揉めた婚約
早速、翌週ヘブラリー家の屋敷で顔合わせを行うことになった。
ダニエルは急いで相応しい服を新調し、顔合わせに備える。
先の戦功の褒美と父から貰った支度金で懐は暖かい。
(戦の前は素寒貧だったが、立場が変われば金も付いてくる。
仕立て屋も最初は貧乏貴族子弟の冷やかしという態度だったのが、金を見せれば下ちやほやしやがって。
オレはもう見下される目は見たくない。せっかく得た機会だ。ヘブラリー家で当主となり、上手くやっていかなければ。)
ダニエルは固く決意する。
さて、身支度を整えると、ゴツいものの、一応は貴族の貴公子に見えるような気がする。
「どうだ。クリス、兄には負けるが、それなりに見栄えするだろう。」
「いいんじゃないですか。先方にはダニエル様が精一杯頑張っているという誠意を見せることが大事です。
兄上と比較されるかもしれませんが、気にしないことです。あの人は見栄えで売ってましたが、ダニエル様は中身で勝っていますよ。」
ダニエルの唯一の家臣にして、乳兄弟のクリスは淡々と返す。
クリスはジャニアリー家の下級家臣の次男である。長男のポールには重臣の妻が乳母となり、その嫡男が乳兄弟であったが、次男のダニエルには同様の立場のクリスが選ばれた。
クリスは継ぐ家もなく、その身の行方はダニエル次第であったため、忠誠心は高く、有能でもあった。今度のヘブラリー伯爵家への婿入りに当たっては、ダニエルは万事クリスと相談してきた。
「ダニエル様、言うまでもありませんが、初対面の印象は大事です。特に女性には。ここは手間とお金を惜しまずに十分な準備をしましょう。」
ダニエルは、クリスと一緒に、顔合わせまでの期間を走り回って用意を整えた。
さて、顔合わせ当日、ヘブラリー家はちょっとした驚きに見舞われた。
婿候補のダニエル・ジャニアリーが大量の荷物を運んできたのだ。
「貧乏な騎士団員と聞いていたけど、実家の援助かしら。」
「実家でも大事にされてないって噂だったが。」
ヒソヒソ噂される中、ダニエルは服装を整えて入ってきた。
さすがに家臣や侍女は礼儀正しく迎え入れる。
付き人のクリスと大量の荷物を広間に置き、ダニエルは伯爵の部屋に入った。
中には、伯爵の他に、夫人とジーナと思わしき女性、あとは執事がいた。
「ダニエル君よく来てくれた。こちらが妻のナンシーと娘のジーナだ。
ナンシー、ジーナ、こちらがダニエル・ジャニアリー君だ。」
伯爵の紹介と自己紹介の後、早速夫人から切り出された。
「ダニエルさんはポールさんの弟と聞きましたが、あまり似てらっしゃらないですわね。伯爵となるのであれば、もっと礼儀作法も身嗜みも優雅にならなければ。ポールさんはその点見事でしたわ。」
(いきなり兄貴と比較しての嫌味かよ。)と思いつつ、この手の言葉は実家で母や妹からさんざん言われてきたので慣れたものである。
「兄と違い、幼少より騎士団で武芸のみの生活でしたので、武骨な点はご容赦下さい。これから皆様の御指導を頂ければ幸いです。」
「まあ、武芸しかしてこなかった者が伯爵の仕事をこなせるのかしら? 宮廷への出仕、領地の経営など武芸以外にたくさんやることはあるのよ。
あなた、ダニエルさんでは我が家の婿は荷が重くない?」
夫人の続けざまの口撃に、ダニエルは低姿勢を貫く。
「ご心配ありがとうございます。しかし、私も実家で父の仕事ぶりは見てまいりました。伯爵のお仕事は大変と思いますが、婿として受け入れてもらえるならば、義父母さまやジーナさんのために精一杯務めさせていただきます。」
「ところで、皆様に心ばかりですが、手土産を持ってまいりましたので、お受け取り下さい。」
ダニエルはクリスに土産を持ってこさせた。
そして、伯爵には高級な酒や葉巻を、ナンシー夫人には毛皮のコートに絹のスカーフを、ジーナにはダイヤのアクセサリーを渡した。
どれも王都で流行しているものであり、目の玉が飛び出るほどの値段である。
侍女たちにも流行の柄の布地を用意し、男どもには腹いっぱいに飲める酒とつまみを持ってきた。
豊かだったダニエルの懐は空っぽになり、それどころか借金を負うハメになった。既に噂を聞いているのか、前には相手にされなかった銀行が喜んで貸してくれたが。
もともと緊縮家だったダニエルは何度も止めようとしたが、クリスから、「これは戦いです、勝つために銭を惜しんでどうします!」と再三叱責され、泣くような思いで身銭を切ってきた。
さあ、どう出るかと見回すと、夫人はにこやかな顔つきになり、
「まあ、これはよく心得ていらっしゃる。やっぱり何より家族を大切にするこ
とが一番です。足りないところは当家に来られた後、おいおい学んでいけばいいでしょう。」と言った。
(やれやれ、第一関門は突破した。本丸はどうだ!)
そしてジーナを見る。
(確かに美人だが、俺の好みとはちょっと違うかな。)
ジーナは金髪細面でスラリとした、いかにも貴族令嬢という感じであった。
ダニエルは、母に似たそういうタイプの女性が苦手だった。
(こういうタイプはプライドが高くて、自分の言うことが正しいと思い込んでるからなあ。しかし、そんなことは言ってられない。)
己を励まし、ジーナに声をかける。
「ジーナさん、王都一と言われている宝飾店で特注してもらいました。気に入っていただけるといいのですが。」
「とても良いものをありがとうございます。」
ようやくジーナが口を開く。
「ところで、婚姻に当たりいただいた条件ですが、生まれてくる子を跡継ぎとさせてはもらえませんか。」
(いきなり何を言うのか!)
ダニエルは驚き、伯爵夫妻と執事を見るが、皆驚愕しているようだ。
「この条件を受けていただいたと聞きましたが。」
「ジーナ、そのことはさんざん話し合っただろう。蒸し返すのはやめなさい。」
慌てた様子で伯爵がが口を挟む。
「他の条件は承知致しましたが、生まれてくる子が男子であれば、跡継ぎとしてやりたい。お願いします。」
ジーナは頭を下げた。
「お気持ちは分かります。最初の子供はかわいいでしょう。
私はここに当主として迎えて頂ければ、伯爵家を守るために命を賭けるつもりです。
それは自分の妻や子供を守るためでもあります。我が子でない者のために命は賭けられません。申し訳ありませんが、後継ぎは私とジーナさんの子供にさせて下さい。」
ダニエルは腹が立ったが、我慢のしどころだと下手に出た。
伯爵夫妻は恐る恐るこちらを伺っていたが、ダニエルの丁寧な話しぶりで安心したようだった。
「ダニエル君の言うとおりだ。ジーナ、領主とは自分の子孫のために働くのだ。」
「そのとおりよ。ジーナ、ダニエルさんといい子を作りなさい。」
しかし、ジーナはなおも言い募った。
「赤の他人ならそうでしょうが、この子はあなたの兄上の子です。可愛くないのですか。私なら妹の子でも跡継ぎにしてもいいですよ。」
そこまで言われて、ダニエルはピンと来た。
「ジーナさんが、一度了解された条件を急に強く反対されるのはどうしてですか。まさかと思いますが、兄から我が子を後継ぎにしてほしいなどと言ってきたのではないでしょうね。」
はっと伯爵夫妻がジーナを見るが、ジーナはうつむいて返事をしない。
「そうですか。兄がまだ迷惑をかけているようです申し訳ない。
しかし、そういう話であれば兄は直接私に頼むべきでしょう。
しかし、私は兄から一言でも謝罪もお願いもされていない。
せめて兄からこの子を跡継ぎにしてくれ、この代わり、ジャニアリー家の後継ぎはお前の子供にするからぐらいはあってもいいでしょう。
伯爵ご夫妻さま、もう一度この話はご家族で相談頂きたい。」
慌てた伯爵夫妻は、失礼と別室にジーナを連れていった。
暫くすると、夫妻と泣き腫らした顔をしたジーナが出てきて、条件を遵守することを誓い、婚約の運びとなった。
ただし、ダニエルの心は兄とジーナへの不信、軽蔑でいっぱいであった。
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