仲間との語らいと4組の結婚式
その晩は、ダニエルと騎士団からの仲間、カケフ、オカダ、バースで飲む。
「この面子で飲むのは久しぶりですね」
「カケフは王都、バースはヘブラリーにいることが多いからな。
戦の時が一番顔を合わせるが、流石に飲んで馬鹿話はできん」
「騎士団時代は毎日顔を合わせて飲んでいたのにな。
偉くなるというのも思ったより窮屈なものだ」
「しかし、俺たちが諸侯様になるとはな。
そもそも俺がダニエルのところに来たのは、実家で迫害されて兄貴のお古の女を押し付けられ、小領主で泣いていると聞いて同情したのと、友達のダニエルが主なら騎士団よりのんびりできると思ったからだぞ」
カケフが思いがけないことを言う。
「オレは馴染みの飲み屋の女給キャシーにプロポーズしたら断られ、そこに副団長と喧嘩したので、仕方なくダニエルのところに来た」
オカダも後に続く。
てっきり自分を助けて、新天地で活躍しようと張り切って来たと思っていたダニエルは愕然とする。
「バースはそんなことないよな」
「私は下士官を登りつめて一番隊の曹長まで行きましたから、そこから昇進の見込みも立たないので騎士にしてくれるという話に乗ってダニエル様のところに来ました」
三人ともここで何か野望があったわけでなく、流されてきたことが明らかとなった。
「お前達に憧れて、ここで諸侯になるんだと意気込んでいる若者には聞かせられないな」
ダニエルが憮然として言う。
「しかし、俺はダニエルの下に来て良かったよ。
いっぱい戦もでき、思う存分暴れて名も売れた。
オマケに諸侯様になれて、美人の嫁まで来てくれた。
もしキャシーにプロポーズを承諾されていたら騎士団で埋もれていたぞ」
「そうしたら代わりにマユミでも来ていたかな。
その方が落ち着いて戦ができたな。オカダは騒がしい」
ダニエルがそう言うと一同で大笑いして酒を空ける。
話はあちこち飛ぶが、そのうちに親族や知り合いなど悩みのこととなる。
「諸侯になるとわかると、掌を返したように実家や親族がやって来てよ。
騎士団に捨てたように入れられて、ダニエルのところに行くと分かると音信不通だったのに」
オカダが愚痴る。
「騎士団へ行くと、友人と思っていた奴で嫌味や無視するのもいれば、親しくもなかったのに寄ってくる奴もいる。気持ちが悪いよ」
カケフの言葉にバースも頷く。
言葉には出さないが、彼は平民の出。オカダ達以上に色々とあるのだろう。
「これからは諸侯として家臣も抱えて、所領の経営もするんだ。
色んな奴がやってくる。
あまり気にするな」
先輩ヅラしてダニエルが諭す。
「ダニエル様はレイチェル様に経営は任せているから大きなことは言えないのではないですか」
バースのツッコミから、話は嫁のことになる。
「明日は結婚式か」
ダニエルとノーマに合わせて、オカダとバースも式を挙げる。
「レイチェル様も女傑ですが、ノーマ様もそれに匹敵しますな。
ダニエル様は女運がいい。
あの方は家を盛り立ててくれますぞ」
バースが軽口を叩く。
「ヘブラリーの主筋になるからと言っておべんちゃらはいい。
では、お前の婚約者のマーガレットと取り換えてやろうか」
ダニエルの言葉にバースは、それはご勘弁をと泣きを入れる。
「俺の婚約者のオードリーは、美人で上品、オマケに俺のことを頼りにして好いてくれる。どこかの浮気したら貞操帯というキツイ嫁とは違う。言うことないよ」
やに下がったオカダにムカついたダニエルは意地悪く言う。
「レイチェルが亭主操縦法を伝授してるらしいぞ。
すぐにお前も同類になるわ。
ところで、カケフの結婚したい相手とは誰だ。
相手も同意しているなら一緒に式を挙げるか?」
「実はな、ちょうど話をしようと連れて来ているので呼んでくる」
カケフが連れてきたのは、以前ダニエルに迫ってきていた高級娼館の娘、シンシアだった。
「ダニエル様、おひさです~」
ダニエル達は驚いて口もきけない。
「実は王都で活動している時にシンシアの店に通っていてな。
その時にシンシアからダニエルをどう攻略したらいいか相談を受けているうちに情が移って、そこから付き合いだしたのだが、正式に妻に迎えようと思う。
ついては、側室でなく正妻としたいので、ダニエル、どこかの貴族の養女にして身分ロンダリングをしてくれないか」
「アタシは生まれが生まれだし、生娘でもないし、側に置いて貰えば十分です」
シンシアは遠慮するが、ダニエルは暫し考える。
カケフは家中の重臣であり、戦上手で名も売れている。
縁を結びたいという高位貴族からの申し出も多いし、そうすればダニエルも貴族内に与党ができる。
(しかしだ。せっかくの友が結婚したいと言っているんだ。
甘いと言われるかもしれないが、望まぬ政略の駒に使うのはやるせない。
どうせ我々は成り上がりと馬鹿にされている身。
今更、法衣貴族どもに気を使うこともあるまい)
自分の失恋のことも思い、ダニエルはカケフの気持ちを尊重することとした。
「わかった。何とかしよう。
いや、いっそのことジャニアリー家の養女としてオレと正式な義兄弟となるか」
「「ダニエル(様)、ありがとう(ございます)!」」
百戦錬磨の女にカケフが騙されていないか心配なダニエルはシンシアに太い釘を刺すつもりだが、その時、閃くものがあった。
「シンシア、お前に話がある。
ちょっと来てくれ」
「ダニエル、せっかく言い寄ってくれたシンシアが人のものとなって惜しくなったか」
オカダの揶揄いを相手にせず、部屋の片隅に連れていく。
「お前、諸侯の妻が目当てでなく、本当にカケフのことを愛しているんだろうな。絶対に裏切るようなことをするなよ。
アイツを悲しませることが有れば、お前も店もどうなるかわかっているな」
「あらあら、アタシがあの人を騙してるとでも言うの?
娼婦の娘のアタシにだって愛する人と一緒になりたいと夢見たことはあるし、矜持はあるのよ。
カケフが好きになったから一緒に暮らしたいと言っただけ。
正妻にしてくれなんて言ってないから」
「わかった。
アイツは武略武芸に専心してきて世慣れていない。
まして生き馬の目を抜く王都の担当の上に、これから諸侯になると気苦労が多い。
助けてやってくれ」
「わかっています。傾城の女の腕にかけて全力で支えてみせます」
ダニエルはその言葉に頷くと、語調を変えて別の話をする。
「ところで、義理の妹に一つ頼みがある。
下町にイングリッドという娘がいる。
もうすぐ嫁ぐのだが、時々様子を見て困っているようなら助けてやってくれ。
頼む」
「その女の子はダニエル様の好きな娘だったのですか。
私があれだけモーションかけても靡かなかったのに、失礼しちゃうわ。
でも、わかりました。
他ならぬ亭主の主君の頼み、困っていれば助けておきます」
「助かる。
流石、シンシアはいい女だな」
「今頃わかりましたか。でももう遅いです」
シンシアはカラカラと笑う。
ダニエルはシンシアとの話が終わると、カケフとシンシアを連れて奥の部屋のノーマを訪ねる。
手続きはともかくカケフたちも一緒に式を挙げさせようと思い、ノーマの了解を取ろうと考えたのだ。
奥の部屋では何やら女の話し声が弾んている。
「ノーマ、オレだ。入るぞ」
ダニエル達が入ると、部屋ではノーマの他にオカダとバースの婚約者であるオードリーとマーガレットがいて、何やらキャッキャッと話していた。
「歓談中済まない。
明日の結婚式で、もう一組追加を頼む。
カケフとシンシアだ」
「「よろしくお願いします」」
シンシアは、諸侯の娘たちを相手に、何を言われるのかと緊張しているのか蒼ざめた顔をしている。
「シンシアさんですか。
社交界では見かけない方ですが家名はどちらですか?」
マーガレットが尋ねる。
何か言おうとしたカケフを遮り、シンシアが答える。
「家名はございません。
どうせわかることなのでお話いたしますが、王都一の高級娼館の娘でございます。縁あってカケフ様に気に入られて妻にしていただくことになりました。
これからは皆様と同じダニエル一門になります。
よろしくお願いします」
彼女は思い切ったように話すと震えながら俯く。
これまで何度も貴族の子女に侮蔑されてきた経験から、汚らわしい、出て行けと言われるのを覚悟しているかのようだ。
「まあ!」
と驚いた声がするが、そこでノーマが口を開く。
「娼館というと男が女を抱きにいくところじゃな。
部下の兵達が戦の前後で通っておったがよ。
戦に怯えて傷つき、娼館で女に慰められて、初めて一人前の兵になると聞くが。
立派な仕事じゃ。
誇りを持っているのなら顔を上げよ」
そう促されて顔を上げたシンシアの目には涙が浮かぶ。
「おぬしも言ったように我らは同じダニエル一門じゃが。
仲間同士で気持ちを合わせずにどうするぞ。
男とは別におなごも心を合わせて、助け合っていかねばならん。
シンシアに不当な扱いをする者があれば助けになろう。
マーガレットもオードリーもよかな」
「もちろんです。
そういえば殿方の気持ちを掴むのに床上手であることが大事だとか。
浮気されないよう、シンシアさんに教えてもらわなければなりませんね」
笑顔で言うマーガレットの言葉にオードリーも頷く。
ノーマは、シンシアを入れてあとは女同士のパジャマパーティーだとダニエル達を追い出す。
二人で黙って歩く途中、カケフが呟く。
「ノーマ殿に感謝せねばならん。
ダニエルが行きがかり上、彼女と結婚せざるを得なかったと思っていることは知っているが、あれはいい女だ。大事にしてやれ」
「オレもそう思い始めているよ」
二人はオカダとバースが待つ部屋で、酒宴を再開する。
翌日は大慌てでカケフとシンシアの式の準備が行われ、盛大に4組の結婚式が行われる。
と言っても、ジーナの結婚式の記憶も残る中、ヘブラリー家としては招待客も抑えて、身内のみを呼ぶ意向であり、ダニエルも三度目の結婚式でうんざりしていたので、異議はなかった。
いずれにせよ各々国元で盛大な式を挙げ、家臣や領民、近隣の領主に認知させることが重要であり、王政府にパイプがある今では、王都の式など知り合いだけで良い。
ダニエルファミリーと身内の他には、騎士団の仲間がやってきた。
「お前たち、揃って一緒に結婚とは仲がいいことだ」
団長を筆頭に一番隊や各隊の面々が祝いにやってきた。
そして騎士団流の祝いだと頭からエールをぶっかけて、空高くに胴上げし、最後はもみくちゃにされる。
(一番隊以外はそれほどの付き合いはなかったはずだが?)
ダニエルは少し不審に思う。
4人の花嫁の中で、騎士団員からの賛辞を最も受けたのはシンシアである。
「カケフ、シンシアを獲るとは許せないぞ」
「俺たちの憧れだったのに」
自分では買えなくとも、店の看板娘で王都のアイドルであるシンシアは、笑顔や手を振るだけでも人気だった。
「アタシはいなくなるけど、お店はご贔屓にしてね」
無論、娼婦の娘が諸侯の妻とは、ダニエル一門の価値観はどうなってある、奴らとは付き合えないと、マーチ宰相などの縁戚の貴族からは非難轟々であった。
式の最中、聞こえよがしの陰口を聞いたノーマは立ち上がって啖呵を切る。
「ここはダニエル一家の祝いの席だが。
なにやら我が一門の花嫁に文句がある方もおられるようじゃが、我が夫が認めたことに言いたいことがあるのけ?
不満がある者は影でなく表で堂々と言うがよか」
静まり返る広間の中、団長以下の騎士団員は大いに笑う。
「いい啖呵だ。男でもなかなか言えないぞ。
ダニエルの嫁には勿体ない」
彼らの笑い声で凍りついた宴も再開する。
そのさまを見ていたリューは思う。
(カケフは諸侯となるために、好きな女を犠牲にしようとせんやった。
オイはどうすべきか)
先程シンシアを侮蔑していたのは、マーチ宰相の孫で、ヘブラリー伯爵になるに当たりリューの正妻にどうかと言われていた娘である。
リューの顔色を見たマーガレットは心配して言う。
「お兄様、顔色が優れません。お疲れではないですか。
もうすぐヘブラリーに帰り、
リューは妹に、そうだなと頷くしかできなかった。
宴も終わりとなり、ダニエル達4人は、去ろうとする団長以下の騎士団幹部に挨拶に行く。
「今日はありがとうございました」
頭を下げるダニエル達に団長の隣の副団長が言う。
「こんな時になんだが、お前たちに折り入って頼みがある。
知っての通り騎士団に毎年新人を入れている。
一方、予算が限られるので中高年者、また負傷などにより戦えなくなった者には辞めてもらっているが、僅かな退職金で放り出しているのが実情だ。
それは戦死者の遺族も同じだ。
団長が私財を擲ち、救済されているが雀の涙だ。
出て行ったお前たちに頼むのも筋違いだと承知しているが、なんとかしてやれないか考えてくれないか」
「少しでもいい。頼む」
団長・副団長、そして各隊長が頭を下げる。
ダニエルは団長の側に仕えて、団長がこの件で如何に心を痛めてきたかをよく知っている。
「わかりました。
オレたちも騎士団出身の誇りは持っています。
仲間が苦しんでいれば力の及ぶ限り助けましょう。
騎士団で務めた腕があればうちの兵になってもいいし、傭兵や警備兵でも使えます。ベテランには教官になってもらってもいい。
荒地の屯田兵という手もあります。家族にも仕事を見つけ、飢えることのないようにします。
御心配はありません」
「すまん。迷惑をかける。
騎士団内でお前達の栄達を妬み嫉む声があることは聞いている。
そういうことのないようにさせ、何かあればこの借りは返そう」
いつも厳しい顔の副団長が精一杯の笑顔で礼を言う。
団長や隊長からも礼を言われ、気恥ずかしくなったのかオカダが大声で言う。
「いつもガミガミと怒っていた副団長が礼を言うなんて、俺も偉くなったものだと感じましたよ。
でも副団長や隊長にはまだまだ怒り顔で注意してもらわんと気味が悪い」
「俺も怒ったほうがいいのか?」
団長の言葉に、全員が反対する。
団長が怒れば雷の如く、騎士団全員が凍りつく。
騎士団幹部が帰れば、宴はお開きである。
明日には、ダニエルとバースはヘブラリーへ、オカダは南部へ行き、カケフは王都に残る。
ダニエルは、長子リチャードとアランをオカダに同行させて、レイチェルのところまで送り届けてもらう。
ノーマとの結婚や暫くヘブラリー領に滞在するため、機嫌を損ねているであろうレイチェルに義弟から説明してもらうためだ。
無論ターナーやグラバーに金を出させて、たくさんのプレゼントも持たせている。
(やれやれ、当面やるべきことはやった。
暫くはヘブラリー領とジューン領を往復して統治をしていき、いずれはヘブラリーをリューに譲って南部に引き籠もろう)
ダニエルは、これまでの多忙すぎた生活を顧みて、少しはのんびり狩りや美食を愉しむなど諸侯らしい生活をしようと決意した。
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