれないかと頼む。
「気持ちはわかるが、体面的に流石に家族が出席しない訳にいかないだろう。」
「情けない話ですが、兄とジーナはまだ未練があるようで、結婚式で出会うとハプニングが起こりそうで怖いのです。せめて兄だけでも欠席させられないですか。」
「実家の世子が欠席するというのは、険悪な仲だと周知するようなものだ。ジャニアリー家としてそういう訳にはいかん。ポールには馬鹿な真似をしないようよく言っておくのでわかってくれ。」
ダニエルはこう言われると不承不承ながら承知せざるを得なかった。
王都に上京すると、まずマーチ侯爵に挨拶に行く。
「この度は大変なお骨折りをいただき、有難うございました。まもなく正式に孫婿となればますます侯爵のお為に鋭意働く所存です。」
(自分の利益になる範囲で)と心で付け加えながら、ダニエルは追従する。
「うまく収まってよかった。ただ、宰相の言葉が気になる。当面は足を引っ掛けられないように気をつけ、結婚式に向けて万全の準備をしてくれ。」
侯爵も機嫌良く答える。
挨拶を終えると、次に騎士団長を回り、団員を送ってくれたことに礼を述べる。
「アイツらは能力はあるが,家の支援もなく、出世も難しいので、お前のところでいい処遇をしてくれ。
騎士団との連絡にも都合がいいしな。」
「もちろんです。結婚式と叙勲を終え、正式に当主となれば騎士団とも仲良くやっていきますよ。」
「いや、他人事でなく、お前は騎士団参事だから。当事者だから命令が来たら逃げられないよ。
まあいい、王のところに行こう。お待ちかねだ。」
待っていると言われ、ダニエルはいい予感がしなかったが、やむを得ない。
そのまま団長とともに、王に拝謁する。
本来なら面会の申込みからかなり待たされるのだが、フリーパスである。
「ダニエル、なにやら宰相に一泡吹かさせたらしいな。宰相派がしきりと悪口を言いに来るぞ。あんな者が領主などとんでもありませんとな。」
さも面白そうに王は満面の笑みで話しかける。
めっそうもない、何もしてませんと言うダニエルを気にせず、言葉を続ける。
「余が、ダニエルの叙勲の際、5位下と騎士団参事を与えるよう命じたら、あの無表情の宰相も動揺しておったわ。
しかし、奴ら宮廷鼠の陰謀には気をつけろ。妬みが奴らの原動力だからな。お前を失脚させようと今頃躍起になっているだろう。」
この王は絶対に面白がって、オレにヘイトが集まるようにしているとダニエルは確信する。
くそっと思いつつ、金策に都合をつけてもらったことへの礼を申し上げる。
「余も優秀な家臣が金で困っているのを見過ごせなくてな。あの保証の金は余の歳費だから、気にすることはないぞ。
ただ、たまに少しばかり頼み事をするかもしれないので、なるべく聞いてくれると助かる。」
(最悪だ。確かに資金の支援は頼んだが、無制限の保証まで頼んでいない。何をやらせるつもりなんだ?面倒事は勘弁してくれ。)
同席している騎士団長を見ると、ニコニコしながら、「ダニエル良かったな、王の期待に応えろよ。」など呑気なことを言っている。
(まあ、団長は武一筋の方だからな。)
ダニエルは溜息をつきつつ、王の命が有れば必ず遂行することを誓い、解放してもらった。
続いてヘブラリー家を訪ねる。
伯爵に会い、借りていたヘブラリー兵が大変役立ったことに礼を述べ、再び離れを借りたいと頼み込む。
「いいとも。
それよりあと10日で結婚式だ。色々と準備しなければならない。王をはじめ多くの貴顕が来る。くれぐれも宜しく頼む。
それとジーナだが散々言い聞かせた甲斐があったか、ここ数日機嫌良く結婚の準備をしている。やっと心の整理ができたのだろう。すまんが、ダニエル君も丁寧に接してくれ。」
あんな態度をとっていたジーナが変わるとは信じられなかったが、ポールも割り切っていたようなので、そういう心構えをしたのかと一縷の希望を持ってジーナに会う。
「今まで申し訳ありませんでした。」
驚くべきことにジーナは謝罪から切り出し、これまでになくダニエルを丁寧にもてなした。
夢でも見ているのかとダニエルは自分の頬をつねったが、夢ではなさそうだ。
(やれやれ、良いこともたまにはあるものだ。これでジーナがいい妻になってくれて家庭内がうまく行ってくれれば外のことだけに集中できる。それも容易ではないが。)
ダニエルは懐かしのヘブラリー家の離れに荷物を下ろして、クリスと話す。
「ダニエル様、お喜びのところ水を差すようですが、ジーナ様のような方が人の言葉でそれほど変わるとは思えません。私はイザベラさんによく話を聞いてきます。」
「わかった。よく聞いてきてくれ。
オレはジュライ家に行き、レイチェルに手紙の礼を述べてくる。」
ジュライ家では、幸いレイチェルとアランの姉弟が在宅しており、アランの家督相続が認められたところであり、ダニエルは大歓迎された。
レイチェルに手紙の礼を述べ、領地の土産に、特産の希石を使った装飾品を渡すと大変に喜んでくれた。
ジーナにも同じものを渡したが、その表面だけの感謝との違いは、女に慣れていないダニエルにも容易に感じ取れた。
アランからは時間があるときに剣の稽古をつけてほしいと頼まれ、ダニエルは簡単な型などを教えるなど和やかに過ごしていると、表で大きな声が聞こえた。
男と女の声で何か叫び、家僕と揉めているようだ。
「何事ですか?」
「お見苦しいところを申し訳ありません。
実は今度の騒ぎで頼りにならなかった婚約を破棄したところ、家督を継げるとわかってから婚約を継続してほしいと連日押しかけてくるのです。
もう次の婚約の相手をマーチ侯爵に頼んであるのに困ってます。」
レイチェルが答える。
「家僕では貴族の相手は難しいでしょう。
私が追い払ってきましょう。」
ダニエルは、次の婚約を頼んであるという言葉に少し胸が傷んたが、せっかくなのでと腰を浮かす。
玄関では、少女と父親らしい壮年の男、それとは別らしい青年が、それぞれ中に入れて話をさせろと迫っており、執事が困り果てていた。
「他所の家で面会を強要するなど、それでも礼を重んずるべき貴族ですか。当主が会わないと言っている以上、速やかにお帰り願いたい。」
「誰か知らんが他人は口を出すな。一方的な婚約の破棄など認められん。当主の誤解を解かねばならない。」
ダニエルの言葉に父親らしき男が反論する。
「あなた方はアラン君の相続に叔父が口出ししてきた時に何の助けもしなかったそうですね。それで片付いたから婚約をというのは虫が良すぎるでしょう。危ない時に手を差し伸べてこその親族でしょう。」
黙り込んだ男に代わり、少女が一生懸命に話し始める。
「おっしゃる通りですが、私はアラン様の妻になることだけを考えてきました。二度とこのようなことは起こしませんので、何卒アラン様と話をさせてください。」
「僕も同じだ。レイチェルと話をさせてくれないか。」
あまり熱意無さそうだったが、黙っていた青年も口を出す。
ここまで言われると姉弟の判断だなとダニエルが考えていると、後ろからレイチェルの声がした。
「申し訳ありませんが、覆水盆に返らずと申します。ご両家とも、本当に困った時に当てにならないということがわかりました。
貴族の結婚は、個人の思いとは別に家同士の同盟関係です。次回の結婚の話ではよく気をつけてください。
ロビン、お客様がお帰りよ。」
執事が出口に案内しようとするが、少女は泣き声で「アラン様!」と叫ぶ。
ダニエルが後ろを見るとアランがいて、目に涙を溜め口を一文字にして、肩を落として父親に連れられていく少女を見送っていた。
(貴族の結婚というのは厳しいものだ。)
ダニエルは眼前の光景を見ながら、全く周囲を考慮しないポールとジーナのことを思い出す。
同時にレイチェルにジーナの態度を相談してみるかという気になった。
「レイチェルさん、相談したいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」
少し疲れたとアランが部屋に下がった後、レイチェルに話しかける。
「もちろんです。何なりとおっしゃられてください。」
「実は、婚約者のジーナさんですが、これまで全く婚約者と認めてくれず、プレゼントをしたり、気に入りそうな話をしてもけんもほろろだったのですが、今回帰ると突然謝罪され、愛想よく対応されたのですが、改心したと信じていいものでしょうか?
こんな相談を突然されて困惑されるでしょうが、母や妹から疎まれ、これまでは騎士団暮らしで率直な相談ができる女性の知り合いがいないので、アドバイスをいただけると助かります。」
暫く考えてレイチェルは話し始めた。
「これは私の考えですので当てになるかわかりませんが、普通、女は他人に言われても恋愛感情は変えないと思います。変えるときは相手に失望した時か、それ以上の相手を見つけた時でしょう。
お話しを聞く限り、どちらも当てはまらないようなので、何か考えあってそのように装っているという可能性が高いかと思います。
結婚式の慌ただしい中、謀事を企むこともやりやすいでしょう。ご油断なさらぬよう。」
なるほど、わかりやすいレイチェルの説明に、女から見るとそうなのかとダニエルは感心した。
「有難うございました。大変有益な助言です。
ところで、先程立ち去ったあの青年ですが、レイチェルさんに婚約継続を頼んでいましたが、よろしいのですか。
もし未練があるのなら、マーチ侯爵への執り成しをしてもいいですが。」
「親同士で決めた婚約です。あの方から恋情も感じませんでしたし、私のことを陰で十人並みの容貌の凡庸な女と言っていたと聞いています。
家のため、我慢して嫁ぐつもりでしてが、今回の件で家も頼りにならないことがわかりました。今日も親に言われてやむを得ず来たのでしょう。
別れられてせいせいします。」
「そうですか。あなたほど聡明で美しい女性を勿体ない。
私が彼の立場なら絶対に離さないですよ。
マーチ侯爵には、良い相手を紹介するよう、よくよくお願いしておきます。」
えっと驚いた表情でレイチェルは見返した。
「侯爵に紹介を頼んだのはアランだけです。
唐突なお願いですが、私、今回のダニエル様の果断な行動にとても感銘しました。
もし、ダニエル様の先程のお言葉が本当なら、ジューン子爵の妻として内々に私を迎えてもらえないでしょうか。」
「イヤ、そんなことをしたらレイチェルさんは正式な妻になれませんよ。
妻にできればという言葉に嘘はありませんが、それでは余りに貴女が忍びない。」
「ここで詰まらない法衣貴族に嫁ぐより、ダニエル様と新領地を統治する方が余程面白そうです。
正式な結婚かは形式の問題です。貴方が私を妻として遇し、実家の助けとなってくれるなら私は満足です。」
これほどレイチェルに迫られ、ダニエルは迷った。
「これまでそんなことを言ってもらったことがなかったので、そのお言葉は本当に嬉しいです。
しかし、私は婿の立場。向こうから裏切って来ればともかく、私から裏切ることはしたくありません。
まずはジーナの真意を確かめさせて下さい。
レイチェルさんももう一度本当に日陰の立場で良いのか、よく考えてみてください。
その上でまた話合いましょう。」
レイチェルは残念そうだったが、
「そんな誠実なところも美点です。
私の考えは変わりません。ジーナさんの考えがハッキリしたら御連絡ください。」と引き下がった。
ダニエルは色々と一杯一杯だったが、いったん帰り、クリスの報告を待つこととした。
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