ダニエルの領主となった経緯と顛末

@oka2258

思いがけない婿入り話

 ジャニアリー伯爵家次男のダニエルは、家からの急な呼び出しに苛立っていた。騎士団で小隊長に抜擢されて初めての遠征に向けて忙しい中、要件も言わずに「すぐに来い」という手紙だけでは誰しも怒りたくなる。


(兄貴の結婚も決まり、スペアのオレにはもう用もないはずだが。しかし、独立するときにはいくらかでも援助してもらいたいし、オヤジの機嫌を損ねるわけにはいかん。)


 胸算用をしながら、屋敷に急ぐ。


 屋敷では、父だけが部屋で待っていた。

 母と兄が大嫌いなダニエルはホッとする。


「遅い!」

「これでも手紙を見て全力で来ましたから。」


「まあいい。お前にいい話がある。前から婿入り先を探していたな。

 ヘブラリー伯爵家への婿入りが決まったぞ。喜べ。」


 ダニエルは驚愕した。

「何を言われているのか分かりかねます。ヘブラリー家は嫡男が継ぎ、長女が兄貴と結婚するのではなかったのですか。」


「順に話してやる。まずあそこの嫡男が急死した。隣国との小競り合いの際に流矢に当たったようだ。そのため、後継ぎが問題となり、お前に白羽の矢が立ったわけだ。」


「では、長女と結婚する訳ですか。兄貴と別れてオレと結婚すると。

 仲が良さそうでしたが、よく二人を説得できましたね。」


「それが問題でな、実は二人とも納得していない上に、結婚が決まったものとして、既に床を共にしているらしい。」


「ハァ、それは拙いでしょう!」

 ダニエルは思わず言葉を挟んでしまったが、伯爵はそれを咎めず、憂鬱そうな顔で言い渡した。


「ヘブラリー伯爵と相談しているが、お互いの利益から考えて、両家の縁組は行う。一方、既に処女でないジーナ令嬢(ダニエルは初めて名前を知った)の相手は当家で出すしかない。」


「兄貴が婿に行くか、ジーナという尻軽が嫁に来て、他の兄弟がヘブラリー家を継げばいいだろう。」

 頭にきているダニエルの口調はだんだん荒くなるが、父の伯爵は淡々と語る。


「それははじめに考えたのだ。しかし、まずお前の兄のポールが婿入りを嫌がっており、先方からも荒事の多い領地を治められるか心配している。」


 ジャニアリー伯爵の領地は王都に近く敵国との争いや賊の討伐もないが、ヘブラリー家は国境近くにあり、領主の最も大事な務めは軍を統率し、領内の平穏を維持することである。


 そしてジャニアリー家の長男ポールは母に似たのか優男であり、宮廷作法と女の扱いは長けているものの、武の方面はからっきしだった。多分その話はヘブラリー家にも伝わっているのだろう。


 それに対して、ダニエルは戦功を立てた祖父に似て、大柄な体格に厳つい顔であり、武勇に秀でていたことから、早めに騎士団に放り込まれている。


「それにオフクロが、大事な長男を手放したくないとごねているか。」

 ダニエルは皮肉交じりに口を出した。


 母のマリーがポールを溺愛する一方、ダニエルを私に似ていない野蛮人と言って嫌っているのはジャニアリー家だけでなく親類縁者では周知のことである。


 母親を見習ったのか、ポールも、下の妹のアリスもダニエルをバカにした。

 家庭で孤立するダニエルを認めるのは父だけであった。


 ダニエルの皮肉には答えず、伯爵は続ける。


「ジーナ嬢が嫁に来ないのは、ヘブラリー伯爵の残る娘が庶子だからだ。夫人が家を継ぐのは自分の子供でないと認めないといい、夫人の実家も後押ししているらしい。ちなみにその実家というのは、現在参議の地位にあるマーチ侯爵家であり、無視する訳にはいかない。」


「それで両家の当主が相談して、オレにツケを回してきたのか。」

 もうダニエルは父に遠慮なくものを言い始めた。


「それともう一つ言っておくことがある。ジーナ嬢は妊娠しているようだ。

 お前にはその子の父親になってもらいたい。」


「ふざけるな!」

 とうとうダニエルは怒鳴りつけた。


「これまでも次男だ、スペアだとずっと我慢させられてきたが、これには我慢できない。オレに関わらず、お前らでなんとかしろよ。オレにはこの家に関係なく、騎士団で生きさせてくれ。」


「そうはいかん。貴族の家のものは家の為に尽くすのだ。貴様にも教えてきたはずだ。」


 そこで一息ついた伯爵は、口調を変えて話を続ける。


「それにお前のためでもある。今のままでは私が死んだらお前は身の寄せ場がなくなるぞ。騎士団とていつまでも在席できるわけではない。確かにお前には耐え難い話だろうが、ここでヘブラリー家や兄に貸しを作れば、お前の立場は強くなる。直ぐとは言わんが、今晩じっくり考えてみろ。」


 そう言うと、ダニエルを置いて部屋を出る。


 残されたダニエルは自分の部屋に行き、ベットで転がりながら何の道が望ましいのか、冷静になれと自分に言い聞かせながら熟考した。


 確かに父の言うことに一理ある。


 騎士団では自分の武勇が認められ、早くに小隊長に抜擢された。しかし、上層部まで出世するためには武勇や功績よりも政治力や実家の支援が物を言う。父がいなくなったあと、あの兄が自分を応援してくれるとは思えない。


 それにヘブラリー伯爵となり、手勢を指揮するのは魅力があった。ヘブラリー領の軍は数百人はいるだろう。この話を断り、仮に婿に行けても子爵か男爵、せいぜい五十人か百人かが関の山だ。


 ダニエルはこの話を受けるが、利用されるだけとならないよう条件を付けることとした。


 翌朝、徹夜で書き上げた、婚姻に当たっての条件を父に突きつけた。


「ダニエル・ジャニアリー(甲)とジーナ・ヘブラリー(乙)は以下の項目を遵守することを条件に婚姻する。


 1 甲は、今年誕生する乙の子供を自分の子供と認知する。

 但し、その子供はヘブラリー家の後継者とはしない。


 2 甲と乙はヘブラリー家の共同統治者とし、同等の権利を有する。


 3 乙は不貞行為を行わない。


 4 乙は、3に違反した時又は甲に過失なく離縁する時は、甲にヘブラリー家の3割の領地を譲渡する。」


「ダニエル・ジャニアリーとジーナ・ヘブラリーの婚姻に当たり、ジャニアリー家は、以下のことを遵守する。


 1 婚姻が成立した際、領地の2割をダニエルに贈与する。


 2 ポール・ジャニアリーはダニエルにこれまでの行動を謝罪するとともに、以後ジーナ・ヘブラリーとは一切の接触を行わない。」


 2枚の条件案を見た伯爵は、ニヤリとし、言った

「お前の考えは分かった。ヘブラリー伯爵と話してみる。


 しかし、これだけのことを言う以上、お前の価値を高めないと話にならん。次の遠征ではあちこちの家から声のかかるほどの功績を上げてみろ。」



 父の喝を受け、ダニエルは急ぎ騎士団に戻ると、今までに倍する熱意で遠征の準備に取りかかった。


 まず、ダニエルは、貸金屋から高利で借りられるだけ借り(銀行は貧乏騎士など相手にしてくれなかった)、その金をばら撒いて、商人達から情報を集め、部下への報奨を出して士気を上げた。


 上司や同僚からは、この戦に負けたら破産だぞと呆れられたが、ダニエルは腹をくくっていた。


 彼としては、次男・スペアという立場からの逆転を狙った大博打であり、これがうまくいかなければ、国外にでも逃げ出すつもりだった。


 騎士団が出陣し、戦場で敵軍と対峙した時、軍議でダニエルは山中から迂回し、背後から奇襲することを提案した。


「道もない山中をうまく抜け出し、背後に出られるか?

 また、タイミングよく戦闘中に襲撃できるのか?」


 騎士団長の問に、ダニエルは地元の猟師を案内人に確保していること、自分が責任を取るので、ぜひやらせてほしいと伝えた。


「そこまで言うならやってみろ。上手く行けば戦功第一だ。」


 案内人に連れていかれた山中は思った以上に険しく、はぐれそうな部下が続出したが、ようやく敵の背後の、戦場を一望できる崖の上に出てこられた。


 下には騎士団が敵軍と激闘している姿がよく見える。

 幸い敵軍は背後になんの警戒もしていないようだった。


「今こそ手柄を立てるとき。ここで命を賭けよ。」

 ダニエルは一声吼えると、そのまま崖を駆け下りた。

 小隊全員があとに続く。


 そのままの勢いで敵の背後に突っ込むと、豪勢な陣が目の前にあった。


「敵の大将がいるぞ。」


 いきなりの出現に敵の本陣は大混乱した。


 ダニエルは混戦の中、相手の騎士と揉み合っていた。

 大将の護衛だけあって手強い。部下も苦戦しているようだ。


 なんとか相手の鎧の隙間に鎧通しをねじ込み、息の根を止めると、ダニエルは息をつく暇もなく、一番目だった兜を着けた男に目掛け、弓を放った。


 見事に首を貫いたのを見届け、大声を出す。

「ダニエル・ジャニアリーが敵将討ち取った。」


 本当に大将かはわからないが偉い人間だろうと見当を付け、口に出すが、

 合っていたようだ。


 その声を聞いた味方は歓声を上げ、勢いを増して襲いかかる。

 勝敗は決まったと、敵軍は逃走しはじめた。


 部下は半減し、自身もかなりの傷を負うなど危ない橋を渡ったが、敵将の首を獲ったダニエルは賭けに勝った。


 騎士団長から、「よくやった。大口を叩いただけのことはある。王に推奨しておくぞ。」と声をかけられ、ダニエルは心の中で勝ったと思う。


 騎士団は王都に凱旋し、ダニエルは宮廷で王から功績を称賛され沢山の褒美を貰った。ダニエルは、父に託した条件が気になっていたものの、ケガの療養や小隊の後始末でなかなか実家に戻れなかったし、実家からは父から祝いの手紙が来ただけで誰も見舞いにも来なかった。


 1ヶ月が経ち、ダニエルは、父から、ヘブラリー伯爵との話がまとまったので来いという手紙を受け取った。


 早々に要件を片付け、指定された日に実家に向かうと、父の他にヘブラリー伯爵もいた。


「この度の戦では大手柄であったと聞く。おめでとう。我が家の婿に相応しいと家中も歓迎するだろう。」


 ヘブラリー伯爵からの言葉に続いて、ジャニアリー伯爵も話し始めた。


「お前の条件はヘブラリー伯爵に認めてもらった。無論、当主として相応しい働きをするのが前提だが。


 それと我が家への条件だが、ポールは謝罪などしない、兄に謝罪させる弟などありえないと言っている。」


「馬鹿な。誰のせいでこんなことになったのかわかっていないのですか。

 それで、それを認めるのですか。」


「いや、さすがに今回のポールの態度は腹に据えかねた。私が頭を下げ、奔走しているのは誰のためか。

 ポールは放っておけ。その代わりにお前への持参金に領土の3割を分けてやる。」


「それはありがたい!」


「ただし、ポールとお前が死んだら半分はジャニアリー家に返還しろ。持参金は15%であとはポールへの罰だ。また、もしポールが謝罪し、お前が認めるなら早めに返してやれ。」


(ずいぶん弾んでくれたな。これも今回の手柄でちょっとは見直してくれたからか。しかし、親父も兄貴への怒りと家のことと考えると、なかなか苦しいなあ。)


 ダニエルは棚ぼたの持参金に満面の笑みを浮かべつつ、

「父上のお言葉に從います。」と返事をした。


「チッ。調子のいいやつだな。前回とは大違いだ。」

 父の嫌味も気にならない。


「ところで、ダニエル殿。来月には結婚式をあげたいので、準備をしてくれ。

 いや、その前に一度ジーナや妻と顔合わせをしないとならんな。」


「いや、騎士団を辞める手続きや招待客の都合もあるので、来月は難しいでしょう。」


「率直に言おう。ジーナの腹が目立たないうちに式をやってしまいたい。

 招待客は少ないほうが良いし、要人には声をかけてある。騎士団の手続きなどあとでよい。すぐに準備をしてくれ。」


 ダニエルの都合など聞く耳を持たない。そういわれると婿になる立場で言い返すこともできない。

 早速婿入りの悲哀を感じながら、ダニエルはうなずいた。



 


 




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