陰謀の発覚
夜半、ようやくクリスが疲れた顔で戻ってきた。
「ダニエル様、イザベラさんと話してきました。
ジーナ様は数日前に手紙が来てから急に機嫌が良くなったようです。
その手紙の内容を教えてほしいと頼んだのですが、それは直接ダニエル様と話したいと言って聞かないので、別室まで連れてきています。
お会い頂けますか?」
「もちろんだ。入ってもらえ。」
クリスと入れ替わりにイザベラが入室してくる。
「イザベラ、クリスから話を聞いたと思うが、ジーナさんの態度の急変に不審を覚えている。
もし、今度の結婚式についてうまく行かないようなことがあると、オレはもちろんだが、ヘブラリー家も大恥をかくことになる。
ジーナさんを裏切るように思うかもしれないが、何か企みがあるなら未然に防ぐことが彼女のためにもなる。
その手紙の内容を知っているなら話してくれないか。」
ダニエルは丁寧に頼む。
イザベラは長い間考えていたが、ようやく話し始めた。
「確かに手紙の内容は承知しています。
ダニエル様も推察されているかと思いますが、ポール様から来たものです。
しかし、お嬢様付の侍女長として、ジーナ様の望まないことを行うのは、それが主家のためとはいえ、躊躇いがあります。
また、私はジーナ様に何度も諫言したため、最近疎まれており、近く交代させられるのではないかと思っています。
それらを考えると、気持ちの思い切りと今後の保証の為、私をクリス様の妻としていただきたく、ダニエル様から取り計らっていただけないでしょうか?」
ダニエルは、イザベラの持ちかけた取引に鼻白むところもあったが、彼女の実家はヘブラリー家の有力家臣と聞いたことを思い出し、自分の味方が増えれば損にならないと考える。
「イザベラの苦しい胸の内、よく教えてくれた。
真の忠誠を見せてもらえば、クリスとの婚姻は私が保証しよう。」
(勝手に結婚を決めてクリスは怒るかな。しかし、アイツも散々オレに我慢しろと言っていたのだから、おあいこだろう。)
「ありがとうございます。
早速ですがその旨をクリス様にお伝えいただけますか。
その後、手紙の内容をお伝えしたいと思います。」
ダニエルは隣の部屋で待機しているクリスを呼んだ。
「クリス、イザベラがオレに利便を図ってくれることを約束してくれた。
その代わりとして、彼女をお前の妻とすることをオレが約束した。
こんな美人で気が利く女性はなかなかいないぞ。異存ないな。」
クリスは意表を突かれたのか、珍しく狼狽えたようだったが、ダニエルが再度強く念押しすると、なんとも言えない表情で、わかりましたと答えた。
「クリス様、これから末永くよろしくお願いします。」
イザベラは満面の笑みで挨拶する。
「では、これがポール様から来た手紙の写しです。」
用意よくイザベラは紙を差し出した。
「愛しいジーナ
君と会えなくて本当に淋しいし、愚弟との結婚式が迫る中、どうすればいいかと気が狂いそうになっていた。
でも、ついに君にいい話をすることができる。
友人のミラー男爵が素晴らしいアイデアを出してくれた。
結婚式に向かう際は、儀礼用の兵だけで行くのが普通だが、その途中を腕利きの兵で襲わせて、その隙に一緒に逃げてしまえばいいと言うのだ。
そして、僕と暫く隠れていれば、僕の親もヘブラリー伯爵も二人の仲を認めてくれるだろう。ミラー君が隠れ家も用意してくれると言っている。
邪魔となるダニエルは同時に襲い、殺してしまえば後継は我々だけになる。
ミラー君がこのことを宰相さまに話したところ、「家の反対にも挫けず、二人が愛を貫こうとするとは感心した。儂もできるだけ応援しよう。」と仰っており、後ろ盾に成って頂ける。
ジーナには申し訳ないが、ダニエルの機嫌をとって油断させ、どれ位の兵で警護するつもりかを探ってほしい。
その情報はミラー君の部下に渡してくれ。
ミラー君には本当にお世話になる。お礼を厚くしなければと思っている。
近々会えるのを楽しみにしている。
ポール・ジャニアリー」
ダニエルは一読して、兄の軽率さに頭が痛くなった。
完全に宰相に踊らされている。
急に機嫌が良くなったジーナも間違いなくこの話に乗り気だろう。
「イザベラ、ありがとう。とても助かった。
約束は必ず守る。これからもジーナの動向に気をつけて知らせてくれ。」
「承知いたしました。
ただ、ジーナ様は本当に純粋な方なのです。
少し、騎士との純愛物語に入れ込みすぎただけで・・・
くれぐれもジーナ様に酷いことをされないようにお願いします。」
(純粋だからいいと言うものではないんだが・・・)
「わかった。心配するな。」
イザベラを宥めて送り出す。
隣を見ると、手紙を読んだクリスが怒りの余り、真っ赤になっていた。
「クリスよ。カケフ、オカダ、バースを呼んで来い。善後策を相談しよう。」
程なく集まった3人に手紙を見せる。
「何だこれは!ポールとミラーという奴をブチ殺してきてやろうか?」
オカダが大声で怒鳴った。
「落ち着け。ダニエルはどうしたいんだ。」
カケフが問いかけるのに対し、ダニエルは話した。
「殺されるのも婚約者に逃げられるのも勘弁してほしいので、まずはこの襲撃者にどう対処するか、意見を欲しい。」
「防ぐだけなのか、殲滅させるつもりなのかによっても準備が違いますが、
クリスさん、当日の予定を教えてください。」
バースが聞く。
今の予定では、新郎と新婦は別の馬車に乗り、合わせて30名程度の供が付くが、半分程度は飾りとなる侍女や侍童なので、護衛になるのは10数名というところだ。
「ならば完全武装の兵が20〜30もいれば襲撃して皆殺しもできるな。」
「逆に30名が相手ならこちらは50もいれば、包囲して殲滅もできるか。」
「市街戦になる。襲撃場所はどの辺りになるだろうか?」
「この経路なら西門近くの広場かな。宰相の屋敷が近いので、そこから出発して襲撃後は直ぐに門から脱出する感じか。」
「王都での襲撃に領主の兵は使わんだろう。傭兵だろうな。腕利きならば一流どころだから目星もつけやすい。」
流石に戦闘となると話が早い。
ダニエルも話に加わりたかったが、他に沢山やることがある。
「戦のやり方は任せる。兵はジューン領から援軍を呼ぶが、地理に詳しい騎士団からも非番のやつを何人か集めてくれ。」
「わかった。だが、ダニエルよ、この傭兵との市街戦はやらせろよ。
前の反乱者の鎮圧は歯ごたえがなかったが、これは楽しみだ。」
オカダが獲物を前にした肉食獣のような顔をして言うのに、ダニエルは答えた。
「勿論。騎士は舐められたら終わりと団長が常々言ってただろう。
襲ってくる奴らは皆殺しにして、俺達を舐めるとどうなるかわからせてやれ!」
ダニエルはクリスを連れて別室で打ち合わせをする。
「ダニエル様、事前にマーチ侯爵や王に話してこの陰謀を抑えて貰った方がいいのではありませんか。
命を賭けて戦う必要はありません。」
「ここで侯爵や王を頼れば、いいように扱われるだけだ。これは命をチップにしてオレが主導権を取れるチャンスだ。すまんが、付き合ってくれ。
勝負は相手の出方を掴むことだ。ジーナの他に兄貴の動きも掴みたい。
バレンタイン家老に、金に糸目はつけないので兄貴の動向を探れと手紙を書くので、大至急、従士に持って行かせろ。
あとはミラー男爵とか言う奴だ。こいつが宰相の手先でキーマンになる。
こいつを捕まえて宰相の考えを探らなければならない。
どうするか?」
「確かジュライ家の母方の伯父が宮内部の式部官と聞きました。
貴族の情報を持っているはずです。
レイチェル様に頼んでみれば如何でしょうか?」
「それはいい。レイチェルには他の話もある。
国元への手紙を書き上げたら、少し寝てからジュライ家へ行こう。」
もう空は白々と明けかけている。
朝イチから動くと何時間寝られるかと考えながら、ダニエルはベッドに向かった。
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