ノーマの理解、ネルソンの秘策、ダニエル家中の階梯

ダニエルには失恋で落ち込む暇もない。

いや、むしろ忙しさの中でイングリッドのことを思い出す暇がないことがありがたかった。


王都の中心部から平民街に寄ったところに、小規模な城と見がまうばかりの大きな屋敷が建築されている。


そこに朝から次々と人が入っていく。

それもお供を引き連れた法衣貴族然とした一行から、武張った諸侯や騎士、豪勢な贈り物を持った商人、清貧な僧侶、見慣れぬ衣装を着た異教徒、貧そうな賎民まで、王都の上から下までを網羅したような多種多様な人々である。


それを見ている庶民が噂する。

「何だ、あの巨大で堅固な屋敷は?」

「知らないのか。今をときめくダニエル様のお屋敷よ。

周囲の屋敷を買い取り、大拡張したそうだ。

今日はその落成式とお仲間の叙任のお祝いらしい」


「それにしても色々な人が入っていくなあ。

あれは貴族様の行列だろう。

異教徒や賎民どもも入っていくぞ。

ダニエル様っていうのは何者だ?」


屋敷の中は大賑わいだった。

山のような食べ物と酒が中庭の真ん中に置いてある。


それを見渡せる座敷には、ダニエルを真ん中にして、隣にノーマが座りチャールズを抱いている。


ダニエルが側のアランに話す。

「レイチェルも来れば良かったのに」


「姉は(心は正室ですが)立場は側室の身。晴れの舞台は遠慮しますと言ってました。

その代わりにチャールズのことはくれぐれも頼むと」


「心配なかと。

アタイが嫡母としてしっかり面倒みるばい。

なあチャールズ」


赤子を抱くノーマの慣れない手つきに隣にいる乳母はハラハラしている。


昨晩、ダニエルはノーマと腹を割って話をした。


「ノーマ、オレにはジューン領に創業を助けてくれた糟糠の妻と言うべきレイチェルがおり、長男も産んでいる。

もしオレと結婚するなら、彼女とその子の立場は尊重してもらいたい。

彼女の存在が許せないのであれば、こちらに非があるので賠償金も支払い、公式に謝罪もするので、他の男を婿に入れて貰えば良い」


ダニエルは、それなら他に婿を探すと言わないかなと、一縷の望みを託してノーマに尋ねる。


「よかよ。側室がいる話は聞いているが。

あの姉ジーナが嫁では仕方なか。

アタイを正室として尊重してくれれば、側室もその子も認めるがよ。

ただし、今後はアタイが妻としてダニエルさぁのことは戦場までも付いていって面倒を見るのでこれ以上の女は不要。

そこはわかっているがね」


ダニエルの希望は潰え、釘まで刺されてしまう。

しかし、もう一つ話をする必要がある。


チャールズの叙爵のことだ。

ダニエルは、正室になれないレイチェルの為に、女男爵として貴族の地位に就くように考えたが、レイチェルからは自分よりもチャールズを後継者とわかるよう叙爵してくれと頼まれる。


正室でなくとも後継ぎの母であれば発言権は大きい。

レイチェルの願いを入れ、ダニエルは自らをジューン侯爵に昇爵し、チャールズをジャニアリー子爵とするように王政府に働きかけた。


ダニエル自身は伯爵や子爵のままで十分だったが、仲間を叙爵させるためには自らが上がらねばならない。


父からはジャニアリーの名で侯爵になって欲しいと頼まれたが、ダニエルは自分で築き上げたジューンの名以外にするつもりはなかった。


チャールズの叙爵の件もノーマは頷いた。

「よかよ。南部に興味はなか。

ダニエルさぁと側室殿で稼いだ地ならばそちらで受け継げばよか。

人の物を取るほど落ちぶれてはおらん。

それより早くダニエルさぁの子を産んでヘブラリーを継がせることが大事だが」


そう言ってくれるのは助かるが、ダニエルの腹案では面倒なヘブラリー伯爵の地位はリューに譲り、ジューン領とジャニアリー領をレイチェルへ、旧のメイ侯爵領をノーマに分けるつもりだった。

南部の方が豊かであり、頷いてくれるかと思っていたが、ノーマの郷土愛は強いようだ。

一旦時間を置くのが得策とダニエルは考えた。


さて、今日は、城塞化し守備を固めた王都屋敷の落成と、ダニエル配下の叙爵や叙勲のお祝いであり、併せて明日にはノーマとの結婚式も挙げる。そのお祝いにダニエルファミリーが結集している。


上座にダニエルとノーマが座り、チャールズが抱かれている。

ダニエルはこの晴れの席にレイチェルに来て欲しかったが、他の女との結婚式もある中、プライドの高いレイチェルが王都に来るはずもない。

しかし、せめてその存在を示すために自分の隣に空席の席を作らせた。


その横にアラン夫妻やリュー、アレンビー伯爵(昇爵)がおり、いわば貴族・縁戚の座である。


その下にカケフ・オカダ・バースの創業時からの盟友が位置を占める。

カケフとオカダは子爵、バースは生まれが騎士でないため一角落ちて男爵を叙爵した。


その下には、ネルソンとヒデヨシが功を認められ、一足飛びに準男爵となったのでその次の席に座る。

そこにはターナーの姿もある。

その資金調達や交渉力を評価されたのだが、武勲もない中、異例の抜擢と見做された。


瞑目して座るネルソンを見たダニエルは昨晩遅くに彼が来たことを思い出した。


ノーマとの話を終え、やれやれと一人寝所で晩酌を楽しむダニエルに、ネルソンの訪れが告げられる。どうしても今晩中に話す必要のある案件と聞き、ダニエルはやむなく政務室に行く。


「ネルソン、この深夜に何が起こった?敵襲でもあったか」


「ダニエル様、あなたに国を取らせるため、私が考え抜いた秘策をお聞きください」

ネルソンの話は、明日ダニエル屋敷を訪ねてくる王夫妻やマーチ宰相達王政府高官を一気に殺害して、王国を手に入れろというものであった。


「ダニエル様の躍進は王政府の目の上のたんこぶ。必ず排除にかかります。

ならば先手を打ち、こちらから仕掛け、後顧の憂いを無くすことが肝要です」


「待て。

オレが疎まれているのはわかっているが、だからといって王や宰相を一気に排除しても、騎士団も親衛隊も大諸侯もいる。

彼らに主殺しの仇討ちを錦の御旗とされ、追い落とされるのは必至。

一度は王国を獲れても三日天下に終わろう」


「騎士団を纏めているのはヘンリー団長。

ここは王達の排除後、直ちにダニエル様が出向き、信頼を得ている団長に差しで面会して殺害するのです。更に親衛隊どもにはカケフ・オカダ殿以下の諸将が急襲すれば容易く勝てます。

そうして王都を固め、南部からの援軍を待ち、各地方の討伐にかかれば王国統一もいと易いことと愚考致します」


そこまで聞いてダニエルは激怒した。

「お前とオレとは見ているものが違う!

オレは、諸侯となって諦めた大切なものが色々あるが、オレを信頼する人を裏切ることだけはやらん!」


そこで言葉を切り、溜息をついて言う。

「ネルソン、オレのために謀を考えてくれるのはありがたいが、どこまで登れるかは天が決めること。

無理をすれば、周りはおろか、家臣も離れ、最後はオレとレイチェルと騎士団からの仲間だけで死ぬこともあり得る。

人の心は儚いものだ」


ネルソンは、ダニエルが今の境遇を砂上の楼閣と見ていて、いつ崩れるかわからないと考えていることを知り、黙って頭を下げて引き上げる。


ダニエルはネルソンの退出する姿を思い出しながら、考える。

(この男、オレの為に考えたのか、自分のスリルジャンキーを満足させるために言ったのか、わかったものではない。

オレが頷けば、そのまま王政府に密告に行った可能性すらある。

文武とも優秀な男だが、あそこの小姓どもぐらいわかりやすければなあ)


ダニエルやオカダ達が見出した小姓は騎士に上がるが、その中で小姓組のリーダーであるガモーとホリは百騎長に昇格した。


騎士の席には、ジブ・イシダやギョーブ・オータニなどの文官兼任の他に、コロク・ハチスカなどの賤民上がりも含まれる。


(ダニエル様は南部を我が物とされ、戦も一段落になりそうじゃ。

一方、マニエルとか言う新入りはリオで傭兵隊長として手柄を立てておる。

また治世となると文官の才がある者が有利。既にターナーなど戦もしたことのない奴がわしらの上じゃ。

次に戦があれば、そこで大手柄を立てて爵位を貰ってやるのじゃが)


モリ、サッサ、サクマなどの武官の小姓組は、ネルソンやヒデヨシの後の席を見て、目をギラつかせている。


その見られているヒデヨシは瞑目しているネルソンに話しかける。

「準男爵というのは世襲できんし、まだ所領も貰えん。もう一稼ぎしてちゃんとした爵位をもらわにゃならんですな」


「随分高い地位と給与を貰っても、お前の出世欲は止まらんな。

まぁ、面白い話になら乗ってやる」


南部の領地はレイチェルの方針で中央集権の統治であり、男爵以上の世襲できる地位でなければ俸給制である。


ヒデヨシは子供に継がせる所領というもの、領地で殿様と言われる身分が欲しかった。

男爵となれば正式な貴族の仲間入りだ。

なんとかそこまではというのが彼の強い願望である。


リューは顔色が優れない。

王城への救援の功で子爵を貰い、ダニエルの代理という地位まで就けたが、先祖からの念願のヘブラリー伯爵の座は暫く待ってくれとダニエルに言われたのだ。


(ダニエルさぁは本当にヘブラリー伯爵の地位をオイに譲ってくれるのか。

やはり宰相が言ったように中央の後ろ盾が必要なのか、それとも誰もが認める功績を立てるか)

愛妻を裏切りたくはない、心中が乱れ、視線が定まらない。


思惑が錯綜する中、一同が揃ったところに、マーチ宰相達が祝いに来る。

思うところはあれど、国の中でも有数の実力者となったダニエルとのパイプは保ちながら、一方で隙あらば蹴落とす機会を伺う。宮廷貴族のいつものやり方である。


「ダニエル、侯爵への昇爵めでたいのう。わしらも尽力した甲斐があった。

明日は養女として我が娘となったノーマとの婚姻じゃ。

これからもこの爺を助けてくれ」


「こちらこそ宰相にはお世話になってばかりで恐縮です。

いつ何時でも宰相のためなら粉骨砕身の覚悟です」

ダニエルも宮廷処世術が身についてきた。


更にお忍びだが、王と王妃もやってきた。

「ダニエル、この前は気が動転してキツイことを言ってしまいました。

赦してたもれ」

王妃の詫びにダニエルは低頭して恐縮する。


「ダニエル、この屋敷の堅固な構えは何事ぞ。

この王都で騒乱を予期しているのか。不吉な」

王は自分の王城再建もままならない中でのダニエル屋敷の建立が気になる。


「陛下のおっしゃるとおり。

いかにも武装しているというこの構えは王政府に無礼であろう」


宰相もここぞとダニエルに詰め寄る。

この城のような屋敷の勢威が気に入らなかったのだ。


「先日、農民兵が押し寄せたこともあり、万が一を考えただけです。

王や宰相がいらっしゃって、王都に騒乱など考えられないこととは思っていますが、生来気が小さく、堅固なところでないと寝られません」


先日の農民戦争を当てこすり、お前たちが頼りにならないから自衛するのだというダニエルの皮肉に、王も宰相も顔を顰めるがそれ以上は何も言えない。


面白くないマーチ宰相がリューとアレンビーを見ると、リューは俯き、アレンビーは微かに頷く。

(リューはまだ決心できんか。もう一揺さぶりだな。

アレンビーはその気のようだ。

ダニエル、お前の足元から切り崩してやるわ)


暫しの滞在後、王や高位貴族が帰ると、ダニエルは家臣にポストを言い渡す。


まずカケフは王都での代理人として、王都周辺で旧エーザンの所領を与え、この戦で絶えた名門貴族の名を貰い、ノーベンバー子爵となる。


オカダは予定通りメイ家の婿として、メイ子爵として南部に目を光らせ、バースはリューの妹を妻とし、こちらも名門の名を継ぎ、ディッセンバー男爵となり、西部ヘブラリー領でダニエルの代理人を務める。


ヒデヨシとネルソンは、ダニエルの配下にあって遊軍的位置である。


今回、脚光を浴びたのはターナーである。

王都駐在家老となり、政治に疎いカケフを補佐し、王都での権益拡大や王政府との交渉を一任される。


ターナーは事前の打診を受け、早速タヌマと昵懇となり、その紹介で貴族や官僚を取り込み、またカーク興業へ事業を発注させるなど利権を築き上げている。


(ターナーの力はでかい。金に汚いところはあるが、奴の交渉力や資金調達力が無ければ戦で勝ち抜けなかった。

レイチェルの清廉志向と反りが合わないなら王都で存分に腕を振るわせるか)


ターナーは準男爵の家老と聞き、貧しい平民の出からこんな地位に上がれるとはと泣いて喜んでいた。


ガモーとホリは一軍を率いて、ダニエル軍の若手の将に抜擢、小姓組はモリとサッサを次の組頭とする。

(奴らにはそろそろDQNから抜け出して貰わんとな)

というダニエルの配慮である。


ジブやギョウブは王都勤務とし、行政や補給とともにターナーの監視を担わせる。


発表を終えると、客も入って無礼講となる。


ダニエルには、オーエ、タヌマなどの王政府ダニエル派の官僚やグラバー商会などの商人達、リオ共和国からの使者などが押し寄せる。


「ダニエル様、農民戦争では多くの注文をありがとうございました。

次は穀物の価格が上がっております。

戦火の少なかった南部からの輸出をお願い致します」


グラバー商会やリオの商人は臆面もなくそう言う。

彼らには戦も飢饉も金儲けの手段である。

話を合わせながら、ダニエルは自分も含めて戦火を利用することへの嫌悪感が出てくる。


その後は、賤民頭サムソンやJ教徒シモンなどが来る。

彼らはダニエルの領土が増え、自由を求める者への門が広がったことを喜んでいた。

「オレが領主である限り、来た者には自由を与えよう。

王都が嫌になれば南部に来い」


ダニエルの暖かい言葉に引き続きの相互協力の契約を誓う。


僧フランシスもやってきた。

着実に教えを普及し、信者は増えている。


「明日の結婚式の司祭を務めてはもらえないか?」

「前も言いましたが、私はレイチェル殿との結婚を取り仕切りました。

色々と事情はあるでしょうが、重婚の司祭は致しかねます」


振られたかとダニエルは苦笑する。

多額の献金をし、そのうちにフランシスに会いに行くと約束する。


更にアカマツ、ササキなど王都周辺の豪族も来た。

「ターナー、奴ら狸どもを宥め、すかし、脅しして動かすのも仕事だ。

奴らは容易でない。カケフが脅し、お前が宥め役になれ」

ダニエルはターナーに命じる。



中庭では、小姓どもが呑み喰らいし、そこにノーマに仕える女騎達が婿探しに寄ってくる。

脳筋同士であり、レイチェル配下の女性官僚より話が弾む。


その周りにはダニエルに縁のある多種多様な人々が懇談し、飲食しながら賤民の芸人の踊りや音楽を楽しむ。

そこには身分、階級に関わらない、雑然としたネットワークができていた。


酒を飲みながら、それを眺めていたオーエがタヌマに言う。

「実に面白い。この猥雑さとエネルギー、これこそがこれからのエーリス国の在り方よ。

ダニエル殿を王に仕立て上げるのはどうだ?」


「長い時間がかかるが、やり甲斐があるのう」

二人の切れ者官僚は乾杯をする。


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ヘブラリー家の世子が戦死せず、ダニエルがそのまま騎士団に在席した場合のif話のようなものを書いてみました。

良ければ読んでみてください。

ダニエルは、そちらの方がイキイキしているかもしれません(笑)














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